翌日、とアベルは、エステルとヴィテーズ司教、そしてディートリッヒと共に、
教会の裏に設置されている墓地へと足を運んだ。
吸血鬼によって殺されたシスター達は、すぐにここに葬られ、
エステルは1時間近く、ずっと祈りを捧げていた。
この寒い中、よくここまでがんばれるものだと感心しながら、は彼女の後ろで、ずっと見守っていた。
例の吸血鬼は、“ガンスリンガー”の力も借りて、聖天使城(サンタンジェロ)で護送することになった。
そのため、しばらくはこの近くにある、今ではもう使われていない倉庫に隠しておくことにした。
そこが一番安全で、見つかりにくい場所だと判断したからだった。
祈り続けるエステルを見て、は彼女の心の広さを強く感じた。
今まで何人ものシスターに会ったが、自分を含め、ここまで他人のために祈る者に会ったことがなかった。
しばらくして、エステルは祈りを終えたように目を開き、そしてこちらを振り返った。
その目は、何かを強く決心したような雰囲気を漂わせるものだった。
「司教様――、私達、吸血鬼(ジュラ)と戦ってます」
エステルの言葉が、墓地全体に広がっていく。
その声は、とても強い。
「――嫌なんです、私。大好きな人が怯えることも、傷つくことも、死ぬことも。
このままだと、また教会が襲われるかもしれない……。だから……、ごめんなさ……」
ヴィテーズ司教に優しく抱きしめられ、エステルの言葉が途中で途切れてしまう。
その姿は、まるで娘を抱きしめる母親のように見える。
「優しい子。教えてくれてありがとね。知っていたわ。バカね、エステル。娘のことが分からない母親がどこにいますか」
エステルに自分の想いを伝えるヴィテーズ司教の声が、優しく、の心に響き渡る。
こんなに優しく話しかえる司教に、彼女自身が会ったことがなかったからだ。
「本当なら、絶対にさせたくないの。だけど、それが貴方の使命なら、がんばってらっしゃい。
頼もしい仲間もいるし。2人とも、この子を守ってちょうだい」
「はいっ! こんなんですが、お任せください! もー、大船に乗ったつもりで! ね、ディートリッヒ君!」
「懐くな!」
ディートリッヒと肩を組みながら、アベルがヴィテーズを安心させるように言う。
どれだけの接待力を持つのかはさておき、本人はやる気満々だ。
「ナイトロード神父だけでは心配だわ。私も一緒に行く」
「え、でも……!」
「大丈夫よ。少なからず、彼よりも役には立つと思うけど」
「そうです! 彼女は私よりも……って、ええっ!?」
「ま、そういうわけで……、ヴィテーズ司教様、ご安心して下さい。シスター・エステルは、私が責任を持って守りますので」
「分かりました。よろしく、お願いしますね」
ヴィテーズ司教が優しく微笑むと、も彼女に約束するかのように微笑み返す。
彼女の笑顔は、本当に心が安らぐようだ。
「早いわね……。もう、夜がそこまで来てしまった」
「司教様、私……」
「いってらっしゃい、エステル。ただし……、約束よ。必ず無事に帰りなさい」
「……はい!」
エステルはヴィテーズ司教に約束するかのように頷くと、
アベルとディートリッヒと共に、ジュラがいる城の向かってゆっくり歩き出した。
その後を追うように歩こうとした時、ヴィテーズ司教がを止めた。
「シスター・、これを持って行って下さい」
ヴィテーズ司教が、自分の胸元に飾られていたロザリオを外すと、それをの手に置き、ゆっくり握らせた。
「……これは?」
「もし私の身に何かあったら、これをエステルに渡して下さい。……私だと思って、持っていて欲しいと」
「もしかして……、……司教様!」
「もう、覚悟は出来てます」
彼女が言う「覚悟」とは、どのような覚悟だろうか。
の頭の中で、いくつもの仮説が浮かんできたが、どれも出来ることなら外して欲しいものばかりだった。
「さあ、行って下さい、シスター・。……あなたとナイトロード神父なら、大丈夫でしょう」
「ヴィテーズ司教様……。……分かりました、行って参ります」
はヴィテーズの前で十字に切り、軽く屈んでお辞儀をする。
それはまるで、彼女の仮説が全部「間違い」であることを祈るかのようだった。
急いで走って、アベル達と合流したが、教会のことが気になって仕方がない。
何度も気になるかのように振り返ったが、もう後戻りなど出来ない。
自分はこのまま、前に進むしかない……。
「……気になるようでしたら、戻ってもいいんですよ」
いつから気づいていたのか、前からアベルの優しい声が聞こえた。彼だけではない。
エステルもディートリッヒも、すでに気づいていた。
「けど……、私はもう決心したの。あなた達と一緒に行くと」
「なら、いいのですが……」
アベルが何か気にかけているかのように言う声を、彼女は無視することが出来なかった。
もしかしたら、彼も同じことを考えていたのかもしれない。
「……ナイトロード神父、私……」
「ええ……。お願いします」
「私の代わりにも、戻って下さい、さん」
「分かったわ、エステル。今からすぐに……」
言葉はここで、途切れてしまった。いや、続けたくても続かなかった。
後ろから、巨大な爆発音が鳴り響く。後ろを振り返ってみると、そこには想像もしたくない光景が広がっていた。
……聖マーチャーシュ教会が、燃えている。しかも、ものすごい勢いで、こちらまで広がっていく。
「エステルさん、さん、伏せて!!」
アベルが叫びながら近づくと、エステルとを爆音と共にやってくる火の玉を避けるように抱きしめる。
その衝撃でか、彼の背中にはたくさんのガラスの破片などが突き刺さっている。
「――――つっ…!」
「ナイトロード神父……、……アベル!!」
「大丈夫です、これぐらい……」
思わず、いつもの通りに叫んでしまったことより、
はアベルの背中に刺さったガラスの破片と、左の頭部から出血している部分の方が心配だった。メ
ガネは割れていないようだが、衝撃によって飛ばされている。
「それより……、大丈夫――ですか、お2人とも」
「私達の心配をする前に、自分の心配を……!」
「ディートリッヒ君、エステルさんとさんを安全な場所へ」
「――え」
「ヴィテーズさんは、もう助かりません! お願いします。ここは私が、何とかしますから」
「――分かりました。ご無事で!!」
近くに落ちていたメガネをかけ、ディートリッヒに安心の意味もこめて微笑むと、
ディートリッヒは少し躊躇いながらも、エステルとを連れて、遠くへと避難させた。
としては、出来ることなら彼のサポートにつきたかったが、ここはひとまず彼に託し、
彼女はエステルとディートリッヒと共に、教会から少し離れた林へと逃げ込んだ。
「2人は、ここで待っていて下さい。僕は近くの人を呼んで、消火活動をして来ます」
「分かったわ。……気をつけて」
「はい!」
彼に「気をつけて」と言うのに気が引けたが、今はそんなことを気にしている暇はない。
今は彼の下向きな行動を、認めるしかなかった。
「エステル……、これを」
ディートリッヒが去った後、は先ほど、ヴィテーズから預かっていたロザリオを彼女に渡した。
それを見て、彼女はが何を言いたかったのか分かったらしく、の方を見開いた。
「きっと……、こうなるって、分かっていらっしゃったのかもしれない。あまり信じたくないけど、そう、信じることしか出来ないわ」
「そんな……、司教様……!」
今までのことを思い出したかのように、エステルが泣き始めた。
そんな彼女を、はそっと抱きしめ、髪を撫で下ろした。
「大丈夫……。私はいつでも、あなたの味方よ。どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しいことがあっても、
いつでもあなたの、味方でいるから」
「、さん……」
「だから、今のうちにたくさん泣きなさい。そして、彼女のためにも、強く生きなさい。それが今のあなたが出来る、最高の『恩返し』よ」
しばらく彼女を抱きしめたあと、ゆっくり離し、炎が上がっている方――正確には、アベルがいるところを見つめた。
かすかに銃声が聞こえるあたり、どうやら本格的にやり合っているらしい。
その中には、彼女の聞き覚えのある音も聞こえたため、相手が誰なのかがすぐに分かる。
(どうやら……、合流したみたいね)
「エステル、あなたはここで、ジッとしていて。私は少し、ナイトロード神父の様子を見て来るわ」
「そんな……、危険です!」
「大丈夫よ。私はそんなに弱くないし、こんなところでへたる女でもないわ。ちゃんと戻って来るから、心配しないで」
「でも……、もう私、これ以上誰も……」
「エステル。無理な頼みかもしれないけど……、私を、私を信じて。
まだ会ったばかりで、そんなに長いごと話したりとかしていないけど、それでも、ほんの少しでもいいから信じて欲しい。……いいわね」
まるで自分自身に言うかのように、はエステルに伝えていた。
昔は誰も信じなかった自分が、今、こうして信じることを伝えられるのは、少しでも他人を想いやる気持ちを持てるようになったから。
少しでも他人を、大切にすることを覚えたからだ。
「……本当に、大丈夫なんですね?」
「ええ。……約束するわ」
「……分かりました。すぐ、戻って来て下さい」
「もちろん。あ、ちゃんとナイトロード神父も連れてこないとね」
「……はい!」
エステルの顔が少し強くなったように見え、も少し安心した。
まだ悲しみが残っているかもしれないが、今はそんなに悲しんでいる暇などない。
はエステルの側から離れると、アベルがいると思われる場所まで全力で走り出した。
しかしエステルの姿が見えなくなった時……、彼女は左腕につけている、少しごつ目の腕時計の円盤を動かし、
中心を「5」に合わせ、横についているボタンを押した。
すると下から基盤らしき針が現れ、の手首に軽く触れると、円盤が紫に光り出す。
「プログラム『ヴォルファイ』、私の声が聞こえますか?」
『よく聞こえるよ、わが主よ。で、今回はどこまで行けばいいのかい?』
「ここから少し離れた位置に“クルースニク02”がいる。そこまで飛んで欲しいの。やれるわね?」
『もちろん。座標確認、目標、イシュトヴァーン内、聖マーチャーシュ教会前。――移動開始(ムーブ)』
腕時計から流れる声が聞こえなくなった時、
の体が一気に消え、その場から彼女の「熱」がなくなったのだった。
「ナイトロード神父」と呼ぶ理由は、一応、ちょっとした上下関係です。
敬語では話してないのですが、一応、神父の方が偉い(?)ということで。
エステルに話し掛けているところは、いかにもお姉さん気質な。
と言うか、放っておけないんでしょうね。
慰めるシーンはもとから好きなので、結構書きやすかったです。
今後、増えていきますしね。
(ブラウザバック推奨)