「一緒にローマへ?」
「ええ。出来れば、同行したいんだけど……、駄目かしら?」
いつも通りに朝食を取っている中、は真剣な表情で自分の意向をカテリーナに話すと、
彼女は紅茶を一口飲んで確認した。
「本当に、今戻ってもいいのね?」
「ここにいたら、またヴィエナに行きたいって言いそうだしね。そうなる前にローマに戻って、ウィルがやり途中
だった“智天使”の事情聴取の続きとか、いろいろ調べ物とかしたいのよ」
「“智天使”の事情聴取は、他の国務聖省の者が教理聖省の者と共同で行っているので問題はありません。それに情報収集
なら、ここでも出来るはずよ」
「だとしても、私はローマに戻りたいの。……ここじゃ、いても立っても、いられなくなりそうだから」
の鋭い視線が、カテリーナの目に注ぎ込まれる。
それを受け止めたのか、カテリーナは1つため息をついて、その場から立ち上がった。
「あなたの意向は却下します、」
「どうして?」
「今、あなたにローマに戻って来てしまったら困るのよ、」
少し離れたローテーブルまで行くと、そこから1つの大きな茶封筒を取り出し、
が座っているところまで戻って来る。
そして茶封筒を彼女に渡して、再び椅子に座り直し、茶封筒の内容を話すことなく紅茶を口に運んだ。
「……これ、昨日私がモーフィスに渡したのと同じもの……?」
「確かに封筒は同じ物ですが、内容は違います。何なら、中を見ても構いませんよ」
カテリーナの許可が下り、は恐る恐る、その中身を取り出した。
紙束の厚みからする、枚数はざっと50を超えているだろう。
その1枚1枚をめくりながら、は資料に目を通していく。そして徐々に、その表情が変わっていった。
「あなたに特別任務を与えます、シスター・」
カテリーナの声が自然と枢機卿としての声に変わると、目の前にいるの顔を見ながら内容を説明した。
「3日後、ヴィエナ行きのメンバーを見送ったら、すぐにローマに戻り、そのプログラムを作成して下さい。勿論、
ここにいる間に完成出来るのであればしてしまっても構いません」
「……それで私を、ヴィエナの任務から外した、ということだったのね」
「あなたの場合、それが一番いい特効薬みたいなものですからね。それもすべて考慮した上での特別任務です。……
受けてもらえますね?」
「こんなことやれるの、私しかいないでしょ? それに、もしこれがウィルの願いであるなら……、私は喜んでやら
せていただくわ」
「よろしい。それでは当初の予定通り、あなたはここでゆっくり休みなさい。もしミラノにいづらいようでしたら、
旅行でもして来たらどう? ここしばらく、どこにも行っていないようですし」
「そうね、それもいいかもしれないわ。……ああ、でも、このプログラムだったら、すぐに出来上がりそうだから、
こっちでちょっといじってみるわ」
「分かりました。……ところで、アベルはどうしたの? てっきり一緒に来るかと思ったのですが……」
突然のカテリーナの発言に、は口にした紅茶を吹き出そうとしたが、
それを辛うじて押さえ、口に含んだものを何とか飲み干した。
どうやら、すでに何かを感づいているらしい。
「な、な、何を急に言い出すのよ、カテリーナ!?」
「あら、私はただ、彼の居場所を聞いただけよ。何、そんなに焦っているの?」
「い、いいえ、別に何も……」
この人、何か知っている。そう思いながらも、は口にすることなく、資料を茶封筒に戻し、封を閉じた。
とりあえず、こちらが何も言わなければいいだけの話だ。
ここはひとまず、事情を押さえて……。
「おはようございます、カテリーナさん! うわおっ! 今日も美味しそうな朝食が並んでいますねぇ〜!」
噂をすれば、カテリーナの自室の扉が開き、そこから能天気な顔をしたアベルが姿を現した。
目の前に並べられている朝食に目を輝かせている姿を見て、
一体、どうやったらこんなに180度変われるのかと思わず感心してしまう。
「おや、どうかしましたか、さん? 私の顔に、何かついてます?」
「……いいえ、何にも。さ、早く朝食、食べちゃいましょう。カテリーナ、午前中にはローマに戻るんでしょう?
支度とかしなくちゃいけないし」
「そうですね。……ところで、1つ伺ってもよろしいかしら?」
「いいわよ。何?」
「首筋に小さく赤い跡があるんだけど……、それは一体、何なのですか?」
「はいっ!?」
「ぶっ!」
突然の主の質問に、の顔が急に赤くなって、慌てて首元を手で押させ、
横にいたアベルが13杯の砂糖が入った紅茶を思わず吹き出してしまった。
その様子を楽しむかのように、カテリーナの顔が緩んだように微笑んだ。
「全く、相変わらずね、あなた達2人は」
「ち、違うますよ、カテリーナさん! ほら、昨夜、さん、夕食取ってなかったじゃないですか! だから
私、フィーネさんの代わりにお夜食をお届けに行ったんですよ!」
「そ、そうそう。でね、アベルってば、何を考えてか、ポットを上に上げて、そこからティーカップに紅茶を淹れる
とか言い出してね」
「そうなんですよ! あれって、結構難しいものでしてね、おもいっきり飛んじゃって、さんの首筋にまでお
湯が飛んでしまったんですよ」
「これでも必死になって冷やしたんだけど、やっぱり赤くはれちゃってね。あとでフェリーに治してもらおうかと…
…」
「そんな下手な弁解しなくていいから、2人とも朝食が冷めてしまう前に頂きなさい。その後でも、ゆっくり聞かせ
ていただきますから」
「「は、はい……」」
やはり、カテリーナには勝てない。
アベルとはそう思いながら、目の前にある朝食を口に運び始めた。
それから後、話題に触れることはなかったとは言えど、
もう2度とカテリーナが近くにいる場所で部屋に篭るのはやめようと、強く心に誓った2人なのであった。
ちなみにカテリーナが指摘した赤い跡は、鏡で捜しても見つけ出すことが出来なかったのだという。
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