空には、2つの月が、いつものように輝いている。
 それをボーッと眺めながら、は夜風に吹かれていた。


「……やっぱり、ここにいましたか、さん」


 どこからか声が聞こえ、はハッとして、その方を見ると、
 そこには自分のケープを外しながら歩いて来るアベルの姿があった。


「ケープなしじゃ、いくら10月だからといっても、風邪引きますよ」


 優しく彼女の肩にかけると、後ろからそっと包み込む。
 それは本当に温かくて、体の力が抜けそうになる。


「……あそこは、変わってないのかしら?」
「たぶん、変わってないでしょうね。あれから、一度も戻ってないから分かりませんが」


 大きく輝く月の横で輝く、もう1つの月。
 いつ頃からあるのかなど、周りの人間は知らないことなのに、この2人は知っているかのように話を続ける。


「戻りたいとか、思ったことある?」
「いいえ。むしろ今は、ここにいなきゃいけないと思っていますから」
「確かに……、それは言えているわね」


 今の自分達は、「あそこ」に戻るべきではない。
 戻ったとしても、きっと気になって、すぐに帰って来てしまうだろう。
 いや、帰って来るに違いない。


「……今でも、時々夢に出てくるの。昔、3人で、テーブルを囲んでいた時のこと。覚えてる、アベル? 
あなた、いつも何も喋らず、黙々とケーキ食べていたのよ」
「ええ。あの時は、何もかも信じられなかった時でしたからね。今思えば……、後悔にしかならないのですが」


 頭をの左肩に置く姿は、まるで必死になって今の自分の表情を隠しているように見え、
 それを感じたが、彼の腕にそっと触れ、強く握り締めた。


「……駄目よ、アベル。思いつめれば思いつめるほど、自分を苦しくするだけよ」
「分かっています。けど、こうすることでしか、自分を支えられなくて」
「そんな支え方じゃ、この先、持たないわよ」


 呆れたように言うの声に、アベルが苦笑したような気がした。
 実際は顔を伏せているため、よく分からないのだが。


「……ヴァーツラフの言いたいこと、何となくだけど分かっていた。半分、私が言いたかったこととだぶっていたから」


 3日前のことを思い出し、はそっと話し始める。
 そんなの言葉に、アベルは頭を上げ、後ろから彼女の顔を想像しながら話を聞く。


「でも、カテリーナがそうしなきゃいけなかったことも分かっていたし、誰よりも辛いのが彼女なのも知っている。
だから、彼に何も、言うことが出来なかった」


 カテリーナがアレッサンドロを教皇にしなくてはいけない理由はただ1つ。
 あの忌まわしいテロリストを倒すためだ。
 そうするためには、自分が教皇庁の中枢にいなくてはいけない。


「それにほら、彼女、頑固でしょ? 私も結構頑固な方だと思ったけど、彼女まで酷くないわ」
「確かに、そうですね」


 が呆れたように言うと、アベルが微かに笑い、
 それが気に食わなかったのか、彼女は彼に少し反撃する。


「あ、今、笑ったわね?」
「いいえ、笑ってなんていませんよ」
「嘘。確かに笑ったわ」
さんの聴き間違いですよ」
「……ま、いいわ。とりあえず、そういうことにしといてあげるわ」


 これじゃ、埒があかない。
 そう思ったは反撃するのをやめて、再び空を見上げた。

 夜風が優しく、2人を包み込み、はそっと目を閉じ、その風の心地よさをもっと実感させようとする。


「……アベル」
「はい?」
「きっとあなたは、彼を説得させる方法を考えているかもしれない。けど私は、説得だけじゃ、
彼を納得させるのは難しいと思うの」


 訴えかけるように言う声は、アベルにどう届いているのか分からない。
 もしかしたら、理解してもらえないかもしれない。
 それでもいいから、自分の意見をしっかり彼に伝えようとする。


「だから私は、彼に銃を向けることにしたわ。でも、トレスみたいに排除したりはしない。
あくまでも、彼をこちらに戻すために撃つだけよ。それだけは……、分かって欲しいの」


 ゆっくりと開けた目には、決意がしっかりと固まったように輝いている。
 迷いもなく、ただひたすら、1つの道しか見つめていない。

 それは、何としてでも、ハヴェルを元の道に導き、アレッサンドロを取り戻す。
 そして、アッシジから盗み出された噴進爆弾を無力化することだ。


「……さんの言いたいことは、前から十分理解しています」


 話し終えたの後ろで、アベルが静かに、彼女に声を賭ける。
 彼にとって、が何を考えているのかを理解するのは簡単だったらしい。


「あなたはいつも、そうやって道を正して来た人ですからね。もちろん、そのことには賛成します。しかし……」


 彼女に訴えかけるように、抱きしめている腕を強くする。
 その腕の感触で、相手が何を言いたいのか、にはもう理解していた。


「……しかし、やっぱり私には、彼に銃を向けることは出来ません。だからやっぱり、ヴァーツラフさんを説得する方向で進めます。
それでも、構いませんか?」
「……そうだと思ったわ、アベル。いいわよ。好きにしなさい。でも……、無理、しないでね」
「はい」


 は相手の意見を聞き入れると、強く抱きしめていた腕を少し緩め、相手に向かい合う。

 そっと頬に触れ、相手の額に自分の額を重ね、ゆっくりと目を閉じる。
 アベルも彼女に合わせ、ゆっくりと目を閉じた。


「実はね……、少し、不安なの。もしヴァーツラフが戻らなくて、このまま自分の手が届かないところに行ってしまったら、
私はどうやって、あなたやカテリーナの前に立てばいいんだろうって、ちょっと思っていてね」
「分かってますよ、さん。でも、もしそうなったとしても、私やカテリーナさんはあなたを責めません。
あ、でも、カテリーナさんはどうか分からないですね。まあ、そうなったら、私だけでもあなたの味方になります。
だから、心配する必要はありませんよ」
「……本当?」
「ええ。……約束します」
「……ありがとう、アベル。本当に……、ありがとう」
「当然ですよ。だって私は……、あなたの“クルースニク”ですから」


 目を開くと、目の前にいるアベルが優しく微笑み、を安心させようとする。
 その笑顔は少し不器用さがうかがえたが、彼女にとっては、何事にも変えられないぐらいの力も、
 いつもその笑顔から貰っていた。そして今も、彼女はたくさんの力を与えられている。

 お互いの視界が近づき、再び目を閉じる。
 少しずつ深くなっていきながら、お互いにお互いの想いを伝え合い、そして支え合った。
 自然と両腕がアベルの背後に回り、強く抱きしめる。
 それに答えるように、アベルも彼女の背後に回していた両腕を強くした。



 そんな2人を、空に浮かぶ2つの月が、温かく照らし続けていたのだった。








さて、最後はアベル夢です。
てか、どうしてアベルになると、こんな風になってしまうのでしょうか(爆死)!?
こんな設定にする予定じゃなかったのに、こうしてしまいました。
本当私、アベル馬鹿だよ(謎爆)。

アベルが自分から、の“クルースニク”だということは少ないので結構貴重です。
それほど、2人の繋がりが深い、ということです。
だんだん、単なる恋人同士じゃないということが分かって来るところですからね。
話が進めば進むほど、明確になっていく2人の関係性に、今後も目が離せませんね!!

……って、私がいうことでもないか(汗)。



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