保冷剤をたくさん入れた箱をのせた
自動二輪車(モーター・サイクル)が、猛スピードで中央駅に到着する。



 表には人だかりが出来ていて、はそれをかき割るように入っていくと、そこでアベルが立っていた。
 ……意識はないようだが。




「アベル! アベル、大丈夫!?」

「あの、あなた、彼のお知り合いの方ですか!?」

「あ、はい。ごめんなさい、ご迷惑をおかけして。あとは私が見ますので、ご安心下さい」

「分かりました。どうぞ、お大事に」




 アベルの様子を見ていた小太りの駅員にお礼を言うと、周りも少しずつ人が減り、
 いつもと変わらない風景に戻って行った。
 それでもまだ、アベルはなかなか戻って来ない。




(もしかして……、昔のこと、思い出してる?)




 の頭に浮かんだのは、あの時の風景だった。
 彼女自身は実際にその場にいなかったが、大体予想はつく。
 となれば……、気がついた時、自分は何が出来るのだろうか?




「アベル、戻って! そんなところに、ずっといないで!!」




 思わず涙声になりそうな声で叫んでいることを、自身も気づいていない。
 ただ急いで、この苦しみから脱出して欲しいということだけだ。





 

「早く、戻ってきて。アベル……、……アベル!!

「……え?」




 の声に、ようやくアベルが反応する。
 周りの様子を見てから、の方に視点を合わせた。




さん……、私……」

「大丈夫。何があったかぐらい……、分かっているから」




 額に流れる汗をハンカチで拭きながら、青ざめた顔を見つめる。
 はやり、あの時の映像が映っていたのだろう。




「本当に……、さん、ですか?」

「何なら、頬でもつねってみる? 本当にやったら、倍以上の力でつねり返すけどね」




 少し捻りをくわえて、はアベルを安心させるように言う。
 するとアベルは、急に彼女を強く抱きしめたのだ。
 急なアベルの行動に、は思わず焦りを見せる。




「ちょ、ちょっと、アベル! 急に何を……」

「……悪い、……」




 懐かしいトーンで、懐かしい呼び方で、に話し掛ける。

「少しだけ……、こうさせてくれ」




 この声で言われると、は反論出来なくなる。
 これは、今に始まった話ではないので、ある意味慣れている。




「……仕方ない。今だけよ」




 諦めたように、はそっと、優しくアベルを包み込む。
 かすかにだが、震えているようにも感じる。



 もし自分があの場にいたら、そして同じようなことが起こったら、自分もこうなっているかもしれない。
 いや、下手したら、もっと酷くなっているかもしれない。
 プログラムの情報を聞いただけでも、あんだけの状態を、引き起こしたのだから……。



 しばらく抱きしめていると、はあることを思い出した。



 そうだ、エリスが脱走したんだった……。




「……アベル! エリス・ワズマイヤーがどこに行ったのか、探さなくていいの!?」

「……そ、そうだ! エリスさんが!!」

「大丈夫、もう分かっているから。とりあえず、調べるしかないわね。……もう、大丈夫?」

「え、あ、ええ。ありがとうございます、さん。ごめんなさい、急にあんなこと……。借りは、
必ず返しますから」

「そんなの不要よ。私を誰だと思っているの?」

「……そう、でしたね」




 すでに、元の口調に戻ったアベルを、は安心したように、ため息を1つついた。




  “クルースニク”と“フローリスト”という関係の2人にとって、
 お互いを助け、守るのは当たり前のことだ。
 特には、その想いが人一倍大きい。
 その理由は、ある人の一言があるからなのだが……。






『あなたは、自分のことだけを考えなさい。あなたは、アベルの“フローリスト”。そのために、
今自分がやれることを、考えるのよ』






「さて、エリスちゃんを居所を調べなくてちゃいけないわね。どこか、検討ついてるの?」

「それが、さっぱり。1人で先に、ホームに行ったとも思えませんし」

「そうね……。……仕方ない、手伝ってもらいますか」




 は左手につけている、リストバンド式腕時計の文字盤を動かし、
 一番上に「3」が来るようにセットすると、横についているボタンを1つ押した。
 すると文字盤全体が緑に光り、下から基盤の端子が、の手首の皮膚に触れた。




「プログラム『スクラクト』、聞こえていますか?」

『聞こえている、わが主よ。……“クルースニク02”は無事だったか?』

「何とか、大丈夫よ」

「本当、ご迷惑をおかけして、すみませんでした、スクラクトさん」

『汝は、わが主が一番大事にしている者。ならば我も、心配をするのは当たり前のこと。礼は不要だ』




 つくづく、主人に忠実なプログラムだが、相手としては当然の行動でしかない。
 そういう風に、昔から「彼」は、のことを支えていたのだ。




「で、本題よ。早速なんだけど……」

『エリス・ワズマイヤーは、この先の地下道にいる』

「さすが、スクルー、助かるわ。行くわよ、アベル!」

「はい。本当、スクラクトさん、ありがとうございます!」




 アベルはプログラム「スクラクト」に礼を言うと、急いで地下に向かって走り出した。
 もそれを追うように走り出したのだが、プログラム「スクラクト」の話はまだ続く。




『気をつけろ、わが主よ』

「え? それって、どういう意味?」




 アベルに聞こえないように言うプログラム「スクラクト」の声に、が耳を傾ける。




『“ガンスリンガー”が、エリス・ワズマイヤーを探すため、同じく地下道を捜索中。どうやら、
彼女のことを全て知っているらしい』

「トレスが? だとしたら……、……やばいじゃない!!」






 次に起こる展開が分かったのか、は焦りながらも、アベルを追って走る。

急いでいかなければ、トレスの思うがままになる。

それだけは、ふせがなくてはならなかった。

















 2人が到着した時、すでに奥の方から銃声が響き渡っていて、
 エリスがその場に突っ立ったまま、動けずにいた。




「危ない、エリスさん!」




 アベルがエリスを横から突き飛ばし、銃声が響く中、柱の影に隠れる。




「ひっ! ひいっ……」

「落ち着いてください! 大丈夫!」




 エリスを抱いたアベルが小声で囁く。




「大丈夫、落ち着いて……」

「し、神父さん? シスター?」




エリスの驚いた声がかすかに聞こえた時、は反対側の柱に行き、
 2挺の銃をそれぞれ
短機関銃装備(サブ・マシンガンモード)に切り替え、トレスに向かって撃ち始めた




さん!」

「分かってる。ちゃんと避けるから、2人はそのまま走って!」

「でも、さん!」

「いいから、走って!!」




 攻撃を止めずにいうに促され、アベルは再び走り出す。恐ろしいほど強力によって柱が倒れる前に、何とかして移動しようとするが、アベルに避けれなかった1つの弾が当たってしまった。




「アベル!」




 は叫んだが、相手は何とか無事なようで、エリスを何とか別の柱に潜り込んだ。
 も辛うじて2人がいる場所まで行くと、すぐに当たったところを見る。




「し、神父さん! 神父さん!」

「大丈夫よ、心配しないで……、今はね」




 エリスを宥めるようには言うが、すぐに傷を治すことが出来ない自分にもどかしさを感じていた。
 ここで「力」を使えば、それをエリスに見られるからだ。



 奥から聞こえる足跡に、3人は耳を澄ました。
 相手が誰なのか分かっているにとっては、もうすでに、何らかの覚悟を決めているようにも見える。




「ば、馬鹿な! 君がなぜ……、なぜ君が……、トレス君!」

「この娘のことを調べた」




 やっぱり、知っているようだ。




「先日の酒場の一件――、この娘が、奴らを操って殺し合わせたのだ。異端審問局に問い合わせたところ、
既に“魔女”として手配済みだった」

「接触テレパス! さっきのあれはやはり……。彼女に特殊な力があることは認めます。だけど、
一連の事件と関係があるかどうか、調べもせずに――」

「彼女の意思など関係ない。考慮すべきは、その存在自体が危険要素だということだ。あの酒場で
この娘だけが生かされていた事実を計算に含めれば、吸血鬼どもが最初からこの娘の力を狙っていた
確立は極めて高い。……そして、その娘がその気になればどんなことが出来るか、卿らも見たはずだ」




 月下の惨劇――。
 万一、あれと同じことが、大都市や軍事基地で起きたとしたら……。




「そうだとしても、彼女の意思は関係あるわ。彼女はね、ちゃんとした人間なのよ」

「その娘は人間ではない。人の形をした爆弾だ。奴らの手に落ちる前に処分する必要がある。
……分かったらそこをどけ、ナイトロード神父、シスター・

「……お断りします。約束したんです――私はこの子を助けます」

「こっちも、お断りよ、トレス。あなたの言っていることは、半分正解で半分不正解だわ。確かに、
“魔女”の存在は危険かもしれないけど、人間であることには変わらない」

「……俺とやるつもりか、“クルースニク”、“フローリスト”」




 アベルが腰のリボルバーを抜き、も2挺の銃を、しっかり握り直す。
 そして少し時間が立って、トレスがようやく口を開いた。




「よかろう。卿らがそこまで言うならやむをえん」

「よかった……、分かってくれたんですね」

「肯定。他に採用するべき手段が存在しないことが判明した。Ax派遣執行官アベル・ナイトロードと
・キースの敵味方識別信号を抹消――」

「……やばい!」

「教会法第188条および聖職服務規定違反……アベル・ナイトロード、・キース、お前達を排除する」

「つかまって!」




 エリスを抱えたアベルが横飛びした時には、トレスの体が消えていて、
 トリガーの引き金を引く前に吹き飛ばされてしまう。




「無駄だ、ナイトロード。お前のスペックでは俺からは逃れられん」

「私からでも、逃れられないと思っていて?」




 アベルに集中的に攻撃されている間に、が素早く動き、トレスの後ろに回り、相手に撃ち込もうとした。
 しかし……。




「0. 43秒遅い」

さん!!」




 攻撃を仕掛ける前に、トレスが向きを変え、
 素早くの肩に向かって
M13を撃ち込み、それが見事に直撃する。
 痛みに絶えながら、何とかそこで立っていたが、痛みが激しくて、すぐに声が出ない。




さん!」

「大、丈、夫……。これぐらい……」

「大丈夫って、大丈夫っていう状況じゃないですか!」

「私の、ことは、いい……。アベルは……、エリス、ワズマイヤーを……」

「しかし……、……!」




 が言いたいことが分かったのか、アベルは彼女に分かるように頷くと、
 の方に向かって歩くトレスに気づかれないように、後ろにある高圧線を拾い上げた。




「終わりだ」

「さて……、それはどうでしょうかね、“ガンスリンガー”」




 肩に響く痛みで弱っているせいで、あまり迫力がある声ではないが、
 その声は、確かに何か賞賛のある声だった。
 この圧倒的な力に、どうやっても勝てないのは分かっているが、それでも諦めるわけにはいかない。




「や、やめて! あなたが殺したいのは、あたしでしょ!? だったら、あたしを……」

「…………」




 エリスがの前に来た時、アベルが背後からトレスの右肩に高圧線をあてたのだ。
 その隙に、はエリスの手を引いて逃れると、
 青い電光に覆われたトレスがぎくしゃくとし膝をついて座り込んだ。




「エリスさん、さん、逃げて!」

「アベルも、早く!!」




 駅までダッシュして戻り、階段を必死になって上りこむと、ロビーでは既に発車ベルが鳴り始めていた。




「ナイトロード神父、これは一体……!?」

「シスター・ルイーズ、この娘をお願いします」

「し、神父さん!」




 駆け寄ってきたシスター・ルイーズにエリスを渡すと、後ろからぎこちなく歩くトレスを目撃する。




「あ、あいつ……」

「エリスさん……、行って……、そして、逃げて下さい。ここは、私とシスター・で何とかします」

「で、でも……、どうして……、どうしてなの?」

「え? 何が?」

「どうして、私みたいな化け物のために……」

「こんなかわいらしい化け物、見たことないわよ。ね?」

「そうですよ。自分のことをそんな風に言っちゃダメですよ。あなたは怪物じゃない。だって……」

「行きましょう、エリスちゃん。事情はよく分からないけど、この人達の気持ちを無駄にしないで」




 2人の雰囲気を察知してか、シスター・ルイーズがエリスの袖を引いて、客車のステップに足をかけた。
 袖を引かれるままに扉の向こうへ行く姿を、アベルとは安心したような目で見つめていると……、
 彼女は背伸びして、アベルに軽く口づけした。




「さよなら……、神父様」




 電車はゆっくり動き出し、その姿を、アベルとは、小さくなるまで見つめていた。
 ……ちょっとだけ驚いた顔をしたが気になったが。




「……さん、妬いているんですか?」

「え、あ、馬鹿、そんなわけないじゃない! 何で私が、あんな子供に……!!」

「焦るところからして、怪しいですよ。さんったら、かわいい♪ さて……」




 意地悪なのか本音なのか分からないような発言をしたアベルが振り向くと、
 そこには何とか追いついたトレスの姿があった。




(次、絶対覚えておきなさい! 絶対に勝ってやるんだから!!)




 腕の痛みも忘れ、そんなことをふと思ってしまう自分を、やっぱり大人気ないと思いつつ、
 は後ろで駅員に何かを聞いているようで、そちらに耳を傾ける。




「次の駅って……、今のは回送車ですけど」

「「へ?」」




 アベルとが口をポカーンとしてしまうと、思わず焦ったように見合わせる。




「じゃ、あれって、何だったの!?」

「いや、あれは車庫に入る車両でして……」

「あのぉ、ひょっとして、皆様は国務聖省の方じゃありませんか?」




 後ろから声をかけられた人物を見た瞬間、

 3人は今起こった自体を、全て把握したのだった。

















今思うと、夢主がアベルに妬くことはあまりないのですが、
やっぱり好きなんだなと思います。
本人、あまり意識してないと思うんですけどね。
条件反射か(違)?

そろそろ限界が来たので、コメントもこの辺で。
(もうじきAM3:00/爆)





(ブラウザバック推奨)