ピカデリー・サーカスを抜けてすぐの細道まで行くと、 はを道の奥まで抱えていき、壁際に座らせる。 傷口の様子を見ると、見事なまでに貫通されたからか、血が止まることなく流れ続けている。
「待っていて下さい、さん! 今からすぐに……」
が傷口に手を翳そうと前に出したが、がそれを阻止するかのように腕を掴んだ。 こんなに出血が多いのに、どうしてこんなに握力が強いのだろうか。 ついそう思ってしまうほど、はの腕を強く握っていた。
「私のことは、心配、しなくていい……。あなたはすぐに、トレスの援護を……」 「こんなに出血しているのに、放っておくことなんて出来ません!」 「大丈夫、私はそんなに、柔じゃないわ」
苦しそうに笑顔を見せるが、にとっては痛々しくて仕方なかった。 しかし相手は自分のことなんて気にしないかのように、 掴んでいた腕を離して、の頬にそっと触れた。
「……、あなたはたくさんの人に愛されている。時にそれが、すごく羨ましいって思うぐらいにね」 「それは、さんも同じです! 現に私は、さんが大好きですし、大事な仲間だと思っています!」 「ありがとう、……。……でもね、私は守られる資格などない人間なの。 私がいなくなっても、誰も悲しんでくれる人なんて、いないから……」 「そんな……。さん、それ、絶対に間違ってます!」
大量に出血しているのに、の手が温かいのに疑問に感じたが、 今はそんなことなんてどうでもよかった。 は自分の頬に触れている手を取り、強く握り締めると、 訴えるかのようにへ言葉をぶつけた。
「ここに生まれた人は、みんな平等に幸せになることを約束されているはずです。 それを自ら拒否してどうするんですか!? そんなことしたら、私もアベルも、 トレスもケイトもレオンも、ユーグもウィリアムおじ様もカテリーナ様も、みんな悲しみます。 みんなみんな、さんのこと、愛しているから……」 「……」
頬を伝って流れる涙が、自分に向けられたものだと思うと、 は胸を強く締め付けられそうになった。 どうして自分のために泣いてくれるのか、どうして自分のために悲しんでくれるのか、 不思議で仕方がなかった。
「……泣くのはやめなさい、」 「だって、さんがそんなこと言うから……」
強く握られた手が、の頬に再び触れて、涙をそっと拭い落とす。 そして優しく、何かを訴えるかのようにへ告げる。
「……もし私のことを本当に好きなのであれば、今からすぐに、トレスの援助に行きなさい」 「さん!」 「トレスは私にとって、大事な『仲間』であり、守らなきゃいけない人の1人なの。 今の私じゃ彼を助けられないけど、あなたには出来るはずよ」 「でも……」 「私のことは心配しないで。何かあったら、すぐに連絡するから」
優しく向けられていた視線が一瞬鋭く輝き、の鼓動が少し弾けた。 しかしすぐに持ち直し、何かを決心したかのようにその場に立ち上がった。
「……分かりました。さん、絶対に動かないで下さいね!」 「この怪我じゃ、どう考えても動けないから大丈夫よ。……行って来なさい」 「はい! ……さん」 「ん?」 「私……、さんのことも、愛していますから!」
まるで、愛の告白でもしているかのように言い放つと、 はに背を向け、その場から走り去っていった。 一瞬、戸惑ったような顔をしただったが、かすかに苦笑し、 天を仰ぐように視線を上に向けた。 「愛している、か……。アベルよりも先に、言われちゃったわね」
はまだ一度も、アベルからこの言葉を聞いたことがない。 それは2人の関係が、その言葉1つでまとめられるほど簡単な関係ではないからだ。 そのためか、2人とも決して自らの口で言ったことがなかった。
「さて……、この傷、何とかしなくちゃ。……ん?」
視線を戻すと、奥の方から物音が聞こえ、はその先を鋭く睨みつけた。 一瞬野良猫かと思ったが、動きはそれと全然違うものだった。
「どうやら、見つかったみたいね……」
痛みを抱えながら、何とかその場に立ち上がると、暗闇の中から赤く輝くいくつもの点を見つめた。 この様子だと、トレスとがいる場所より若干少ないぐらいだろう。
(グリーンパーク側から、かもしれないわね……)
心の中で呟きながらも、全身には知らない間に白いオーラが纏わりつき始めている。 徐々に濃くなっていき、髪を縛っていたリボンが自然と外れ、ゆっくりと床に落ちていく。 目を閉じ、何かを念じるかのように沈黙し、相手の様子を伺う。
「短生種の分際で、生意気な態度取るんじゃねえ!」 「とっとと始末してくれるわ!!」 目の前から無数の赤い視線が襲い掛かってきたのを感知し、が再び目を開けたときには、 すでに鮮血のごとく赤く輝いていた。 |
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