いつか、一緒に楽しく暮らせたらいいのにね。
 昔、彼女が言った言葉を、急に思い出していた。



 ある昼下がりの午後。はアベルとともに、カテリーナへ報告書を提出する途中だった。
「アベル、僕、マジでやばいんだけど」
「それは、私だって一緒です。どうやって説明すればいいんです? 隠したって、きっとケイトさんにばれてしまいますし」
「いや、もうケイトならとっくに知っているはずだよ。一体、誰がカバーしてくれるんだか……」


 2人が心配しているのは、任務先で使った経費のことだ。
 本当ならば必要ないところまで、必要以上に使ってしまったため、それを弁護するにはどうしたらいいのか、悩んでいたのだった。


「まぁ、とりあえず、行ってみるしかないです。ここからは逃げられないのですから」
「……仕方ない、やってやるか」


 諦めたようにが言うと、勇気を振り絞って、執務室のドアをノックする。
「Ax派遣執行官、“デス・エンジェル”、ならび“クルースニク”、参上いたしました」
「入りなさい、2人とも」


 アベルがゆっくりドアを開けると、そこにはいつも通り、カテリーナが自分の席に座って、先にいた者に資料を渡している最中だった。

 その、カテリーナの隣にいた者に、は思わず動きを止めてしまう。
 それもそのはずだ。
 相手はもうすでに、ここにはいない人物だと思っていたのだから……。


「あれ、さん! いつ、ロンディニウムから戻られたんですか?」
「昨日戻って、今、報告書を提出したところよ。アベルも今、戻ってきたところ?」
「ええ。あ、そうそう、彼女に会うのは初めてでしたね。彼女は……」
、コードネーム“デス・エンジェル”、でしょ? 知っているわ。……昔に、ちょっとだけ会ったことがあるから」


 どうやら、相手ものことを覚えているらしく、少し驚いたようだが、優しく微笑み返す。
 しかしは、未だ強ばった顔をするばかりだ。


「それでは、スフォルツァ猊下、私はこれで」
「ご苦労様でした、シスター・。次の任務が来るまで、ゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます、猊化。それじゃね、アベル、


 彼女はカテリーナに一礼すると、アベルとに挨拶をする。
 は彼女の後を目で追ったが、相手は特に気にすることなく、そのままドアを開けて、部屋を出て行った。



 その後、はカテリーナから言われたことが何なのか分からなくなるぐらい、相手の女性の存在が、気になり始めたのだった。




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「へぇ〜、リリスのところにいる人って、そんなにきれいなんだな〜」
「ええ。きっと、も好きになると思うわ。何せ、ケーキとか作るの上手だし、機械関係が得意だし」
「え! ケーキ、作れるの!?」
「ええ。ほら、前私が持って来たシフォン、あれは彼女が作ったのよ。美味しかったでしょ?」
「うんうん! 俺、あのケーキ、すんげー好きだったんだ! へぇ〜、どんな人なんだろうなぁ〜」
「いつかね、彼女も含めて、3人で暮らせたらいいなぁって思っててね。けど彼女、人見知りがちょっと激しくて、なかなかそこまで行かないのよ」
「そうなんだ。ま、俺はいつでもOKだよ。彼女がOKした時で、構わないからさ」
「分かったわ。にも、そのことを伝えておくわね」




「……何、ボーッとしているの、?」


 目の前にケーキと紅茶があるのにも関らず、思わず考え込んでしまったに、誰かが優しく声をかけた。
「あ、あなたはさっきの……」
「Ax派遣執行官、コードネーム“フローリスト”のよ。初めまして……、になるのかしら?」
「……知っているんだな、俺のこと」
「とっくにね。見てすぐに分かったわ、……・サール」


 昔の名前を知っているということは、やはり彼女、のことをよく知っている人物になる。
 でもそうなると、余計今もこうして生きていることに疑問を感じる。


「よかったら、お隣いいかしら?」
「え、あ、どぞ」

 の横に座り、近くを通ったウェイトレスに、手馴れたようにダージリンを注文する。
 どうやら、ここの常連客らしい。

 茶色に黒メッシュが入ったロングヘアーを高い位置で縛り、目は青と緑が混ざったアースカラー、
 身長はアベルより頭1個分小さいから、結構な高さだ。そして、何より美人だ。


「さて……、突然本題に入るけど、どうしてあなたがAxにいるの? 確かに、あなたの剣術は強いって言われているみたいだけど」
「それは、こっちの台詞だ。どうしてあんたは、ここに生きている? どうしてAx(あそこ)にいるんだ!?」
「理由は……、いろいろよ。スフォルツァ猊下のこともあるし、私のこともある。もちろん、アベルのことも……」


 「アベル」の名前が出ると、は少し暗い表情になり、それがの心に、何かを突きつけられたような痛みを走らせた。
 この痛みは、一体何なのだろうか?


「私とアベルは、同じ罪を背負っている。お互い、同じ人を助けられなくて、止められなくて、同じように苦しんで、動きもがいている」
「それは、俺だって一緒だ! あの時、俺はリリスを助けられなかった。そのせいで、アベルは……」
「確かに、彼は暴走した。けど、あなたは彼を止めようとしなかった。どうしてしなかったの?」
「それは……、それは……」


 それは、自分が“失敗作”だったから。
 はその言葉を発することが出来ず、自分の心に押し殺した。
 彼女の言いたいことは痛いほど分かっている。分かっているけど……。


「……彼……、すごく、辛そうだった」
「え?」
「暴走しながら、叫んでいたわ。苦しそうに、ずっと、ずっと、叫んでいた」
……?」
「そんな彼を見ていたら……、辛くて辛くて、仕方なかった。すぐにでも止めたくて、すぐにでも解放させたくて、仕方がなかった」


 の目から、何か光るようなものが見えたのを感じ、は驚いたように、彼女を見ていた。

 いつも笑顔で、誰にでも優しく声をかけ、自分の苦しみとかをあまり表に出さない人だということを、はリリスから聞いていた。
 だからこそ、それが爆発した時には、何が起こるか分からない。
 昔、そう言われた言葉を、急に思い出していた。


……、あんた一体、何者なんだ……?」
「……私は“フローリスト”。“クルースニク”の、双子因子よ」
「フロー、リスト?」
「あまり、多くのことは語れないわ。それが例え、スフォルツァ猊下であろうと、“クルースニク00”の貴方だとしても。
いえ、“クルースニク”ならば、余計語れない」
「そう、か……。……アベルはそのことを……」
「知ってるわよ。そして私は、アベルのために生きると、誓った人間よ」
「アベルのために、生きる?」
「そう。これ以上のことは……、もう言えないわ」


 ダージリンを口に運び、1つため息をつくを、は不思議そうに見つめていた。
 「フローリスト」という存在が気になったけど、それ以上に、自分よりアベルのことを気にしている女性がいることに、
 少しだが苛立ちを感じていたのだ。

 これは一体、何なんだ……?


「そう言えば……、あなた、今回の任務で、かなり経費使ったみたいね。ケイトが呆れ帰っていたわよ」
「えっ! どうしてそんなこと、知っているんだ!?」
「だまに、ケイトの手伝いで事務作業を手伝っている時があってね。それで発見したの。どうしたの、あれ?」
「あ、あれは、その、あの……」
「……まさかアベルみたいに、食費とかで使っちゃった、なんて言うんじゃないでしょうね?」
「……はい……」


 小さくなって頷くを、は小さくため息をついて、彼女の頭に手を置いた。
 その姿は、どことなく、誰かに似ている部分を持ち合わせていた。


「全く、あなたもアベルも、似たり寄ったりなんだから。何だか、ほおっておけないわ」


 さっきとはうって変わって、優しい笑顔が、の前に現れる。
 その笑顔が、とてもきれいで、ちょっと眩しい。


「ま、今回は私が埋めておいたから、安心しなさい」
「え?」
「あら、スフォルツァ猊下からお聞きにならなかったの? 今回の経費の3分の1は、私が払うってこと」
「……嘘……?」
「本当よ。けど、今回だけよ。あんな大金、2人で払わせたら大変だと思ったから、助けるんだからね」


 確かあの時、横でアベルが歓喜の声を上げているのをかすかに聞いたような気がする。
 その意味が分からなかったが、そっちよりもの方が気になっていて、素通り状態になっていたのだった。

 そうか、それは、このことだったのか……。


「さ、そろそろ私、“剣の間”に戻らないと。今日、“教授”がアルビオンから戻って来て、頼んでおいた紅茶を取りに行く約束しているからね」
「あ、……!」


 立ち上がろうとしたを、は呼び止めるように腕を掴んだ。
 その腕を引っ張るわけでもなく、強く握っているわけでもないのだが、はなぜか、離せずにいた。


「あの、その……、ありがと」
「どういたしまして。『妹』を助けない『姉』なんて、どこにもいないでしょ?」
「……え……?」


 が不思議そうにの顔を見て、どういう意味なのかを問いただそうとする。
 そんなを見ながら、は再び、笑顔で彼女に言った。



「リリスが言っていた『約束』、いつか絶対、叶えましょう、



 の腕が自然と離れ、は彼女に背を向け、歩き出した。
 そんな姿を見たは、驚きと同時に、嬉しさがこみ上げてきて、急に胸が熱くなった。



「……ありがと、『義姉さん』」




 自然と口からこぼれた言葉が、まで届いたかは、当の本人でしか、分からなかった。




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「全く、噂では聞いていたけど、本当に男っぽいのね、彼女って」


 “剣の間”に戻ったは、大きくため息をついて、屋上にいたアベルと話していた。

 実は“教授”と会うというのはこじ付けで、本当はアベルと会う約束をしていたのだ。
 お互いに任務から戻って来たので、その報告も兼ねていた。


「向こうでは、会ったことがなかったんですか?」
「噂はいっぱい聞いていたけど、実際に会ったのは今日が初めてよ。あれじゃ、彼女が大変だったのも、何となく分かるわ」
「けど、2人とも、とても仲が良かったですよ」
「そうみたいね」


 静かに沈んでいく夕日を見ながら、は思い出したかのように、目をゆっくり閉じる。
 あの日、彼女が言っていた言葉を……。




、今日ね、があなたの作ったシフォン、美味しいって言って食べてくれたのよ」
「本当!? よかったぁ〜。結構自信があったから、これでまずいって言われたらどうしようと思ってたのよ」
「これで、少しずつ慣らしていくのも悪くないわね。いつか3人で、ここで住みたいって思っていたところだし」
「私も、賛成するわよ。彼女、いい返事がすぐに返ってくるから嬉しいわ。……どっかの誰かさんと違ってね」
「それ、アベルに言ったら、殺されるわよ」
「言わないわよ、絶対に。言うわけないでしょう!!」




「本当、彼女に会えてよかったわ」
「怨んでいたんじゃ、ないんですか?」
「ちょっとね。でも、今日会って話したら……、どうでも良くなったわ」
「そうですか……」


 アベルに寄りかかると、自然と彼の腕がの肩にかかる。
 いつものこととは言え、今日は何だか、違った風に感じてしまう。


「……私」
「はい?」
「きっとと……、仲良く、やっていけるわよね?」
「大丈夫ですよ。……私がちゃんと、保証しますから」
「……ありがとう……」




 静かに沈んでいく夕日を浴びながら、はゆっくりと、目を閉じた。
 そんな彼女を、アベルはずっと、見守っていたのだった。



 彼女達の「願い」が、いつか実現することを願いながら……。










七野 了様の相互リンクのお礼小説です。

七野様のところの夢主さんを元に、ちょっとシリアス目に書きましたが、
最後にアベルとラブラブになってしまったのは、うちの夢主でした。申し訳ないです(汗)。
でも、さんは書きやすかったです!
メインサイトで、こんな言葉使いの登場人物ばかりを扱っていたので(笑)。

ということで、七野様、こんなんのでよかったでしょうか(汗)???




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