「よし、今回も上出来♪」
オーブンから取り出し、表面の焼き色を見たが、満足そうな笑みをもらした。
これで、5つのアップルパイ、すべてが無事に焼きあがった。
<さん、アップルティーの準備が整いましたわ>
「ありがとう、ケイト。こっちも無事に完成よ。あ、一切れ、スフォルツァ猊下に持っていってくれる?
猊下のことだから、また遠慮して、執務室でいいって言いそうだから」
<そうですね。持っていきますわ。紅茶はアップルティーでよろしかったです?>
「うん。疲れているときには、甘いものの方がいいしね」
はカテリーナ用にアップルパイを一切れ切りわけ、お皿にのせると、
ケイトがそれとアップルティーが入ったポットとティーセットを持って、その場から離れて行った。
その様子を見守ると、は残りのアップルパイをワゴンの上にのせ、他のAxメンバーが待つ中庭へと向かって歩き出したのだった。
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アップル・アニバーサリー。が年に1回、アップルパイとアップルティーを振舞う日であり、
めったに揃わないAxメンバーがほぼ揃う日でもあった。
最初に始まったのが10年前。当時、まだ知り合ったばかりのケイトを誘って、
アベル、カテリーナ、ヴァーツラフ、“教授”とで囲んだのが最初だった。
それ以来、極力この日は任務をなしにして、全員揃って、のんびりと過ごそうというという、ある種の記念日に変わったのだった。
それでもなかなか全員揃うことがなく、今回も“ブラックウィドウ”のモニカ・アルジェントと、
“ジプシークイーン”のカーヤ・ショーカが来れなくなってしまった。
……モニカに関して言えば、避けるために任務を入れたようなものなのだが。
(全く、本当、こういうのが苦手なんだから、モニカは)
心の中でそう思いながらも、少し安心している部分もあった。
自身、モニカはあまり得意ではなかった。
確かに力もあるし、強いし、何度か助けられたこともあった。
しかし、あの横暴な性格がどうも好きになれないのだ。
話していても、だんだんイライラしてきたりして、一方的にこっちが怒ってばかりで、話が進む気配がない。
そのこともあってか、無理にカテリーナに同じ任務につかないようにしてもらっているぐらいだ。
いずれは、同じ任務につかなくてはいけなくなるかもしれない。
けど今は、彼女には関わりたくない。
いや、出来ることなら一生あって欲しくない。
はひたすら、そう思いつづけていたのだった。
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「はい、レオン。少し大きめにしたよ〜」
「おっ、ありがとな、。毎年、本当、美味そうに見えるよ」
「見えるだけじゃなくて、味も自信あるんだから。味わって食べてね」
中庭に着くと、シスター・ロレッタに手伝ってもらいながら、国務聖省の面々に渡していく。
近頃では、なかなか手に入ることが出来なくなったアップルティーも、
ケイトのお陰で何の苦もなく手に入れることが出来るようになったため、今年も無事に振舞うことが出来ることが嬉しい限りだ。
「はい、“教授”。アップルティーの味はどう?」
「毎度の事ながら、なかなかいいだよ。これも1つ、ケイト君にお礼を言わなくてはな」
「本当、ケイトには頭が上がらないわよ。私でさえ、これ1つ手に入れるのにすごく手間がかかったのに」
「どうやら、紅茶のことになると、よりもケイトの方が1つ上手のようですね」
「そんな、ヴァーツラフ、まるで私が負けたかのように言わないでよ〜」
「おや、負けたのではないのかね?」
「負けたと思いたくないだけよ」
教授の横にいるヴァーツラフにアップルパイを渡しながら、はため息混じりに言う。
もとから負けず嫌いななだけに、そう簡単に思いたくないだけなのだ。
「しかしこうやって、また美味しいアップルティーとアップルパイを食することが出来て、本当に嬉しいよ。
モニカ君とカーヤ君が気の毒だな」
「カーヤに関しては可哀想だと思うけど、モニカに対してはそう思ってないわ。逆に、こっちとしてはありがたいぐらいよ」
「そんなことを言ったら、モニカがかわいそうですよ、」
「いいのいいの。私はもとから、彼女だけは得意になれないからね」
ここまで話すと、は周りを見回し、全員にアップルパイが振舞い終えたのかを確認した。
……どうやら、全員に無事渡ったらしい。
しかし、何だか、人数が足らないような気がしていた。
ケイトはカテリーナのところに持っていっているからいいとして、一体誰がいないのだろうか?
そう言えば、今日はまだアベルの姿を目撃していない。
いつもなら真っ先に来ては、大切りのアップルパイと砂糖たっぷりのアップルティーを要求してくるはずなのに。
「トレス、アベル見なかった?」
「ナイトロード神父なら、手に何かを持って、900秒前に“剣の間”を出て行くのを目撃した」
ちょうど哨戒をしていたトレスを止めて、アベルの居所を聞き出そうとする。
本当は参加して欲しかったのだが、毎年のごとく、「俺に消化器官はない」と言って断られてしまうため、
彼はいつも通りに哨戒をしていることが多かった。
「何かを持って? 何なのか、分からないの?」
「白い平たい物の上に、何かがのっていたようにも見えたのだが、それ以上のことは不明だ」
「白い、平たい物?」
トレスの返事に、の頭は「?」だらけになってしまっている。
白い平たい物と、その上にのっかっていたもの。
一体、何なのだろうか……?
<どうかしたんですか、さん?>
「ああ、ケイト。アベル、見なかった?」
<アベルさんなら、先ほど私が調理場に戻った時、テーブルにのせてあったアップルパイを持って、そのまま出て行きましたわよ。
「一緒に食べないんですか?」と聞いたら、「これは別のことで使うんです」と言って……>
「別のこと? ……もしかして……」
ケイトの言葉に、の頭にあることが浮かび上がっていた。
もしそうだとしたら、彼は1人で、抜け駆けしたということになる。
毎年一緒にしていたことだから、今年も一緒に行くかと思っていたのに……。
「ケイト、ごめん、しばらく任せてもらってもいい?」
<ええ、大丈夫ですわよ。アベルさん、連れ戻しに行くんですか?>
「ま、そういったところね。行って来るわ」
はアップルパイをのせていたお盆を、近くのテーブルに置くと、そのまま走って中庭を出て行った。
その姿は、少し慌てているようにも見え、一瞬、ケイトが心配するほどだった。
<さん、大丈夫でしょうか?>
「何がだ?」
<何だか、少し慌てたようにも見えましたから。何かあったのでしょうか?>
「卿の発言意図が不明だ。再入力を、シスター・ケイト」
<う〜ん、どう言えばいいのでしょう……>
言っている意味がよく分かっていないトレスに対して、どんな説明をすればいいのか。
それぐらい、の行動が心配だったケイトなのであった。
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自動二輪車(モーターサイクル)に乗って到着した場所は、あの聖ラケル修道院だった。
いつもなら修道院に顔を出すのだが、今日はそれどころではない。
は自動二輪車を乗り捨てると、その横にある地下墓地へと向かった。
昔と変わらず、彼女は地下墓地のドアを開け、中に入ってく。
いくつもの墓石を目にしつつ、どんどん先へと進んでいく。
そして……、目的の場所までたどり着いた。
「……アベル……」
目的地に探し人を発見すると、は少し息が荒いまま、相手の方に向かって歩き出した。
その姿は、何か昔のことを思い出しているようにも見えてしまう。
昔もこうやって、彼はあの前に座っていた。
ずっと、動こうとはしなかった。
ただただ何も考えず、座り続けているだけだった。
「……先に行くなんて、ずるいわよ、アベル」
彼の横についたが、何も言わず、彼の横に腰掛ける。
実際に椅子は1つしかないため、彼女はしゃがむ形になったのだが。
「……どうして、ここが分かった?」
「ケイトが調理室から、残っていたアップルパイを一切れ持っていったって言っていたからね。もしかしてと思って」
「そうか……」
いつもと違う話し方に、は少し懐かしみながら、目の前にある墓をみつめていた。
墓石の前には、もうすでにアップルパイが置かれていて、その後ろには赤とピンクの薔薇の花束が置かれていた。
毎年、がやっていることを、今年はアベルが先になってしまったようだった。
「……あれから、もう長いごと立っているのよね」
「ああ。……」
「ん?」
「俺は……、ちゃんと罪を、償っているだろうか? ちゃんと、彼女に顔向けが出来るように、なっただろうか?」
「そのために地上に出て、カテリーナや私の前に現れたんじゃないの?」
「そうなんだけど……」
少し自信なく言うアベルを、は優しく見つめていた。
それは長年、彼と同じ罪を背負ってきたものだからこそ出来ることだ。
「……私も、毎年この日になると、そんなことばかり考えるの。私はちゃんと、彼女の意思を継いでいるだろうかとか、ね。
けど結局、毎回答えが出ないの。……むしろ、『答え』なんて、なくてもいいんじゃないかって考えるようになってね」
「『答え』が、ない?」
「そ。自分がそれでいいんならいいし、間違ったことをしてないんだったら、別に深く考える必要もないんじゃないかってね。
アベルは、違うの?」
「さあ……、どうだろうな」
椅子から立ち上がり、と同じようにしゃがむと、同じ視点で、目の前の墓を再び見つめた。
墓石の上に、誰かが座っているように見える。
気のせいでも何でもなく、確実に2人の目に、その人物がはっきり見えている。
「……もう、あれから何年立ったか分からないけど、俺達はまたこうして、彼女にこいつを届けられた。
これから何年立っても、これだけは忘れないで届けるだろうが……、こんなんじゃきっと、許してもらえないんだろうな」
「きっと彼女は、許すとか許さないとか、そんなこと考えてないんじゃないかな?
むしろ今、“人間”のために動いているアベルの姿を見て、喜んでいると思う」
「……」
「私も、今こうしていられるのはアベルのお陰だと思っているし、これからもアベルのために、必死に生きていこうと思っている。
それは彼女との約束というのもあるし、自分のためというのもあるし、ね」
その場に立ち上がり、アベルの前に手を差し出す。
その姿はまるで、「天使」が何らかの力を与える「光」を捧げているようにも見えた。
「だから、これからちゃんと、2人で生きていこう。彼女が出来なかったことを、2人でちゃんとやっていこうよ。ね?」
「……ああ、そうだな」
の手を取り、立ち上がるアベルの顔に、先ほどの不安はなくなっていた。
むしろこれからの原動力みたいなものを与えられ、肩の荷が下りたようにも見えた。
「さ、戻りましょう。みんな、待っているし。アップルパイも、ちゃんとアベルの分、残してあるからね」
はそのままアベルの手を引っ張ると、そのまま地下墓地から地上に戻った。
今まで暗いところにいたせいか、太陽の光が眩しくて、思わず目を掠めてしまう。
「くー! 日が眩しーねー!!」
「……」
「ん? ……きゃっ!」
呼ばれて振り向くと、突然の背中に腕を回し、強く抱きしめられる。
突然起こったことに、は少しアタフタしてしまう。
「ど、どうしたの、アベル!?」
「……ありがとう」
「えっ」
「ありがとう……、」
アベルの声が、優しくの心を包み込む。とても温かくて、優しくて。
この声だけで、自然と力が湧きあがりそうなぐらいだ。
「……お礼はなしだよ」
「え?」
「だって私は……、あなたの“フローリスト”だもの。これぐらいのことするのは、当たり前よ」
少し腕を緩めさえ、アベルの顔を見る。
そっと頬に触れ、少しだけ背伸びをして、触れていない頬に、そっと唇を落とした。
「……私のところに、戻ってきてくれて、ありがとう」
「当たり前だ。俺はお前の……、“クルースニク”だからな」
お互いに微笑みあい、そしてゆっくり、お互いの想いを伝え合う。
それはまるで、新たなる「誓い」をしているようにも伺えるような光景だった。
さて、次回のアップル・アニバーサリーは、一体どうなることやら……。
ようやく完成しました。
とりあえず、RAM編ということで、ヴァーツラフがいます。
ROM編も考えてはいますが、よく考えたら、ローマにもどったことがないんですよね(大汗)。
たぶん、漫画編で書くと思われます。お楽しみに!
今回、過去の話とかもある関係上、アベルが素に戻ってます。
そして、ちょっとだけ過去編の予告になってしまいました。
最初は特に考えてなかったのですが、書き終えたら「ヤバイ」と思った私。
でもま、いっか。全部が全部明らかにされてないので。
もともと、この話自体が予告編みたいなものですからね。
タイトルといい、ストーリーといい……。
ちなみに、今後モニカとは、本格的にやり合うようです。
ま、正確にはROM4かもしれませんが。
RAM6を読んだ限り、こりゃの嫌いなタイプだなとすぐに察知したためです。
ま、あまり暴れない程度に暴れさせます、ハイ(笑)。
(ブラウザバック推奨)