「あれ? トレスじゃないの」
アベルの外出許可を得るために受付にいると、入口から見慣れた小柄な男が現れた。
その顔を見て、は少し驚いたように、彼の元に駆けつけた。
「どうしたの? 何かあったの?」
「ミラノ公からの臨時任務のために来た。卿はそこで何をしている、シスター・?」
「アベルの外出許可をもらおうと……、……どうしてここが?」
「昨夜、ナイトロード神父よりミラノ公宛てに連絡が入った」
「ああ、それで知ったのね。……え! 駄目って、そんな!」
受付にいる係員に外出の許可が下りなくて、が思わず叫んでしまった。
それもそのはず。アベルの傷は心臓と大きな血管の間をギリギリの位置にガラスの槍が刺さったのだ。
そう簡単に動いていいわけがない。
傷が塞いだなど、口が裂けても言えることではないし。どうしたらいいものだろうか……。
「アベル・ナイトロード神父の担当医はいるか?」
「え、あ、はい。いますけど。失礼ですが、どちら様ですか?」
「教皇庁国務聖省特務分室派遣執行官、HC−]Vだ。教皇庁国務聖省長官ミラノ公カテリーナ・スフォルツァ猊下の命によって来た。これより、アベル・ナイトロード神父をこちらで保護する。担当医に退院許可を貰いたい」
「は、はい、分かりました……」
トレスの言葉に、は少し首を傾げながら聞いていた。
アベルを保護って、どういうことだろうか?
「トレス、スフォルツァ猊下が何か言ったの?」
「先日の騒ぎの件により、オデッサ子爵の身柄を確保することとなった」
「アストの身柄を? それはやっぱ、あの騒動のせいで、一般市民に迷惑をかけたから、てこと?」
「肯定。もしオデッサ子爵が拒んだ場合は、射殺してもいいという命令だ」
「しゃ、射殺!? それ、正気で言っているの!!?」
「肯定」
いくら相手が吸血鬼だからと言って、それはあまりにも酷すぎる。
ただでさえ昨夜のことがあるのだから、教皇庁が黙っているわけがないこともよく知っている。
特に、異端審議局は。
しかし、もしアストを死なせたら……。
「あのね、トレス。彼女は今回のクライアントであるのと同時に、私の知人でもあるのよ? いくら彼女が反対したからって、射殺することないんじゃないの?」
「昨夜、オデッサ子爵は多数の犠牲者を出した。そしてそれは、教皇庁と帝国のバランスを崩すきっかけにもなりゆる事件だった。よって、これ以上の騒動を起こさないためにも、オデッサ子爵の射殺が最も適した結果だと推察される」
「でも!」
「もし卿も背くのであれば、卿も対象者と認め、まとめて射殺する」
「そんな! ちょっと、トレス! もう少しよく考え……」
「担当医の許可が下りました。病室は304号室です」
「了解した。卿の強力を感謝する」
受付の係員から許可を貰うと、トレスがスタスタとそのまま歩き出した。
その後ろを、慌てたようにが追いかける。
カテリーナは何を考え、アストの射殺を命じたのだろうか?
いや、本人は特に何も言っていないだろう。
だが相手はトレスだ。
彼女が何を言いたいのかぐらい、すぐに分かるはずだろう。
「トレス、今回のことに関しては、アストも十分反省している。アベルも私も、彼女には十分すぎるぐらい言ってあるから、心配ないわよ」
「卿やナイトロード神父が言ったところで、相手がすぐにそれに応じるとは考えにくい」
「それは、相手が吸血鬼だからってこと? あのね、彼女は私達と同じ……」
「俺は機械(マシーン)だ。卿達と同じではない」
駄目だ、これは何度説得したところで、何の威力を持たない。
行動に移すかどうかは、アストの回答を待ってからでもおかしくない。
とりあえず、アストと連絡を取らなくてはいけない。
「ところで、アストの居場所、知っているの? 私が案内してもいいんだけど」
「その必要はない。300秒前、オデッサ子爵の姿を入口で発見している。今は、ナイトロード神父の病室にいると推測される」
「アストが? そう、彼女、来てくれたのね。よかった」
「どうして卿が安心する、シスター・?」
「昨夜の事件の後、アベルに会いに行こうか、悩んでいたみたいだったからね。きっとアベル、喜ぶわ」
アストが来てくれたことを、本当は誰よりも嬉しく思ったのはだった。
短生種が嫌いなアストが、1人の短生種のためにお見舞いに来たのだ。
少し発展が現れたと思ったら、喜ばないはずがない。少しだが、気が楽になったような感じがした。
病室の前に着くと、そこにはアストがアベルの前にいた。
が、そのアベルが……、アストの前で着替え始めているのだ。
トレスはいい。一応、性別としては男なのだから。
しかし問題は、アストとだ。
そしてその中で、この神父は着替えようとしたのだ。
「な〜にやっているのよ、このセクハラ神父!!!」
「うがっ!」
突っ込まれるのは、当然の行動だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「では、よろしくお願いします」
ヴェネツィアの市内航空にて、“アイアンメイデン”の飛行記録の抹消を頼んだとトレスは、そのまま“アイアンメイデン”に向かって歩き出した。
「出航は600秒後だ。それまでに準備を整えておくことを推奨する、シスター・」
「大丈夫よ。荷物も自動二輪車も、もう“アイアンメイデン”につんであるから」
搭乗口のセキュリティーを通過して、2人並んで歩いていく。
あまりトレスと一緒に歩いたことがないため、変な違和感を感じるのはだけであろうか。
何を話そうか悩んでいると、トレスが口を開いた。
「卿とオデッサ子爵とは、どういう関係だ?」
「私が昔、前聖下の護衛をしていたことは知っている?」
「肯定。ミラノ公より話は聞いている」
「私がまだ前聖下の護衛をしていた時に、ある事件で間違えて捉えられた吸血鬼を連れ戻しに来たアストと、ちょっとやり合ってね。
とにかく、相手の要求を聞いてから決めようとしたら、彼女、急に攻撃し始めて、それを止めるのが大変だったわ」
「はやり、オデッサ子爵は危険人物。すぐに排除をすべきでは……」
「それがね、トレス。私も、その時はさすがにそう思ったんだけど、詳しく話を聞くと、相手の言っていることは満更嘘でもなかったのよ。で、前聖下に相談したところ、調査を許可してくれてね。細かく調べたら、見事ビンゴだったわけ」
「それで卿は、オデッサ子爵の支援をした、ということか?」
「その通り。それ以来、アストとは友達……ってとこまで行ってないかもしれないけど、でも相手にとっては、唯一信じられる短生種にはなれたんじゃないかしらね」
トレスに話しながら、はあの時のことを思い返していた。
あの時も確か、アストは“ゲイ・ボルグの槍”で攻撃を仕掛けてきて、それを止めるのが必死だった。
「力」を使えばすぐに終わったのだが、当時の彼女は、その「力」をわざと使わないでいたため、取り押さえるのが大変だったのだが……。
「トレスにもそういう人、いるでしょ? アベルとか、ケイトとか、あとカテリーナとかさ」
「俺は機械(マシーン)だ。感情などない」
「ないかもしれないけど、本当は人間に、なりたいんじゃないの?」
「卿の発言は理解不能だ」
「そう言いながらも、時々、貴方が『人間』らしい行動をすることがあったりすると、やっぱり『人間』として生きたいのかなって思うの。
自分では気づいていないだろうけど、きっとみんなも、そう思っているんじゃないかしら」
「俺に機械として生きろと言ったのはミラノ公だ。それ以外の者から、その件に関しての命令は受けられない」
「ま、今は理解出来ないかもしれないけど、じきに気づく時が来るわ。そうなれば、もっとこう、硬くなる必要もなくなると思うんだけどね」
「卿の発言意図が……」
「不明でも何でもいいわ。時間がかかってもいいから、分かってくれればいいのよ。さ、早くケイトのところに戻りましょ。もうじき、アベルとアストも乗船すると思うし」
「……肯定」
いまいち言っている意味が理解出来なかったトレスがいたが、はそほど気にすることなく先へ進んでいった。
トレスはまだ気づいていないかもしれないが、は“教授”と彼のメンテナンスをしているころから、薄々感ずいていたことだった。
それはきっと、“教授”も同じだろう。
“アイアンメイデン”に到着すると、中でケイトの焦ったような声が聞こえ、トレスもも、そんなケイトを不思議そうに見つめていた。
<おふざけになるのはおやめになってくださいまし、アベル神父! 後で叱られるの、あたくしなんですから! この際申し上げておきますけどね、だいたい何で、いつもいつもあなたの尻拭いばかり……、……ちょっ! アベル神父!!?>
「どうしたの、ケイト? 何かあったの?」
<ああ、さんにトレス神父! アベル神父が、なんだか、オデッサ子爵に浚われただのなんだので、乗船出来なくなったって言っていて……。あ〜、もう! カテリーナ様の雷が見えて怖いですわ!!>
「どこにいるか、推測出来るか、シスター・ケイト?」
<たぶん、出発ロビーあたりではないかと思います。通信中に、たくさんの人の声がしましたから>
「了解した。これより、ナイトロード神父とオデッサ子爵の捕獲に向かう。シスター・、卿にも同行してもらう」
「え? 私も??」
「卿はオデッサ子爵の知り合いだと言った。ならば、卿が彼女に説得するのが最適だと推測した。何か、不服なことがあるのか?」
「……分かったわ、トレス。不服どころか、大歓迎よ。ありがと」
「卿は俺に例を言う理由はない。あるのなら述べろ、シスター・」
「特に深い理由はないけど、ただ、言いたかっただけよ。ありがと」
「……卿の発言意図は不明だが、それよりも先に、ナイトロード神父とオデッサ子爵の捕獲を優先する。卿の発言の意図は、それから突き止める」
「あ、こら、待ちなさい! ケイト、行って来るわね」
<お願いいたします。私も上から、お2人を探します。見つけ次第、すぐに連絡しますわ>
「分かった。よろしくね、ケイト」
トレスが先にスタスタ行ってしまい、その後を慌てて追いかけるの顔は、かすかに微笑んでいるようにも見えた。
しかしその意味を、トレスはしるよしもなかったのだった。
トレスの言葉って難しい(爆)!
このやり取り、すごく難しかったです。
ちょっと投げ出しそうになりましたが、何とか書き終えられたのでよかったです。
トレスファンの方からのご指摘、お待ちしております(汗)。
「こんなのはトレスじゃない!」でも、何でも結構です。
どんどん送って下さいまし〜!!
しかし私、アベルに突っ込むのが好きらしいです(笑)。
前回同様、思いっきり突っ込んでみました。
さて、次回はあるのか(いや、ないって。「SWORD DANCER」だし/笑)
(ブラウザバック推奨)