が再び姿を現したのは、可動堰の一角だった。

 奥から銃声が聞こえて、それがすぐトレスのものだと感知すると、彼女はその方向へと進み始めながら、
 2丁の銃をそれぞれサブマシンガンモードに変換した。

 到着すると、どうやら敵は倒れ、トレスがカテリーナを“アイアンメイデン”に搭乗するように言っているところだった。
 よかった、無事に終わったのか。


「猊下、ご無事でしたか!?」
「シスター・! 着てくれたのですね!!」
「電子回路はすべて正常に戻しました。あとはここを……」
「結構、素晴らしい手際だ」


 わざとらしい拍手の音に、トレスを覗く全てが振り返り、が相手の方に銃を向けた。

 相手の顔に見覚えはない。
 しかし、初めてではない感覚があって、変な違和感に襲われた。

 知っている。こいつは……。


「初めまして、ですね、シスター」
「そうみたいね、薔薇十字騎士団(ローゼンクロイツ・オイデン)、位階9=2(メイガス)、称号“機械仕掛の魔道士(パンツァー・マギエル)”、イザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファー!」
「どうやら、私の名前をご存知のようで。私も有名人になったみたいですね」
「少なからず、私の中ではね」


 「騎士団」の幹部リストは、すでにプログラム「スクラクト」経由で知っていた。
 しかし、その主格となる人物だけが判明されていず、未だ調査中になったままだった。


「全く、神父トレスには参ったよ。挨拶もさせてくれないなんて酷い話だ。……スーツが汚れてしまったじゃないか」
「! トレス、撃たないで!!」


 が発した時には、すでにトレスはM13を相手に撃ち込んでいた。2発の銃弾はケンプファーの頭を捕らえ、破壊される……、はずだった。


「無粋な玩具だ。優雅さのかけらもない」
 ケンプファーの目の前まで来た銃弾が、空気に密着されでもしたかのように止まり、手でひょいとあげて、そのまま床に落ちた。

(やっぱり。彼の前には、バリアが張ってある)

 はそう思いながらも、銃を彼から離すことはしなかった。バリアが離れたのと同時に、攻撃を開始しようと思っていたからだ。


「神父トレス、君は有能な男だが、いかんせん、殺戮というものの持つ意味まで理解しえてない。……よろしい。私が少し教授してあげよう」


 ケンプファーがつけている手袋の五芒星(ペタングラム)が、赤く光出す。
「我が前にユンゲス、我が後ろにテレタルカエ、右手に剣、左手に盾、我が周囲に五芒星は輝き、医師の中に六芒星が据えられたり……、来たれ、“ベルゼバブの剣”」


 彼が術みたいなものを唱えると、手を軽く振り出した。すると、カテリーナの側で震わせていた若い尼僧の首が切られ、隣の同僚の手に収まったのだ。
 ケンプファーの手には、何も持っていないのに……。


「いやあああ!」
「動かないで、シスター・レイチェル!」


 同僚の生首を投げ捨てた同僚が、恐怖のあまりに扉へ向かった。
 が、しかし……。


「……エィメン」


 ケンプファーが皮肉に唇を吊り上げた一瞬、に止められた尼僧の体は、マネキンのように四肢に分裂したのだ。
「!」


 一気に2人のシスターの死に、周りは悲鳴を上げることすらできなくなっていた。
 さすがのカテリーナも、顔が蒼白になっている。


「“死の恐怖は死そのものより厭わし”――シラー。……ああ、動くな、神父トレス。人形はつまらん。どうせ、恐怖なんて高尚な感情なぞ持ち合わせてはいまい? 
機械人形を壊しても面白くない。恐怖・戦慄・悲哀――。君も、少し彼女達のかわいげを見習ってはどうかね? ……おっと、そこのシスターは違うようですね」


 振り返りもせず、ケンプファーは背後にいるトレスを阻止し、視点をの方に変えた。

 彼女はさっきと違い、目が鋭く、相手を睨みつけていた。
 シスターが2人もやられた嫌悪と、それを防ぐことが出来なかった自分が許せなかったからだ。


「そう言えば、あなたの名前を聞いていませんでしたね、シスター」
「あら、トレスの名前は知っていて、私のことは知らない、とでも言うの? 面白い話ね」
「私どもの部下もがんばったのですが、どうしても貴方のデータだけが取り出せなかったので」


 「取り出せなかった」。
 この言葉に、は耳を疑った。
 彼女のデータを含むAxの名簿は、そんな大掛かりなことをしなくても手に入れることが可能だ。
 しかし、相手はそれを「取り出せなかった」と言うのだ。

 その理由として挙げられることと言えば……、1つしかない。


「……あの人が、まだ生きているって言いたいわけね」
「はて、それはどういう意味でしょう?」
「あなたのボスが、誰だか分かったってことよ。そう、そういうことね」


 彼女は銃をフルロードモードに切り替え、再び彼に向けて構えた。
 ……何かを覚悟したかのように。


「私は、教皇庁国務聖省特務分室派遣執行官、。コードネーム“フローリスト”よ。よく覚えておきなさい、……生きていればね!」


 はケンプファーに言い捨てると、すぐに戦闘モードに突入し、手にしている銃を一気にケンプファーに目掛けて撃ち込み始めた。
 しかしケンプファーは、指を再びひょいと上げ、見えない「何か」に銃弾を弾かせ、一気に振り下ろされた。
 それに反応するようにはジャンプすると、上から銃攻撃を仕掛ける。
 さすがに空間にいる間だったら、攻撃は出来ないだろうと思っていたからだ。

 しかし、それは大きな間違いだった。ケンプファーがの方へ指を振るうと、横から何やら大きな衝撃が襲ったのだ。
 はそのまま体制を崩し、地面に叩きつけられる。


「くあっ!!」
「シスター・!」


 カテリーナが動こうとしたが、それをトレスに阻止され、動きが取れない。
 今の彼の任務は、カテリーナを防御することにある。
 危険地帯にいるのところへ行かせるわけにはいかない。


「ほう、反応は早いようだが、油断も多いようだ」
 蹲っているの前で、再び指を上下に動かす。すると地面から亀裂が生じ、の方へ向かって走り出した。
「シスター・! 逃げなさい!!」


 カテリーナの声は届かなかったのか、はそのまま、その亀裂に飲み込まれていった。
 一気に煙が立ち込め、周りが何も見えない。


「シスター・……、−!!」


 あまり叫ぶことのないカテリーナが、高々と叫び出す。
 Axの中で、一番長い間生活を共にし、そしていつも守ってくれた彼女を失ったと思っていたからだ。

 しかし……、爆風によって現れた煙が消えうせた時……、誰もがその姿を、疑った。

 が……、まだ生きている!


「……正直言って、かなり答えたわよ、こればかりはね」


 周りを囲むバリアがゆっくり消えると、は手をふわりと動かし、カテリーナの隣にいる尼僧達を眠らせた。
 その理由は何なのか、他の者は理解していないのだが。


「どうやら、私に本気を出せと、言っているみたいでムカつくわ」
「おや、今までのは本気じゃなかった、と言うのですか、シスター?」
「そういったところね。本当、かなりヤバイことになったと思ってる最中よ。さすが、『あの人』が認めた人ね。誉めてあげるわ」
「それは、どうもありがとうございます、と……、申し上げた方がよろしいのですかね?」
「ま、とりあえずはそれでいいんじゃない? でも……」


 の体を、白いオーラが包み込む。髪を縛っていたリボンが解け、ゆっくりと地上に下りていく。
「きっとあなた……、後悔するわよ」



〔ナノマシン“フローリスト” 40パーセント限定起動――承認!〕



 白いオーラが、彼女の体を一気に包み込む。
 口からは2つの牙が生え、目は徐々に赤くなっていく。


「こ、これは……!」


 ケンプファーは、相手の顔を見て、驚いたような顔をしていた。
 それもそのはずだ。
 彼の知っている限り、この姿になれるのは「3人」だったはず……。


「まさかあなたは……、『あの方』と、同じなのですか?」
「…………」


 は何も言わず、右手から大きな銀の大剣を出現させた。
 それはどう見ても、一般の女性ではとてももてないぐらいの大きさのものだった。

 一振り、大剣を振り下ろすと、近くにある壁に亀裂が入り、一気に崩壊していく。
 その意欲は、ケンプファーが切り出す「剣」なんかと比べ物にならないほどのものだった。


「なるほど……、これは面白くなりましたね」


 ケンプファーが嬉しそうな顔をして言うと、再び指を鍵盤を叩くように動かし始めた。
 亀裂がの方にいくつも飛んでいったが、彼女の前には強力なバリアが張られているため、攻撃がすべて弾かれてしまう。

 そして次の瞬間――、いくつもの剣圧が飛び交い、「何か」を捕らえたかのように飛んでいったのだ。



 一瞬、白煙が上がり、そこからケンプファーが現れる。
 驚いている様子でもなく、かといって嬉しそうな様子でもない。



「ほう、“ベルゼバブの剣”を……。なかなかやりますね。しかし……、それで私に勝ったとでもお思いですか?」
「……貴様だけは、絶対に許さない」


 先ほどと違い、声のトーンが低いが、確かにそれはから発しられた声に間違いない。
「貴様だけは……、何があろうと破壊する」


 大剣を「無限」を描くのように振り下ろす。再び地面に亀裂が走り、ケンプファー目掛けて突進していく。
「駄目だ、私にそのようなものは……、!」


 ケンプファーの言葉は途中で遮られ、目の前で起こった現象に驚く。
 自分ですら予想がつかなかった、その現象に。

 黒髪を揺らして後ずさった時、ケンプファーの両手は、手袋ごと消し飛んでいた。血の一滴もながれていない。


「全く、信じられませんね、あなたは。まさか、“アスモダイの盾”までも破壊するとは」


 呆然と、驚いたようにケンプファーは言い放ち、の顔を見つめていた。
 その顔は、少し楽しそうな顔をしている。


「“フローリスト”……、今、思い出しました。意味は、“神の力を持つ天使”、でしたね。神に変わって、悪を倒す、ですか。実に面白い」
「……『あの男』に伝えておけ」


 ケンプファーの言葉を無視するかのように、は静かに口を開く。
 その声は、地面の底から聞こえるような、そんな恐怖を見せるかのようだった。


「貴様に、『我が主』を渡さないと。そう、伝えろ。……覚えていればな」
「渡さない、ですか。……分かりました。しっかり覚えておきましょう」


 “魔術師”の背が、膝から下が消失していこうとしている。
 そして、徐々に上へ上がっていく。


「君の力、確かに伝えておきますよ、シスター・。それと、神父トレス。それだけの能力を失うのは惜しい。……私は、いいことを思い出したよ」


 床に落ちた己の影に飲み込まれつつも、ケンプファーの声は落ち着きを払っている。
 無表情なトレスと、青ざめたカテリーナ、そして未だ、目を鋭くして見つめているを見比べながら、不適な笑みをこぼす。


「諸君には、また近いうちにお会いすることになるだろう。運命の輪が閉ざされる時、君達にはとびきりの生贄になってもらう……」
「何をやっている、撃て、“ガンスリンガー”、“フローリスト”!」
「…………」


 カテリーナが我に返った時には、既にケンプファーの姿は首までなくなっていた。
 しかし、もトレスも攻撃することなく、相手の姿を見ることしか出来なかった。

 は自分に襲ってくる「何か」を大剣によって阻止したが、トレスはそれを阻止することが出来ず、
 肩から両腕を切断され、重々しく音を上げて床に転がった。


「ファ、神父(ファーザー)トレス!!」
「これでおあいこ。恨みっこなし、ということで……。では、皆様、これにて失礼(アウフ・ヴイーダーゼン)」


 完全に姿を消したケンプファーの声が、静かに響き渡っていた。
 そして眠っていた尼僧たちが目を覚ました時には、はすでに、元の姿に戻っていたのだった。








ここで“フローリスト”を出そうとは思っていましたが、10%でとどめようと思ったのです。
しかし原作読み返すうちに、「10%じゃ足らん!」と思って、40%に変更。
でも逆に強すぎたかなぁと、今ちょっと反省中です、ハイ(汗)。

ケンプファー……、何気に嫌いです(爆)。
だって、ムカつくんですもん、この男!
読み返すたびに、イライラしてきて仕方ありません。
アニメ版を見てないので分からないのですが、私の頭の中の声を聞くたびに最悪です。
(速水 奨さんみたいな声がグルグルグルグル/笑)
誰か、この悪夢から脱出させて下さい(笑)。





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