そして翌日の夕方。

 キリエの父であるヴァーツラフの花をテラスのフェイス越しに並べたクレアは、

 助手を買って出てくれたキリエと共に、ディナーの準備に取りかかった。

 普段から料理をしていることもあり、てきぱきと手を動かすキリエを見ながら、

 クレアは彼女を助っ人にしてよかったと心の中で呟いていた。

 

 そして、予定のPM7:00。

 貸切り客が無事に到着したのだった。

 

「やっほー、クレア! 久しぶり〜♪ 元気だったかい?」

「ええ、もちろん。カインも元気そうね」

「僕は元気だよ〜。仕事も順調だしね。それも全部、イザークとルシアのお蔭だけど」

「お褒めのお言葉、ありがとうございます、カイン様」

「こらこら、今日は敬語はなしだって言ったはずだよ? もっとリラックスして」

「……そうだったわね、カイン」

 

 仕事状では上司と部下という関係もあるせいか、ルシアは敬語で話すことが多かった。

 が、プライベートになると話は別である。

 毎回会社を飛び出したカインを確実に捕らえることが出来るのも、

 2人が普段から仲がいいということもあるようだ。

 

「今日の服、とてもよく似合っているわよ、ルシア。やっぱり、あなたは紫がよく似合うわ」

「ありがとう、クレア。それより噂によると、今日は貸切りらしいわね。大丈夫なの?」

「ええ。『フルムーンデー』は昨夜やったから問題ないわ」

「そう? なら、いいんだけど。また、カインが無理なお願いしたんじゃないかと思ってね」

「そんなこと言われたら、ぼかぁ、ちょっと悲しいなあ。君の為に貸切りにしたのに」

「その気持ちだけで十分嬉しい、ということよ、カイン」

 

 少しがっかりした顔を見せたカインだが、

ルシアがそんな彼を宥めるのが得意なことぐらい、クレアはちゃんと分かっていた。

 だから自分は、彼らに最高のおもてなしをすることだけを考えて、

 2人をテラスまで案内したのだった。

 

 いつもと違うテラスに、最初に気づいたのはカインだった。

 そよ風に揺れる花がヴァーツラフからのものだと聞いて、

 ルシアも嬉しそうに微笑んでいた。

 

 2人を席に案内すると、早速ワインのコルクを外す。

 ルシアの好みに合わせ、今回はあまり渋すぎないものを選んだ。

 

「ちゃんと私の好みを覚えていたのね、クレア」

「何せ、私がワインに強くなったのはあなたのお蔭だもの。好みが分からないわけないわ」

 

 大学時代からの友人である2人は、昔、よく一緒にワインバーに出かけていた。

 そのお蔭で、今ではソムリエの資格を取ってもいいのではないかというぐらい、

 ワインに強くなっていたのだ。

 

「それじゃ、こちらは料理の準備に入るのでこれで。ゆっくりしていってね」

「ええ。本当、ありがとう、クレア」

「料理、お願いね〜」

「はいはい」

 

 笑顔で一礼したクレアはテラスを出ると、すぐに調理場へと戻っていく。

 だが、急ぐ必要はなかったようだ。

 

「クレアさん、カルパッチョの盛り付け、終わりました!」

「さすがキリエ、手際がいいわね」

 

 今回の助手がキリエなのを忘れていたため、クレアは少しだけ拍子抜けをしてしまった。

 この様子なら、アベルの代わりに毎回やって欲しいぐらいだ(え)。

 

「私、運んできますから、クレアさんはメインの準備して下さい」

「ありがとう。助かるわ」

「いいえ、私もルシアのお祝いしたいですし、丁度いいですよ」

 

 満弁の笑みをこぼしながら、キリエが2つのお皿を両手に持って、調理場を出て行く。

 まるで、どこかで修行でもしたことがあるんじゃないかと言わんばかりに、

 手馴れた手付きで持っていく姿に、クレアは少し驚いていた。

 が、その謎はすぐに解明される。

 

(ああ、そうか、イクス兄弟の時で慣れているのね)

 

 とりあえず謎が解明され、クレアがメインに取りかかろうとしたのは、

 キリエがちょうどテラスに到着した時だった。

 

 

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「それにしても驚いたわね、あなたがお手伝いしているだなんて」

「クレアさんにお願いしたの。服も借りちゃった」

「よく似合っているよ、キリエちゃん。ぼかぁ、思わず見とれちゃったよ」

「ありがとうございます、カインさん」

 

 キリエが着用しているのは、クレアが普段、ナイトタイム用に着用しているものと同じで、

 黒のパンツに黒の長いギャルソンエプロン、

 白シャツに黒のネクタイといった、実にシンプルなものであった。

 自分がうまく着こなせるかは分からなかったが、カインに誉められたお蔭で、

 少しだけ自身が出来たのだった。

 

「あ、これ、ルシアに。お誕生日おめでとう」

「あら、ありがとう、キリエ。開けてもいいかしら?」

「うん。あ、でも私がいなくなってから開けてくれる? ちょっと恥ずかしいから」

「分かったわ、キリエ。本当、ありがとう」

 

 ルシアの笑みに、キリエがお礼を言うかのようにお辞儀をすると、

 スタスタとテラスを後にしていった。

 どうやら、少し照れているようだ。

 

「キリエちゃん、本当にかわいいね〜」

「ええ。だからおじ様が、放っておけないのよ」

「ああ、この花を届けてくれた人だね。僕、まだ会ったことがないんだよなぁ〜」

「とてもいい人よ。何なら今度、紹介しましょうか?」

「えっ、いいのかい?」

「もちろん。キリエも喜ぶわ。……あら、可愛らしいわ」

 

 キリエがくれたプレゼントを開けると、そこから出てきたのは、

 紫の花をメインに飾った小さな籠花だった。

 透明なケースに入れられ、部屋にそのまま飾れるようになっているようだ。

 

「おじ様に教わりながら作ったのね。本当、よく飾られているわ」

「いいなあ、ルシア。僕も欲しいな〜」

「なら、今度、キリエに直接頼んでみたらどうかしら? きっと、喜んで作ってくれるわよ」

「そうだね。それじゃ、あとで相談してみよう!」

 

 

 カインが嬉しそうに微笑み、カルパッチョへ手を伸ばす。

 そんな彼の笑顔が、ルシアにとって何物にも変えることが出来ないほど大切なものであったのだった。

 

 













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