「あら、もうお帰りになられるんですか?」


 先ほど、1人でのんびりと過ごしたからという理由で、カフェの外で小型電脳情報機を開いていたのもとに、
 いつも以上に目を吊り上がっているカテリーナがカフェから出てきたのは、午後6時を回った時だった。


「ええ。神父トレス、すぐに車の手配をしなさい」
「了解」


 トレスはそのままスタスタと歩き出すと、カテリーナはの横に立ち、1つ大きくため息をついた。


「……何かあったの?」
「いいえ、別に何もありません」
「あなたが大抵そういう顔をした時は、よっぽど自分の気に食わないことを言われて苛ついている時だってことぐらい、分かっているのよ?」
「そうかもしれませんが、あなたに言うことじゃないわ、
「よく言うわね、全く」


 小型電脳情報機の電源を切り、再び懐に収め、呆れたようにため息をつく。
 いつものこととは言え、この枢機卿の頑固ぶりは健在だ。


「どうせ、またアレクが何か言ったんでしょ? 相変わらず、制御が利かない人ね」
「けど、そうでもしなければ……」
「言いたいことぐらい、分かっているわ。全く、あなたって人は、どこまでそう、他人を振り回すことが好きなのかしらね」
「私は別に……!」
「カテリーナ、私、あなたに言ったわよね? 確かにあの時、私はアレクを推薦したわ。
けどそれは、デステ元大司教が望む国にしたくなかったことと、前聖下のご意志を継ぎたかっただけのこと。
あなたがアレクに何しようが構わないけど、それによって彼に恐怖心を与えるのは許さないわ」
「しかし、彼が昔から、すぐに言い訳を探して、そこから逃げようとするのはご存知でしょう?」
「そうさせたのは、あなたとメディチ猊下も一緒でしょ? それを分かって言っているの?」


 その言葉に、カテリーナは黙ってしまい、ただ目の前をジッと見つめているだけだった。
 それを見つめながら、は大きくため息をつき、彼女の横顔を見つめているだけだった。

 カテリーナがアレッサンドロを聖下の玉座に座らせた理由も分からなくはないし、
 彼は元から気が短いし、対人恐怖症という病に犯されてしまっているのも十分すぎるぐらいよく知っている。
 その原因が、周りによる圧迫からきていることもだ。
 しかしその圧迫を与えている者の中に、自分の横にいる麗人が含まれているのが許せないのだ。


(こうなってくると……、「彼」がそういった行動に出るのも、少し分かるような気がするわ)

 はあの情報のことを思い出し、ふとそう思ってしまう。
 「彼」のことだから、彼女と同じぐらい、そのことを身にしみて分かっているはずだ。
 もしかしたら、その行動は正しいが、行く方向を間違えただけなのかもしれない。

(そうなると、何とかして道を正しい道に導いた方がいいのかもしれない)

 彼女の中で何かが見えた時、後方から車が到着し、乗車していたトレスが顔を覗かせた。


「――アレク、何をしているの? 車が来ました。乗りなさい」


 カテリーナが外からアレッサンドロを呼び出すと、彼は慌てて店を出て、カテリーナと共に車に乗り込んだ。
 それを見送るアベルとハヴェルを見て、彼女はカフェの中へ入って、2人に話し掛けることにした。


「どうやら、ひと騒動あったらしいじゃないの?」
「カテリーナさん、いつも以上にピリピリしていましたからね。そうなる気持ちも、分からなくはないですが……。
それより、相変わらずのご人徳ですね、ヴァーツラフさん。聖下が、あんなに嬉しそうに話するなんて……」
「あら、聖下がヴァーツラフと、そんなに楽しそうに話してらっしゃったの?」
「ええ。そりゃもう、とてもいい顔をなさってましたよ。本当、ヴァーツラフさんはすごいです。尊敬しちゃいますよ」
「ありがとう、アベル。しかし、それは人徳なんかじゃないですよ。私に人徳なんてありません。
あれは、あくまでも聖下のご意志です。もし、私が何か影響を与えたとすれば、それは……」
「それは?」


 アベルがハヴェルに聞いた時、横からウェイターが勘定書を差し出し、清算を要求してきた。
 それを見たアベルは……。


「うわあ、何ですか、これ! ゼロが2つ多くありません?」
「……私が代わりに払っとくから、そんなみっともない顔をするのはやめなさい、アベル」


 がアベルの肩を叩きながら言うと、彼女はウェイターに支払いを済ませるために、ケープから財布を取り出した。
 その間も、ヴァーツラフが先ほど何を言いたかったのかが気になったが、
 またいつか聞けるだろうと思い、その場で問いただすのをやめてしまった。


 しかし今思えば、あの時、意地でも問いただすべきだったと思うのは、
 それから随分立ってからのことだった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「はい、これ。一応、調合とかいろいろしてみたけど」
「ありがとうございます、さん。いつも、すみません」
「いいのよ、これぐらい。お安い御用よ」


 聖職員用の宿舎に着いてしばらくして、いつも通り、アベルが窓からこっそり現れた。

 いつものことなので慣れたのだが、どうしてこう、毎回窓からなのかがよく分からない。
 今回は1階だったからまだしも、時に2階だったり5階だったりするのに、彼は毎回のように窓からやってくるのだ。

 部屋は非常に個人まりとしていて、ベッドと机、クローゼットとバスルームといったもの以外は置かれていない。
 その机の上には、いつでも情報が入ってきてもいいように、小型電脳情報機の電源が入れっぱなしの状態になっていた。

 今日の任務が終わったからということもあり、2人ともケープを脱いでいて、かなりのリラックスムードだ。
 毎回、こんな感じで会話をしている。


「しかし、あれはさすがにすごかったですね。あんなの、作れる人がいるんですか?」
「ま、相当有力な電脳調律師(プログラマー)だったら可能でしょうね。私でも作れるかもしれないけど、考えたくもないわ」
「他人の死体を利用しようだなんて、確かに考えたくないですね」


 アベルがに手渡された銃弾の1つを見つめ、それをいろいろな方向から眺める。
 自動化歩兵対策用に調合された、特製の強装弾(フルロード)だ。
 こいつさえあれば、アベルの銃でも簡単に打ち抜くことが出来る。


「そう言えば、さん。何か情報、手に入りましたか?」
「今のところはまだよ。……まぁ、確かに気になる部分はあるけどね」
「何ですか、それ? 今、言えることですか?」
「それが……」


 は黙り込んで、ベッドに座っているアベルの横に腰を下ろした。
 まだ心の中で、少し迷いがあるようだった。


「……無理すること、ありませんよ」
「え?」
さんが、いつも正確な情報でない限り話さないこと、知っていますから」
「アベル……」
「大丈夫ですよ。私には、この銃弾があります。それにトレス君や“教授”、ヴァーツラフさんもいます。
だから、心配することはありません」
「うん……。……ありがと」


 「正確な情報でない限り話さない」。
 それは、確かに事実だった。
 プログラム「スクラクト」のデータは正確なものが多いが、たまに仮説も打ち立てる時がある。
 その時は自身でしっかり確認し、それが確定だと思った時に伝えるようにしていた。

 しかし、今回の情報は「正確な情報」だが、今はまだ言うことが出来ない。
 本当はすぐにでも言った方がいいのかもしれないが、そうしてしまえば間違いなく、横の銀髪の神父は相手のところに押しかけるであろう。
 それだけは、出来るだけ避けたかった。


「……アレク、大丈夫かしら?」
「聖下、ですか? 確かに、カテリーナさんが手を上げた時は、ちょっと焦りましたけど、ヴァーツラフさんの力もあって、
少し落ち着かれているんじゃないですか?」
「カテリーナがああするのも、分かる気がするの。教皇にした責任みたいなものを、感じているから」


 “騎士団”に勝つためには、どんな力を使ってでも上に上がらなくてはならなかった。
 そのためにだったら、どんな犠牲が出ても構わない。
 その結果として、幼いアレッサンドロを祭壇に捧げた。


「私も出来ることなら、彼を救ってあげたい。力になってあげたい。カテリーナほどじゃないけど、護ってあげたい」


 視線が下がり、知らない間に強く握り締めている手を見つめる。
 まるで、何かに対して、酷く怒りを感じているように。


「だからなおさら、カテリーナやメディチ猊下の言葉1つで彼が苦しんだり、傷ついたりしていく姿を見たくないの。
あれじゃ、彼の気持ちを尊重するどころか、反発される一方よ。あの2人は、彼の気持ちを何も分かってない。何も……」
さん……」


 アベルの手が、自然と彼女の肩に添えられ、自然と自分の方に寄せる。
 空いている手での頬に触れて、知らない間に流れている涙をそっと拭い、彼女の拳になっている手を強く握った。


「……これは難しいかもしれませんけど、出来ることなら、カテリーナさんを責めないで欲しいんです」


 心を優しく包み込むような声に、は耳を傾ける。
 そして、ゆっくりと目を閉じた。


さんが言うことも最もですし、きっと彼女は分かっていると思います。それに何より、
一番苦しんでいるのは、カテリーナさん自身じゃないでしょうか?」
「…………」
「今はむしろ、自分がやれる精一杯のことを、聖下やカテリーナさんにしてあげることです。
怖がっているのであれば、それを助けてあげる。不安になっていたら、そばについて、不安な気持ちを解きほぐしてあげる。
それぐらいのことでも、十分喜んでくれるはずです」
「アベル……」


 いつもはヘラヘラして、力を貸してばかりなのに、こういう時になると、頼もしく感じてしまうのはなぜだろうか。
 そう思わせるぐらい、アベルの言葉には説得力があって、の心にある靄をなくしてくれるかのように温かかった。
 だから彼の側にいたいと思うし、彼の心の支えになりたいと思う。
 そして逆に、側にいて欲しいし、心の支えになって欲しいと、強く願ってしまう。


「……本当はこんなこと、言いたくないの。昔のカテリーナを見ているし、彼女がどんなに苦しんだのかも知っている。
だから逆に、放っておけないのよ。だから……、だから……」
「分かっています。ちゃんと、分かっていますから」


 アベルの声が、心にどんどん染み渡っていく。
 涙が止めどなくながれ、それを何度も拭いながら、彼はを優しく包み込んでいた。

 昔は、こんな風に甘えることなんて出来なかった。
 いや、そんなこと、考えられなかった。
 自分のことは自分で解決し、周りには一切相談もせず、一緒に同居していた人物以外との接触を避け続けていた。

 そんな彼女が初めて心を開いたのが……、目の前にいるこの男だった。


「……ごめん、アベル。もう少しだけ……、こうしていい?」
「もちろんですよ。だから……、我慢、しないで下さいね」
「うん……」



 しっかりと抱きしめられた腕の中で、はずっと、涙を流し続けた。
 そしてそれは、新たな力になって、彼女の中に溶け込んでいったのだった。






いまいち、言いたいことがうまくまとめられなくて苦戦しました。
どうでしょう? これで分かってくれたでしょうか?
とにかく、カテリーナの気持ちは分からなくないけど、アレクをこれ以上苦しめたくないということです。
ちょっと矛盾はしているかもしれませんが、このまま進めさせていただきます。

そして、夜這いアベル登場です(笑)。
でもこれは、10年前からなんですよ。
たまにがする時もありますが、ほとんどアベルです。
そして、こうやっていつも話し合うわけです。




(ブラウザバック推奨)