水溜りのように広がる血が、地面に広がっていく。

 必死に脱出しようとしても、すぐに抜け出すことが出来ない。



 誰かに助けるように、手を前に出す。

 するとそれを、何者かによって掴まれ、強く引っ張られていく。



 ようやく、これで助かる。

 そう、願っていたはずだったのだが……。




 目の前に映し出された顔は、鮮血をたくさん浴びた、赤い目をした“怪物”の姿だった。








……さんさん!」




 我に返るかのように大きく目を見開くと、目の前に見慣れた顔が映し出され、

は荒い息遣いをしながらも、安心したかのように無意識で入れていた力を抜いた。




「アベル……?」

「大丈夫ですか、さん? 何か、怖い夢でも見ましたか?」




 少しおろおろしたように見つめるアベルに、

はまた迷惑をかけてしまったのではないかと思い、一瞬顔を暗くさせる。

しかしそれを気づかせないように、一生懸命笑顔を作って安心させる。




「大丈夫だよ、アベル。ちょっと疲れていただけだから」




 上半身を起こそうとしたを、アベルはすぐに手を差し伸べて支える。

さっきの夢を忘れるかのように頭を左右に振ると、

はずっと側にいてくれたと思われるアベルに仲間の居所を聞くことにした。




「トレスとさん、どうしたの?」

「ああ、2人とも、先にローマに戻りましたよ。さんは、ゆっくりここで

休養を取るようにとのことでしたよ」

「そう、なんだ……」




 必死に明るくしようと思っても、どうしてもいつもの元気が沸き起ころうとしない。

それもすべて、昨夜のことがあったからであろうか。



 自身、には隠された「何か」があることは知っていたし、

それを一度でも見てみたいという好奇心みたいなものがあった。

何度か聞く機会もあったのだが、いつもうまくはぐらかされてしまい、

真相までたどり着いたことがなかったのだ。

だが今になって思えば、それも納得出来ることなのかもしれない。




さん、少し休んだら、一緒に来て欲しいところがあるんです」

「一緒に来て、欲しいところ?」

「ええ。あっ、別に急がなくてもいいですよ。先ほどケイトさん経由で、カテリーナさんから

2・3日休むように許可もらいましたから」




 「行ける準備が出来たら言って下さいね」と言い残し、アベルは部屋を出て行く。

その後ろ姿が、何か心配事を抱えているようで、

本当はと一緒にローマへ戻りたかったのを押さえてここに残ってくれたことに、少し胸が痛んだ。




「……よしっ!」




 は頬を自分の手で数回叩くと、ベッドから起き上がり、椅子にかけられていたケープを外した。

するとそこから、1枚の紙が舞い、床に静かに落ちていく。




「何だろう?」




 不思議そうに拾い上げ、ゆっくりと広げる。

読んでいいものかどうか分からなかったが、最初に自分の名前が書かれていたため、

そこに綴られる文字に目を走らせる。















昨夜は、怖いものを見せてしまってごめんなさい。

きっと、気分を害してしまったわよね。

本当、深く反省しているわ。



私が持つ力――“フローリスト”は、アベルの持つ“クルースニク”と対になる存在で、

“クルースニク”の力をコントロールする働きをもっているの。

戦闘能力もアベルのものとは違うし、彼以上に制御が利きにくいものでもある。

そのためアベル以上にコントロールしにくいから、ついやりすぎてしまう場合がある。

昨日もそれに相当するわけで……。

本当に、ごめんなさい。



あなたに愛されて、本当に嬉しかったし、私も同じぐらい、のことを愛していた。

だからなおさら、「あれ」を見せたくなかった。

一生あなたに見せず、一緒に笑って過ごしたかった。

けどもう、そうすることも出来ない。

少なくとも、そんなこと、私が許さない。



だから私は、もうあなたに会わないことにするわ。

私に会うたびに、昨夜のことを思い出して欲しくないから。

あなたに会うたびに、あの時の震えたような顔を、思い出したくないから。

出来ることなら忘れて欲しいけど、きっとそんなこと無理だろうから、

心の奥底にでもいいから閉じ込めていて欲しいの。

それも、少し難しいかもしれないけどね。



最後に。

一度でいいから、が淹れる紅茶が飲みたかった。

きっと優しくて、温かい味がするんだろうなぁって、思ったから……。





・キース






追伸:どんなに遠く離れていても、私はずっと、あなたのことを見守っているからね











知らない間に目に涙が溜まっていき、雫となって紙の上に落ちていき、

止めようと思っても止められず、逆にどんどん酷くなっていく。

手にしていた手紙を強く握り締め、思わずその場に座り込んでしまい、

声を上げて本格的に泣き始めてしまった。




さん……」




 知らない間に、自分はを苦しめてしまっていた。

いつの間にか、自分はに辛い想いをさせてしまっていた。

そう思うと、の口から謝罪の言葉が止まることなく溢れ出していく。




さん……、さん……!」






 涙と共に聞こえる声は、遠くはなれたの元に届くことはない。

 それでもは、何度も何度も、名前を呼び続けていたのだった。

















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