「ようこそ、ウェステルへ。お久しぶりですね」

「はい。スフォルツァ中将もお元気そうで何よりです」




 ウェステル領主であり、陸軍中将でもあるカテリーナ・スフォルツァーの前で、

 クレアは被っていた帽子を取り、敬礼をする。

 それをなおるように言うと、カテリーナは目の前にある資料に目を通した。




「お父上であるシェイン・キース元大佐には、幼い頃に何度かお会いしたことがあります。同じ地位に立たれて、
どうですか?」

「別にどうも思っていません。父は父、私は私ですから」




 クレアの父、シェイン・キースは元ウェステル陸軍大佐で、

 今でも伝説的な存在として注目されている。

 そんな父を、クレアは尊敬しつつも、同士に思われるのが嫌いだった。




「そうでしたね。あなたはあなたです。彼の真似をする必要なんてありません」

「分かっていただけたようで、安心しました」




 深く一礼する姿は、やはりシェインに似ているとカテリーナは思ったが、

 それを口に出しては、また彼女に何か言われると思い、言葉を瞑った。




「これからあなたには、ここ、ウェステルの市民のために全力を尽くしてもらいます。隣市であるイスターシュは、
未だにここを領土にしようと牙を向けています」

「それは、貴方も同じなのではありませんか? 父から聞きました。昔、あなたのお父上が、イスターシュに脅迫紛
いの銃攻撃をしかけたとか」

「それは、父が行ったことです。私はそのようなことをしないわ」

「なら、よいのですが」




 どこまで真実なのか、クレアには分からなかった。

 現にアベルの情報によると、カテリーナは軍に内緒で、

大量の爆薬を製造しているという噂もある。

ウェステルとイスターシュの和平のために取り付けた国家制度を壊そうとしたのだ。




「とにかく、あなたにはこれから、ウェステル市民のために……」

「私が守るのはウェステル市民だけではありません」

「何ですって?」




 言葉を遮って言うクレアの言葉に、カテリーナが首を傾げる。




「イスターシュ市民も、我々と同じ人間です。勿論、皇帝区市民も。ですから私は、ウェステル市民のためではなく、
ここフィークルスフェイクのために全力を尽くす所存でございます。そのことだけ、ご了承下さいませ。……失礼致
します」




 帽子を被りなおし、再び敬礼すると、

 クレアは彼女に背中を見せ、そのまま部屋を出て行った。

 その姿を、カテリーナは驚いたように、だがどこか懐かしそうに見つめていた。






「本当、シェイン様にそっくりだわ」

















「あの中将は油断大敵ね。何を考えているか分からないわ」

「クレアさんがそうおっしゃるとなると、かなり厄介ですね」




 領邸を出て、クレアはアベルの案内で、軍施設の宿舎へ向かっていた。

 途中、市場などを覗いていきたいというクレアの希望で、

 2人は人々が行き交う商店街を通る道のりを選ぶことになった。




「先日も伝えた通り、スフォルツァ家は代々イスターシュの領主、メディチ家を酷く嫌っています。勿論、相手も」

「だからブリジット前陛下が、それぞれの地に皇帝区が認めた軍人を派遣するようになった」

「その通りです。ただ中には、これを狙って、両領主に手を貸すものもいるようです」

「らしいわね。その区別がつけられないから困るって、エステル陛下もおっしゃっていたわ」




 スフォルツァとメディチ。

 2つの勢力の争いに、これ以上両市民を巻き込むわけにはいかない。

 そう思ったブリジット前皇帝陛下が、両方に皇帝区で訓練を受けた軍人を派遣し、

 市民を保護するというものだった。

 もちろん、中にはウェステル・イスターシュ双方出身者もいたが、

 その大半が同じ想いで加わっている者だった上、争いも大分減ったため、

 今までも事大きなことは何1つ起こっていなかった。



 だがここ数年、軍としての任務に反して、領主の手を取り反乱を起こす者が出始め、

 派遣を命じているエステル・ブランシェ皇帝陛下の頭を悩ませていた。

 皇帝区中佐だったクレアがここへ派遣されたのも、もとはそれが理由だった。



 彼女にだったら、この争いを止めることが出来るかもしれない。

 そんな切なる願いが込められていたのだ。

 そのことを、当の本人であるクレアは知らなかった。



 それでは、なぜ快く引き受けたのか。

 それは、1つの約束を果たすためだった。



 市場で野菜や果物などを売る人々の顔。

 買い物をして、子供をつれて歩く親子の顔。

 その笑顔1つ1つを守りたい。

 クレアはそう思いながら、1歩1歩、かみ締めるように歩いていく。




「……素敵な街ね」

「ええ。クレアさんが1番望んでいる、理想の街です」

「表向きはね。……でも、とても温かい」




 市民の笑顔が、クレアをそっと包み込む。

 それを感じた時、クレアの足元に何かが転がって来た。



 地面を見ると、そこには小さなボールが1つ転がっていた。

 それを拾い上げると、遠くから誰かが近づいてきているのが分かり、

 クレアはそちらに視線を向けた。




「……あれは、まさか……」

「ん? どうしましたか、クレアさん?」




 見覚えのある人影に、クレアは少しだけ目を細めた。

 相手も彼女の姿に気がついたらしく、少し驚いたように見つめている。



 ゆっくり近づいて来て、お互いにお互いの顔を見つめる。

 そしてそれがはっきり見え、最初に声を発したのは相手の男性だった。






「……なるほど、噂は本当だったらしいな、クレア」

「あなたも、本当にウェステル陸軍の人だったのね、トランディス」

















「なるほど。お2人とも、面識があったんですね」

「情報将校だからな。皇帝区には月に最低1回は行ってる」




 ウェステル陸軍情報将校兼少将トランディス・ハザヴェルドとは、

 幼少の頃から何度から知り合いで、たまに皇帝官邸で会ったことがあった。

 皇帝官邸だけではない。

 普通に街を哨戒中にも何度か顔を合わせたことがあり、

 その時には、いつも隣に女性を連れていた。




「皇帝区では女性にモテて、ここでは子供にモテるのね」

「随分酷いこと言ってくれるな。そういうお前は、すごい眠りっぷりだったぞ」

「それ、どういう意味ですか?」




 クレア以上に食い込んでくるアベルに、トランディスは一瞬疑問に思った。

 が、情報将校である彼が何も知らないわけがなく、

 わざとらしく睨みつけながら、顔をニヤリとしてみる。




「何だ、ナイトロード。そんなに気になるのか?」

「気になりますよ。だって、私達の上司のことですからね〜。今後のこともありますし」

「ほほう、そうか。本当にそれだけか?」

「それだけって、どういう意味です?」

「本当は、もっと違う理由があるんじゃないのか? 例えば……、恋人同士だとか」

「ふっ!!」




 コーヒーが気管支に入ってしまったのか、クレアは大きくむせ返ると、

 アベルが慌てたように近くにある水を差し出した。




「わーっ! クレアさん、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫。……てか、何を急に言い出すのよ、トランディス!!」

「別に俺は、お前が焦るようなことを言った覚えはないぞ」

「焦るとか、そういう問題じゃないでしょう!!」




 クレアが焦るのにも理由がある。

 それは、事実、本当にアベルとクレアは恋人同士なのだ。

 軍の中でそれを知っているのはエステル・ブランシェ皇帝陛下と、

 元皇帝区大佐で、アベルの双子の兄であるカイン・ナイトロードだけだったため、

 どこで情報が漏れたのかと思ったからだ。




「で、話を戻すけど、何が理由でそんなこと言うわけ?」

「恋人同士かってことか?」

「そっちじゃないってば!!」

「まあまあ、クレアさん、落ち着いて」




 変に慌てると、相手に余計に怪しまれると分かっていても、

 クレアはこう言わずにはいられなかった。

 それを押さえるように落ち着かせるアベルも苦笑している。




「さっき、お前が乗ってた車輛に、実は俺も乗っていたんだ」

「ああ、他にも軍関係者が乗っているって言っていたわね」

「たぶん、それは俺のことだな」

「それで、どうしてすごい眠りっぷりだなんて言ったんですか? ……まさか、覗き見とかしたんじゃ……!」

「するわけないだろう」




 わざとらしく焦るアベルに、軽く、だが鋭く突っ込みを入れるトランディス。

 まるで漫才コンビみたいだ(ここに漫才が存在しているかは定かではないが)。




「で、個室で外を眺めていたら、急に車掌が飛び込んできてな。何か大きな物音がしたから、様子を見て欲しいって
言われて、後方にある個室を覗きに行ったんだ」




 トランディスの話に耳を傾けていたクレアが、煙草の火をつける手を止めてしまう。

 この様子だと、身に覚えがあるようだ。




「まさか、片づけてくれたのって、トランディスだったの!?」

「そういうことだ」

「へっ? あの、話が全然見えないんですけど??」




 アベルの頭に疑問符がたくさん出ているようで、

 首を捻らしている。

 一方クレアは、トランディスの言いたいことの予想がついているようで、

 少し失笑気味だ。



 つまり、トランディスの話はこうである。



 個室に入ったら、男が3人ぐらい倒れていた。

 恐らく、個室の主を狙っていたのであろう。

 手にはナイフを握っている者がいたのだと言う。



 一方主は、そんなことなど気にも止めていないようで、

 窓際に肘をついて眠っていたのだ。

 どっかで見たことがある顔に、トランディスは自分の記憶網を漁り、

 すぐに相手がクレアだと把握したのだった。




「クレアさん……、あなたって人は……」

「悪かったわね」




 クレアは睡眠が趣味だと言ってもおかしくないぐらいによく寝る。

 別に眠くはないのだが、「寝ろ」と言われれば眠ることが出来る。

 だが逆に、睡眠を妨げたり、寝起きの時はすごく機嫌が悪く、

 周りに危害があたることもしばしば。

 それをよく知っているアベルとしては、トランディスの話を聞いて、

大体の予想がついたようだ。




「さすがに、あの寝顔を見られたら起こすわけにもいかないから、気づかれないように倒れた奴らを片づけたんだ。
どんだけ苦労したことか」

「ああ、それで起きたら誰もいなかったのね。可笑しいと思ったのよ」

「思ったんなら、自分で片づけるか報告するかしろ、全く」




 呆れたようにため息をつくトランディスに、クレアはただ苦笑するしかなく、

 アベルは相変わらずなクレアの様子に頭を抱えてしまう。

 何を考えていたかは……、あえてここでは伏せておこう。




「まあ、クレアさんの寝相の悪さは今に始まった話じゃないですからねえ。子供の頃、よく被害に遭ってましたよ」

「ああ、お前とクレア、幼馴染みだったな」

「ええ、そうなんですよ……って、どこからその情報出てきたんですか!?」

「情報将校を嘗めるなよ」




 情報将校には敵わない。

 クレアは冷汗を掻きながら、煙草を口にくわえ、白い煙を上げる。

 一方のアベルも、諦めたように頭をガックリとさげたのだった。






 この軍、別の意味で安泰かもしれない。

 確信のない根拠に、クレアは誰にも気づかれないように苦笑したのだった。

















本編では仲がいいクレアとカテリーナ。
ここでは、ちょっとした敵対関係にあります。
この2人のバトル(?)も、ごうご期待です。

そしてトランディス登場。
ここでは、結構彼の出番が多いです(大好きなので/笑)。
情報将校なのは、幸里さんのサイトをご覧の方なら納得な身分かと思います。
私も納得しましたので。
けど、仕事に関係ないことまで知ってそうで怖いですけどね(笑)。






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