「全く、あのダルマウナギには参ったぜ」


 ようやく呂律が戻ったレオンが、タオルで髪を拭きながら、飛行船“タクティクス”の待合室に入ってきた。
 僧衣はまだ濡れているため、外に干している。


「おい、拳銃屋は?」
「毎度のことながら、哨戒に行っているわよ。……でも、参ったわね。異端審問局が動いたのは知っていたけど、
まさかシスター・パウラが来るだなんて」
「俺はそいつには会ってないが、あのダルマウナギは本当にムカついたぜ。今度会ったら、懲らしめてやる!」
「まぁまぁ、とりあえず、僧衣乾かさないと動けないんだから」
「うい〜す」


 が呆れたように言うと、レオンは返事をして、近くにあったコーヒーを一口飲んだ。
 彼女は相変わらず紅茶だが、プログラム「スクラクト」の後遺症を少しでも和らげるためにミルクティにしている。

 毎回、プログラム内に入った後、は重い頭痛に悩まされることが多い。
 特にプログラム「スクラクト」に進入した後は、時に何も動きたくなくなるほどのダメージを受けるため、
 出来ることならあまり進入したくないプログラムでもある。
 それを少しでも軽くさせるために作られたのが、小型電脳情報機(サブクロスケイグス)だったのだ。
 それにより、重要な用事以外は進入することなく、これ1台で全てを解決させることが出来るようになり、
 頭痛で悩む必要もなくなった。
 その後のメンテナンスで、電脳情報機でも進入せずに情報などが手に入るようにして、
 あまり体に負担をかけないようにしていったので、普段でもそんなに苦しむことはなくなっていったのだが。


「ヴォルファーはまだいいけど、スクルーは本当に辛いの。情報量が多すぎるからというのもあるけど、
下手したら回復だけで2時間潰れちゃうわよ」
「ヴォルファイのダメージは、大きくないのか?」
「まぁ、軽く立ちくらみがするぐらいかしらね。『彼』は移動だけだから、そう問題はないのよ」
「なるほどな」


 ミルクティが体の力を解し、徐々にだがリラックスモードに入っていく。
 最悪の場合、プログラム「フェリス」に鎮痛剤を打って貰う場合もあるのだが、
 ミルクティ1杯で楽になるのなら、今回はまだ軽い方らしい。


『我が何だと言った、わが主よ』
「あら、聞いていたの?」
『電源が入ったばかりの場合、我はいつでも出現可能なことを知っているのは汝のはずだが』
「そんな冷たいように言うなよ、スクラクト。それじゃ、拳銃屋と変わらねえじゃねえか」
「俺が何だと言った、“ダンディライオン”?」
「うわっ!!」


 後ろから突然声がして、レオンがビックリして、椅子から落ちそうになる。
 それを必死で押さえながら、声をかけた男に言い放つ。


「お前、突然現れるなよ!!」
「否定だ、ガルシア神父。俺は5秒前からここにいる」
「5秒じゃ気づかないって……」


 が呆れながら相手に言うと、トレスは近くの椅子に座り、プログラム「スクラクト」の方を見つめている。
 そう言えば、「彼」が出て来た理由をまだ聞いていなかった。


「ところで、スクルー。何か用があったんじゃないの?」
『その通りだ、わが主よ。例の噴進爆弾の詳細がようやく判明した』
「おっ、そいつは聞こうじゃないか」
『その前に……、後遺症は何とかなりそうか、わが主よ?』
「あら、珍しいことを聞くのね」
『今回は久々の進入。いつも以上に辛いのではと思って言っている。大丈夫か?』
「何とかね。ミルクティ飲んだら、少しは落ち着いたわ」
『それならよい』


 あまり聞かれないことを聞かれ、は少し驚いたが、「彼」なりの思いやりだと受け止め、心の中で微笑んだ。

(本当、珍しいこともあるものね)


「プログラム『スクラクト』。最新の情報があれば報告を要請する。何か入ったのか?」
『まず、噴進爆弾のことだ、“ガンスリンガー”。あの中に、何らかの猛毒が含まれているかもしれないということは報告してあるはずだが、聞いているか?』
「ああ、聞いているぜ。何なのか、分かったのか?」
『その通りだ、“ダンディライオン”。あの中には……、8キログラムのシアン化カリウムとその気化器が設置されている』
「シアン化カリウムですって!?」
「それは事実か、プログラム『スクラクト』?」
『我の情報に偽りはない』


 シアン化カリウム――俗に青酸カリとも呼ばれる猛毒の結晶は、人間だけでなく、吸血鬼までも即死させてしまう。
 その結晶が酸と混じり合うことで、優位に強揮発性のシアン化水素に化学変化して有毒ガスを作り上げてしまい、
 気化器を使って拡散し、数分後には死に至らせることが可能な、まさにこの世にあってはならないものなのである。

 もしそんなものをローマに落とされたら、ローマどころか、その周りの都市も被害に合う。
 それどころか、失敗でもしてしまえば、この街も危ない。
 そんなものが、あそこに存在しているだなんて!


「じゃ、相手はそいつを、ローマに打ち込む気でいるのか?」
『いや、新教皇庁は、それを“帝国”に落とそうとしているのだ』
「ってことは……、……まさか十字軍(クルセイド)と戦争を起こさせようとでもしているの!?」
『その通りだ、わが主よ。だがもともと、あの噴進爆弾はメディチ枢機卿の命で作られたという話もある。
そのこともあり、相手はそんな簡単に進入出来ないと予測される』
「それを止める方法はあるのか、プログラム“スクラクト”?」
『もし止めるのであれば、新教皇庁のアルフォンソ・デステと、異端審問官2名を倒す必要がある』
「おい、ちょっと待て、スクラクト。何で、異端審問官も押さえる必要があるんだ?」


 プログラム「スクラクト」の言う意味が分からなかったように、レオンが相手に食い下がる。
 それは、も同じ気持ちだった。


「スクルー、あなた今、噴進爆弾の存在があるから、そう簡単に進入出来ないって言ったわよね? 
それなら、彼らのことはそんなに深く考えなくても……」
『確かに我はそう言った。しかし、それはあくまでも「推測」の話であって―――、ん?』


 プログラム「スクラクト」が突然黙り込み、無言で何かを確認している。どうやら、新しい情報が入ったらしい。


『……最新情報:1件追加。……異端審問官の、真の目的が分かった』






 「彼」の口から語られたことに、3人は驚いたように、発言した相手を見つめた。
 そして、一気に顔を強ばらせた。

 そうなると、異端審問官はどんな手を使ってでも、噴進爆弾を「処理」するために進入してくるだろう。
 しかも「彼」の報告によれば、新教皇庁側にいるウンベルト・バルバリーゴ大佐が異端審問局に寝返ったとのこと。
 そうなると、ますます進入しやすい状況を生み出す結果になってしまった。


「じゃあ、相手にとって、聖下はどうでもいいってことか!?」
『結果的にはそうなる、“ダンディライオン”』
「そんな! それじゃ、聖下の立場って何なの!? 人質としての価値はないってこと!?」
「先ほどの戦闘から考えても、そのことは明白だ。異端審問官シスター・パウラは、聖下を保護することより、
アルフォンソ・デステの抹殺と噴進爆弾を優先とした。そのことから推測して、相手の目的が聖下奪還でないことは明らかだ」


 の怒りは、かなり限界まで来ていた。
 メディチ枢機卿のことは昔からよく知っていたし、性格も理解しているはずだった。
 しかしまさか、こんなことまで考えていたとは思ってもいなかったし、信じられない気持ちでいっぱいになっていった。
 こんなこと、あってはいけない……!!


「……と、いうことはだな、誰かがそれを阻止しなくちゃいけなくなったわけだ。一体、誰がやるんだ?」
「……私がやる」


 レオンの疑問に、が静かに答える。
 彼女の目からは、すでにその決意みたいなものが現れていた。


「それを阻止出来るのは……、私しかいない」
「だが、相手が仕掛ける『もの』は、普通の電脳調律師(プログラマー)では解読不可能なものだと思われる。さすがの卿でも……」
「あら、トレス。あなた、私と初めて会った日のこと、忘れたなんて言わせないわよ」


 が笑顔でトレスに言うと、彼は一瞬顔をしかめたように見えた。
 そして目の前に、その時の映像が浮かんだかのように、彼女の顔を見つめていた。


「……『あれ』を使うというのか、シスター・?」
「そういうことよ。あんなの、スクルーに潜入するよりよっぽど楽よ」
『後遺症が酷くて悪かったな、わが主よ』
「そういう意味で言ったんじゃないって……」


 が少し焦りながら言い、ミルクティを飲み乾し、電脳情報機の横に置く。
 トレスが納得したとも見える雰囲気を出していても、レオンにはその意味が理解出来ず、
 1人不思議そうな顔をしていたが、2人とも、あえてそのことについて説明しようとは思っていなかった。



 何としてでも、相手の考えを阻止しなくてはならない。
 の中で、闘志がヒシヒシと湧き上がっていったのだった。










スクラクトの後遺症は本当に辛いです。
こればかりはどうすることも出来ない
それも、一種の宿命なのかもしれませんね。

次回から、ようやくが動きます。
ようやく動かせれるよ〜! やった〜〜!!
がむばります!




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