城の外に出て、ディートリッヒの居場所を突き止めようとする。
何とかして探し出さなければ、ローマが壊滅してしまう。
時間は刻一刻と迫っているというのに、この状態はかなりのタイムロスだ。
しかし、かなりの出血のせいか、ついにはエステルの肩から崩れるように前屈みになり、その場にしゃがみ込んでしまった。
「! さん!?」
「大丈夫よ、エステル。……ちょっと、壁に寄りかかりたいの。手伝ってくれる?」
「はい!」
何とかその場から立ち上がり、城の壁に寄りかかるように座らせる。
息が大分上がっていて、これ以上走るのは限界のようにも見える。
「さん、大丈夫ですか!?」
「私は平気よ……。ここで少し休めば、また動けるから」
「でも、この出血量じゃ……!」
エステルがに手を差し伸べた時、は彼女の手首を強く握り、そして真剣な眼差しで彼女に告げた。
「エステル、今あなたがやることは、私を介護することじゃない。ディートリッヒに会って、“嘆きの星”を止める方法を聞き出すこと。
私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、そんなことをしている間にも、発射の時間が迫って来ている。
――だから、すぐに行きなさい。あなたがやらなくてはいけないことを、実行するために」
「さん……」
「私のことは心配しないで。こんなこと、しょっちゅうだから慣れたわ。……ま、あまり慣れて欲しくないけどね」
痛みを堪えながらも、エステルに精一杯笑顔を見せるが痛々しくも見えたが、彼女の言っていることは間違ってはいない。
こうしている間にも、第2射が撃たれる時間が着々と近づいている。
「……分かりました。さん、絶対にここから動かないで下さいね!」
「ええ。……さ、早く行きなさい。今なら、まだ間に合うわ」
「はい!」
エステルがその場に立ち上がり、に背を向けて走り出すと、
は安心したように見つめつつも、洗い息遣いを繰り返し、顔を上に向け、ゆっくりと目を閉じた。
どうやら、事は深刻らしい。
近くから、重々しい足音が響き渡る。それを感知してか、閉じられていた目をゆっくり開き、相手の声を確認した。
「……損害評価報告を、シスター・」
「見ての通りよ、トレス。……変に強がり言うのも、よくないわね」
を覗き込むようにして見る神父――トレス・イクスの顔を見て、彼女は弱々しく、彼に微笑んで見せた。
「卿の能力は発動させないのか?」
「したいんだけど、まだアベルが本気じゃないみたいでね……」
「そうしているうちにも、出血し続けてしまえば、卿の死は避けられないものになる。すぐに力を使え」
「……そうね。それに……、バックアップ、ちゃんとしないといけないし」
諦めたかのように大きく息を吸うと、再び目を閉じ、集中し始めた。
体中に白いオーラみたいな物が現れ、の体を包み込む。
それがどんどん強くなり、攻撃を受けたところから、何かが取り外され、宙に浮いている。
傷口がどんどん塞がっていき、尼僧服に開けられた銃弾の穴まで修整していく。
しばらくして、白いオーラがゆっくり消え、再び目を開けたの表情は、
先ほどとはうって変わって、体力を取り戻したかのように見えた。
「……やっぱ、他人に見せられる光景じゃないわね、これは……。……何だ、思っていた以上に小さかったのね」
さっきまで浮いていた物がの手に落ち、その中の1つをとって、月明かりに照らして眺めてみる。
それは先ほど、ディートリッヒによって操られていたエステルによって撃たれた銃弾だった。
「……で、例のはどこにあるの?」
「この先、ちょうど城の横にある倉庫の中に隠してある。中は少し狭いが、支度するのに支障はないと推測して、そこに置いた」
「分かった。ありがと、トレス。ケイトにもお礼言っておいて」
「了解。俺は引き続き、市内の制圧にあたる。何かあったら、すぐに連絡することを要求する」
「分かっているわよ、トレス」
トレスはに背を見せ、再び歩き出すと、はその場に立ち上がり、大きく伸びをした。
「……さて、本気、出しますか」
自分自身に言いつけ、はその場から走り出す。
その姿は、さっきとうって変わって、ものすごく力強い感じがしていた。
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「お前は強いな、クルースニク。我々長生種(メトセラ)とは違うようだが、確実に息の根を止めた方が賢明らしい」
ジュラの胸元から、8本の刀ような物が生えていて、それが“クルースニク”のアベルの体に突き刺さっている。
そのまま宙に浮いているアベルが、相手の顔を見つめている。
しかし、特に顔の表情に険しさなどは存在していない。
「……ちょっと、いいですか、ジュラさん?」
血を流しつつも、いたって何も変わらず、ジュラに質問を投げかける。
「人間に復讐して、奥さんの仇を取って、それからどうするんです……?」
「……屍のように生きるだろうよ。彼女を喪って幾十年としてきたように復讐を遂げ、
ついに何もなくなった男は、そうなるものではないのかね? 憎むことは、虚しいことだ。よく知っているよ」
「……あなたの言う通りよ、ハンガリア侯」
アベルの声ではない、別の声がしたことに、ジュラはハッとしたように周りを見回す。
そして入口を見ると、そこにいたのは、一人の神父だ。……いや、あれは神父ではない。
黒の僧服に、髪を黒のリボンでポニーテールのように縛り、瞳は緑と青のアースカラーをしている。
この目、もしかして……。
「……それが本当の姿、ということだな、シスター・?」
「ご名答。でも、これが本当の姿とも、限らないわ」
彼女の周りを、白いオーラが包み込む。
そのオーラが光に満ちて、強くなっていった時……、の中で、何かが大きく変わっていった。
〔ナノマシン“フローリスト” 40パーセント限定起動――承認!〕
髪を縛っていたリボンが、ゆっくりと解け、長い髪が風に揺れるようになびいている。
目は赤く、そして、口から見える牙はまるで、相手と同じ種族にも見えてしまう。
「……貴様も、まさか……!」
「私は……、あの者とは違う」
先ほどの声とは違い、低い声が部屋中に響き渡る。
これは、彼女の声なのだろうか?
「私は“フローリスト”。“クルースニク”と対になるものだ」
「……黙れ!」
アベルに刺さっていた刀の1つが引き抜かれると、それが伸び、の方向に飛んでいく。
しかし彼女はそれを避けることなく、ただその場に立ち尽くしているだけだった。
このままでは、確実に彼女の胸に突き刺さってしまう。
そうなれば――と、誰もが考えてしまうのだが。
刀が目の前まで来た時、の後ろから何かが伸び、刀の先端を切り落とすかのように前方に現れた。
そしてその威力は先端だけに留まらず、根元の方まで突き進み、ついにはジュラの胸元まで割れ、1本丸ごと破壊された。
彼女の前に覆い被さっていたものが、ゆっくりと開かれていく。
純白に輝くそれは、まるで天使の羽のような光を放ち、相手の力を少しずつ奪い出そうとしていた。
「貴様……、長生種かっ……!? いや……、違う! お前は……!!」
ジュラが疑問に言うが、相手はそれを気にせず、右手に何かを出現させる。
それは女性にしては大きく、どう考えても持てないぐらいの大きな大剣だった。
大剣をしっかり握り、上に振りかぶり、そしてそのまま振り落とされる。
それと同時に発生した剣圧が、勢いよくジュラとアベルの間を通過し、2人を繋いでいた7本の刀が切断された。
その意欲はすざましく、ジュラの体内にある骨までヒビがはいるぐらいだった。
一方アベルは、によって切断された刀を抜き始めると、
後ろから黒い物が生え、地面に流れるジュラの鮮血を吸い込ませていく。
それは紛れもなく翼だ。
「翼で……、翼で己の血を吸い上げているのか……!?」
「こんなことを考えたことはありませんか?」
7本の刀を抜き、最後に一番最初に突き刺さったジュラの右手を抜くと、そこから流れる赤い液を口に運ぶ。
翼の力もあってか、傷口がどんどん塞がっていき、いつの間にか、傷が1つもない状態になっていた。
「人間が、牛や鳥を食べる。その人間の血を、吸血鬼が吸う。ならば、吸血鬼の血を吸って生きる何かが、どこかにいるのでは、と」
「――ばっ、化け物め…!!」
次なる攻撃を仕掛けるために、ジュラは左手の剣を大きく振りかぶった。
しかしその攻撃は果たされる前に、何かによって剣が折られてしまった。
アベルの手に出現した、漆黒の鎌。その鎌を見た瞬間、ジュラは少し焦ったように、アベルに再び問い掛けた。
「――貴様一体……、何者だ!?」
さっきまで余裕な声はどこかへ行き、今の彼の声は何かを恐れているようにも聞こえる。
その声を聞きながら、アベルは彼の問いに、ゆっくりと答えた。
「私は、…………です」
爆音によって、言葉を全て聞き取ることは出来なかった。
しかし相手は何かを理解したかのように、アベルの顔を見合わせた。
アベルが手にしていた漆黒の鎌が高々と上げられ、ジュラに向かって振り下ろされた。
相手はその攻撃を真っ向から受け、そのまま後ろの壁に吹き倒されていった。
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壁に叩きつけられたジュラは、攻撃の痛みからか、意識が飛びそうになっている。
必死になって絶えようとするが、今の彼には、そんな力すら残っていなかった。
そんな彼の前に、誰かが手を翳し、そこから白いオーラが流れ出す。
癒しにも似たそれは、ジュラの体中に浸透していく。
まるで、神のおぼし召しかのように。
「……なぜ俺に、こんなことをする?」
「あなたを……、死なせたくないからよ」
手を翳した本人――すでにアースカラーの瞳を取り戻したが、先ほどとは違う、温かい声で答える。
では先ほどの声は、やはり彼女のものではなかったのだろうか?
「御身はもしや、あの方の……」
「……知っているのね、私のことを……」
「一度昔、見たことがある。……御身と同じものを持ったものにな」
ジュラの顔には、もはや殺意なんてものはなくなっていた。
むしろ、いつ殺されてもいいといった覚悟みたいなものを見せている。
「……私達は、あなたを殺すつもりはありません」
何かを察したのか、アベルが髪を縛りなおしながら、ジュラに言いかける。
彼の目もすでに、澄んだ冬の湖の色に戻っていた。
「私達は、同じ『人間』です。ですから……、あなたを殺すつもりはありません」
「こんな俺を……、お前達と一緒にするのか……?」
「もとは……、一緒だったでしょう? 私も、アベルも、そして……、あなたも」
の表情が、何かを重く背負った顔になっている理由を、どれぐらいの者が理解することが出来ただろうか。
恐らくそれを理解できたのは、近くにいる銀髪の神父だけであろう。
「とりあえず、“嘆きの星”を止めましょう。エステルが消去コードを聞き出し次第、開始するわ」
「そうですね。さん、エステルさんのバックアップ、お願いします」
「了解」
がアベルに手でサインを送ると、アベルが理解したかのように、優しく微笑む。
少し疲れているが、これが今の彼にとって、精一杯の笑顔だった。
遠くから、コツコツと足音が響き渡る。
そして、徐々に近づいていき、再びドアが大きく開かれた。
そこには息切れしながら、そして少し焦ったようにやって来たエステルの姿があったのだった。
ちょっと、無理してフローリスト化してしまいました(大汗)。
本当はあそこ、アベルに力を与えるだけにしようとしたのですが、
それじゃ物足りないと思って、やっちまいました(笑)。
大丈夫だったでしょうか? う〜ん。
ちなみに漫画版では、普段から5パーセントなのは同じですが、
フローリスト化は40パーセントからになってます。
なので狭くても、平気でこの姿になったのは、このためです。
……「ROM」では変えますが(笑)。
それより……、ようやく僧服に戻りましたね。
ちょっと楽になりました、ホッ。
肩の荷が下りたような気がするのは気のせいか?
(ブラウザバック推奨)