先に行っているというトランディスとレオンを追うように、 アベルとクレア、そしてトレスが約束の店に到着した。
確か、歌を奏でる妖精の意味だったはずだと思いながら、 クレアは前を歩く2人の後を追って、店の中へ入っていった。
「遅いぞ、3人とも」
あまりの早さにため息が出そうだった。 この2人が酒豪なのは知っていたが、ここまで来ると呆れてしまう。
客が和気藹々といった感じで酒を酌み交わしている。 その中には、クレア達同様軍人もいるようで、 数人、彼女の存在に気づいて身を固くする者もいた。
「いや。ヴァーツラフの時も同じようなものだから気にするな」 「ハザヴェルド将校の言う通りよ。それに、あなたが来なかったら、私がつまらないもの」
そしてゆっくりと後ろを振り向き、視界に飛び込んできた人物に驚きの声を上げる。
「ふふっ、久しぶりね、クレア。また髪が伸びたんじゃない?」
彼女とアベルが軍事学校にいた時に知り合ったパブの店員だった。 ウェステルに店を開いたのは知っていたが、 まさかそれがアベル達陸軍の御用達になっていたとは驚きの反面、 どこか嬉しくも思えた。
「どういたしまして……って、どうして私だって分かったの?」 「髪が肩ぐらいまで長くて、目の色が変わっていると言ったら、あなた以外に思い浮かばなかったわ」
普通の人では見られない配色をしている。 そのこともあり、潜入操作とかにはかなり不向きであるのが欠点にあった。
「それじゃ、あまりにもつまらないじゃないかって、トランディスさんが」 「俺のせいにするのかよ、ナイトロード」
隠すのが下手というのか、ばれやすいというのか、 とにかく不器用さ加減は今も健在らしい
「覚えていてくれたのね」 「忘れるはずがないじゃない。皇帝区で、1人でボトル1本空けた人なんだから」 「ほほう、思った以上の大物らしいな」
どうやら、酒飲みが不足していて、不満だったらしい。
「会って欲しい人?」
それだけで、ルシアが何をしたいのかが分かってしまう。 そんな自分が、ちょっと悲しくなったクレアであった。
「へ? 私、そんな顔してましたか?」 「してたから突っ込むんだろう」
レオンも納得するように頷き、 トレスはただ冷静に手にしたウィスキーを口に運んでいる。 どうやら彼らも、ルシアの同居人のことは知っているようだ。
「ルシア、私は物じゃないわよ」 「それじゃ、誘拐するとでも言っておく?」 「人聞きの悪いことを言わないで下さい、ルシアさん!!」
ルシアは狙ったかのように笑い、クレアは苦笑してしまったのだった。
ノックをして、中から聞こえる声を確かめてからゆっくりと開く。
部屋の中心壁側に置かれたベッドに腰掛けている人物の表情が一気に明るくなった。
「久しぶりね、カイン。元気そうじゃない」 「今日はちょっと横になっていたけど、クレアが来てくれたお蔭で力が湧いてきたよ!」 「そんな、無理しなくてもいいから、あまり大声上げないでね。下にお客様がいるんだから」 「セイレーネス」のもう1人の店主で、アベルの双子の兄であるカイン・ナイトロードは、 元皇帝区大佐であり、クレアの幼馴染みでもある。 そしてここだけの話、クレアの初恋の人でもあった。
「ええ。アベルが迎えに来てくれてね。あちこち街も案内してくれたわ」 「そうだったんだー。僕もこんな体じゃなかったら、一緒に迎えに行ったのに」 「そんなことしたら、アベルがまた拗ねるじゃない」 「何だ、アベルのヤツ、まだ妬きもち妬いているのかい? ぼかあ、悲しいよ。それじゃあ、下手にクレアと一緒にお話出来ないじゃないか」
特にアベルは、カインをあまりいい風に見たことがなかった。 クレア絡みになるとすぐに不機嫌になり、そんなアベルをカインがからかうから余計に太刀が悪かった。 その結果、幼いクレアの頭には、 「優しいカイン、意地悪なアベル」という印象が根強くついてしまったのだ。
「そんなことしたら、今度は私が妬きもち妬くわよ」 「あら、ルシアが妬くだなんて、珍しいこともあるのね。昔はあんなに余裕な表情を見せていたのに」 「私はあなたが、前からアベルのことが好きだと思っていたから、特に気にしていなかっただけよ」 「もう、2人とも、喧嘩はよくないよ! 仲良くしようって。ね?」
カインは特に気にしないように2人の間に割ってはいる。 その顔は焦っているというより、むしろ楽しそうに見える。
「僕は気にしてないよ〜。むしろ、店主のくせに、ルシアに任せっきりで申し訳ないって思ってるぐらいだし」 「いいのよ、カイン。私はあなたの笑顔があれば乗り切れる人だもの」 「はいはい、もう十分堪能したわ。ご馳走様でした」
カインとルシアは思わず笑ってしまう。 だがきっと、クレアも相手がアベルだったらこうなるのかと思うと、 人のことは言えないかもしれない。
「ステージって、例の双子の子達の?」 「そう。今夜のメインステージよ」 「キリエとリエルは、本当に凄いんだよ〜。クレアもきっと好きになるよ!」 「カインがそう言うなら、間違いなさそうね」
ルシアに連れられ、部屋を出て行った。 階段を下り、徐々に客の声などが聞こえ始めた頃、 ルシアがポツリとクレアに呟いた。
「え?」 「今日、本当に調子が悪くてね。体が言うことを効かなくて、苛立っていたから」 「そう、だったの?」 「ええ。だから、ちょっとほっとしたの。ありがとう、クレア」
皮膚・筋・関節などの結合組織に炎症・変性が起こり、膠原線維がふえる 慢性疾患の総称である。 そのため彼は、ウェステル陸軍大佐の任を断るのと同時に軍を退役し、 ここで静養をしているのだった。
「少なからず、酷くはなってないみたい。イザークがいろいろ処方してくれているみたいだから」 「イザーク・フェルナルド・フォン・ケンプファー医師。確か、ウェステル陸軍専属医師でもあったわね」 「ええ。でも、容姿からなのか、かなり回りからは恐れられてるみたい」
その腕は皇帝区の大手病院の医師が認めるほどで、多くの患者を助けてきた。 しかし、男にしてはあまりにも長くて真っ直ぐな黒髪と顔つきからか、 一方では藪医者なのではないかと言われているらしい。
「そんなことになったら、いざという時に人数不足でこっちが困るわ」
再び1階に戻る。 ステージの準備に行くルシアと別れたクレアは、そのままアベル達のところへ戻り、 先ほど用意してくれたウィスキーのロックを口に運んだ。
「ええ。でも今日、あまり調子がよくなかったみたい」 カインのことを話すクレアの表情を、アベルはあまりいい風に思っていなかった。 しかしクレアは、本当は誰よりもカインの身を心配していることを知っていた。 もし本当に嫌いなら席を立つはずなのに、それをしないのが何よりの証拠だった。
「へ、あ、はい?」 「たまには見舞いに行きなさいよ。1人じゃ不安だったら、一緒にいくから」
慌てたようにキリエの側へやってきた。 他のダンサーにマッサージをしていた彼女の手を引っ張り、再びステージ袖まで行くと、 リエルが指差した方向を見て眼を見開いた。
「ね、さっき、助けてくれた人と同じでしょ?」 「うん……」
そして何より、変わった配色をした瞳。 間違いなく、自分達を助けたあの軍人だった。
「うん。……本当、きれいな人だね」
キリエもリエルも思わず見とれてしまう。 だがそれを止めるかのように、後ろから聞きなれた声がして、 2人とも勢いよく振り返った。
「ルシア! さっき言っていた人が……」 「知ってる。彼女は私の友達で、あなた達のショーを見に来てくれたのよ」
2人はまた相手の顔を見つめる。 しかしそれも、すぐにルシアによって止められた。
「「はい」」
キリエは顔を隠すレースを頭からかけ、いつものようにリエルと両手を繋ぎ、 ゆっくりと目を閉じた。 頭を切り替え、心を落ち着かせているのだ。
「うん!」
そして大きな拍手と歓声が、2人に降り注いでいったのだった。 |
「セイレーネス」初登場です。
ウェステル編の舞台は、ここが1番多くなる予定です。
それ以外に多いのは宿舎かな?
ルシアとカインの組み合わせは好きです。
私の中では、こんな感じで仲が良かったらいいなあと思いますね。
「Cafe de Lune」でも同じですが。
ルシア、素敵です。カインが羨ましい(そこか)。
アベルとカインの仲の悪さはそのままにしてみました(笑)。
でも本当は仲がいいと思うので、ここではそれが出せたらいいなと思います。
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