ローマからヴェネツィアまでは、そう遠く離れていない。
列車でヴェネツィア行きのの乗れば2時間ぐらいで、あとは水上バスで20分ぐらいだ。
こうも近いと、下手に列車とかを使いたくないのが。
ここはご自慢の自動二輪車(モーターサイクル)の登場である。
と、言うことで、たくさんの風を浴びながら、颯爽と走ることにしたのだった。
「う〜ん、やっぱ、気持ちい〜い!」
途中で寄ったテイクアウト専門のカフェの前で、紅茶を片手に大きく伸びをする。
バイクに乗るのも、ストレス発散法の1つ。こんなに気持ちいいことはない。
そう言えば、ここ最近は忙しくて、こうやってツーリングをしていなかったような気がする。
昔はどんなに遠くても、こうやって自動二輪車で走っては、よくカテリーナに「帰りが遅い」と注意されたものだ。
今は以前より忙しくなったので、のんびりの任務をしに行くわけにはいかなくなってしまったのだが。
「さて、もう少しで到着だから、がんばりますか」
『シスター・、聞こえてますか〜?』
再出発をしようとした時、耳元から声が聞こえたため、彼女はエンジンを入れるのを止め、イヤーカフスを軽く弾いた。
「アベルね。例の物は無事に到着した?」
『はい、今、無事に。そちらは今、どこにいるんですか? さっきケイトさんから、こちらに向かっていると聞いたのですが』
「ちょうど、ローマとヴェネツィアの中間点ぐらいね。あとちょっと走ってから、水上バスに乗る予定よ」
『ちょっと走ってってことは、愛車、動かしているんですね?』
「久し振りにね。たまに動かしてあげないと。さて、そろそろ出発するから、あとは現地で。あ、今朝、アストから聞いたわよ。いろいろ、しでかしたらしいじゃない」
『ああ、あれは別に……。…さん』
「ん?」
『アストさんとさん、どういうご関係なんですか?』
「それは話が長くなりそうだから、また追々話すわ」
『……分かりました。とにかく、道中気をつけて下さいね。以上、通信終了(アウト)』
イヤーカフスを再び弾くと、は本日3杯目の紅茶を飲み乾し、ゴミ箱へ放り込んだあと、
すぐに自動二輪車で出発し始めたのだった。
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ヴェネツィアに着いた時にはすっかり日も暮れ、アベルとアストがクラブ「INRI」に到着したころぐらいだった。
仕事の邪魔をするわけにもいかないので、はしばらく町を散策することにした。
任務では何度か訪れている場所だが、休暇で訪れると、やはり見方が変わる。
こんな夜に、カフェで紅茶を嗜む風景がよく似合う。
「よし、ヴェネツィアのカフェ事情でも、探ってみますか!」
カフェになると目がないは、ウキウキしながら、以前から気になっていたカフェを目指して足を進めた。
特にそこで出されているオリジナルブレンドが、気になって気になって仕方がなかったのだ。
ウキウキしながら、明るい町並みを歩く。謝肉祭ということもあって人も多いが、決して人ごみが嫌いではないので、特に気にはしていない。
むしろ、楽しいぐらいだ。
途中、とある花屋に入り、そこにあるガーベラの切り花に目が止まった。
カラフルに咲くその花に、はあることを、思い出していた。
(リリス、ガーベラ、好きだったよね……)
「あれ、そのガーベラ、どうしたの?」
「近くに咲いているのがあって、許可をもらっていただいたの。きれいでしょ?」
「本当、きれいね。この花びらとか、かわいい」
「でしょ? 私、この花が一番好きなの。真っ直ぐで、伸び伸びしているように見えるから」
「ふ〜ん。私は、バラの方が好き。キリリとしたイメージがあるから。けど……」
「けど?」
「けどリリスが好きなら……、私も好きになるわ」
「……もう、昔話に、なっちゃったね」
昔を思い出し、少し悲しそうに言うの顔に、いつもの明るさがないように感じた。
いつも明るく振舞っていても、たまにこうやって、昔を思い、辛く感じることもある。
それを他人に見られるのが嫌で、明るくしているというのもある。……アベルを除いては。
懐かしんでばかりもいられない。
自分はもう、過去を振り返らないと決めているのだ。
今は自分の、やるべきことをやらなくては……。
「……キャ―――!!!」
が花屋から出ようとした時、どっからともなく聞こえる悲鳴に、彼女は慌てて外に出た。
たくさんの人がいる中をかき分け、状況が把握出来る位置まで出る。
そして目の前に広がる世界に……、は唖然とした。
さっき、彼女が通ったリアウト橋がなくなっている。
いや、「なくなっている」のではなく、「破壊されている」と言った方がいい。
そしてその頭上で争っているのは……、2人に吸血鬼だった。
1人は、見た目が幼く見える男。もう1人は……。
「……アスト!!?」
そう、それはがよく知っている、キエフ候女・オデッサ子爵アスタローシェ・アスラン本人だった。
そして、その手に持っている物を見て、さらに叫びそうになった。
(あの馬鹿、こんなところで“ゲイ・ボルグの槍(スリータ・ア・ゲイボーガ)”を振るうなんて!!)
の目は、まさに点状態だった。こんな小さな町で、あんな大きなものを振り回されたらたまったものではない。
一体彼女は、何を考えてあれを振るっているのだろうかと、思わず問いただしたくなる衝動にかられた。
橋の上にある店が崩れていく中、たとえ休暇中とは言えど、こればかりは緊急事態だ。何もやらないわけにはいかない。
少しずつ、混乱する人ごみをかき分けながら、奥へと進んでいく。
少しでもアストに近づき、阻止しなくてはいけないと思ったからだ。
しかしそんな時、もう1人の吸血鬼が大きなシールドみたいなものを出し、アストの攻撃を阻止した。
それはまさしく、強磁界シールドシステム(イージス)だ。
(ってことは、相手は例のザグレブ伯エンドレ・クーザか)
相手の検討がついた時、イージスに張られた桁外れの磁界が“槍”を反転・拡散させると、分散した火球の1つが、アストの眼前に迫ってきた。
それを“加速(ヘイスト)”で避けたもの、2つ目を避けることが出来なく、端の方が当たってしまう。
「危ない……!」
がそんなアストを助けようとした時、何者かが怪我した彼女を支え、そのまま遠くへ運ぼうとしていた。
その人物は、彼女もよく知っている人物で、その存在に少し安心した。
「……アベル!!」
相手の名前を呼び、その場に駆け寄ると、攻撃を受けた部分を見て、思わず顔をしかめた。
予想以上に酷い火傷だ。
「こんな、酷いことに……、……アベル! あなた、それ!!」
「ああ、これは、大丈夫です。私はともかく、先にアストさんの怪我を治して下さい」
「けど、アベルの方が……」
「私はいいから、早く!」
アベルに強く言われると、彼女はなぜか歯向かうことが出来ない。
ここは仕方なく彼に従うが、酷くならないうちに治療しないと、大変なことになる。
アストの火傷の前に手をかざし、そこからオーラのような光を放ち、少しずつだが治していく。
地球人と双子因子であるアベルに効果があるのは知っているが、彼女とて、長生種は初めてのこと。
アストにどれだけ通用するか心配した。
「ザグレブ伯、今日はこれで、見逃してもらいませんか? ご覧の通り、私もアストさんも怪我を負いました。これ以上、戦うのは無理です」
「うむ。まあ、良かろう。どうせ、ワシに倒される身。ゆっくり楽しむのも悪くない」
エンドレの近くに何やら「空間」が開き、そこに引き込まれるように姿を消していく。
彼がいなくなった時には、その空間すら、そこに存在しなくなった。
アストが負った火傷は思った以上に酷く、「今の状態」で出せるオーラを送っても、なかなか小さくならない。
相手は長生種だから、すぐに傷自体はなくなってしまう。
しかしそれでも、とりあえずの応急処置が必要だ。
「これじゃ、埒があかないわ。アベル、何かこう、巻くのとかない?」
「とりあえず、包帯ぐらいでしたらありますよ。それでいいですか?」
「大丈夫よ。貸してくれる?」
どうして包帯を持っているのか疑問になったが、はアベルから包帯を受け取ると、自分の手持ちのハンカチを川の水で濡らし、
それを火傷の部分に押さえつけ、その上を包帯で巻き、自分の僧衣(カソック)をかけた。
とりあえず冷やしておけば、少しは良くなっていくだろう。
「さ、次はアベルよ。……これは、ひっぱるの、大変ね。でも、引っ張らないと、『力』は使えないし……」
「下手したら、さんの手が、やられます。私は構わないので、他の方の救助を……」
「私の手が傷だらけになろうが、ならなかろうが、関係ないわ。でも、さすがにこれは辛いから、救助を呼んだ方がいいかもしれないわね。アベル、しばらくアストの様子を見ていて。あと、辛くなったら、すぐに連絡すること! いいわね?」
「分かりました。お願いします」
アベルの申し訳なさそうな顔が、を思わず引き止めてしまいそうになる。
しかし今は、彼を救うために、救援隊の要請をする方が先決だ。早く、見つけなくては……。
破壊された橋を横切り、先ほどの花屋がある方まで出る。どうやら、この辺は無事だったらしい。
ちょうど橋の下で、救助隊が被害にあった人達を崩れたビルから引き上げている。それを見て、手が開きそうな人を探し出す。
誰かいないものか……。
「……あなた、さっきいたお客さんですね?」
後ろから聞こえる声に、驚いたように後ろを振り返ると、そこに1人の男性が立っていた。
どこかで見たことがある顔だ。確か……。
「あなた、あのお花屋さんの……」
「よかった、覚えていて下さいましたか。その様子だと……、はて?」
「ああ、これですか? 業務上、僧衣の方が都合が良くて。一応、こう見えてもシスターでして」
普通、シスターは尼僧服を着るものなのだが、の場合、動きが激しい上、自動二輪車を乗るのが趣味な彼女には僧衣(こっち)の方が都合がいいのだ。
「で、私に何か用でしょうか?」
アベルのことが気にかかったが、そんなことで店主を困らせるわけにはいかない。
は彼の話を利くことにした。
「救援隊の助けを求めているのであれば、私の息子があそこで一緒に救助しているので、連絡すれば、すぐに行かせますよ」
「え! 本当ですか!? 助かります! 今、私の同僚がガラスの槍みたいなものに刺されてしまって。出血も大量で、どうしたらいいものか悩んでいたところなのです。……でも、どうして……?」
「先ほど、店先に咲いていたガーベラを、とても辛そうな顔して見ていたのをたまたま目撃しましてね。
きっと、よっぽど悲しい思い出があるのだろうと思ったら、何だか人事じゃないような気がしまして……。
ああ、病死した妻が、ガーベラが大好きだったんですよ。こう、スーッと真っ直ぐで、伸び伸びしているところがいいらしいんです」
同じだ……。あの時の彼女と、同じだ。
そう思った時、なぜか彼女も、この店主が人事だとは思えなくなりそうだった。
ガーベラ1つで、こんなにもいくつもの想いがある。少しだが、
親近感が沸いたような気がした。
「さ、シスター、同僚の方の場所をお教え下さい。すぐに息子に連絡して、行かせますから」
「あ、はい。えっと、橋のちょうど、手前のへこんでいるところにいます。私も出来る限り、出血を止めておきますので」
「分かりました。失礼ですが、お名前を聞いていいでしょうか?」
「シスター・・です。教皇庁のシスターをしています」
「シスター・、ですね。息子に名前を伝えておきます。さ、早く、同僚の方のところへ行って下さい」
「ありがとうございます。あなたのその心遣い、きっと神に報われるでしょう。本当に、ありがとうございます」
は店主の前で十字に切ってお礼を言うと、すぐにアベルとアストがいる場所まで戻った。
偶然の出会いが、こんなに素晴らしいとは。
今まで、こんな風に感じたことなどなかったにとっては、それは自然と喜びに変わった。
何だか、心が晴れたような気がして、体が少し、軽くなったような気がした。
(生きているのも……、悪くないわね)
頭の中でそう思い、ふと微笑む。そして、決心する。
何があっても、生き抜こう。
自分の悔いが、残らないように。
そんなことを思いつつ、はアベルとアストがいるところまで戻ると、どうやらアストが目を覚ましたらしく、その場から立ち上がろうとした。
「ダメよ、アスト! 動いたらダメ!」
「……? くっ……!」
「さんが、応急手当てをしてくれました。貴方(メトセラ)の体力なら大丈夫だとは思いますが……」
「今、救助隊の方は手配したわ。もう少ししたら来るから、それまで待っていて」
「馬鹿(ドピトーク)! こうしている間にも、エンドレは……、!」
暴走がまだ止まないアストにの頬に、強い衝撃が当たった。
徐々に頬が赤くなり、それが襲った方を向く。
「……いい加減にしなさい、アスト」
「?」
「あなたは一体、どれだけの人を死なせれば気がすむの!? どれだけの、どれだけの無罪の人の命を奪って、悲しませればいいの!!?」
「え?」
アストは周りを見回し、その現状を飲み込もうとする。
「あ……」
瓦礫から現れる残骸に、思わず言葉を失ってしまう。
周りで泣いている家族、恋人、友人達。
すべて、自分がやったことなのか? 自分自身に問い掛けていく。
「し、神父、、余は……」
アストが話し掛けた時、アベルは軽く目を閉じた状態で、とても静かだった。
「……神父?」
アベルは何も反応がなく、ただ目を閉じているだけだ。
その状況を見た瞬間、が大きく目を見開いた。
「アベル! 駄目、こんなところで、気を失っちゃ駄目!!」
「し、神父!?」
アベルの体が、アストにずるりと落ちて、は一気に血の気が引き、アストが横で叫び声を上げた。
このままじゃ、やばい。
いくら相手が自分の手に傷を負わせるのが嫌だからって、そんなことを悠長に言っている暇などない。
そう、思っていた時だ、例の店主の息子がやって来たのは……。
「シスター・・ですね!? 父から話は聞きました。こちらの神父様でよろしかったですか!?」
実際問題、ローマからヴェネツィアまでの距離がいまいちつかめませんでしたが、
地図を見ながら考えた末、この時間になりました(汗)。
もし違っていたら、BBSでもいいので教えて下さい。
予想以上に長くなってしまいましたが、ここは切れないので、このまま公開してしまいました。
もし大変だったら、途中で区切って読んでください、ハイ(笑)。
(ブラウザバック推奨)