「飛行船トリスタン号、応答願います。こちら、教皇庁国務聖省特務分室派遣執行官、シスター・です。私の声が聞こえるのであれば、速やかに応答願います」


 アベルが到着したのを確認し、はすぐに通信可能プログラムを起動し、トリスタン号との通信を可能とした。
 それにすぐに反応したアベルは、操縦席にある通信機をオンにし、こちらの画像を映し出した。


『シスター・! 助けに来てくれたのですね!?』
「正確には、剣の間から、なんだけどね。そっちは無事そうね。よかった」
『しかし、ジェシカさん……、1人、スチュワーデスさんが……』
「そっちの状況は、私の方で把握済みよ。私を誰だと思っているの、アベル?」
『……相変わらずですね、さんは』
「そういうこと。さ、とっとと仕事を終わらせましょう。アベルは後ろにいるジェシカさんを起こして、ローマ空港に連絡を入れて。その間に、次の作戦に向けて準備するわ」
『次の、作戦?』
「そう。まず先に、ジェシカさんを」
『分かりました。……もしも〜し!』


 アベルがジェシカを起こしている間、はすぐに次の作戦に移った。
 奥の方で、何やらゴタゴタやっているようだが、特にそれに気を止めることなく、彼女はイヤーカフスを軽く弾いた。


「“アイアンメイデン”、聞こえますか?」
さん、大丈夫です。敵はどうなりました?>
「それが、アベルが『アヤツ』で倒そうとしたんだけど、自爆されたわ。細かいことはあとで報告するとして、今、どこにいるの?」
<トリスタン号から、約50キロ離れた位置にいます。それと、さん。新しい情報が入りまして、相手は2発打ってくるようです>
「2発も来るの!? 冗談じゃないわよ!!」
<とにかく、こちらも出来るだけ早く行きます。それまでの間、さんはこまめにトリスタン号と連絡を取って下さい>
「分かったわ。そちらも、出来るだけ早い到着を」
<了解。以上、通信終了(アウト)>


 “アイアンメイデン”との通信が切れると、彼女はすぐにトリスタン号とのコンタクトを再開すべく、再びアベルに声をかける手配をした。

 映像では、少し慌てたように、アベルがジェシカに指示を出している。エンジンはすでに切られ、高度がどんどん落ちていく。
 しかしこのままじゃ、まだ「あれ」に体当たりする確率は高い。


「飛行船トリスタン号、応答願います」
『あ、さん! 実は……』
「分かっているわ、アベル。その件について、横にいるジェシカさんと連絡が取りたいの。大丈夫かしら?」
『ええ、大丈夫です。ジェシカさん、こちらは私の同僚のシスター・です。今まで、このトリスタン号をサポートしてくださった方です』
『サポートを? そう、だったのですか?』
「ジェシカ・ランクさん。教皇庁国務聖省特務分室派遣執行官、シスター・です。今から、私の言うことをよく聞いて下さい」
『はい』


 ジェシカの表情は真剣そのもので、その顔を見たも、少しホッとしたように、彼女に情報を提供し始めた。


「今、そちらに旧時代のロストテクノロジー、噴進爆弾(ミサイル)が向かって来ています。
これはエンジンを切っても、予熱を追ってくる仕掛けになっているため、回避は絶対不可能です。
しかし、超低空なら、こちらが地表に激突するより前に、ヤツらを地面に接触させることが出来れば大丈夫です」
『そ、そんな、無茶ですよぉ!!』
「大丈夫です。高度は、最低高度をさらに下げて、プログラムを設置しなおしました。
もし危険が生じても、私の方ですぐに支えます。とにかくあなたは、私と神父アベルを信じ、そのまま高度を下げ続けて下さい」
『……わ、分かりました』


 言っていることは、確かに無謀に近い。
 しかし、アベルの「あれ」を使えば、これは簡単に避けられると、は確信していた。
 彼女の「作戦」は、いつでも有効だ。


さん、私に1つ、考えがあります』
「その考えは、たぶん同じだと思うわ。とにかく、あとの指示はイヤーカフスにする」
『分かりました。ジェシカさん、ここは無理でも無茶でも、とにかくあなたは高度を下げて下さい』


 アベルは喋るだけ喋って、後部ハッチの向こうへ行く。
 彼を追うように、機内カメラを動かしながら、はアベルと連絡を取るため、イヤーカフスに手をかけた。


「ナイトロード神父、聞こえますか?」
『聞こえます、さん。まず、あなたの作戦を聞きます。どうすればいいですか?』
「ミサイルの予定発射数は、おそらく2発だと思われる。1発目は、今のまま高度を下げれば当たらないけど、2発目はそうにもいかない。
そこで、緊急脱出用に用意してある複葉機を使って、そちらに噴進爆弾(ミサイル)の気を反らせれば、防げるんじゃないかと思ったんだけど……、どうかしら?」
『……さすが、さん。同じことを考えていて、よかったです』
「だてに、長いつき合いじゃないでしょ、アベル?」


 考えていることが同じでホッとしたのか、の顔に笑みが浮かんだ。
 つき合いが長ければ、考えていることも、自然と一緒になっていく。
 何だか、不思議に安心感に浸っていたは、画面で必死になって飛び移ろうとするアベルの存在を忘れそうになった。


さん! 聞こえてますか!?』
「え、あ、ゴメンゴメン。……エンジン、かかりそう?」
『大丈夫です。さん、私だと時間がかかりそうなので、そちらから自動操縦(オートパイロット)にしてもらえないでしょうか?』
「いいわよ。すぐやるから、待ってて。――トリスタン号の付属されている、複葉機のエンジンプログラム起動。さらに操縦プログラムを、手動制御(マニュアル)から自動操縦(オートパイロット)に変更」


 はクロスケイグスに、複葉機の操縦プログラムを入出し、猛スピードでキーボードを叩き、プログラムを変換してく。
 その動きは、まさに神業である。
 しばらくして、複合機の画面上の自動操縦(オートパイロット)ランプが転倒したらしく、アベルが小さく歓喜を上げた。


『よし! これで、何とか……』
「来たわよ、アベル! 1発目、右に旋回……」


 がトリスタン号のエンジン岐路を変更しようとした時、操縦席にいたジェシカが、陀輪をぶん回し、岐路を変更したのだ。

『私たちが、あんな奴に負けるもんかあっ!!』

 その声とともに、大きく旋回したトリスタンは、1発目を見事に避け、旋回に失敗した毒蛇が丘に突っ込む。
 そして、2発目……。


「アベル、今よ!!」
『了解!』
『だめ! こっちは間に合わない!』
<『だいじょうぶ! お待たせしました!!』>


 複葉機のエンジンスイッチをオンにして、アベルは発射と同時に、トリスタン号へ飛び移った。
 複葉機が上空に向かって離床していくと、トリスタンの機関部余熱よりもさらに高温の熱源を補足した噴進爆弾(ミサイル)の振幅/周波数変調式赤外線追尾装置は、
 プログラム設定に従い、安定翼を傾けてそれを追って、轟音と共に、無事爆破された。それを確認したは、思わずガッツポーズを取って喜ぶ。


「アベル、大丈夫?」
『私は大丈夫です。さん、本当にありがとうございます』
「私は当然のことをしただけよ。それより……、すぐにジェシカさんのところへ行って。もうじき、“アイアンメイデン”と“ガンスリンガー”が来るから」
『そうですか。分かりました。……さん』
「ん?」
『“アイアンメイデン”に、到着し次第、私を乗せてもらうように、手配してもらえませんか? どうもこう、豪華なところにいるのに慣れていないもので……』
「しょうがないわね。言っておくわ。さ、早く戻りなさい」
『はい』


 安心したようなアベルの顔に、も顔がほころび、冷めてしまった紅茶を口に運んだ。
 温くなってしまったが、口に含まれた瞬間、すっきりとした味わいが口の中で広がって、安らぎの空間を作り出そうとしていた。


<シスター・。応答をお願いします>
「あ、ケイトね。何とか、ミサイルは避けたわ。これで、ようやく……」
<それが、臨時の情報が入って、もう1発来ると……>
「な、な、何ですって!!?」
<何とかして、これに間に合うようにしますので、2人にそのように……、あ、見えましたわ!!>


 ケイトの声に、は急いでトリスタンのレーダーをチェックする。
 けたたましい警報と共に光る1つの光は、トリスタンの真ん前。
 アベルとジェシカも、それに備えて、身を伏せた。
 やばい、間に合わない。誰もがそう思っていたその時……。



 レーダーに、もう1つの光。
 それは間違いなく、“アイアンメイデン”の光だった。



 トリスタンの窓ガラスは割れ、床は傾いたままだが、噴進爆弾(ミサイル)によっての損傷はそれだけですんでいた。
『大丈夫ですか、ジェシカさん?』
『あ、あの、神父様、一体……』
<トリスタン、聞こえますか? こちら、ヴァチカン教皇庁国務聖省特務分室所属空中船艦“アイアンメイデン”。これから、貴船をローマ空港まで誘導します。落ち着いて指示に従って下さい>


 ケイトの声が船内に響き、トリスタンと並んで、“アイアンメイデン”が飛行する。こう比べると、トリスタンがものすごく小さく見えてしまう。

『や、シスター・ケイト、お疲れ様です。すいませんね、またご迷惑おかけしちゃって』
<慣れました。それに今のは私じゃ……え? はいはい、お伝えします……。アベル神父、“ガンスリンガー”から伝言――“詰めが甘い”と>
『一番厄介な人に借りを作っちゃったな……。今度、1杯奢りますって言っといて下さい』
<“無用”だそうです。以上、アウト交信終了>


 クスクスと笑うケイトの声をバックに、通信は終わった。が、こっちの通信は、まだ繋がっていた。
「あ、ケイト。アベルから伝言――“到着し次第、乗せて欲しい”と」
<ま、今回は許しましょう。梯子を、ハッチ近くに出しておきます。……え? あ、はいはい、伝えます。さん、神父トレスからの伝言です>
「うん、何々〜?」
<――“今回の卿の行動は、すべてミラノ公に報告する”……とのことですが……>



「お、お、お願いだから、トレス、それだけは止めて―――!!」





 の声が、中庭に響いたのだか、響かないのか。
 それを知っているのは、たぶんだけである。






最後の一言、個人的に好きです(笑)。
トレスには誤魔化しが聞かないから、きっと言うだろうなぁという推測も込めて書きました。
別に、仕事バカってなわけでもないんですけど、周りからは仕事バカだと思われてしまう夢主、気の毒だぁ(汗)。
がんばれ、夢主! きっと、みんなに理解される時が来るさ(笑)!!







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