静かな風が、窓からゆっくりと部屋に注がれる。

 少し涼しいかと思ったが、自分を抱きしめてくれる体温のお蔭で、

 キリエは寒く感じなかった。




「キース大佐……、素敵な人だったなあ」




 ポツリと呟く言葉に、トレスがそっと彼女の顔を覗き込む。

 まるで、理由を述べろと言っているようだ。




「大佐なはずなのに、変に威張ってなくて、とても優しくて。……自分の仕事に、誇りを持っているように見えた」

「キース大佐は何事にも平等に扱う人物だと聞いている。よって、卿にも同じように接したのだと推察される」




 身分と上下関係の壁。

 普通なら出来ないその壁を取り払うことが出来る人物はクレアしかいない。

 トレスもたった数時間の間で、それを確信したのかもしれない。




「大佐は皇帝区曹長時代に、所有していた2挺の短機関銃を巧みに扱い、ブリジット前皇帝陛下に潜むテロリスト
集団の1つを1人で殲滅させた経歴を持つ。それが功を奏し、階級を少佐まで上げた人物でもある」




 皇帝は日頃から、多くのテロリスト集団に命を狙われている。

 その集団の1つが動き出したという情報を手にしたクレアは、

 数人の部下を携え、相手基地に乗り込んだのだ。

 正確に言えば、部下は終始、当時皇帝区大佐だったカインに報告しているだけで、

 集団の半分以上はクレアが殲滅させたのだと言われていた。



 そしてそこから誕生した言葉が「ガンメタル・フレイユ」という称号だった。




「さらに付け加えると、エステル皇帝陛下とは昔からの付き合いらしく、信頼度はかなり高いと言われている」

「それで、今回の派遣が決まったの?」

「肯定」




 父シェインのお蔭で、エステルとクレアは、エステルが幼い頃からの仲だった。

 そのこともあり、クレアに対する思い入れは大きく、

 本来ならずっと自分の側においておきたかったところを、

 ウェステル改善のために派遣させたのだ。



 トレスの話を聞きながら、キリエはクレアの顔を思い浮かべる。

 優しく微笑むその笑顔はとても温かく、

 思い出すだけで顔が赤くなりそうだった。




「顔が赤い。寒いなら窓を閉めるが」

「えっ、あ、大丈夫だよ、トレス。ごめんなさい」

「謝る必要はない」




 少しだけ体を離し、頭上にある窓を閉めると、

 トレスが再びキリエをしっかりと抱きしめる。

 時折額にそっと唇をあててくれるのが嬉しく思う。




「卿は大佐に興味があるのか?」

「興味っていうのか、その……、……友達に、なりたいの」




 ポツリと呟く声は小さかったが、トレスの耳にしっかりと届いていたようで、

 黙って彼女の言葉に聞き耳を立てる。




「リエルみたいに、仲良く話せたらいいなって、そう、思ったの」




 友達になりたい。

 相談事とか、普通の何気ない会話でも何でもいい。

 友達になって、いろんなことを話したい。

 彼女と、仲良くなりたい。



 トレスにしがみ付いていたキリエの腕が、自然と強くなる。

 彼女の願いがどれほど強いものか感じたのか、

 トレスはそっと、彼女を自分の方へ引き寄せた。




「卿が心配する必要はない」




 冷静と、しかし温か声が、キリエの耳元で静かに響く。




「卿のその願いが強ければ、キース大佐は答えてくれると推測される」

「本当?」

「肯定。よって、卿がこれほどまでに心配する必要はない」




 額に唇を当て、そしてゆっくりと下へ下りていく。

 瞼、頬、そして唇に。

 深くなればなるほど力が抜け、そして徐々に安心していく。



 温かく、優しく、そして柔らかい。

 思わず酔ってしまいそうな感覚に襲われる。




「……ありがとう、トレス」




 再び呟く声に、トレスはキリエの瞳を見つめる。

 そこには、もう不安の表情は見えなかった。




「本当、ありがとう、トレス」

「無用」






 その一言だけ言い、トレスは再び、キリエを強く抱きしめたのだった。

















 AM6:25。

 アベルがそっとベッドから抜け出すと、

部屋に備え付けてあるコーヒーメーカーの電源を入れた。



 脱ぎ捨てた正服に着替えながら、アベルは未だベッドで眠るクレアの顔を見つめる。

 その顔は安心したのか、安らぎに満ち溢れていた。



 彼女の涙を見たのは、一体どれぐらいぶりだったであろうか。

 そう思わせるぐらい、昨夜の彼女は涙を流し続けていた。

 きっと、不安などが一気に溢れ出たのであろう。




「お前は、何でも自分で抱えすぎだ」




 こんなこと言ったら、きっと人のことを言う立場ではないと罵られるかもしれない。

 しかしそれでも、アベルはクレアに言いたかった。



 そんな彼女の体が動いたのは、ちょうどコーヒーが出来上がった時だった。

 マグカップに注ぎ、サイドテーブルに置くと、

 それに気づいたのか、ゆっくりと瞼を開けようとする。




「覚めたか、クレア?」

「ん……」




 この様子だと、まだ少し眠いようで、

 アベルはベッドの脇に腰を下ろし、自分用のコーヒーを口に含んだ。

 クレアがわざわざ皇帝区から持ち込んで来ただけのことがあってか、

 その味は格別な上、少し懐かしさを感じる。




「……コーヒー」

「勝手に使うのにちょっと抵抗があったが、こうでもしないと目が覚めないだろ?」

「うん……、ありがとう……」




 何とか上半身だけ起こし、サイドテーブルに置いてあるマグカップを持ち上げる。

 口に運ぶと、香ばしい香りが口の中に広がり、思わず安堵のため息が漏れる。




「俺は今日のスケジュールを確認して、AM7:00にまた来る。それまでに、しっかりと準備しておけ」

「うん。……アベル」




 コーヒーを飲み干し、その場に立ち上がって扉へ向かおうとしたアベルを、

 クレアが少し眠そうにしながらも呼び止める。

 そして眠いながらに、必死に笑顔を作ってお礼を言う。




「昨日はありがとう、アベル」

「……ああ」






 扉の奥へ消えたアベルの顔が、嬉しそうににやけていたことなど、

 クレアは知る由もなかったに違いない。



 が、その影で、その顔を見つめていた人物がいたことは、

 アベルですら知る由もなかった。






「ナイトロードも、あんな顔をするんだな」






 愛用の煙管を加えたまま、

トランディスは満足そうにその場を離れていったのだった。

















キリエちゃんはリエルちゃん以上にクレアを尊敬していると思います。
そしてクレアも、そんなキリエちゃんが大事な存在なのです。
この時はまだこんな感じですけどね。
仲良くなったら、いい感じになります(その言い方って)。

トレスとキリエちゃんは、私の中ではいつもこんな感じです(え)。
そしてアベルとクレアは相変わらずです。

そしてトランディス、あなたも相変わらずだね(笑)。





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