少し日が沈みかけた午後、は「剣の館」の屋上で、 焼きたてのクッキーを持ってボーッとしようと考えていた。
「……あれ?」
が階段を上り終えた時、塀の一角に、1人の女性が座っているのを見つける。 彼女のよく知っている女性だ。
「あれは……、、さん?」
不思議そうに近づき、そっと覗き込む。 どうやら、眠っているらしい。
「そう言えば、機能まで任務で、ヴィエナまで行ってたって、アベルが言っていたっけ……」
きっと今日は報告書をカテリーナに提出して、ここに来て情報収集をしている最中に眠くなったのだろう。 はそう推測して、彼女を横から覗いた。
膝に乗っているコンピューターの電源が入れっ放しになっていて、 画面には「プログラム進入中」と書かれてある。
「これって、消した方がいいのかな? でもきっと、何かダウンロードしているんだよね??」
はそう言いながら、の手元を見る。 腕時計らしきリストバンドからコードが延びていて、コンピューターに接続されている。
一体、どうなっているのだろうか?
「……消したらいけないってこと、だよね?」
恐る恐る、に気づかれないように、コンピューターに触れようとする。 すると、急に画面が消え、何かが点滅するかのように光り始めたのだ。
「え! これって、何!?」
はパニック状態に陥り、どうにかしてを起こそうとした。 だが、の反応がない。
「さん! さ〜ん!!」
必死になって叫んでも、ピクリとも動かない。 はだんだん、本気でのことを心配し始めた。 どうしたらいいのだろう? どうすれば気づいてくれるのだろう? どうしたら……。
「さ〜ん! 起きてくださ〜い!!!」
「……ん? 今、何か呼ばれたような気が……」
どこかで自分を呼ぶ声がして、 は格子状に区切られている地面の上で、グルグル見回した。
『“ヴァルキリー”が電脳情報機(クロスケイグス)に触れようとしたため、すぐに電源を消し、 警戒信号を発動させた』 「が? ……てことは、きっと、パニックになってるわよ!」 『どうする、わが主よ。すぐに止めるか?』 「もちろんよ! 彼女は仲間なんだから」 『了解した。電脳情報機の警戒信号、終了(アウト)』
プログラム「スクラクト」によって、の前にある電脳情報機はサインを止め、 元の状態に戻っているはずだ。 は1つため息をつき、相手の顔を見た。
「全く、人騒がせなことするわね」 『“クルースニク02”以外は警戒しろと言ったのは、汝であろう、わが主よ』 「……敵味方の感知ぐらいしなさいよ」
呆れながら言ったとしても、確かに誰でも簡単に触れられたら困る。 コードを引き抜かれても帰れなくはないが、普段通らない「道」まで通らなくてはならないから、 かなり厄介なことになってしまう。 そう考えれば、これぐらいの警戒信号は必要なのかもしれない。
「ま、とりあえず戻るわ。あまりきりえを心配させるわけにもいかないし」 『了解した。……わが主よ』 「ん?」 『これから、Axメンバーには出さない方がいいのか?』 「どっちでもいいよ。あ、でもスクルーが気になるようだったら出して」 「了解した。―――汝の無事を祈り、元の場所への移動を開始する。……帰還開始」
プログラム「スクラクト」の声とともに、はゆっくりと目を閉じた。 何かが周りを通り過ぎ、頭に何かが横切る。次第に体に力が戻っていくと、 彼女はゆっくりと目を開けようとしたのだった。
「……さん、起きて〜〜!!」
一方、は相変わらずが起きず、パニック状態になっていた。
「卿はそこで何をしている、シスター・?」
そんなの後ろから、聞き覚えのある声がする。 振り返ってみれば、そこにはトレスが無表情に立っていた。
「トレス! さんが、さんがなかなか起きないの! どうしてだろう?」 「シスター・なら、900秒前より、プログラム『スクラクト』にアクセス中だ」 「で、戻って来たんだけどね」
トレスの発言の後に、目の閉じているが動き、 がビックリしたかのように声を上げた。
「さん! 起きてたんですか!?」 「ちょうど今ね」
は目を開け、驚いているの顔を見る。 そんな彼女の顔を、は口をパクパクさせながら見つめていた。
「プログラム『スクラクト』の状態はどうだ、シスター・?」 「何も変わらずよ。他のプログラムも、特に変わったところはないみたい。トレスの方はどう? つい最近、メンテナンスしたばっかだけど」 「全ての機能、正常通りに起動している」
2人の会話を、は不思議そうな表情で見つめていた。 特にトレスが言う、プログラム「スクラクト」が気になっていた。 一体、何のことだろう?
「俺は今、哨戒中だ。ようがないなら、任務に戻らせてもらう」 「はいは〜い。行ってらっしゃい」
哨戒に戻るトレスを手を振って見送ると、 は電脳情報機に接続されているコードを引き抜き、 腕時計式リストバンドにしまった。
「、立っているのも何だから、そこに座ったらどう?」 「え、あ、はい!」
はが指差したところへ、壁に寄りかかるように座ると、 はその横に座り、カタカタと電脳情報機をいじり、そのまま電源を切った。 その姿を、は驚いたように見つめていた。
「さん……、すごい……」 「よく言われるわ。ま、昔からの杵柄っていうヤツよ」 「そうなんですね……」 「それより、美味しそうなの持っているじゃない。作ったの?」 「あ、はい。さっき、焼いたんです。よかったら、1つどうですか?」 「ありがと」
紙袋から1つ取り、口に運ぶ。はの反応を、ドキドキしながら見つめている。
「……うん、美味しいじゃない。、やるわね」 「本当ですか!? やった〜〜!!」
が安心したように言うと、自分も紙袋からクッキーを1つ取り出し、嬉しそうに頬張り始めた。 その顔は本当に嬉しそうで、も思わずほころんでしまった。
「って、普段から料理とかするの?」 「はい。私、自炊しているんです」 「へぇ〜、珍しいわね。私も昔はやっていたけど、、今は犯しつくりぐらいしかやってないな〜」 「え! さん、お菓子作られるんですか!?」 「うん。特にケーキ系が得意なの」 「そうなんですね! 私、ケーキはどうも苦手で、うまく焼けるには焼けるんですけど、 デコレーションが……」 「デコレーションなんて、個性だからいいのよ。私もあまり、うまくないから」
一瞬、は「嘘だ」と思った。 あんなに起用にコンピューターを使いこなせるくせに、デコレーションが苦手だなんておかしい。 彼女の目が、だんだん疑いの眼差しになっていった。
「そんな目で見ても、本当のことに変わりはないわよ」 「嘘ですよ、絶対。ダメですよ。私にそんな冗談は通用しません!」 「本当のことなんだけどなぁ〜……。……それじゃ、今度勝負しましょ」 「勝負?」 「どっちのデコレーションがうまいか、Axのメンバーに判断してもらうってのはどう?」 「えっ! そんあ、絶対に負けますって!」 「あら、やってもみないのに、もう負けを認めるの?」 「だってさん、絶対に勝ちそう……」
の慌てぶりに、はかすかに笑って、 彼女の持っている紙袋からもう1つクッキーを取り出し、口に運んだ。
「……チョコが強いかも」 「へ?」 「私だったら、チョコを減らして、胡桃とかを入れるわね。あ、プレーンと組み合わせるのもいいかも?」 「さん?」 「あと、少し甘味が強いみたい。アベルみたいな甘党なら好きかも知れないけど、他の人には……」 「分かりました! やります! 勝負します!!」 「よろしい。始めからそうすれば良かったのよ」
が満足そうに言うと、 がちょっと冷汗かきながら、を見つめていた。
この人、思ったより意地悪だ。
「……」 「はい?」 「ケーキのデコレーションっていうのはね、いいとか悪いとか、そんなのはないのよ」 「え?」 「結局余は、自分がプレゼントしたい相手に、喜んでもらえるようなものを作ればいいの。 だから、例え自分が下手だと思っても、相手が喜んでさえしてくれれば、結果オーらいなのよ」
の声が、の体を優しく包み込む。 温かみのあるその声は、の中にあるモヤモヤを、 少しでもなくしていこうとしていた。
「……私はいつも、そばにお礼を言わなきゃいけない人が、いるからね……」 「え?」 「あ、ううん、何でもない。……見て。夕日がきれいよ〜」
つい言葉をはぐらかしてしまったが、 誰のことを言いたいのかなんて、すぐに分かってしまっていた。 いつもそばで、をさせている人は1人しかない。 ……少し頼りないが。
「さんは……、アベルと長いんですか?」 「……人生の半分以上、一緒にいるからね。いい面も悪い面も、嬉しかったことも悲しかったことも、 全部知っているわ。だから、なおさら助けてあげたいし、助けて欲しいのよ」 「そう、なんですね……」
自分はどうなんだろう? ふとは、そんなことを考え始めていた。 自分は彼に……、トレスにどう思われているのだろうか。 とアベルのように、感じてくれているのだろうか。
「……トレスはね」 「え?」 「あんなにぶっきらぼうで、時々冷たいこと言うけど、本当は誰よりも『仲間』みたいなものを 大事にしている人よ。昔はそんなことなかったけど、少しずつ、何かが変わってきているかもし れないわね」 「さん……」 「……あなたのおかげよ、。あなたがトレスを、変えようとしている。 だから私も、嬉しいのよ」 「え! そ、そんな私、いつもトレスに迷惑かけてばかりで……」
が少し焦りながら言うと、は彼女にそっと微笑み、彼女の髪にそっと触れた。 まるで、「妹」をなだめる「姉」のように。
「、迷惑かけられる人には、おもいっきり迷惑をかけてもいいのよ」 「でも……」 「迷惑をかけれる限り、おもいっきりかけて、あとで何倍にして返せばいいの。 そうすればきっと、もっといい関係になれるわ」 「さん……」
この人は、どうしてこんなに、誰にでも優しく出来るんだろう。 の目を見つめていたが、ふとそう感じた。そして思った。
将来、きっと彼女みたいに、優しい心を持った人になろうと。
「私、トレスのところに行って来ます!」 「どこにいるのか、知っているの?」 「哨戒のルートでしたら、だいたい分かってます! グルグル回れば、会えるはず!!」 「そ、そうなのね。……ま、がんばりなさい」 「はい! さん、ありがとうございました!!」
は立ち上がり、にお辞儀をすると、そのまま階段を下りていく。 その姿は、まるで何かが吹っ切れたように見えた。
オレンジに輝く太陽は、本当にきれいで眩しい。
「……隠れて聞くなんて、よくないわよ、アベル」
誰もいないはずなのに、は誰かを呼ぶように呟いた。 すると、少し離れたところから、背の高い神父が姿を見せた。
「声をかけたかったのですが、2人とも、会話に没頭していたようなので。 さんのクッキーを食べ損ねたのは大ダメージですが」
相手――アベルはそう言いながら、さっきまでが座っていたところに座ると、 がコテッと彼に寄りかかった。
「……辛いんですね、頭」 「ご名答。少しだけ、こうさせて」 「いいですよ」
プログラム「スクラクト」の後遺症の頭痛がかなり辛いらしい。 アベルの腕がを引き寄せると、はさらに安心して、ゆっくりと目を閉じた。
夕日が照り輝く中、2人の影が、ゆっくりと長くなっていったのだった。 |
相互リンクお礼短編として贈呈させて頂いたものを加筆・修正したものです。
そうか、この当時はプログラムに潜入してたんですよね。
今はあまりしないことなので、ちょっと懐かしかったです。
最後がアベル×になったのは見逃して下さい(滝汗)。
(ブラウザバック推奨)