「はい。スフォルツァ中将もお元気そうで何よりです」
クレアは被っていた帽子を取り、敬礼をする。 それをなおるように言うと、カテリーナは目の前にある資料に目を通した。
「別にどうも思っていません。父は父、私は私ですから」
今でも伝説的な存在として注目されている。 そんな父を、クレアは尊敬しつつも、同士に思われるのが嫌いだった。
「分かっていただけたようで、安心しました」
それを口に出しては、また彼女に何か言われると思い、言葉を瞑った。
「それは、貴方も同じなのではありませんか? 父から聞きました。昔、あなたのお父上が、イスターシュに脅迫紛 「それは、父が行ったことです。私はそのようなことをしないわ」 「なら、よいのですが」
現にアベルの情報によると、カテリーナは軍に内緒で、 大量の爆薬を製造しているという噂もある。 ウェステルとイスターシュの和平のために取り付けた国家制度を壊そうとしたのだ。
「私が守るのはウェステル市民だけではありません」 「何ですって?」
クレアは彼女に背中を見せ、そのまま部屋を出て行った。 その姿を、カテリーナは驚いたように、だがどこか懐かしそうに見つめていた。
「クレアさんがそうおっしゃるとなると、かなり厄介ですね」
途中、市場などを覗いていきたいというクレアの希望で、 2人は人々が行き交う商店街を通る道のりを選ぶことになった。
「だからブリジット前陛下が、それぞれの地に皇帝区が認めた軍人を派遣するようになった」 「その通りです。ただ中には、これを狙って、両領主に手を貸すものもいるようです」 「らしいわね。その区別がつけられないから困るって、エステル陛下もおっしゃっていたわ」
2つの勢力の争いに、これ以上両市民を巻き込むわけにはいかない。 そう思ったブリジット前皇帝陛下が、両方に皇帝区で訓練を受けた軍人を派遣し、 市民を保護するというものだった。 もちろん、中にはウェステル・イスターシュ双方出身者もいたが、 その大半が同じ想いで加わっている者だった上、争いも大分減ったため、 今までも事大きなことは何1つ起こっていなかった。
派遣を命じているエステル・ブランシェ皇帝陛下の頭を悩ませていた。 皇帝区中佐だったクレアがここへ派遣されたのも、もとはそれが理由だった。
そんな切なる願いが込められていたのだ。 そのことを、当の本人であるクレアは知らなかった。
それは、1つの約束を果たすためだった。
買い物をして、子供をつれて歩く親子の顔。 その笑顔1つ1つを守りたい。 クレアはそう思いながら、1歩1歩、かみ締めるように歩いていく。
「ええ。クレアさんが1番望んでいる、理想の街です」 「表向きはね。……でも、とても温かい」
それを感じた時、クレアの足元に何かが転がって来た。
それを拾い上げると、遠くから誰かが近づいてきているのが分かり、 クレアはそちらに視線を向けた。
「ん? どうしましたか、クレアさん?」
相手も彼女の姿に気がついたらしく、少し驚いたように見つめている。
そしてそれがはっきり見え、最初に声を発したのは相手の男性だった。
「あなたも、本当にウェステル陸軍の人だったのね、トランディス」
「情報将校だからな。皇帝区には月に最低1回は行ってる」
幼少の頃から何度から知り合いで、たまに皇帝官邸で会ったことがあった。 皇帝官邸だけではない。 普通に街を哨戒中にも何度か顔を合わせたことがあり、 その時には、いつも隣に女性を連れていた。
「随分酷いこと言ってくれるな。そういうお前は、すごい眠りっぷりだったぞ」 「それ、どういう意味ですか?」
が、情報将校である彼が何も知らないわけがなく、 わざとらしく睨みつけながら、顔をニヤリとしてみる。
「気になりますよ。だって、私達の上司のことですからね〜。今後のこともありますし」 「ほほう、そうか。本当にそれだけか?」 「それだけって、どういう意味です?」 「本当は、もっと違う理由があるんじゃないのか? 例えば……、恋人同士だとか」 「ふっ!!」
アベルが慌てたように近くにある水を差し出した。
「だ、大丈夫。……てか、何を急に言い出すのよ、トランディス!!」 「別に俺は、お前が焦るようなことを言った覚えはないぞ」 「焦るとか、そういう問題じゃないでしょう!!」
それは、事実、本当にアベルとクレアは恋人同士なのだ。 軍の中でそれを知っているのはエステル・ブランシェ皇帝陛下と、 元皇帝区大佐で、アベルの双子の兄であるカイン・ナイトロードだけだったため、 どこで情報が漏れたのかと思ったからだ。
「恋人同士かってことか?」 「そっちじゃないってば!!」 「まあまあ、クレアさん、落ち着いて」
クレアはこう言わずにはいられなかった。 それを押さえるように落ち着かせるアベルも苦笑している。
「ああ、他にも軍関係者が乗っているって言っていたわね」 「たぶん、それは俺のことだな」 「それで、どうしてすごい眠りっぷりだなんて言ったんですか? ……まさか、覗き見とかしたんじゃ……!」 「するわけないだろう」
まるで漫才コンビみたいだ(ここに漫才が存在しているかは定かではないが)。
この様子だと、身に覚えがあるようだ。
「そういうことだ」 「へっ? あの、話が全然見えないんですけど??」
首を捻らしている。 一方クレアは、トランディスの言いたいことの予想がついているようで、 少し失笑気味だ。
恐らく、個室の主を狙っていたのであろう。 手にはナイフを握っている者がいたのだと言う。
窓際に肘をついて眠っていたのだ。 どっかで見たことがある顔に、トランディスは自分の記憶網を漁り、 すぐに相手がクレアだと把握したのだった。
「悪かったわね」
別に眠くはないのだが、「寝ろ」と言われれば眠ることが出来る。 だが逆に、睡眠を妨げたり、寝起きの時はすごく機嫌が悪く、 周りに危害があたることもしばしば。 それをよく知っているアベルとしては、トランディスの話を聞いて、 大体の予想がついたようだ。
「ああ、それで起きたら誰もいなかったのね。可笑しいと思ったのよ」 「思ったんなら、自分で片づけるか報告するかしろ、全く」
アベルは相変わらずなクレアの様子に頭を抱えてしまう。 何を考えていたかは……、あえてここでは伏せておこう。
「ああ、お前とクレア、幼馴染みだったな」 「ええ、そうなんですよ……って、どこからその情報出てきたんですか!?」 「情報将校を嘗めるなよ」
クレアは冷汗を掻きながら、煙草を口にくわえ、白い煙を上げる。 一方のアベルも、諦めたように頭をガックリとさげたのだった。
確信のない根拠に、クレアは誰にも気づかれないように苦笑したのだった。 |
本編では仲がいいクレアとカテリーナ。
ここでは、ちょっとした敵対関係にあります。
この2人のバトル(?)も、ごうご期待です。
そしてトランディス登場。
ここでは、結構彼の出番が多いです(大好きなので/笑)。
情報将校なのは、幸里さんのサイトをご覧の方なら納得な身分かと思います。
私も納得しましたので。
けど、仕事に関係ないことまで知ってそうで怖いですけどね(笑)。
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