がピカデリー・サーカスに戻った時には、 すでにトレスによって全ての吸血鬼が身動きが取れない状態になっており、 地面には無数の死骸のごとく倒れる体で溢れていた。
「シスター・、シスター・はどこにいる?」 「この近くの細道に非難させたよ。出血が相変わらず酷いけど、トレスの援護に行くように言われて来たの。 でも、その必要がなかったみたいだね。……あっ! アベル、こっちこっち!!」
リージェント・ストリートの方に現れた銀髪の神父に向かって、 は大きくてを振り、お互いの無事を確認しようとした。 しかし相手の顔は、まだ不安な表情をしたままだ。
「さん、トレス君、さんは!?」 「シスター・は負傷したため、シスター・によって、安全な場所に避難させた。 今から我々もそちらへ向かう」
トレスの答えを聞いても、アベルの顔から不安が消えることなく、2人に注ぎ込まれている。 その表情には、少し焦りの色も見せている。
「どうしたの、アベル?」 「実はトレス君と別れた後、敵を何とか追い込むことに成功したのですが、 予定していた人数より足らないことが分かりまして。あちこち探ってみたのですが……」
アベルが事情を説明している、まさにその時だった。 少し離れた位置で、何かが爆発するような音が聞こえ、3人はその声が聞こえた方へ視線を向けた。 方向からして、聞こえてきた声は、を非難させた場所に近い。
まさか、アベルの言っていた吸血鬼に見つかったのか!?
「アベル、トレス!」 「了解した」 「あ、ちょっと2人とも、待って――」
なぜかアベルが2人を止めようとしたが、猛スピードで走り出した2人は、 もうすでに声が聞こえない位置まで走り出していた。 アベルもそれを追いかけるようにして走るが、2人のスピードになかなか追いつかない。
「あ〜、何でこういう時になると、2人とも足が速いんですかね〜?」
こんな呑気なことを言いつつも、アベルの脳裏は焦り続けていた。 トレスならともかく、今のをに会わせるわけにはいかないからだ。
今のは、いつもの彼女と違う。そしてそれはきっと……。
『にだけは、「あれ」を見せるわけにはいかない。そんなことになったら、 私はもう、以前と同じように接することなんて、出来くなる』
は誰よりも何よりも、のことを妹のごとく大事にしてきた。 だからなおさら、「あれ」を見せたくない気持ちで一杯だった。 その想いをよく知っているアベルだからこそ、どうにかして止めたくて仕方がなかった。
しかし逆に、たとえが反対しようと、一度に見せておかなくてはいけないという気持ちもあった。 それはが、これ以上彼女に隠し事をして欲しくなかったからだ。 もし本当の「妹」のように可愛がるのであれば、すべてを明かさなくてはならないのではないか。 アベルの中には、そんな疑問が浮上していたのだ。
ピカデリー・サーカスを出て、とトレスが細道へ続く角を曲がると、 追いかけるようにアベルは曲がった。 が――。
「ウゴッ!」
何かにおもいっきり当たったように、その場に仰け反りそうになって、急いで体制を立て直す。 再び顔を上げた時、目の前に広がる光景に、アベルが思わず言葉を失ってしまいそうになった。
地面の所々に血が流れ、あちこちに吸血鬼らしき手足や体がばら撒かれている。 それは四肢どころか、完璧に分散されている。
その中央あたり、月にちょうど照らされるかのように、1人の“怪物”が立ち尽くしている。 長い髪が逆立ち、口からは2本の牙を覗かせ、目は鮮血のごとく赤く光り、手には銀の大剣を持っている。 アベルとトレスにとっては見慣れている者の姿だったし、そうなってもおかしくない状況だったのも理解出来る。 しかし――。
「う、嘘、でしょ……?」
アベルの斜め前にいる少女は、信じられないかのように目を見開き、体が動けなくなっていた。 ただただ信じられないと言った風に見つめられた先で、 暗闇から生き残っていた吸血鬼が一斉に襲い掛かってきて、彼女は思わず顔を背いてしまった。
耳元に、大剣が振り回される音と叫び声だけが聞こえる。 そしてそれが終わったあと、ゆっくり振り返ってみると、 目の前に広がった世界がまさに残酷という言葉が似合う光景へと変わっていて、思わず吐き気を感じそうになった。
「さん!」 「シスター・!」
思わずその場にうずくまりそうになったを、アベルとトレスがすぐに支える。 それに気づいたのか、吸血鬼の返り血を浴びた“怪物”が振り返り、 視線の先にいる人物を見て、一瞬、表情を変える。
「…………!」
口から毀れた言葉は、が聞きなれた声より低く、まるで別人のようだった。 本当に、あれは「彼女」と同一人物なのだろうか。 視界に広がる光景に背を向けながらも、は必死になって整理をしようとしていた。
しかし、その猶予は許されていなかった。 知らない間に、数メートル先に、大剣を納めながら近づいてくる「彼女」がいたからだ。 そしての前に手を翳すと、地面が振動するような、 でもどことなく悲しそうな声で呟いた。
「……すまない、」
耳元に届いた時には、すでには気を失い、横にいるトレスに支えられるように倒れてしまっていた。
「……また、派手にやりましたね。傷口、そんなに酷かったんですか?」
半分呆れながらに言うアベルに、赤い目をしたままのが、 ゆっくりとアベルの方へ視線を走らせた。 しかし次の瞬間、体が崩れるように動き、それを慌ててアベルが受け止めた。
「大丈夫ですか、さん! まさか、また無茶をして……」 「……どうしよう……」
アベルの言葉を遮るように聞こえた声は、普段聞きなれた、温かみのあるものだった。 しかし何かを後悔しているかのように、沈んでいるのようにも聞こえる。
「に『あれ』を……、見られてしまった……」
気絶しているを傍らに、はただ、泣き続けることしか出来なかった。 |
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