とある昼下がり、久々に休暇をもらったは、

焼きたてのフィナンシェの入った紙袋を持って、何やら少し慌てたように走っていた。



 足取りは確かに慌ててはいたが、顔は満弁の笑みを零していて、

まるで何かを楽しみにしているようにも伺える。




さん、今ならいるかな?)




 この前は、念願の特性フルーツタルトを食べる機会に恵まれた。

口の中に広がる世界に、思わずうっとりとなってしまうほどの美味しさだっただけに、

はどうしてもお返しがしたくて仕方なかったのだ。




「そんなに急いでどこへ行く、シスター・?」




 そんなを止めるかのように、後ろから聞きなれた声がする。

振り返ると、いつも通りに哨戒をしているトレスが、少し不思議そうな顔で見つめていたのだった。




「あ、トレス! 今からね、中庭でのんびりしようと思っていたの。よかったら、一緒にどう?」

否定(ネガティブ)。俺は今、哨戒中だ」




 いつもと変わらない答えだが、は特にがっかりする様子を見せず、ひたすら笑顔のままでいる。

一体、何があったのだろうか? さすがのトレスにも、疑問の色を見せ始めていた。




「なぜそんな顔をしている、シスター・?」

「だって、何だか楽しみなんだもん」

「楽しみ? 中庭の花の植え替え時期はとっくに過ぎているはずだが?」

「知っているよ。けど、何て言うんだろう? とにかくわくわくするって言うか……。

うん、そんな感じなの」

「――卿の発言は意味不明だ」




 確かに、の答えは意味不明だった。何1つとして筋が通っていない。



 これは1つ、追求してみるしかない。

の回答の不審さからか、トレスは自然とそう思うようになっていた。




「……よってただ今より、卿に同行させていただく」

「いいよ! たくさんいた方が、楽しいしね!」




 が相変わらずの満弁の笑みで言うと、また再び走り出した。

しかしあまりにも慌てすぎてか、思わず足が絡まって転びそうになってしまった。




「わわわっ!!」




 バランスを崩した体を何とかして元に戻そうとしたが、そう簡単にいくわけがなく、

の体はどんどん床に向かって落ちていく。

しかし、床と正面衝突をすることなく、約3メートルの位置でそれが止まった。

誰かが体を支えているようだ。




「廊下を走るのは危険だ。このようなケースを生みやすい」

「ごめん、トレス。……ありがと」

無用(ネガティブ)。俺はただ、卿の身の安全を確保しただけだ」




 をしっかり立たせると、トレスは彼女が手にしていた紙袋を持って、

スタスタと歩き出し、が少し慌てたように後を追った。




「トレス、それ、重くないから私が持つよ」

「だが、また先ほどのケースが起こった時、中の物が破損して困るのは卿だ。俺が責任を持って中庭まで運ぶ」

「そんな、もう転ばないから大丈夫だって!」

「卿はいつもそう言っては、同じようなケースを引き起こすことが多く見られる。よって俺は、

卿にこれを渡すわけにはいかない」




 このままでは、いつまで立ってもきりがない。は半分諦め、

トレスについて行くように歩くことにした。




 しばらくして、中庭の入り口が見えて来て、そこからたくさんの光が注ぎ込まれて来た。

 中に入ると、目の前にたくさんの花が咲き誇り、そこから甘い香りが広がっている。

その一角に、目的の人物がいるのを発見し、安心したかのように胸を撫で下ろした。




「前方に、シスター・を確認」

「よかった、まだ中庭にい……、えっ?」




 の姿を発見するなり、は彼女のもとへと走り出そうとした。

が、しかし、目の前に広がった光景に、思わず足が止まってしまった。



 の隣には、見慣れた銀髪を持つ神父が座っている。

それだけなら、彼女もすぐに声をかけることは可能だ。



 だが目の前に広がった映像は……、そんな呑気に声をかけられる状況ではなかった。




「……と同時に、ナイトロード神父を確認」

「トレス、隠れて!!」




 突然の光景に、は慌ててトレスの手を引っ張り、近くにある比較的大きな植木に身を隠した。

ここで変に声をかけては、相手に対して失礼だと思ったからだ。




「顔が赤いぞ、シスター・。体温も急速に上昇している」

「な、な、何でもないの、トレス!」




 顔を真っ赤にして、叫びそうになるのを必死になって堪えるかのように口元を手で押さえ込む。




(う、う、うわ〜っ、見ちゃったよ〜〜っ!!)




 の心境はすでにパニック状態で、この場をどう切り抜けばいいのか分からなくなっていた。

このまま、知らない振りをして彼らの前に出るわけにはいかない。

どうしたらいいものか……。




(と、とりあえず落ち着かなきゃ……)




「何をしている、シスター・?」

「ちょっと、心を落ち着かせるために深呼吸を……」






 大きく息を吸っては吐くを繰り返すを、

トレスは少し不思議そうに見つめていたのだった。

















「……アベル、甘すぎ」




 お互いの距離が少し広がったのと同時に、は目の前にいる銀髪の神父を少し睨みつけた。




「えっ、でもこれ、いつも通り砂糖13杯ですよ?」

「そういうことじゃなくて、どうしてよりによってここなの!? 誰かに見られたらどうするのよ!? 

特にカテリーナとか!

「うわっ、そのこと、すっかり忘れてました〜!」

「この、大ボケ神父がー!!」

「グガッ!!」




 急に襲い掛かって来た平手の勢いで、アベルの顔が大きく左に動いた。

全く、この呑気な性格だけはどうすることも出来ない。




「本当、お願いだからここでだけは勘弁して」

「ハイ、もうしません……」




 あまりにも痛かったのだろうか、アベルの顔が少し腫れてしまっている。

このまま“剣の館”に戻ったら、周りから怪しまれてしまう。



 大きく1つため息をついてから、少し涙目状態になっているアベルの頬にそっと触れる。

白いオーラが溢れ出し、直接腫れている部分を癒していく。




「それより、今日ってが戻っているのよね?」

「ああ、さんなら、今朝会いましたよ。何やら、フィナンシェを焼くとか言ってましたっけ。

さんの作るお菓子とか料理とか、すごく美味しいんですよね〜。……あ〜、

もちろんさんのお菓子も大好きですよ!!」

「そんな焦って言わなくても分かっているから安心しなさい」




 ようやく腫れの引いた頬から手を離すと、

慌てたように言うアベルを見て思わずため息をついてしまう。




「確かに、が作るお菓子は美味しいわよね。私も前、クッキーをもらったんだけど、

甘さがちょうどよくて、一度紅茶と一緒に食べたいなぁって思っていたところなのよ」

「おっ、さんが認めるとなると、やっぱりさんの腕は確かなんですね! 

あ〜、私もさんのフィナンシェ、食べたいものです」

「だったら、もうそろそろここに来るんじゃない? この前会った時に、ここにいる時間を伝えて……」




 そこまで言った時、何かに気づいたかのようにの口元が止まった。

その様子を、相変わらず呑気な顔なアベルが不思議そうに覗き込む。




「どうしたんですか、さん?」

「……ねえ、アベル。今の光景、に見られてないわよね?」

「まさか、そんなわけないでしょう。でしたら、少しぐらい物音がしてもおかしくないじゃないですか」

「そうよねぇ〜。きっとそうに決まって……、ん?」




 一瞬、安心したように呟いたが、

少し離れた植木が左右に揺れているのを発見し、

の身に再び不安が横切った。




「ん? どうかしましたか?」

「何かあそこ、揺れてない?」

「風……は、吹いていないですよね。……ってことは!!」




 アベルが何かに気づいた時だった。

揺れていた植木が大きく揺れ、何かが崩れ落ちるような音がした。

そして次の瞬間……。




「きゃーっ!!」




 何者かが地面に落ちたらしく、とアベルのもとに振動が伝わってきたのだ。




「い、いたたたた……」

「だから言ったのだ、シスター・。同じようなケースを引き起こすことが多く見られると」

「そ、そうかもしれないけど……、はっ!」




 近くに平然と立っていたトレスに忠告されたことより、

目の前で顔を赤らめているの方が気になったは、

どうやってその場を乗り越えようか必死になって考えながら、慌ててその場に立ち上がった。




「ご、ご、ごめんなさい! ただ私、今の時間ならさんがいると思っていたので、

その……!!」

「い、いいのよ、。悪いのはここにいるお馬鹿神父なんだから」

「そ、そうです、さん。全て私が……って、えーっ! 私1人の責任ですかぁ!?」

「当たり前でしょう、このお惚け神父! 変な責任、私にまで押し付けないで!!」

「そんなぁ〜! だって、さんだって……」

「またどっ突かれたいの、ナイトロード神父?」

「……いえ、遠慮します」




 鋭い視線の先に見える攻撃を恐れたアベルが、長身の身を小さくさせて、両手を上げて降参する。

その姿を見て、さっきまで少し焦っていたの顔から笑顔がこぼれ、

自然と笑い声が聞こえ始めた。

はそんなを見て少し安心したように小さくため息を突いて、

誰にも気づかないように微笑んだ。




「卿らはここで何をしていた、ナイトロード神父、シスター・?」

「ええっ、トレス君までいたんですか!? 私、気づきませんでしたよ!!」

「まぁ、別に機会に知られても焦ることないけど……。その紙袋は?」

「シスター・の所有物だ」




 トレスがに紙袋を渡すと、彼女はそれをテーブルに置いて、

中に入っている包みを取り出した。




「わーお! さん特性フィナンシェじゃないですか〜っ! ありがとうございます、さん!」

「あ、ううん、別にアベルのために作ったんじゃなくて、あの、この前、さん、

フルーツタルトくださったから、お礼がしたくて……」

「えっ! 私のじゃないんですか!? そんなぁ〜!! お〜、主よ、どうして私はこんなに

恵まれてないのでしょうか……」

「まぁまぁ、落ち着きなさいって。……それより、私は別に、お礼が欲しくて作ったんじゃないのよ。

私のために作ってくれたのは嬉しいんだけど……」

「だって、あんなに美味しいものを頂いたんです! お礼の1つや2つぐらいして当たり前です!!」




 真剣な眼差しで言われてしまうと、さすがのも返す言葉を失ってしまう。

ここは素直に、このフィナンシェを頂くのがいいらしい。




「……分かったわ、。ありがとう。あ、じゃあこのフィナンシェでお茶にしましょう」

「はい! アベルも一緒に食べよう! 数はたくさん作ったから、大丈夫だよ!!」

「えっ、本当ですか〜! ありがとうございます、さん!! 

お〜、主よ、はやり私は幸せ者です〜!」

「何でもかんでも、オーバーに言うんだから……。じゃあ、そうと決まれば、

紅茶を新しく淹れ直した方がいいわね。、手伝ってくれる?」

「はいっ! トレスも一緒にお茶しようよ!」

否定(ネガティブ)。俺には消化器官がない」

「でも、一緒にお話とかするぐらいなら出来るでしょ? お茶会はたくさん人がいればいるほど

楽しいし。ねっ?」




 が再び満弁の笑みをトレスに向けると、しばらく考えるかのようにトレスは少し黙っていた。

そして考えがまとまったかのように、に答えを返した。




「……シスター・、卿がそこまで言うのであれば、今日の哨戒をよりやめにしてここに残ることにする」

「ありがとう、トレス! じゃ、ここでアベルの見張りしててね。勝手にフィナンシェ食べて、

さんの分がなくなったら大変だもの」

「そんな、さん、私、そんなことしなくても我慢……」

「この前、黙ってシフォンケーキ食べたの、どこの誰でしたっけね〜?」

「……すみません、我慢します」




 アベルはに勝てず、トレスはに勝てない。

どっちにしろ、女性陣の方が圧倒的に力は上らしい。




「それじゃ、。紅茶、選びに行きましょう。フィナンシェだから、ダージリンアールグレイがいいかしら? 

香りが高いけど、味はすっきりしていて美味しいのよ」

「うわ〜、いいですね! 私もそれ、飲んでみたいなぁ〜」




 空っぽになったポットを持って調理場に向かうがまるで本当の姉妹のように見えて、

アベルが温かく見守るように見つめていた。




「ところで、ナイトロード神父。俺はまだ先ほどの質問の解答を聞いていない。

卿とシスター・はここで何をしていた?」

「……説明、しなくてはいけないのですか?」

肯定(ポジティブ)

「そう言われましてもねぇ〜、う〜、どうやって説明すればいいんでしょう……」






 トレスに説明するのは難しすぎる。

 アベルは頭を抱えながら、必死になって説明するのであった。









「……ところでさん、1つ聞いていいですか?」

「ん? 何かしら?」

「キスの味って、どんな味がするんですか!?」

「…………」






 の冷や汗は、止まることなく流れていたのだった。

















メッセし始めた頃に書いた短編を加筆・修正しました。
別名「ちゃん、衝撃的な場面を目撃する」です(笑)。
いや、とアベル、いつもこうじゃないですよ?
普段は自室だったり寮だったり、中庭にいても夜とかですから。
ああ、あと“剣の館”の屋上とかです。
てか、今更弁解するなって(汗)??

あとは、ひたすらギャグが書けたので嬉しかったです(笑)。







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