ステージが暗転し、一瞬に静かになる。

 そして、一筋のスポットライトに照らされた少女へ視線が注がれる。



 曲が流れ出したのと同時に、もう1つのライトが別の方向を示す。

 そこに立つ少女は、顔を隠すように頭からレースをかけている。

 そしてその歌声は、まるで天に向けて何かを訴えるように力強い。



 再びステージに視線を向ければ、

まるで何かを捧げるかのようにステップを踏む少女の姿がある。

華麗で、そして切なげにも見えるその踊りと、曲調によって変わるライティングの効果もあり、

観客席に座っている者全てが吸い込まれてしまいそうになっていた。



 曲が終わり、そして再びステージが暗転する。

 そして客席が明るくなった時には、すでに少女達の姿は消えていた。




「いやー、やっぱりキリエとリエルのステージが1番いいな」

「そうですよね〜。私、思わす釘つけになってしまいましたもの。ねえ、クレアさん?」

「え? あ、ええ、そうね」




 アベルの声で、クレアははっと我に返る。

 それには、ちゃんとした理由があった。



 日中に会った時の2人は、どこかあどけなさが残る可愛らしい少女達であった。

 がしかし、ステージに立った彼女達は、まるで別人のように大人びており、

 思わず見とれてしまうほどだった。

 カインやルシア、そしてアベルが奨める理由を、今ようやく理解した。




「ステージはどうだったかしら、クレア?」




 1つ役目を終えたように安心しているルシアが、

 空になっていたクレアのグラスに気がついて近づいてくる。




「私の自慢の子達なの。あなたなら、すぐに好きになると思うけど?」

「言われなくても、もう好きになっているわ」




 満足そうに微笑みながら、新たなウィスキーをオーダーするクレアに、

 ルシアも満足そうな表情をして、クレアのグラスを受け取る。

 新しい氷をグラスに入れる音を耳にしながら、

 ステージ上のことを思い出すかのように目を閉じる。




「……ハヴェル様も、素敵な姪御さんを持ったものね」

「そうね。以前来た時に、『彼女達は私の誇りです』っておっしゃっていたわ」

「そう言うのも何となく分かるような気がする」




 新しいウィスキーを受け取り、そっと口に運ぶ。

 煙草を1本取り出し、火をつけて、白煙をゆっくりと天井に吹きかける。

 その白煙をしばらく目で追っていると、遠くから聞いたことのある声がした。




「いらっしゃいませ」




 天井から視線を外し、声が聞こえてきた方へ向けると、

 そこには先ほどまでステージに立っていた少女達が、

クレア達が座っている席へ姿を現したのだ。




「キリエさん、リエルさん! 今日も素敵なステージでしたよ〜!」

「ありがとうございます、ナイトロード中佐」

「ありがとう、アベル」




 敬語で話すのが、どうやら姉の方らしく、

 妹の方は何か恥ずかしそうに、彼女の背後からちょこっと顔を出していた。




「ほら、リエル。それじゃ大佐に失礼じゃない」

「だって……」

「大丈夫よ、リエル。クレアは取って食べたりなんてしないから」

「ちょっと、ルシア。それじゃまるで、私が猛獣みたいじゃない」

「猛獣みたいに電車で暴れたのはどこのどいつだよ?」

「何? お前、しょっぱらから騒動起こしたのか?」

「変に話を展開させるの、やめなさいよ、トランディス……」




 変な解釈をしたレオンに、クレアは呆れ、肩ががくりと落ちた。

 事の真相を知っているアベルは苦笑し、トレスは何かを思い出したかのようにクレアへ報告する。




「先ほどキース大佐へ危害を加えたものは、ウェステル到着後、陸軍施設の牢へ収容された」

「それも、俺がやったんだがな」

「もう分かったから、その話はこれまでにしましょう」




 話の先が見えない少女達とルシアを見て(ルシアはどこか楽しそうだったが)、

 クレアは慌てて話を中断させた。

 そして視線を、再び少女達に向けた。




「ステージ、見させてもらったわ、2人とも」

「ありがとうございます」




 そう答えた姉がクレアの前までいき、突然その場に膝まつく。

 その姿に、クレアは驚き、大きく目を見開いた。




「今夜は、ようこそおいで下さりました、キース大佐。私はキリエ・イシュトー。この『セイレーネス』で歌を歌っ
ている者です。あちらにいるのは双子の妹、リエル・イシュトーです」

「は、初めまして、キース大佐」




 キリエにならうように、妹のリエルもその場に膝まつく。

 そんなことをされたことのないクレアは、どうしたらいいのか分からず、

 思わずあたふたしてしまう。




「ああ、そんな、2人ともそんなことしなくていいわよ。さ、立ち上がって。ね?」

「恐れ入ります」




 慌てたように言うクレアに、キリエが冷静な声で答え、リエルと共に立ち上がる。

 どこか大人びたように見える姿に、クレアはなぜか、無視出来ない存在になりそうだと思う。



 それがどうしてなのか、今でもよく分からなかった。




「今日のステージは如何だったでしょうか?」

「勿論、よかったわよ。思わず釘づけになっちゃったもの。ファンに立候補してもいいかしら?」

「勿体無いお言葉、ありがとうございます」




 どこか、固い言葉使いをするキリエに、クレアは思わず苦笑してしまう。

 相手はきっと、クレアが軍のトップの存在だからこのような口調をしているのだろうが、

 彼女としては、そんなことはどうでもよかった。



 ここにいる者はすべて、同じ「人間」という生き物。

 差別や上下関係など、クレアにとっては関係なかったからだ。




「よかったら、2人とも楽にして。ずっとそのままじゃ、疲れてしまうわ」

「しかし」

「私は大佐で、あなた達からしてみたら偉い人なのかもしれない。けど私としては、そんなことなど関係なく、同等
に接したいの。だから、そんなに肩に力、入れないで」




 クレアのそっと微笑んだ笑顔に、キリエもリエルも思わず顔が赤くなってしまう。

 それを見たトランディスとレオンが、影で何やら笑っていたが、

 瞬時にクレアに睨まれて止まってしまった。

 その姿を見たアベルが苦笑しつつ、双子に椅子に座るように奨めた。




「立っているばかりじゃ疲れますからね。お好きなところへ座って下さい」

「ありがとうございます」




 そう言って、キリエはコソコソと椅子を彼らの後ろに置くが、

 それを見たクレアが、彼女が座ろうとした椅子を、自分の横へ置いた。




「そこにいたら、一緒に話が出来ないでしょ? さ、輪に入って」

「い、いいんですか?」




 キリエの影に隠れていたリエルが、少し遠慮がちにクレアに言う。

 そんな彼女の姿が可愛らしく感じ、クレアの顔がつい綻んでしまう。




「勿論よ、リエル。一緒にお話しましょう」

「……はい!」




 リエルが嬉しそうにクレアの横に椅子を置く。

 そんな妹の行動に、キリエは慌てて止めようとしたが、

 クレアは特に気にせず、彼女の椅子をリエルの横に置いた。




「あなたはここに座りなさい、キリエ。それと、固い言葉使いはなし。ここには上下関係なんてもの、存在していな
いから」

「でも……」

「キース大佐の指示に従うことを推奨する、キリエ」




 拒否をしようとしたのを止めたのは、今まで静かに飲んでいたトレスだった。




「キース大佐が、昔から差別や上下関係を酷く嫌っていることは今に始まった話ではないと聞く。ここは彼女の指示
に従うのが懸命だ」

「……はい」




 この2人の間に流れた空気を、一体何人の者が気づいただろうか。

 いや、たぶんほぼ全員気づいているであろう。

 初めてその場に居合わせたクレアでさえも、それを掴めたほどだ。




(なるほど、そういうことね)






 クレアの心の呟きが相手に聞かれたかどうかは分からないが、

 どこか納得したかのように、ウィスキーを口に運んだのだった。

















キリエちゃんとリエルちゃんのステージシーンは好きです。
そしてタイトルになった曲は、この2人のステージイメージです。

エヴァネッセンス好きです。

クレアはもとから、上下関係が苦手です。
なので、キリエちゃんともリエルちゃんとも、普通に接したいんだと思います。
最後のトレスとキリエちゃんのやり取りは私も好きです。
この組み合わせが好物なので、フフフフフッ(笑)。





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