が大広間の扉の前に到着した時、中から聞き覚えのある声が聞こえた。
確かあの声は、ロレンツォ・ヴィスコンティ――ガレアッツォの伯父であり、
ミラノでも最大のグループ企業を統括するヴィスコンティ家の家長のものであるはずだ。
(やばい、気づくのが遅かったか!?)
は一瞬焦りながらも、大広間の扉を開いた。
すると、たくさんの銃弾が飛び交う光景が視界に入って来た。
銃弾はそのまま数人の警備兵の胸や眉間を打ち抜かれ、その場に崩れていく。
どうやら、前方にいる演奏家達の手にしている火器によってやられたらしい。
「ご苦労、諸君。……ああ、皆様はそのまま動かないで頂きたい」
ちょうど演奏家の近く、カテリーナの前にいる男が落ち着いたように命ずると、
懐から革で装丁された大型の手帳を取り出し、栞ではさんだページを開く。
どことなく聖書のように見えるが、内容は全く違うものだった。
「声明――我ら、経験にして死を恐れぬ新教皇庁教徒は、邪悪なる偽教皇庁に対し、真の教皇たるアルフォンソ聖下の解放
を要求する。この要求が聞き入れられぬ時は、人質を全員処刑し、我らもまた殉教するであろう。……エィメン」
「……あなた達、正気ですか? こんなことをしてただですむと思っているの? この城には、200人からの兵士がいるんですよ」
「ご忠告ありがとうございます、猊下。ですが、心配はご無用に願いたい。こちらもそれなりの目算があるからこのような真似
をしているわけでして……」
カテリーナは、外にいる警備兵達がすでに全滅されていることを知らない。
何とかして知らせなくてはならないのだが、敵によって無線も通じない今、交信する手段が何もなかった。
ここはとりあえず、少しでも近くまでいかなくてはいけないようだ。
「……ああ、申し遅れました。私、新教皇庁で司祭を務めておりますバルタザール・フォン・ノイマンと申します」
「新教皇庁の残党……」
指揮官の男が自分を紹介するが、その言葉にが少し顔をしかめた。
プログラム「スクラクト」の情報では、彼は“騎士団”幹部のはずだ。
作戦か何なのか分からないが、本当の素性を明かさないことにしているのかもしれない。
「この城の衛兵諸氏は実に礼儀正しかったです。『楽器はデリケートだから、ケースには触らないでくれ』と言ったら、
チェックもせずに通してくれましたよ……」
(やっぱり、私が指揮を取るべきだった……!)
は心の中でそう叫び、あともう少しで彼らの視界に入るところまで接近していく。
それより先に気づいたのは、彼女の上司であり、スフォルツァ城の主であるカテリーナだ。
彼女はかすかに声を上げようとしたが、が人差し指で唇を押さえるのを見て、すぐに言葉を飲み込んだ。
「今、無線機を用意させています。これでローマのメディチ枢機卿まで連絡を入れて頂きたい。当方の要求はアル
フォンソ聖下の解放――期限は夜明けまでとしましょう」
「そんなこと、絶対にさせないわよ」
指揮官――バルタザールが振り向いた時には、すでに銃口が彼の方に向かれたあとだった。
そこにいるのは、今までここにいなかった女性――カテリーナの護衛役を買って出たがアースカラー
の目を鋭くさせて睨みつけていた。
「猊下、彼の要求に答えてはいけません。ここは私が押さえます」
「おや、自信満々な発言ですね。猊下とはどのような関係なのかは存じませんが、女性1人でこの場を救おうというのは、
いささか無謀な話ではないですか?」
「確かに、無謀かもしれないわね。けど、ご心配なく。こう見えても、私はそこにいるヴィスコンティ大尉よりも役に立つわよ」
傍らにいるガレアッツォに視線を一瞬向け、すぐに敵の方に視線を戻す。
一瞬でしか見てないからよく分からなかったが、どうやら耳元から大量の血が流れているように赤くなっていた。
「……彼女の言う通り、私はあなたの要求は呑めません、ノイマン司祭」
が相手の動きを全て把握していることを理解したからなのか、
カテリーナが少し落ち着きを取り戻し、バルタザールの要求に答える。
「我が教皇庁があなた方異端者と交渉することは絶対にあり得ません。たとえその結果、枢機卿の命が失われようともです」
「絶対に? なら、仕方ありません……」
その言葉と同時に、バルタザールがの前から消え、一瞬姿が見えなくなった。
しかし次に現れた時には、すでにカテリーナの首筋に凶器と思われる指揮棒が振られている時だった。
「スフォルツァ猊下!」
「おっと、この距離で撃つのは危険ですよ。あなたの主が巻き沿いを食いますからね」
銃を移動したバルタザールに向けたが、相手は至って冷静な態度でに忠告した。
確かにこの距離では、間違いなく横にいるカテリーナに被害が及んでしまう。
ショートナイフなどがあればいいもの、ここから一番近いテーブルまでは2メートルほどある。
そこまで行き、ナイフを掴むのにかなりのタイムロスが生じてしまう。
はただ、歯を食いしばり、相手を見つめることしか出来なかった。
「我らが本気であるという証拠に、猊下、あなたの首をローマの教皇達に見せてあげましょう。……交渉はそれからだ」
相変わらず冷静な声で宣告し、指揮棒が無造作に持ち上がる。
その時、は何かを思い立ったのか斜め前に大きく前進し、
持ち上げられている指揮棒に焦点を合わせ、引き金を引いた……、と思われる。
壁の窓ガラスが砕け散り、数百の獣が一斉に吼えたかのような猛々しい咆哮のせいで、銃声がかき消されてしまったからだ。
崩壊した壁の向こうからぎらつく輝きが大広間に突っ込んでいて、
それが中庭に止まっていた大型トラックのヘッドライトだと気づくのに時間はかからなかった。
そしてそれを運転しているのが誰かというのも分かったは、心の中で相手に聞こえるかのように叫んだ。
(あの馬鹿、こんな派手な方法以外、考えられなかったの!?)
はすぐに身を翻し、バルハザールから少し離れたカテリーナのもとへと駆けつける。
どうやら、彼の攻撃は受けていないらしい。
「大丈夫ですか、猊下!?」
「私は無事です、。ところで、これは一体……」
「たぶん、運転しているのはアベルです。本当、何を考えているのかさっぱり分からないわ!」
そんなの台詞をかき消すかのように、突っ込んできた大型トラックがエンジンを全開にしてパーティー会場
を3秒足らずで横ぎり、最前部に固まっていた劇団の中央に突っ込んでいく。
思わぬ乱入者に、ヒステリックに騒ぐ者、テロリストに飛びかかろうとして逆に殴り倒される者、
テーブルの隠れて震えている者などで騒然となっていた。
「――カテリーナさん! さん!」
運転席にいるアベルが上司と同僚の名前を怒鳴るように呼ぶと、バックギアを入れ、助手席のドアを開けた。
「アベルの馬鹿! 来賓の方達を余計怖がらせて、どうするのよ!?」
「今はそんなこと言っている場合ではありません! こっちに……、早く!」
「……逃がしませんよ、猊下!」
混乱から我に返ったバルタザールが再び凶器を振り上げたが、指揮棒の先がいつの間にか紛失しており、
それに追い討ちをかけるかのように、運転席からほとばしった銃弾によりどこかへ吹き飛ばされてしまっていた。
「行くわよ、カテリーナ! 掴まって!!」
無意識に普段通りの口調に戻っていたが、今はそれを修正している場合ではない。
はカテリーナの腰に手を回すと軽く床を蹴り、一気に大型トラックの助手席に向かって突進した。
それは旗から見ると、まるで“加速”しているかのようにも見えた。
カテリーナを先に乗せたあと、も相手の攻撃を反撃しながら乗り込み、
ドアをしっかりと閉めて、運転席にいる銀髪の神父に合図を出す。
「今よ、アベル! 動いて!!」
「分かりました。お2人とも、しっかり掴まって下さい!」
「いかん……、逃がすな!」
バックギアで走り始めたトラックに向けて、楽団員の1人らしいブルネットの女が叫ぶと、
腰に構えた散弾銃をトラックに目掛けて撃ち放った。
フロントガラスがヒビだらけになり、トラックに乗っている者達の顔が傾いてく。
「ぬわっ!?」
右の前輪が撃ち抜かれ、トラックが大きくバランスを崩す。
それをがカテリーナを支えながら、急いでアベルの掴むハンドルを握り締める。
何とかバランスを整えると、そのまま大広間を抜けて中庭へ抜け出したが、
左後輪に2発目の銃弾が撃ち抜かれてバーストしてしまった。
「う、うわわわわわわっ!!」
「アベル、脇の石壁に車体を預けて!」
時期に横転してしまうのは目に見えているが、少しでも衝撃を減少させなくては、中央にいる麗人に怪我を負わせてしまう。
自分達は何とかなるからいいもの、彼女に傷を作らせるわけにはいかない。
アベルが体を右側に大きく動かし、脇にある石壁に向かって傾かせる。
脇の石壁に車体をこすりつけるようにしてバランスを保ち、そのまま数秒の時間耐え続けた。
が、巨大な重量に耐えかねた壁が崩れ、そこに埋もれるような形でトラックが横転した。
この支えなしで横転したよりも、はるかに衝撃は少ないはずだ。
「お2人とも、無事ですか!?」
「私は何とか。……カテリーナ! あなた、大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫よ、。あなたが支えてくれたお陰で、そんなに酷い怪我をしなくてすんだわ」
フロントガラスに銃弾が撃ち込まれた時にやられたのか、カテリーナの肩から出血していた。
しかしアベルとを気遣ってか、無理して平気な顔を装っていたのだ。
すぐに止血をしなくてはいけないのだが、先に脱出しなくては意味がない。
「カテリーナさん、さん、こちらから脱出します!」
運転席のドアを開け、先にトラックから脱出をしたアベルの手が差し出され、
カテリーナが痛む肩を気遣いながら彼に引っ張られる。
その後、すぐにアベルの手がに差し伸べられたのだが、彼女はその手を使わず、
運転席にあるハンドルへ器用に足を引っ掛け、自力での脱出を成功させていた。
「さすがさん、場慣れしてますね」
「あまり嬉しくないけどね。……それはともかく、とりあえず東館まで逃げましょう。細かい作戦はそれからよ」
「了解しました」
アベルはカテリーナをささえながらトラックから飛び降りて走り出すと、
もその後を追ってトラックから飛び降りて逃げ出した。
敵からの攻撃があると予想していたが、後ろから何も反応がないため、一瞬敵の罠に嵌められているのではないかと思ったのだが、
今はそれより、一刻も早くカテリーナの出血を止めることで一杯になっていたため、
この考えはとりあえず保留することにしたのだった。
天に浮かぶ2つの月が3人の姿を捉え、東館に到着するまで、明るく照らし続けていたのだった。
ちょっとだけ“加速”っぽいのを使っていますが、
あれはただ単に床を蹴り、低くジャンプして横に移動しただけなので、「力」は一切使っていません。
まぁ普段から他人の前で使うのを嫌う人なので、それに通ずるものを代用しました。
トラックが右に倒れる時、「あれ、イタリアって左側運転だよな?」と考え、
アベルに右側へ体重をかけるように指示を出してみましたが……、
そんなに簡単に横に倒れるもんなんですかねえ(汗)?
まぁ、カテリーナとも右に体重をかければ大丈夫でしょう。
……たぶん(大汗)。
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