「神父様! さんが……、って、えっ!?」
「お疲れ様、エステル。消去コード、ちゃんと聞いてきた?」


 の顔を見て驚くエステルを、彼女は少し苦笑気味に見つめていた。
 それもそのはずだ。
 城の前で待っているはずの人物が、服装を変え、アベルと共にいるのだから。


さん……、それ……!」
「こっちが本当の姿よ。今まで隠していてごめんなさい。傷の方も、何とか大丈夫だから」
「で、でも……!」
「それより、今は“嘆きの星”の方が先です、エステルさん」


 エステルの声を横切るかのように、アベルは別のことを彼女に言う。

 そう、今はのことをどうこう言っている時間はないのだ。


「あ、はい! 消去コード、分かりました!」
「それは良かった。電動知性(コンピューター)は動かせますか?」
「形だけなら。司教様の手伝いで、タイプライター打ってたので」


 エステルが“嘆きの星”のコントローラーの前に立つと、
 先ほどディートリッヒから聞き出したコードを慎重に、そして素早く入力していく。
 それをが、片隅で見守っていた。


「残念ですが、ジュラさん。あなたの復讐は、これで中止みたいです」
「――もういい。御身らの前にしては、どうやっても無駄だ。あとはあのシスターに、全て任せる」


 ジュラの傷は大きいが、しばらくすればよくなるだろう。
 こちらから手を加えることはない。
 そう察知したは、一瞬ジュラに向けていた視線をエステルに戻すと、
 ちょうど全てのコードを打ち込み終わり、リターンキーを押したところだった。



 これで、ローマは無事に助けられる。
 そう、誰もが信じていた。


 しかし……。



『やれやれ、君がこれを見てるってことは、また信じちゃったんだ? 僕のこと。ダメだなー』


 消去完了画面の変わりに出てきたのは、あのディートリッヒの顔だった。
 どうやら、このコードを入れた瞬間に、記録画像(ビデオファイル)が再生されるようになっていたらしい。


『今、君が打ち込んだのは、ここ……、イシュトヴァーンへの目標変更コードなんだ。
――ていうか、だいたいあんな簡単に消去コードなんて、教えるわけなくない? それじゃねエステル、愛してるよ♪』


 映像が消え、目の前にカウントダウンを知らせる画面が、再び現れる。
 残り、あと10秒で、ここが破壊されてしまう……!


「エステル、場所、変わって」


 が急いでエステルと変わると、ものすごい勢いで、何かのプログラムを打ち込み始めた。
 その動きは普通の人の何倍とも思わせるほどの動きで、そばにいる誰もが驚くぐらいだ。
 その証拠に、横にいるエステル顔から驚きの色が伺えるのがよく分かる。


「アベル、もしかしたら、あなたのコードが必要かもしれない。この様子だと、裏コードも通じないかもしれないから」
「分かりました。あと、どれぐらいかかりますか?」
「もうすぐよ。……よし、今よ、アベル!」
「了解。――――管理プログラムに音声入力。国連航空宇宙軍中佐アベル・ナイトロード。
認識UNASF94−[−RMOC−666−O2ak――」


 電脳知性に向けて発する声が、いつものアベルと違う声に聞こえる。
 しかしにとっては、それが無償に、懐かしく感じてしまう。


「…………自壊コード入力。保護規定3090に基づき、自壊せよ」
 全ての用件を言い終え、相手の反応を待つ。



 そして、あと2秒後という時に……、相手からの返答が返ってきた。



〔――――これより、当システムは保護規定3090に基づき自壊します。
なお、システムの自壊に伴い、軌道7782の送電衛生はすべて破棄されます。ご利用ありがとうございました〕




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「“星”は――、消えた、か……」


 ジュラの確信したかのように、アベルとに向かって言う。


「――やはり御身らは……、俺の考えていた通りのお方達だったな」
「神父…様? さん? あなた達一体――!」


 アベルは丸メガネをかけなおし、もほっとしたように、体の筋を伸ばす。
 その様子を、エステルが不思議そうに見つめていた。

 が、事はこれだけでは終わらなかった。部屋のドアから、誰かが騒々しく入ってきたのだ。


「ゆ、ゆるさねえ、――このクソ……神父が―――っ…!!」
「ラ、ラドカーン!!?」


 そう、先日、トレスによって捕らわれたラドカーンが、大量に出血してまで部屋に入ってきて、
 アベルとエステル、の方へ向けて攻撃をし始めたのだ。
 一体、どうやって!?

 は慌てて銃を取り出し、フルロードモードに切り替えて相手に向けると、
 それとほぼ同時に、別方向からの銃声とは違う音が聞こえ出した。

 銃声だけで、誰が着たのかが分かったは、あまり気にすることなく、ラドカーンに銃攻撃を仕掛ける。
 すると数秒後、ラドカーンから先ほどよりも倍以上の鮮血が溢れだし、ほとんど形跡もなく撃たれ、今度こそ動きを止めたのだった。

 が銃をしまうと、共にラドカーンを攻撃した者の足音がして、そちらの方へ向く。
 相手はいつも通り、無表情を通している。


「戦域確保(クリア)――」
「トレス君!」
「やっぱりね。……でも、よかった。助かったわ」
「脱走したラドカーンを追跡してきた。損害評価報告を、ナイトロード神父、シスター・
「私は、大丈夫です」
「私もよ。けど……」


 アベルとの目の先を追うように、トレスもその方向を見る。

 するとそこには、エステルを被って攻撃を受けたジュラが、
 彼女に抱きかかえられるような態勢になって倒れている姿があった。
 そして何かを言おうと、口を動かそうとした。


「ダメよ、ジュラ! それ以上は……」


 ジュラの生死が危ういことに気づいたが、彼の側までかけよろうとした。
 が、それを止めるかのように、の前に手がかざされ、自らそれを拒否した。


「大丈夫だ、シスター・。――もう、十分だ」
「ジュラ……、私を…、庇ったの?」
「――――すまない。――君の愛する者を俺は奪った。……せめて、君の手に…、かかりたかったが……、もう無理そうだ」


 今すぐにでも助けたい。の心の中で、葛藤を繰り返している。
 しかし相手は、何だか妙に安らいだ顔をしている。
 一体、どうして……。


「ばか! そういうの、間違っているよ。確かに私、あなたがに憎かったけど、さっき言ったじゃない! 同じなのよ、私も、あなたも!!」


 エステルの目から涙が流れ、雫がジュラの元へ流れていく。

 服を強く握っているエステルの手に、ジュラが優しく触れ、そして握り返す。
 その姿を見て、が静かに目を閉じ、静かに歌い出した。

 彼女が歌うのは、大体自分の仲間が亡くなったりした時か、ミサの時にしかない。
 今回も、確かに死者は出たが、相手は吸血鬼だ。
 なぜ歌おうと思ったのか、彼女自身でも理解していない。
 ただ、歌いたかったのだ。


「……温かい歌声……。まるで神の……、赦しを得た気分になるな……」


 の歌声に耳を傾け、ジュラがゆっくりと、目を閉じていく。
 そして、エステルに優しく言う。


「とても…昔に、――君によく似たことを言った人が――…いたな」

 まるで、自分の罪を懺悔するように言う声が、エステルの心の中で響き渡る。

「どこで間違えたのだろう? どうして、俺は―――」



 ジュラの声が、そこで途切れ、エステルの手を握っていた手が、ゆっくりと床に落ちる。
 そんなジュラを、エステルが優しく抱きしめた。



 部屋には、の歌声が、静かに響き渡っている。
 それは「天使」を呼び出しているような、そんな雰囲気さえも漂わせていたのだった。




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 翌日、小高い丘の上に設置された墓石に、赤い薔薇の花束を置くと、は胸元で十字を切り、祈り始めた。

 ジュラの妻、マーリアは、昔からこの丘が好きだったそうで、
 ジュラが遺体はないが、ここに彼女のお墓を作ったのだと、は「相棒」から聞き出していた。
 今は2人、この下で静かに眠っている。

(どうか……、2人で幸せになってね、ジュラ)

 心の中でそう呟くと、その場から立ち上がり、横にあるトラッシュケースを持って、丘の下で待つ者達の方へ向かって歩き出した。


「終わったか、シスター・?」
「ええ、無事に。待たせてごめんなさい」
「大丈夫ですよ、さん。それにしても、や――――! ピーカンですねえ。まさに、いい日旅立ち!」
「ナイトロード神父、シスター・。汽車の発車時刻まで820秒を切ったぞ」
「わー! はいはい」
「もう、そんな時間になったのね? ……エステルも、支度が出来ているようだし」


 の発言を、アベルとトレスが不思議そうに、一緒にいる人物を見つめた。
 彼女の手には、より少し小さめのトラッシュケースを持っている。


「エステルさん、何です、その荷物?」
「色々、確かめたいことが出来て」
「確かめたいこと、ですか? それは?」
「秘密。いろいろです」


 エステルの目に、様々な決意とも言える光りが見える。
 そしてその光りは、彼女のさらなるスタートラインを、今、出発しようとしていた。


「それに神父様、さん。あなた達が何者なのか、まだ聞いてないし」
「へ? ほい? 何か、おっしゃいましたか?」
「あ…、いえ、何にも」


 本当は聞こえているくせに、聞こえないふりをするのが本当に上手だと、は心の中で思った。
 確かにあの場で、すべてではないが、あの光景を見れば、誰だって不思議に思うであろうし、追求したくなるのもよく分かる。
 彼女の探究心を煽ってしまったのが、少し後悔として残ってしまった。


「だから、ローマに行きます、私。昨日、さんに頼んで、転属もらったので」
さん、いつの間にそんな……!」
「それが出来るのは、私だけでしょ、アベル?」
「確かに、そうですけど……」


 が片目をつぶって、ウィンクをすると、アベルが少し心配そうな顔でエステルを見つめていた。
 ……様子からして、そんな大した問題でもないようだが……。


「エステルさん……、いいんですか? 男(ヤロウ)2人と長旅ですよ? 
さんは慣れているからいいですが、トレス君はちっちゃいけど、体重が200kgあるんで……」
「それと長旅と、どういう関係があるのよ、この能天気神父!!」
「グゴッ!!」


 アベルの発言に、が持っていたトラッシュケースでおもいっきり突込みを入れる。
 素手とか、資料ファイルで突っ込まれることは多いが、今回はその倍以上の大きさの物。
 さすがにそれに答えたのか、しばらく屈んだまま、立ち上がろうとはしなかった。


「卿の発言意図が不明だ。――シスター・エステル・ブランジェ、卿のローマへの動向は問題ないが、
汽車の発車時刻まで、485秒を切ったぞ」
「ってことは……、あと8分!!? ギャー! 駅まで、何分かかると思っているんですかっ!」
「ノープロ!! トレス君式歩行で行けば!! あ! それかさんが、ヴォルファイさんを呼んでくれれば!!」
「ヴォルファーの最大店員数は3人までよ! それに、トレスなんていたら、いくら『彼』でも泣くわよ!!」
「ヴォルファイさんって、誰なんです!!?」



 2人の神父と、2人のシスターの旅は、今始まったばかり。
 これからこの4人に待ち受けるものは何なのか。
 それは彼らにも、予測不可能なことだった。










さすが、プログラマーっすね。
やってしまいましたよ、さん(笑)。
エステルが驚くのも分かります、はい。

ラストはもう、半分ギャグです(爆)。
原作の時点でギャグでしたからね。
とりあえず、軽く(重く?)突っ込みましたが(笑)。

と、いうことで、1巻終了しましたが、いかがだったでしょうか?
RAMよりも大変だったと思ったのは、私だけですか(爆)?
この先、ROMといかにダブらないようにさせるのか、大きな課題ですね。
何とかしてみます(汗)。



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