空気を入れ替えるために開放された窓から注ぐ風が気持ちよく、 予想以上に効率よく作業が進んでいた。 先ほどまでの苛立ちが落ち着いたかのようで、アストはほっと胸を撫で下ろしていた。 すべてが順調に進むはずだった。 必要箇所もちゃんと入れ、あとは建設作業を待つだけだった。 しかし急に、クライアントが設計の変更を申し出たのだ。 その場は温厚に勤めたが、外に出たのと同時に近くにあったゴミ箱をおもいっきり蹴り飛ばし、 そのテンションのまま、ここに到着したのだ。 (あのクライアントめ。これでまた文句を言ったら、おもいっきり蹴り飛ばしてやる) そんなことを思いつつも、アストは定規を使って、 細かく寸法を測りながら、線をどんどん書き足していった。 数時間後、大きく伸びをしながら、ふと外を覗いてみた。 目の前に広がる海はとても青々としていて、何人ものサーファーが波に乗っている。 暇なヤツはいいと思いながらも、自分には生に合わないことなど分かっているから、 特に気にすることでもなかった。 あともう少しで作業も終わる。 終わったら、アベルにあつあつのカプチーノを淹れてもらおう。 阿呆で馬鹿ではあるが、彼の淹れるカプチーノはアストのお気に入りだった。 そして、そのカプチーノを片手に、クレアが焼いたベイクトチーズケーキを食べる。 そうすれば、気分よく職場に戻れる。そう、思っていた。 だが、その希望はいとも簡単に崩れてしまった。 かたんと、何か物が落ちる音がしたからだ。 (誰かここにいるのかや? ……いや、そんなことはあるまい) きっと、窓が開放されているから、風で何かが吹き飛ばされたのであろう。 そう自分に言い聞かせ、また作業を再開しようとする。 しかし、そう簡単に集中力が復活するわけもなく、アストはついに手を止めてしまった。 その場から立ち上がり、物音が聞こえた方向へ足を進める。 テーブルの上に椅子がつまれていて、その奥から聞こえたはずだ。 恐る恐る足を進めると、テーブル越しに、何かが置かれているのが分かった。 いや、正確には、何かが横たわっているのが見えた。 そしてそれが、自分のよく知る人物だったことに、アストは思わず叫んでしまった。 「な、何をしておるのだ、トランディス―――!!」 |
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