「……アスタローシェ・アスラン?」
「ええ。この名前に、聞き覚えはありますか?」
カテリーナに報告書を渡して、一通りの報告を終えたあと、は彼女が言う名前に耳を傾けた。
アスタローシェ・アスランという名前で、知っている人物は1人しか存在しない。
しかし、彼女はあまり外(アウター)に出るような人物ではない。
出たことがあっても、15年ほど前、がまだ前聖下の護衛をしていた頃に、罪もなく捕らえられた吸血鬼を助けるために来た時が最初で、
それ以来、彼女は帝国から出たことがない。
「……それ、正気で言っているの?」
「ええ、もちろん」
「だって、あのアストでしょ? キエフ候女・オデッサ子爵アスタローシェ・アスランでしょ? どうして知っているの?」
「彼女から貴方指名で、捜査活動の支援をして欲しいと言われていたのです」
カテリーナの言葉に、は目を白黒させた。あのアストが? 短生種嫌いなアストが??
「……よっぽどの一大事みたいね」
「理解してもらえて嬉しいわ」
意味ありげな笑みに、は思わず冷や汗をかく。
どうしてこう、カテリーナの笑みはこんなにも重く感じるのだろうか。
長年つき合っていても、それだけはどうしても理解出来ない自分がいた。
「で……、そのアストが私を指名した、てことね」
「ええ。けど貴方は他の任務で席を外していたから、アベルに代理で行ってもらうことにしました。貴方が推薦した、ということで」
「そうなのね。そっか〜。そうね、アベルなら……って、アベルに!!?」
「何か、不都合でもあったかしら?」
「不都合も何も、何でアベルなのよ?」
「貴方、以前、自分が他の任務で席を外したら、アベルを推薦してと言ったじゃないですか。それに彼なら、誰でも平等に見ることが出来ると思ったからよ」
「ああ、なるほどねぇ……」
確かに、アベルならと同じように、長生種も短生種も区別なく見ることが出来る。
だから、アストにはちょうどいいサポートとなるのではないか、というのが、カテリーナの考えだった。
しかし、には1つだけ、疑問が残っていた。それは……。
「……アスト、アベルのアホっぷりについて行けるかしら?」
「それは、ちょっと私も心配したけど、多分大丈夫よ」
「だと、いいんだけど……。……カテリーナ」
「会いに行って来ても構わないわよ」
「え?」
「あなたには、しばらく休暇を与えます。まぁ、休暇と言えるような休暇ではありませんがね」
カテリーナが、再び意味ありげに微笑む。一体、何が言いたいのだろうか?
「それって、どういう意味?」
「休暇中に、オデッサ子爵に会いに、ヴェネツィアに行って来なさい。しかし、次の日にはそのまま、神父アベルとともに任務についてもらいます」
「なるほど、そういうことね。分かったわ。今日あたりでも、彼女に連絡を取ってみる。詳しい資料は、アベルが持っているのね?」
「資料がなくても、貴方は自分で調べられるのではなくて?」
「……相変わらず、手厳しいこと言うのね、あなたは」
「あら、私はただ、そうするだろうと思って言っただけよ? 違うのですか?」
「……ごもっともです」
やっぱり、カテリーナには敵わない。
心の底からそう思っただった。
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『あの短生種、本当にイライラして仕方ない! 本当に、汝が推薦した者なのか、!?』
「そう、カッカしないでよ、アスト。落ち着きなさいって」
ヴェネツィアに立つ朝、仕事を追えて、宿に戻ったであろうと思ったは、プログラム「ザイン」を経由して、アストとコンタクトを取り始めた。
事件の内容は、カテリーナに言われた通り、自力で調べたので、内容はすべて把握済みだ。
で、とりあえず、前日どれぐらいまで調査が進んだのを知るためにコンタクトを取ったのだが、
久々に声を聞いて、最初に出たのが、まさか同僚の愚痴だとは思ってもいなかった。
……大方予想はしていたが。
『あの神父、この余を長いごと待たせたのだぞ!? この外(アウター)嫌いな余をだ!
そして到着したと思ったら、ゴンドラに乗ってる短生種の雌が雄と絡んでいるところに乱入して、トラブルをさらに大きくしようとしたのだぞ!
それを止めるのが大変じゃったわ!』
「仕方ないじゃない。私だって、他の任務で席外していたんだし、スフォルツァ猊下が決められたことには逆らえられないし」
『何者にも逆らう汝が、あの枢機卿には逆らえれないと言うのか!?』
「逆らえるものなら、とっくに逆らってるわよ」
の脳裏に、意味深に微笑むカテリーナの顔が浮かんで、思わず1つため息をつく。
確かに、彼女に逆らえるほど力がない。逆らおうと思えば逆らえるのだろうが、なぜかそれが出来ない。
自身も、不思議なぐらいである。
「ま、とりあえず、私も今夜中にはヴェネツィア入りするから、詳しくはその時に。今夜は、クラブ『INRI』に行くんでしょ? 服は大丈夫?」
『適当に揃えておく。紹介状の手配は、神父がすると言っていた』
「正確には、私がやったんだけどね」
先ほど、アベルから緊急に連絡が入り、急いで紹介状を作成したのだ。
プログラム「スクラクト」から、クラブ「INRI」の常連客を検索し、そこから1人選んで、紹介状を作り上げた。
それをそのまま、アベルの元へ速達で郵送したのだ。
うまく行けば、今夜中には届くだろう。
「それじゃ、私はそろそろ出発するから、この辺にしておくわ。アストも今夜に備えて、ゆっくり休みなさい」
『言われなくてもそうする。あの神父のせいで、変に気を使った。今からすぐに寝る!』
「よしよし。それじゃ、今夜ね」
『ああ。……』
「ん?」
『あの神父は本当に、汝が推薦した者なのかや?』
「頼むから、そこは突っ込まないで、アスト!!」
推薦した……、と言えば、推薦したのかもしれない。
昔、自分が任務に指名されたら、アベルを推薦しろとも言ったかもしれない。
しかし、今回ばかりは話が別だ。相手は長生種で、短生種ではない。
しかも、長生種は長生種でもアストだ。結構痛いし、辛い。
……彼女にアベルを薦めるのには、ちょっと抵抗があったかもしれない。
そんなことが頭を横切った瞬間だった。
とアストが知り合いな話は、後に過去の話に書く予定です。
相変わらず、カテリーナにタジタジで、アストに愚痴られる、ちょっと気の毒(笑)?
でもアスト自体は好きなキャラクターなので、書いていて楽しかったです。
この時点では誰も分からないと思いますが、後半、思いっきり遊ばせて頂きました(笑)。
ごめんよ、アスト。こんなんで……(笑)。
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