温かな光。 きれいな歌声。 その中に響いた声は、 天使のように、透き通っていた。
週末のミサを追えたは、何かに取り付かれたかのように、全力疾走で走っていた。 見た感じ、誰かを探しているようだ。
「あ、いた!」
目的の人物を発見し、彼女は安心したように顔が微笑む。 相手はアベルと、何やら楽しそうに話している。知り合いなのだろうか?
「アベルー!!」
どうやって声をかけるのか考えた末、とりあえず横にいるアベルに声をかけることにした。 それに反応してアベルが振り返ると、横にいたシスターも一緒に振り向いた。
シスターの顔を見て、は驚いたように目を見開く。 相手はすでに会ったことがある人物だが、格好が違うため、 別人に見えてしまったらしい。
「あ、さん。どうかしましたか?」 「何か、走ってきたみたいね。大丈夫?」 「え! さん!?」
アベルの横にいるシスター――、は普段、僧服を着ている。 なのに今日は、白の正シスター用の尼僧服を着ていた。 髪も、ケープの関係上、下ろしていて、腰まである長い髪をなびかせている。
「さん、その格好……!!」 「あ、さんとさん、ミサであまり一緒になったことがないから、 さんのこの格好を見るのは初めてだったですね?」 「そう言われてみれば、そうだったわね。驚かせてごめんなさい」 「い、いえ! そんなことないです!!」
が焦ったように首を横に降ると、再びの姿に見惚れていた。
きっとシスター姿もきれいだろうとは予想していたが、予想以上にきれいだ。 長い髪が、白の尼僧服によく似合う。本当、美人だなぁ〜……。
「ところでアベル、あなた、スフォルツァ猊化に呼ばれているんじゃなくて?」 「あ! そうでした〜!! 早く行かないと、カテリーナさんに殺されちゃいます!! ではさん、失礼しますね〜!!」 「うん。ちゃんと間に合ってね」 「……無事に帰って来なさいよ、アベル!」 「うをっ!」
の一言で、アベルが躓いてこけそうになったので、思わずが笑ってしまった。 アベルは体制を整えて、またすぐにスタスタと走っていき、 その姿に、小さくだが、が手を振った。
「そう言えば、、あなた、今日の午後は空いているの?」 「あ、はい! 何もないです!!」 「それじゃ、2人でこの辺り、ツーリングしない?」 「え? ツーリング、ですか?」 「ええ。ここから少し離れたところに、お気に入りのカフェがあってね。そこのアールグレイが美味しいのよ。 ほら、以前、一緒にカフェに行きたいって言ってたでしょ? よかったらどうかしら?」 「本当ですか!? お供します!!」 「よし。じゃ、30分後に『剣の間』の前で待ち合わせね。あ、ちゃんと僧服に着替えてくるのよ」 「はい!」
は元気よくに返事すると、そのまま走って寮に向かって走り出した。 その姿を見たは、微笑ましく見ていたのだ。
「本当、はかわいいんだから」
30分後、自動二輪車に乗って登場したに、 は思わず目を見開いてしまった。
「す、すご〜い! これ、さんのですか!?」 「そ。昔から使っているのだけど、改造ばかりしているから、あまり古く見えないでしょ?」 「そうですよね。本当、かっこいい〜!!」 「さ、後ろに乗って」 「はい!」
と自動二輪車、なんていい構図なのだろうか。 やっぱぐらいかっこよくないと、こういうのは似合わないのかもしれない。 そんなことを考えながら、はの後ろに座った。
「さ、出発するわよ。しっかり捕まって!」 「はい!」
はエンジンをかけると、勢いよく自動二輪車を走らせ始め、 は思わず、彼女の腰にしがみついた。
自動二輪車から感じる風は涼しく、とても気持ちいい。 景色も、普段歩いているのと違うように見えて、新鮮な感じがする。 こんな風に感じることもあるのかと、の目は次第にキラキラ輝き始めた。
しばらく街を走った後、自動二輪車は丘を登り始め、その頂上ではブレーキをかけた。 に下りるように言うと、そこから見える景色に、彼女の顔は次第と喜びに溢れ出した。
「うわっ、きれい……!!」
丘からの景色は、ローマをほぼ一望出来て、 人の動きも、車の動きもしっかりと見えるところだった。 こんなところが、こんな近くにあったとは……。
「さて、準備しますか」
が喜んでいるのを確認すると、はバイクの座席を開け、 そこから1つの箱と水筒、レジャーシートを取り出し、の横に準備を始めた。
「さん、それ……!」 「今朝作ったフルーツタルトと、アルビオンから手に入れたアールグレイのアイスティーよ。 一度、ここでお茶したいなぁって思ったけど、1人だと気が引けてね。あ、ごめん、レジャーシート、 広げてくれる?」 「あ、はい!」
からレジャーシートを取り出し、その場に広げる。 その上には座り、箱と水筒をその上に置き、もの横に座った。
箱を開けると、そこから小さなフルーツタルトが2つ入っていて、 思わずの顔が輝いてしまった。 す、すごく美味しそう……。
「はい、。アイスティーをどうぞ」 「あ、ありがとうございます。……おいしい」 「でしょ? 先週、任務で行った時に発見したの。ルンルンで買う私を、横でアベルが呆れて見ていたわ」 「さんって、どれぐらい紅茶、持っているんですか?」 「もうたくさんありすぎて、特には数えてないけど、ゆうに50は超えているんじゃないかしら?」 「それもそれで、すごいですね……」
の頭に、何十種類もの紅茶が入った戸棚が浮かんで来て、思わず唖然とする。 きっと、茶器やティーセットもたくさんあるのだろう。
「さて、タルトもよかったら食べてね。私、昔からフルーツタルトが好きだから、つい作っちゃったのよね」 「そうなんですね。でもこれ、食べるのが勿体ないぐらいかわいいですよ」 「味も自信があるんだけどな〜」
がお皿にとりわけ、に差し出す。 勿体ないが、食欲の方が先行して、フォークで切って一口運ぶ。 口の中で、タルト生地のサクサク感とカスタードの甘味、そしてフルーツの爽やかさが広がっていく。
「……どう?」 「すっごーく美味しいです! さんが作るのって、どれも本当に美味しいですよね〜。見習いたいです」 「そ? よかった」
安心したように微笑むを、は満弁の笑みで答えると、喜んで残りのフルーツタルトを食べていった。
しばらくして、タルトも無事になくなり、しばらく丘に吹く風を感じていた。 涼しく、爽やかな風が、2人をそっと包み込む。少しだけ、眠くなりそうだ。
「何か、気持ちよくなったら、眠くなってきちゃった……」 「よかったら、眠っていく? 膝、提供するわよ」 「え! そんな、大丈夫です!」 「でも、ここで眠るの、気持ちいいわよ。私なんて、よくここで、1人でよく寝てるわよ」 「そうなんですか? ……アベルが横にいたんじゃないんですか?」 「あら、その台詞、そっくりそのまま、トレスに置き換えて返そうかしら?」 「……さんって、何気に意地悪ですよね」 「今ごろ気づいたんじゃ遅いわよ」
事実、が言っていることは間違っていなかった。 任務で疲れたり、何か嫌なことが起こったりすると、 アベルとここに来ては、彼に寄りかかって眠っている時が多かった。 長いつき合いだからか、それともやはり、2人の「関係上」なことがあるからなのか。 彼の横にいると、自然と安心してしまうのだった。
一方は、自分がトレスと2人でここにいる風景が想像出来ずにいた。 休暇でも、哨戒をしているようなトレスだから、きっとここをグルッと回って、 何もなかったら、すぐに丘を下りてしまうだろう。 引き止めたら、何か起こったのかと思って、変に警戒をしてしまうかもしれない。
「でも本当、辛かったら寝てもいいのよ。今日はもう何もないんだし、ゆっくりしていいのよ?」 「……本当に、いいですか?」 「もちろん」 「……じゃ、お言葉に甘えて……」
に膝枕をしてもらい、そこに頭を乗せて横になる。 フカフカで、とても気持ちいい。
目を閉じて、ゆっくりと眠りの世界に入っていく。 その影で、かすかに歌声が聞こえた。きっとが、子守唄代わりに歌っているのだろう。
の声は澄んでいて、とても透き通った感じがした。 何だか、自然と体が安心していき、どんどん眠りが深くなっていったのだった。
「卿達は、ここで何をしている?」
数分後、後ろから聞こえる声に、はが起きないように振り返った。
そこには小柄で、見慣れた顔があって、が笑顔で挨拶する。
「2人でお茶していたら、が気持ちよくなって眠っちゃってね。トレスは哨戒中?」 「肯定」
相手――トレスが答えると、自分の横に座ることを奨めるかのように手招きした。 しかし、そう簡単に相手は来ない。
「あのねぇ、トレス。いくら機械だからって、休むことも必要なのよ?」 「168時間前、“教授”とともに、検査をしたばかりだ。もう十分休んでいる」 「あのねぇ〜」
少し呆れたように言うだが、相手はいたって普通だった。 用事がない限り、座ろうとも思わなければ、そばにいようとも思わない。 どうしたら横に座らせることが出来るか、頭をフル回転させて考えた。
……そうだ、こうすればいいんだ。
「トレス、私、ここにあるお皿とかコップとか片づけたいんだけど、その間だけ変わってもらうこと可能かしら?」 「すぐに終わらせることを要求する」 「勿論よ」
トレスはの近くに行くと、はそっとの頭を外し、 入れ替わるようにトレスが変わり、彼の膝に移す。 ホッとしたはその場から立ち上がると、近くにあったお皿とコップ、水筒を持って、 後ろにある自動二輪車の座席の中へしまった。
「う、う〜ん……」
後ろでが起きる声が聞こえ、は後ろを振り返った。 ……やはりトレスではゴツゴツしててダメらしい。
「目が覚めたか、シスター・?」 「う、うん……、…………へ?」
目の前に見えた顔がではないことに、は一瞬、思考回路が止まりそうになった。 それもそのはずだ。最初はだったはずなのに、今は別の、しかも男がいるのだから。 その上、相手は……。
「…………え、え、ええええぇぇぇぇぇ!!!」
勢いよく起き上がり、周りをグルグル見回すと、遠くでが笑いながらその様子を見ていた。 どうやら、予想的中だったらしい。
「さん! 何するんですか!?」 「だって、偶然トレスが哨戒で来たんだもの。片づけるチャンスかと思って」 「そんな〜!!」
との会話を、そばにいたトレスが不思議そうに見ていたが、 本人達は特に気にしていなかった。 とりあえず、の作戦は成功、ということらしい。
「さて、も起きたことだし、そろそろ行きましょうか。ありがと、トレス。そのまま哨戒に戻るの?」 「肯定。まだ半分以上残っている」 「そ。じゃあ、も一緒に連れて行って。私、ちょっと聖ラケル修道院に寄る用があるから」 「了解した」 「え? え? え?」
の発言に、は目を白黒させていたが、 が自動二輪車のエンジンをかけた時、彼女の言いたい意味をようやく理解した。
……やっぱり、彼女は意地悪だ。
「今日はありがと、。楽しかったわ」 「あ、わ、私も楽しかったです! あの……」 「お礼はいいわよ。ゆっくりしていきなさい」 「……はい!」
はに手を上げると、自動二輪車に乗り込んで、そのまま丘を下りていった。 その姿を、はずっと見えなくなるまで追いかけ、トレスの方に向きを変えた。
「さ、行こう、トレス!」 「了解した。……シスター・」 「ん?」 「卿は日頃の任務の疲れが溜まっていると見える。よって、しっかりと休養を取ることを推奨する」 「それは、トレスも同じでしょ? ちゃんと休んだ方がいいよ」 「否定。先ほど、同じことをシスター・にも言われたが、俺は機械だ。 疲れるということはない。よって、休養も必要ない」 「でもね、時に任務のこととか、考えない時があってもいいと思うよ。こうやってね、風に触れたり、 いい景色を見たりするのも必要だと思うけどな」
の言葉が、トレスにどういう気持ちにさせたかは分からない。 きっと、言っている意味が分かっていないかもしれない。 それでもいいから、トレスにちゃんと伝えたかった。
「卿の発言意図は不明だ」 「やっぱり、ねぇ〜……」 「だが、卿がそれを望むのであれば、今日の哨戒を取りやめて、卿が行きたいところに同行する」
最後の言葉に、は一瞬驚いたようにトレスを見た。 彼は相変わらず無表情な顔のまま、の方を見つめている。 次第にの表情に、笑顔が浮かぶ。
「本当に、本当にいいの!?」 「肯定。どこに行くのか、決断を」 「じゃ、夕食の買出し、つき合って!」 「了解した」
トレスはにそう言うと、は嬉しそうに、トレスとともに丘を下りていった。 その姿は、まるで恋人同士のような、そんな雰囲気を漂わせていたのだった。
こんな風に、いつも2人でどこかに行けたらいいな。 心の中でそう思いながら、はトレスの手を握って歩いていたのだった。 |
相互リンクお礼用短編したものを加筆・修正したものです。
2人でお茶するシーンは、今後もたくさんかいたのですが、
ちゃんと書いたのはこれが最初でした。
最後のトレスは、幸里さんへのプレゼントです(笑)。
驚いたちゃんが楽しかったです。
(ブラウザバック推奨)