出発ロビーまででたトレスとは、2人がいると思われるところを手分けして探し始めた。
待合室から、近くのカフェ、インフォメーションセンター、チェックイン・カウンターまで、とにかく隈なく探した。
が窓から外に視界を動かすと、水上バス乗場に、ひょろっと背の高い神父と、1人の女性を発見した。
あれはまさしく、アベルとアストだ。
「何で、あんなところにいるのよ、あの2人は!!」
はすぐに近くの出入口から外に出ると、水上バス乗場にいるアベルとアストの元に駆けつけようとした。
上では、同じく2人を発見した“アイアンメイデン”が離陸しつつある上、違うところからトレスも外に出ていた。
その頃、追い詰められているアベルとアストは、まだ客を乗せていない水上バスを動かすと、
とトレス、そして“アイアンメイデン”から逃れるために、猛スピードで逃げていた。……見た目はそう見えないが。
「あんなちんたら走って、逃げているつもりなのかしら??」
不思議にそう言うの視界に、思わず呆れるとも言える光景が広がった。
アベルが脇見運転していたら、水路標識(プリコラ)に船体が乗り上げられ、大きく傾き、岸壁に衝突したのだ。
2人はそのまま落ち、それと同時に、アストは頭を打ち、涙目になりながら、アベルに怒鳴り散らしたのだ。
その声は、の場所まで有に届くぐらいだ。
「ドピトーク! ネプティンタ! プロスト! ファリマ……、タウ・カプ・トウリーク・ハ!?(馬鹿! 無能! トンマ! スカタン……、貴様の頭はカボチャか!?)」
「……すごいこと言ってるわね、全く……」
帝国語が理解出来るため、アストが何を言っているのかすぐに分かり、は思わす呆れたような顔をする。
そんなこと言っても、アベルが理解出来るわけ……、
「……あるわね。分からないふりをするでしょうけど」
とりあえず、早く捕まえで、理由を聞き出さなくてはならないと思ったは、2人が上がった桟橋に向かって走った。
先にトレスが到着していて、2人の前に銃を掲げている。
「Ax派遣執行官アベル・ナイトロード、および、帝国直轄監察官アスタローシェ・アスランに警告――武器解除後、速やかに投降せよ。3秒待つ」
「や、やあ、トレス君、さん」
アベルが精一杯フレンドリーな笑顔で見上げたが、それがトレスやに通用するわけもない。
トレスは相変わらず無表情で見つめ、は額に手を置きながら、大きくため息をついた。
「すみません、何かお騒がせしちゃって……」
「カウント開始(スタート)。3、2、……」
「わ! わ! ストップ! はい、武器捨てます! 投降もします! ほら、アストさんも」
「……馬鹿(ドピトーク)」
「ま、今に始まったことじゃないけどねぇ〜」
2人が両手を上げたのを見て、は再び呆れた顔をして、2人を見つめていた。
というより、こんな神父と一緒にいるアストが、だんだん気の毒になって来た、と言った方が正しいかもしれないが。
「“アイアンメイデン”、こちら、“ガンスリンガー”。対象を確保。ナイトロード神父の聖職服務規定違反について、ミラノ公に報告を」
「やっぱりカテリーナさんに報告しちゃうんですか、トレス君? ううっ、また怒られる……」
「自業自得よ、アベル。諦めなさい」
<アベ……あたく……後……貴方とお話があります……あら? おかし……ね?>
「どうしたの、ケイト?」
トレスがイヤホンを入れなおし、もイヤーカフスのスイッチを入れ直した。雑音が酷く、うまく聞き取れない。
<それ……ーナ様と連絡と……なく……周りがひどい電波障……なの……しら、これ?>
“アイアンメイデン”が直上に浮かんでいるのに、こんだけ電波が悪いのはかなり深刻なことだ。
最近、検査を終えたばかりだから、機械が壊れていることはないということは、プログラムメンテナンスを行ったが一番よく知っていた。
は急いで、腕時計式リストバンドの周りの輪を動かし、一番上を「2」にすると、横にあるスイッチを押した。
すると文字盤が黄色く光り、そこから声が聞こえた。
『俺を呼んだか、わが主よ?』
「ザグリー、すぐに“アイアンメイデン”とコンタクトを取れる環境を確保して」
『了解。通信プログラム、起動開始(スタート)。受信先、“アイアンメイデン”艦長ケイト・スコット』
<……あ、さん、ですね。ありがとうございます。助かります!>
「いえいえ、どういたしまして」
プログラム「ザイン」が起動を開始すると、文字盤の上にケイトの「影」が映り、そこから彼女の声が聞こえてきた。
プログラムは問題なく動いているようだ。
「ま、所詮は短生種の技術じゃし……、……そうか……、そう言うことか!」
「え? 何がです?」
「アベル神父、2番目の事件が起こった建築会社じゃが……、水利事業専門の会社ではなかったか!? 例えば、堰とか堤防とか?」
「え、ええ……。何でご存知なんです?」
「ミラノ公に連絡を! 法王……、いや、あの街の短生種を全員避難させねば! 今回の法王の訪問は、全部奴の罠じゃ!」
<どういうことですの?>
プログラム「ザイン」から、ケイトの不思議そうに尋ねる。も、うまく事情が飲めなくて、アストに注目していた。
<カテリーナ様なら、今現在、可動堰の視察にいらっしゃっているはずですが……>
「くっ! よりによって、そこか! すぐに連絡をつけよ! さもなくば彼女も死ぬぞ!」
「そ、それって、一体どういうこと!?」
「……詳しく話せ」
アストの最後の一言に、は驚いたようにアストを見て、
今までアストの額にM13の工場照準器(レーザーサイト)を当てていたトレスが銃を下ろしたのだった。
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アストから詳しい事情を聞いたアベル、トレス、は、二手に分かれて任務を遂行することにした。
はトレスとともに、カテリーナを救出するために可動堰に向かったのだが、電話などの器具が不通なこともあってか
、周りが混乱に陥っていて、なかなか前に進むことが出来ない。
どうにかして、この騒ぎを落ち着かせなくては……。
「トレス、あなたはすぐにスフォルツァ猊下のところへ先に行って。私はプログラム『ヴォルファイ』で、電子回路に入るわ!」
「了解した。任務が完了し次第、卿の援護を要求する」
「分かった。猊下のこと、頼んだわよ!」
は人ごみの中から何とか抜け出すと、大通りの外れにある細道に入った。
僧衣の内ポケットより、小型電脳情報機(サブクロスケイグス)を取り出して起動し、腕時計式リストバンドについているコードを伸ばし、プラグに差し込む。
目の前にあるパスワードを入力し、プログラム潜入準備を整えた。
『プログラム〔ヴォルファイ〕進入10秒前』
女性の声が響き渡り、は呼吸を整える。この瞬間だけは、毎回慣れていないためだろうか。
『プログラム〔ヴォルファイ〕進入5秒前。4、3、2、1……、進入開始』
がその声と共に目を閉じると、一瞬、体が軽くなる衝動に襲われる。
頭の中に何かが横切り、それが終わると、はゆっくりと目を開いた。
するとそこには……、宇宙空間のような、真っ暗な世界が広がっていた。
『久し振りだね、わが主よ。スクルーからいろいろ聞いていたけど、元気そうでよかった』
どこからともなく聞こえる声に、は少し苦笑した。
現に「彼」の中に入るのは、3年ぶりだった。
「ヴォルファー、早速で悪いんだけど、ヴェネツィアの電気回路プログラムに進入したいの。手伝って!」
『了解。座標確定、目的地、ヴェネツィア電気回路プログラム――受信開始(ロードスタート)』
体がフワッと浮き、体が自然と動き出す。目の前にたくさんの基盤が立ち並び、その中をすり抜けていく。
基盤を通り過ぎ、コードもすべて通り過ぎたあとに現れたのは……、「0」と「1」に囲まれた電子コードだった。
これが、ヴェネツィアの電子回路プログラムだ。
『故障されているのは、ここの部分。そこのコードを返れば、無事に終わる。スクルーを呼ぶか、わが主よ?』
「これぐらいなら、何とかなるわ。ありがと、ヴォルファー。助かったわ」
『帰還する時になったら、また言って。すぐに移動させるから』
「了解。……さて、やりますか」
プログラム「ヴォルファイ」の声が消えると、はプログラムに手を触れ、パズルのように組替え始めた。
彼女の頭には、どこがどう間違っていて、どこをどう組み立てればいいのかが分かっているらしく、手際よくプログラムを修整していく。
そしてその時間も、そう長くはかからなかった。
「ヴォルファー、プログラム修整完了したわ。ロードして!」
『了解。修整プログラム、作動開始(スタート)……、正常運転、確認』
「よし! ヴォルファー、このまま元に戻って、すぐに可動堰まで行きたいの。戻り次第、すぐに連絡を入れるわ」
『了解。今日は仕事が山盛りだ! ――君の無事を祈り、元の場所への移動を開始する。…帰還開始(リターン)』
が再び目を閉じると、再び体が軽くなり、高く飛び上がっている衝動にかられる。
徐々に体が重くなっていき、再び目を開けると……、
……そこは先ほどの、大通りに面している細道だった。
少し頭が重かったが、それはプログラムに入るたびに襲う副作用で、
プログラム「スクラクト」に入った時よりもまだ軽い方だったので、あまり深く考えないようにする。これぐらいだったら、まだいける。
通信が可能になったことから、周りの混雑も収まり、人ごみも少し減っていた。
しかしここは緊急事態。この中をかき分けて行ったら、それこそ時間がかかって仕方ない。
は小型電脳情報機に刺さっていたコードを引き抜いて、僧衣の内ポケットに戻すと、
コードを腕時計式リストバンドに戻し、再び円形部分を、今度は「5」に合わせ、スイッチを押す。
「プログラム『ヴォルファイ』、私の声が聞こえますか?」
『バッチリだよ、わが主よ。さて、どこに移動する?』
「可動堰内の、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿と“ガンスリンガー”がいる場所へ行って」
『了解。座標確認、目的地、ヴェネツィア可動堰内、――移動開始(ムーブ)』
プログラム「ヴォルファイ」が声を出した時には、
すでにその場に、の姿がなくなっていた。
プログラムの性格は、みんなバラバラです。
一番真面目なのが「スクラクト」、その次が「ヴォルファイ」、その次が「ザイン」です、今のところは(謎爆)。
原作でもそうだったのですが、アストが帝国語でベラベラ話すシーンはかなり好きでした。
そして「トリブラISSUE」の最後の台詞でも爆笑。
あの台詞はきっと、これを読んでないと分からない内容だったに違いありません。
1人で大受けしたのは、言うまでもありませんでした……。
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