天に輝く「2つの月」が光り輝いている。
1つは、古代から存在している月、もう1つは、“大災厄(アルマゲドン)”後に現れた、別名“吸血鬼どもの月”と呼ばれるものだった。
ハンガリア侯ジュラの城の前は、予想以上に静かなものだった。
何も騒がず、まるで何かを待っているようにも感じすら与える。
しかし、その静けさを壊すように、天から光らしきものが降り注がれた。
それが山岳地帯に落ちて、白煙が上がっていく。
「……あ、山岳地帯が……。神が、お怒りになられた……!?」
「……急ぎましょう!」
アベルが焦るように言うと、4人は急いで、目の前にあるジュラの城まで向かって走り出した。
城の入口は、特に警戒態勢とかにもなっておらず、思った以上にすんなりと入ってしまった。
この時点で、の中にはある疑問が横切る。
(もしかして……、これって、何かの罠?)
そうこう思っている間にも、エステルがスタスタと進み、ある1枚のドアを開けるかのように蹴りとばす。
手には聖水が投与されているボーガンをしっかりと持ち、颯爽と相手に向かって構える。
「ジュラ……! 今の光は一体何なんです!? 一体、何を……」
「…ハンガリア侯、――あれを発動させてしまったのですか?」
エステルに答えるかのように、アベルがジュラに向かって言う。
も、考えていることはアベルと同じである。
「あぁ、“嘆きの星”のことかね。見事だろう。私の妻が復旧させたロストテクノロジーだ。
遥かな高み――宇宙から愚民どもに下す制裁(兵器)。妻が私に残した、希望の星だよ」
“嘆きの星”につしては、もアベルも捜査済みだ。
ジュラはこれを復旧させるために、ここ最近、何度も“帝国”に向かっているのを、
彼の近くにいたトレスから報告を受けていたからだ。
「シスター、君風に言えば、“神のお怒り”……、そう思わなかったかね? 君の教会(いえ)があんなことになった後なら、なおさらだ」
「――――じっ、地獄に落ちるがいい! 吸血鬼!」
ジュラの言葉に怒りを露わにするかのように、エステルがジュラに向かってボーガンの引き金を引く。
しかし……、その攻撃を止めるのは、ジュラにとっては簡単なことだたらしい。
「物騒な! そういう君は、天国にでも行くつもりかね? どこまでも愚かだ、君達は」
ボーガンの矢が、ジュラの掌で踊る。
「お返ししておこう。地獄に落ちたまえ、短生種(テラン)」
その矢先をエステルの方へ向け、そのまま投げつける。
……いや、それはボーガンで打ち抜くのと同じぐらいの力で飛んで行った。
一瞬、エステルは一歩下がったが、矢はエステルの少し手前で、何かによって止められた。
止めたのは……、あの長身の神父だった。
「――これはこれは、先日あなたに、私の部下がご厄介になったようですね、アベル・ナイトロード神父。
――いや、教皇庁国務聖省特務分室(Ax)派遣執行官、“クルースニク”」
どうやら、相手は彼の情報をもうすでに知っているらしい。
となれば、の情報も……。
「……どうやら、そちらのシスターもお仲間のようにお見受けしますが……、残念ながら、あなたのデータだけ取り出せなくてね」
ジュラの発言を聞き、とアベルが顔をしかめたようにジュラを見た。
それは今の発言により、どういう敬意でこの事件が起こったのかが分かったからだ。
「……そう、なるほどね。すべて解けたわ、今回の事件のことが、ね」
「それは、どういうことなのかな、シスター?」
「ま、いずれ分かることでしょうけど」
は後ろにいる少年の顔を想像した。
もし彼女の勘が正しければ、彼は……。
「私は、教皇庁国務聖省特務分室(Ax)派遣執行官、シスター・・。コードネーム“フローリスト”。
初めまして、ハンガリア侯ジュラ・タガール」
「こちらこそ、初めまして、シスター・。君の顔は、本当に美しいな。まるで、天使の微笑みみたいだ」
「誉めてくれるのは嬉しいけど、あれを……、“嘆きの星”を止めるのが先よ。今なら、まだ間に合うわ」
「そうです。あれは元々兵器ではなく、電力中継衛星だったはずですよね? 奥さんは、こんなことに“星”を使われて、どう思われるでしょうか?」
の発言に続き、アベルがジュラの説得に加わる。
しかし、ジュラは顔色1つ変えず、目の前にいる4人に言い放つ。
「フ、これだから教皇庁(ヴァチカン)の短生種は性質(タチ)が悪い。口では愛や平和やと唱えながら、平和で我らを狩る。
私の妻を……、マーリアを焼き殺したのも、教皇庁の狂った聖職者達だった」
「―――…教皇庁の……」
「そう、君達と同じ、教皇庁の短生種だよ。それが、同じ短生種の妻を殺した。夫が“吸血鬼”だという理由だけでね」
「……異端、審問官……!」
が発した言葉が、どこまで届いたのか分からない。
しかし、本当に聞こえるか聞こえないかぐらいだったため、たぶん気づいていないと思われる。
……横にいる神父には届いていたかもしれないが。
「だが、その教皇庁ともこれで最後だ。――第2射の照準に狂いはないか、ディートリッヒ」
ジュラが最後に述べた名前を、エステルとアベルが少し驚いたような顔で聞き取った。
一方は、すべてを把握しきった様子で、名前を呼ばれた相手の顔を見ていた。
そしてその呼ばれた者は、満弁の笑みでジュラに答えた。
「はい閣下。目標座標は、北緯41度53分、東経12度29分――、ローマ市中央部、完璧です」
ディートリッヒの発言に、エステルは声も出さず、ボーガンを地面に落としてしまう。
それを見たディートリッヒが、どこからか取り出した銃を、エステルの手に握らせた。
「エステル、武器落としたらダメじゃないか。ホラ、僕の銃、貸してあげるよ」
しっかり握らせ、引き金を引く音が響き渡る。エステルの体は、わずかにだが震えている。
「ディートリッヒ君――、あなた、なぜエステルさんを騙して……?」
アベルには事の真相を話していなかったためか、信じられないといった表情をしている。
しかし、この間もの顔は、至って冷静を保っていた。
「やだなー、退屈だったから、遊んでただけだよ。騙すだなんて!」
「……そうね、あなたにとって、これはお遊びなのかもしれないわね、“人形使い”」
満弁の笑みで言う少年の斜め前に、何かを突きつけられているような感覚に襲われる。
振り向けば、そこには銃口の穴が、しっかり彼に向けられていた。
「……どうやら、あなたは僕のことに気づいていたみたいだね」
「もちろんよ。薔薇十字騎士団(ローゼンクロイツ・オルデン)、位階8=3(マギステル・テンプリ)、
称号“人形使い(マリオネッテン・シュピーラー)”、 ディートリッヒ・フォン・ローエングリューン」
「……ご名答。噂には聞いていたけど、お目にかかれて光栄だよ。
けど不思議だなぁ、あなたの情報だけ、どうしても見つけられないなんてね、シスター・」
「ま、ちょっとした仕掛けをしているから、ね」
の言葉を、アベルは少し驚いたように見つめていた。
正確な情報じゃない限り他人に言わないことは知っていたが、こんなことまで知っていたとは……。
「信じてないよ、私! 私を騙しても、何も意味ないじゃない」
「そんなことないって、エステル。楽しかったよ? だって君、馬鹿なんだもの」
信じたくないのか、エステルはまだ、ディートリッヒに問い掛ける。
しかし、それを反するかのように、ディートリッヒは彼女に答える。
「それと、ジュラ閣下は僕達のクライアントだから、ビジネスってこと」
「――だ、そうだ、シスター・エステル」
ディートリッヒの言葉を受けるように、ジュラが少し微笑んだようにして追い討ちをかける。
「君が仲間だと思っていた彼は、“吸血鬼”に手を貸していた。同じ短生種だというのに」
「……う、嘘!!」
言葉と同時に、エステルが銃の引き金を引く。
その狙い目は、確かにジュラの元にあった。
しかし、その銃弾に撃たれたのは……。
「……アベル!」
「神…父さま……! …わ、私……、ジュラを狙って…、――なんで、なんで私、神父様を…!?」
そう、エステルの横にいたアベルに当たり、そのまま倒れてしまったのだった。
(やばい……、エステルの体に、“糸”が……!)
「どうやら、この“糸”のことも知っているみたいだね、シスター・」
の心を読むかのように、ディートリッヒは手に付いているいくつもの“糸”を見せつけた。
それはとても細くて、普通にしていたら見えないぐらいだった。
「操り人形って、あるだろ? エステルは今、僕のお人形さんなんだ」
言葉が終わるのと同時に、エステルの手が勝手に動き、銃の引き金を再び引く。
その銃弾が、今度はの胸に撃ち抜かれる。
「……はぁっ……!」
痛みの余り、立っていられなくなり、もその場に倒れ込む。
何度か銃弾は受けているが、さすがに胸になると痛みが尋常じゃない。
「やだ……、…お願い、ディートリッヒ。やめ……」
「嫌だね」
再び引き金が引かれ、アベルとに銃弾の雨を降らせる。
本人の意思に反することだから、なおさら止めたい気持ちもあるのだが、
それすら出来ないもどかしさに狩られながらも、今はこの状態を耐え抜くしかなった。
……いや、絶えなくてはならなかった。
弾がなくなり、エステルが力なくその場に座り込む。
手は銃の力の発砲した力によって赤く染まっていて、その目はすでに、正気を失っていた。
「人形遊びが済んだのなら、ディートリッヒ、君はただちに配置につけ」
「はい。―――そうだ、閣下。エステルですけど、絶望いっぱいで、意外と美味しいかも。佳い夜を、エステル」
最後の最後まで笑みを浮かべたまま、ディートリッヒが部屋を出て、スタスタとどこかへ消えて行く。
それを追いかけることもなく、エステルはその場にしゃがみ込んだままだった。
そんなエステルの側にジュラが近づくと、右腕から伸びた剣により、エステルの体に絡み付いていた糸を切り離す。
それが分かったのか……、は声を出すことなく、アベルに話し掛けた。
(アベル……、聞こえる……?)
(……ええ、しっかり聞こえますよ、さん)
どこから声を発しているのか。
それは短生種から見ても、吸血鬼から見ても分かることではない。
(酷いじゃないですか、さん。ディートリッヒ君のこと、黙っているだなんて)
(言いたかったけど、確信じゃなかったから言えなかったのよ。悪かったと思っているわ)
(なら、いいのですが……。それよりさん……、動けますか?)
(何とかね。急所を外しているみたい。そっちは?)
(こっちも辛うじて、急所を外しているようなので大丈夫です。……どう責めます?)
(細かいことは、あなたに任せるわ。私、トレスに頼んだもの、取りに行かないといけないから)
(……そうですね。それじゃ……、やりますか、そろそろ)
(了解……!)
とアベルが、それぞれの銃口を標的に合わせる。
相手はちょうど、エステルの首筋に顔を近づけている最中だ。
……今しか、チャンスはない。
そう思った瞬間、2つの銃声が大きな音を上げて、相手の背中から右腕まで撃ち抜いていった。
「――…っな…」
撃たれたジュラは驚きの声を上げ、その場に倒れていく。
エステルも突然の衝撃に驚き、正気を取り戻し、攻撃を繰り出した方を見た。
「神父様!!? さん!!?」
「乙女のピンチ、――奪回っ☆」
「何とか、間に合ったようね。よかった……」
少し安心したようにため息をつくと、何とかして上半身だけ起こす。
アベルも上半身だけ起き上がると、目にたくさんの涙を流しているエステルが、2人目掛けて飛びつき、抱きついて来たのだった。
しかも、かなり豪快に。
「嘘だ! 何で、生きているんですかっ!」
「そ、それが、急所をちょっと外していてね」
「ていうか、痛いです、顎が! 痛いんで、あの……」
「本当に、一人になったかと思ったんです」
エステルの声が、安心したのと同時に、少し震えているようにも感じた。
その気持ちを察してか、は彼女の背に腕を回し、アベルも彼女の髪に触れ、自分に引き寄せた。
「それは、ひどいな」
「そうよ、エステル。いい? あなたは1人じゃないし、涙も涸れてないわ。現に、こんなに涙が出ているのだから」
「さんの言う通りですよ。それに、言いましたよね。私達はあなたの味方ですって」
「―――……それ、本当なんですか?」
「そんな胡散臭いですか、私……」
「アベルが言うと、そう聞こえちゃうのよ、きっと」
「そうですよね……って、さん!」
いつもと変わらない会話に、エステルは少し安心したように、2人に微笑む。
それは何だか、少しだけ何かが吹っ切れたようにも見えた。
アベルとは何とか立ち上がり、エステルもそれにならって立ち上がる。
アベルがエステルと向かい合うと、すぐに指示を出した。
「あなたはこれから、さんと一緒にディートリッヒ君を追ってください」
「!!?」
「“嘆きの星”を止められるのは、彼しかいません。ハンガリア侯は、私が何とかします」
「で、でも!! 神父様、このケガ……」
「みんなを、守りたいのでしょう? だったら今、あなたが出来ることをすべきです! ――私は大丈夫です」
「そうよ、エステル。アベルはこんなことで、くたばる人じゃない。……私が保証するわ」
アベルの言葉を促すように、もエステルを説得させる。
そしてエステルの目には、決意に満ちた目に変わっていった。
「―――はい!! さん、私の肩にもたれて下さい! 体重、かけても構いませんから」
「ありがとう。でも、大丈夫。1人でも行けるわ」
「……さん」
「ん?」
「甘えられる時にちゃんと甘えないと、体が持ちませんよ」
「……え?」
一瞬、アベルの言っていることがよく分からなく、彼に思わず投げかける。
しかしちょっと考えてから、は理解したように、1つため息をつく。
「……分かったわ、アベル。そうするわ。……エステル、お願い」
「はい!」
は右手をエステルの首に絡めると、そのまま前へ走り出し、部屋を出て行った。
ディートリッヒは、まだそんなに遠くまで行っていないはずだ。
今からなら、まだすぐに追いつける。
2人はとにかく、全力疾走で走り抜くしかなかったのだった。
ディート、ついに本性現す。
事実、自身は前々から知っていましたけどね。
その辺は、当たり前だったと言えば当たり前ですが。
で、アベルと一緒に撃たれてみました(爆)。
その後の会話は、この2人だからこそ可能な力です。
それぐらい、「繋がり」というのは大切だ、ということです。
この力は、後に大活躍します。
どういう展開になるかは、今後のお楽しみ、ということで。
まず最初に公開されるのは、「ROM6」、かな?
まだ分かりませんけどね。
(ブラウザバック推奨)