「結局、余は神父に迷惑をかけてしまった」
ヴェネツィアにあるホテルの1室。厚いカーテンで覆われた部屋で、アストがポツリと言う。
「余は神父から、偵察だけしろと言われていた。余やエンドレが本気で戦えば、どうなることかと言われてな。しかしあの時は、そんなことどうでもよかったのじゃ。ただ余は、アイツを……、エンドレを倒したかっただけだったのじゃ」
「そのためには、短生種がどうなろうが関係ない、と思ったのね。あなたらしいわ」
ミントティーを口に運び、ため息を1つ漏らす。
イライラしている時に飲むのに、最適なハーブティーだ。
「……レン、殺されたのね、彼に」
「ああ……。だからどうしても、仇を取りたくて……」
「そう……。……結局、レンにはもう、会うこともないってことよね。借りを返しそびれたわ」
「アイツは別に、そのことを気にはしていなかった。それに傷は、すぐになくなったしな」
「確かに、ね……」
の目の前では、15年前に起こったことが、鮮明と思い出されていた。
自分が聖下の護衛についてから初めて会った、2人の長生種のことを。
「レン! あなた、どうして……!」
「我のことは気にするな! 汝はそのまま、アストとともに行け!」
「けど!」
「我は大丈夫じゃ。これぐらいの傷で、うろたえるわけにはいかん! 早う行け!!」
あの時、レンは自分を庇って、相手に大きく傷をつけられた。
長生種だから、その傷はすぐに治るのだが、それでもは辛く、事件が終わったあとも、何度も彼女に謝っていた。
いつか、借りを返そうと思った
けどもう、それすら出来ない……。
「……」
「アベルなら平気よ。確かに、出血は激しかったけど、命には別状ないって。明日、お見舞いにでも行く予定よ」
「そうか……。……余も、行ってもいいのだろうか?」
「もちろん。きっとアベル、喜ぶわ」
「そうだと、いいんじゃがな……」
「大丈夫、相手はアベルだもの。心配ないわ」
「……、……ありがとう」
アストが少し安心した顔を見せたので、も少し安心し、再びミントティーに喉を通し、これからどうしようか考え始めた。
カテリーナの要求通り、明日からアベルとアストとともに任務を遂行する予定ではいた。
しかしアベルは、入院している身。傷口は塞げるとしても、病院から脱走させるわけにもいかない。
どうしたらいいものか……。
とにかく、今日は休もう。いろいろなことが起こって、頭が疲れてしまった。
そう思ったは、アストの部屋を出て、未だサイレンが木霊する町を歩いたのだった。
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翌日、昼頃に病室を訪れると、思った以上に元気なアベルに呆気をとられながら、花瓶へ花を生けていた。
「全く、無茶と言うか、我慢強いというか、単なるアホと言うか……」
「最後の言葉は嬉しくないですよ、さん」
「アホなものはアホなのよ、アベルは。みんな、すでに了承済みよ」
「あまり、あほあほ言わないで下さいよ〜、も〜!」
これだけ元気なら、大丈夫か。美味しそうにガトーショコラをほおばるアベルを見て、は安心したように眺めていた。
お見舞い用の花は、昨日知り合った花屋の店主に、昨日のお礼をしに行ったら、アベルにと言ってくれたものだったのだ。
ピンクのスイートピーと霞草が、部屋を明るくしてくれる。
「きれいな花ですね。昨日、助けて下さった方からですか?」
「うん。神父様にって、渡してくれたのよ」
「そうなんですか。……あ、これ、ありがとうございます。メチャクチャおいしかったですよ〜」
「アベルは昔から、ガトーショコラが好きだからね。喜ぶんじゃないかと思って。……さて、傷の方はどうなのかな〜?」
「何か、怪しい人ですよ、さん」
「あ〜ら、そんなこと言うなら、傷口、治さないわよ?」
「……それだけは勘弁して下さい、さん。早く、アストさんと任務を片づけないといけないので」
「よろしい」
アベルが観念したように言うと、自分のパジャマのボタンを外し、傷口を塞いでいる包帯を見せた。
はベッドに座り込むと、そっと包帯に触れる。
ガラスの槍が貫通していたから、すぐに治すことは不可能かもしれない。
けどせめて、傷口だけても塞がないといけない。
そうしなければ、今後の任務に差し控える。
ゆっくりと目を閉じ、呼吸を整え、包帯に触れている左手に集中する。
体中にオーラが現れ、左手を通して、傷口に浸透していく。
包帯に隠れてしまっているから、実際はどれぐらいまで塞がっているかは分からないが、とにかく動ける程度までは治さないといけない。
数分後、オーラがゆっくりと消えて、はゆっくりと目を開けた。
するとそこに、少し心配そうな顔をしたアベルの顔があって、彼女は少し驚いたように、彼の顔を見た。
「……どうしたの?」
「いえ……、さんには、いつも迷惑かけっぱなしだなって」
「本当、そうよね。あと、どれぐらい心配させれば気がすむのかしら?」
「……すみません」
冗談で言った発言が、どうやら相手にはそう捕らえられなかったらしい。
それを感じたは、1つため息をついて、アベルの頬にそっと触れる。
「私のことは、気にしなくていいの。たくさん迷惑かけてくれても、たくさん怪我しても大丈夫。そのたびに、私がちゃんと治すから」
「さん……」
「私がここに生きているのは、貴方がいるからなのよ。貴方がいるからここに生きているんだし、貴方がいるから強くなれる。そういう奴なのよ、私っていう人間は」
「あれ」を受け入れてから、彼女の意思は変わっていない。
自分はアベルのために生きて、アベルために死ぬのだと。
アベルが大切にしている人達は、自分にとっても大切な人達だから、守り抜かなくてはならない。
そのこともあるからなおさら、彼女は生きなくてはならないのだ。
自分が悔いに、残らないように……。
「……さん、私、前から言いたいことがあったんです」
「何?」
「さんは、いつも私のために生きてくれると言ってくれます。それはそれで、嬉しいことなんですよ。けど」
「けど?」
「けど私としては、自分のために生きて欲しいのです。私は貴方が思っているほど、弱くないですし、確かに無茶なこともしますけど、ちゃんと考えてやっていることです。だから……、貴方は貴方なりに、自分の生きたいように生きて欲しいのです」
アベルの手が、そっとの頬に触れる。
そのまま目元をそっとなぞり、彼女に優しく、微笑みかける。
その笑みが、の心に染み込んでいった。
傷口が塞がったこともあり、何の支障もなく上半身を起こすと、アベルはをそっと包み込み、髪を撫で下ろす。
それに安心して、はゆっくりと目を閉じて、彼の背中に自分の腕を回した。
「貴方は、私と一緒に苦しまなくてもいいんです。私だけが苦しめば、それでいいんです。貴方は、何も苦しむ必要は……」
「私には……、あるわ」
「え?」
「苦しむ理由、あるわよ」
「さん?」
「あの日、私はアベルと同じように、苦しんだわ。場所は違えど、あの時の私は、いつ暴走してもおかしくない状態だった。
私が暴走してしまったら、例え“クルースニク”であっても止めることなんて出来ない。けど、あの時の私は、それぐらい荒れていた」
今でも思い出す、あの時の光景。
誰にも止めることが出来ないほどの怒り、叫び、そして、悲しみを……。
「アベル、私、貴方に言わないといけないことがある」
「何ですか?」
「……私は、アベルのために生きることが、私の決めた『道』なの。それ以外の『道』なんて存在しないし、考えられない。アベルを守ることが、私のためになるのだから」
「さん……」
「大丈夫、どうしようもなく弱くなりたくなったら、すぐに貴方のところへ行くわ。だからアベルも、弱くなりたくなったら言ってね」
「……分かりました。本当、すみません」
「謝ることじゃないのよ、これは。それぐらい分かりなさい」
「……はい」
お互いに見つめ合い、そして微笑み合う。そしてアベルがお礼を言うように、そっとの頬に唇を落とし、もアベルの頬に、そっと唇をあてた。
外から降り注ぐ太陽が、2人を優しく、包み込んでいく。
その光が、ずっとこうやって、照らし続けていて欲しいと、思ってしまうぐらいに。
やばい、ラブラブ度がアップしてしまいました(大汗)。
もういいです、どうせ私は腐ってますよ、フン(笑)。
は、レンとも仲がいいです。
てか、レンとの方が仲がよかったです。
でもって、口調はこれでよかったのかが心配です(汗)。
多少、アストに似せて書いてみたのですが、大丈夫だったのでしょうか?
ちょっと心配です(汗)。
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