「……始めから、知っていたのですね、シスター・


 数時間後、ホテルの後始末を終え、宿舎に戻ったカテリーナが、共に来ていたに問い掛けた。
 どうやら、彼女の不審な行動に気づいていたらしい。


「もし知っていたのなら、どうして言ってくれなかったのですか? そうすれば、こちらでも対策を練りましたのに」
「そうですよ、さん。昨日、確かな情報はまだないって言ってたじゃないですか。
もしかして、それから後に入った情報だったんですか?」


 を庇うように、アベルが優しく言うが、
 今の彼女には、それすら自分が責められているように聞こえていた。


「いいえ……、前から知っていたわ。ヴァーツラフと再会する、その前から知っていたことだった」
「だったら何故!? 何故言わなかったんです!?」
「……信じたく、なかったのよ」


 静かに呟いたに、アベルとカテリーナの動きが一瞬止まった。
 彼女の体が、かすかに震えているようにも見えたからだ。


「私だって、最初聞いた時、そんなの嘘だと思っていた。けどスクルーは、確かな情報しか伝えないから、
それに背くことも反対することも出来なかった。……私だって、こんなこと、信じたくなかった……!」


 悔しさと悲しさが一緒に溢れ出し、それを現すかのように、
 彼女は近くにあった壁に拳をおもいっきりぶつけた。
 その衝撃はあまりにも酷く、かすかにだが亀裂が入っているようにも見受けられる。

 両手を強く握り締めすぎてか、爪によって傷つけられた掌から血が見え始める。
 その痛みも気づかず、彼女の瞳からは涙が流れ落ちるだけだった。


「……卿の発言は理解不能だ、シスター・


 沈黙を消すかのように、カテリーナの横にいたトレスがに言い放つ。
 その言葉は、相変わらず冷たく、無表情のままだ。


「卿の任務は、ミラノ公に新教皇庁の最新情報を提供することだったはずだ。それをせず、感情に任せ、勝手な行動に出たことは、
ミラノ公の指示を無視したことになる」
「確かにそうなるかもしれません! しかし、トレス君……」
「さらに付け加えると、その行動により、聖下の身が敵に回ってしまった。よって卿は違法行為をしたとみたされ――」
「――感情で動いて、何が悪いって言うのよ、トレス?」


 トレスの言葉を黙って聞いていたが、相手を睨みつける。
 それは逆に、自分を責めるかのようにも見える。


「人間にはね、ちゃんと感情っていうのがあるの。確かにそれで動いちゃいけない時だってあるけど、あの時の私は信じたくなかった。
彼が……、ヴァーツラフが敵になるなんて、認めたくなかったのよ。それの、どこがいけないって言うのよ!」
「卿の発言意図が不明だ。それは俺の求めている回答ではない」
「そうよね、分からないわよね。だってあなたは機械(マシーン)だから、感情なんてないものね。
いいわよ、好きなだけ責めればいいじゃない。スフォルツァ猊下もアベルも、我慢することなんてないのよ。
言いたいことがあったら、はっきり言えばいいじゃない!」
さん! そんな、責めるだなんてこと――!!」
「もうやめなさい、。自分を責めても、いいことなんてないわ」


 の発言に、アベルが何か言おうとすると、カテリーナは冷静にに言い放った。


「神父トレスも、これ以上、を追い詰めるのはやめなさい。……彼女だって、同じぐらい苦しんでいるのだから」
「……………………了解」


 主人の言葉にしぶしぶ答えるトレスを確認して、カテリーナがその場から立ち上がり、の側に歩み寄る。

 握っていた両手を手に取り、そっと広げさせる。
 掌に見える爪の形をした計8箇所の出血が痛々しく見える。


「こんなに強く握って……。痛くなかったの?」


 優しくに聞き、懐から白いハンカチを取り出し、歯を使って2つに裂いた。
 両手の出血を止めるかのようにそれぞれ覆い縛られ、その手を優しく握り締めた。


「……ごめんなさい」
「えっ?」
「あなたの苦しみ、分かってあげられなくて、ごめんなさい」
「スフォルツァ、猊下?」
「辛かったでしょう? 苦しかったでしょう? 泣きたかったでしょう? 本当はこんなこと、したくなかったでしょう?」
「…………」


 カテリーナの声は、決してを責めているものではなかった。
 逆に、慰めているようにも聞こえる。


「でも、もう無理をする必要はありません。結果的にこうなったとは言え、これはあなた1人のミスではありません。
それに気づくことが遅かった、私の責任もあります」
「でも!」
「もう自分を責めるのはやめなさい、。そして、次の対策を練りましょう。でもその前に……、今夜はゆっくり休みなさい。
そして落ち着かせて、ちゃんとここに戻って来なさい」
「猊下……」


 予想もしていなかった言葉に、の瞳から涙が溢れ出し、カテリーナの掌に落ちていく。
 まるで、何かの糸が外れたかのように。


「……ごめんなさい……」


 謝罪の言葉が、自然と口から発せられる。


「ごめんなさい、猊下……。……ごめんなさい……」
「謝るのはなしです、シスター・。先ほども言ったでしょう? 『これはあなた1人のミスではありません』と」
「でも……、でも……」
「『でも』はもういりません。今はこのまま泣いていいですが、明日からはいつも通り、しっかりやってもらいますよ」
「はい……」


 止めどなく涙を流すを、カテリーナが優しく包み込み、髪をそっと撫で下ろす。
 その光景は、まるで本物の「姉妹」のようにも見えた。



 カテリーナの言葉が、に新たな力を与えていき、
 それが徐々に、新たな決意へと変わっていったのだった。








ここまで自分を責めるは、これが最初で最後になるでしょう。
人を責めることはありますけどね(むしろ、そっちの方が多い?/笑)。

そして、最終的にはカテリーナが場を治めましたね。
まるでカテリーナ、より年下なのにお姉さんみたいだ(爆)。
「姉妹」という表記はしましたが、本当は「姉のように」と書きたかったんですよね。
とりあえず、年下なカテリーナが姉になっては困るのでやめてしまいました。
ま、そんなもんさ、フッ(笑)。


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