「ようやく着いたわね」
ローマから、一体どれぐらいかかっただろうか?
1日で移動は出来たが、思った以上に長く感じたのは気のせいだろうか。
この日、シスター・・は、ローマから派遣先である自由都市イシュトヴァーン中央駅にいた。
「夜になる前には到着した方がいい」という彼女の「相棒(パートナー)」の助言通り、太陽が沈む前に到着したのだった。
「さて、どこに行けばいいんだったかしら?」
尼僧服の内側にある小型な機械を取り出し、蓋を開けて、電源を入れる。
キーボードを叩き、画面にイシュトヴァーンの地図を出すと、目的地を検索した。
キーボードを動かす手は素早く、他人が見たら思わず目を見開くであろう。
「あ、あったあった。聖マーチャーシュ教会ね。ここからそんなにかからないみたいだから、普通に歩いてでも……って、今回は歩くしか方法ないわね」
いつもと違う格好をしていることに気づき、は小型機械を再び胸元に収め、地面に置いたトラッシュケースを持って歩き出した。
街はとても静かで、まるで誰もいないような風にも思わせていた。
商店街とかも一応あるようだが、活気がなく、店主なども静まり返っていた。
(噂では聞いていたけど、ここまで静かだと、逆に気が休まらないわね)
の心の声を発しながら、目的の場所まで向かう。
到着して、チャイムをゆっくり鳴らすと、そこから1人の見習いシスターが姿を現した。
「どちら様でしょうか?」
「ローマから本日つけで、こちらでお世話になることになった、シスター・・と言います。
ヴィテーズ司教様、いらっしゃいますか?」
「はい。お話は司教様から伺っています。中へどうぞ」
は中に通されると、少し歩いたところにある司教の部屋へと案内された。
中ではとても柔らかな女性が、司教卓に座って、に優しく微笑んだ。
「ようこそ、聖マーチャーシュ教会へお越しくださいました。私、司教のヴィテーズと申します。これから、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします、司教様」
目の前に置かれた紅茶を手にとり、一口運ぶ。しばらく堪能して、少し疑問そうにヴィテーズに聞いた。
「これ、どこの紅茶ですか?」
「この市内にある、普通のお茶屋産で購入したものです。……何か、不都合でもありましたか?」
「あ、いえ、特には」
(う〜ん、味がちょっと薄いかしら? それとも、茶葉がもともと薄いのかしら?)
思わずそう考えながらも、本日4杯目の紅茶を飲み乾して、相手の顔を見て質問した。
「ところで、ここに来る前に、知り合いから聞いたのですが……、ここは夜になると危ないそうですが、どうしてなのでしょうか?」
「……ここは夜になると、暗闇になってしまうのです。……本当に」
「本当、に?」
「ええ……。……さあ、今日はお疲れでしょう。僧房に案内させますわ。そこにいますね? シスター・エステル」
話をわざと反らしたように感じられ、は少し疑問に思ったのだが、
先ほどここまで案内してくれた見習いシスターとともに部屋を出て行った。
ま、これから聞き出すことも可能だから、今ここでつっこまなくてもいいだろう。
「あなた、昔からここにいるの?」
「はい。私、幼い頃に両親が殺され、それからずっと、ここでお世話になっているんです」
「そうなのね……」
赤い髪に大きな目をした見習いシスターは、どことなく「彼女」に似ていた。
いや、それはただ単に、髪の色が同じだけ、なのかもしれないが。
「……ここですわ、シスター・。とっておきの部屋を用意したんです」
そう言ってドアを開くと、そこは壁にヒビが入り、カーテンはつぎはぎになっており、
さらに床が少しギシギシいう、こじんまりとした部屋であった。
これを見ると、どんなに自分が裕福できれいな部屋にいるんだとつくづく思ってしまう。
今までお世話になっていた寮の方が清潔感があった。
「あ、ありがとう、シスター……」
「エステル。シスター・エステル・ブランシェです」
「私は、シスター・・。でいいわ。私も、エステルって呼んでいいかしら?」
「あ、は、はい!」
がエステルに向かって微笑むと、彼女は少しドキッとしてしまい、思わず言葉が突っかかってしまった。
何て温かい笑みなのだろう?
「ところで、私の連れが時期に来ると思うんだけど、聞いていない?」
「いえ、まだこちらには連絡が入っていません。一緒に来られると思っていたので」
「そう……」
(アベル、先の任務で時間がかかっているのかしら?)
同僚がまだ到着していないことに、は少し疑問に思う。
確か彼は、ヴィエナでの任務を終えてから来ると言っていた。
そこからここまでは、そんなに時間はかからないはず。
「ちょっと休んだら、彼を迎えに行くわ。今日中には来るって言っていたし、道が分からないといけないから」
「でも、もうじき日が暮れます。そうしたら……」
「大丈夫。それまでには、ちゃんと戻って来るから。ね?」
再びエステルに微笑み、片目をつぶってウィンクする。
それに、また再びドキッとして、そこからドキドキし始めた。
別に一目ぼれしたわけではない。
しかし、なぜか安心してしまう。
「……どうしたの、エステル? 私、何かしたかしら?」
「い、いえ! 何でもありません! とにかく、お出かけの際はお気をつけ下さい」
「ありがと」
エステルは少し焦ったように部屋を出て行くと、はそんな彼女を微笑ましく見つめ、
埃を立てないようにトラッシュケースを置いた。
ケースを開けると、そこに1つの薄く、大きな機械が入っており、それを取り出して、机の上に置く。
――もちろん、埃を丁寧にはらってからだ。
「さて、どこにいるのかしら、あの鈍間神父は?」
蓋を開けて電源を入れると、先ほど同様、すごい勢いでキーボードを打ち始める。
画面に暗証ネームとパスワードを入力し、イシュトヴァーンの地図と路線図を映し出す。
列車の登録名簿をダウンロードし、そこから彼女の探し人の名前を検索し、居場所を突き止めた。
「……あと20分後、といったところね」
彼女は探し人の居場所を確認すると、電源を消し、再び蓋を閉め、その上に布を1枚かけた。
トラッシュケースを閉め、内側に閉まってある小型機械を確認して、ギシギシ言うドアを開けて、部屋を出て行く。
その時には、日が少しだけ沈みかけていたのだった。
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駅の少し離れた位置で、彼女は小型機械をいじりながら待つと、彼女の前からある1人の神父が現れ、すぐに機械の電源を消した。
「アベ――」
声をかけようとした時、彼の周りには鴉がグルグル回っていて、突っつかれながら前に歩いていた。
それにより、前に歩いていた少年にぶつかってしまい、相手は何か瓶のようなものを落としてしまった。
ぶつかった男の頭から出血し、メガネを探すように慌て出した。
「あーあ、もう、相変わらずなんだから」
は1つため息をつきながら、その方向に進んで歩き出すと、地面に落ちた瓶を見て、
その場に立ち止まり、少し顔をしかめた。
(あれ、単なる薬瓶じゃないわね……)
茶瓶の中に入っている液体が、夕日にあたって光り輝いている。
普通なら、瓶の色のせいで、何が入っているのか分からないはずだが、
彼女はそれが何なのか、かすかにだが分かるらしい。
そんなことをしている間に、神父が1人の少年に首を占められ、少し窒息しそうな顔をしている。
しかし、彼の胸元にあるロザリオを見て、彼が神父だということが分かったらしく、すぐに解放された。
しばらくして、2人の若者が神父から離れると、は先ほど神父にぶつかった少年を見てハッとした。
……あの顔、どこかで見たことがある。
(もしかして、あれはエステル?)
声をかけても良かったが、相手はお急ぎのようだから、下手に声をかけない方がいい。
そう思った彼女は、さっきまで首をしめられていた神父の側まで行き、手を差し伸べた。
「全く、しょっぱらからそんなんでそうするのよ、アベル?」
「さん! 来て下さったんですね!?」
「逆に、先に来てなくて焦ったぐらいよ」
少し呆れながら言うの手を取り、神父――アベル・ナイトロードはその場に立ち上がった。
女性にしては背が高いでさえも、アベルの前だと少し小さく見える。
「ヴィエナで、何かあったの? 予定だと、私より少し早く到着するはずなのに」
「いえ、それがホームでウトウトしていたら、1本列車を乗り過ごしましてね。その次に乗ろうとも思ったのですが、それが満席でして……」
「……アベル、あなた、予約しておくの忘れたの?」
「ええ、すっかりと」
「本当、いつもどっか抜けてるんだから……」
アベルの抜けた性格は、今に始まったことではない。
慣れていると言えば慣れてはいるのだが、さすがにここまで来ると何も言葉を返せない。
どうして自分は、この人と一緒にここにいるのだろうと、たまに考えることもある。
「さ、早く行きましょう。どうやら暗くなったら、危険らしいから」
「そうみたいですね。……ああ、そう言えば、トレス君から連絡はありましたか?」
「私より一足先に、こっちに入っているからね。どうやら、無事に潜入したみたい」
「そうですか。彼は、優秀ですからね。無事、任務を遂行してくれるでしょう」
「どっかの誰かさんと違ってね」
「そう、私よりもちゃんと……って、さん〜!!」
「はいはい、そんな顔しないで。とっとと行くわよ」
「はい……」
が無理矢理アベルの腕を引っ張ると、彼はそのまま彼女に連れられるかのように、教会へ向かっていったのだった。
はぁ〜、本当、これで大丈夫なのだろうか?
少し心配になったであった。
はい、漫画版1巻です。
「ROM」の設定とどう変えるか悩んだ結果、尼僧服になった。
どことなく書きにくかったのですが、それも試練だと思って頑張ってみました。
やっぱ、僧服の方が楽だわ……(大汗)。
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