「……で、ここまで連れて来た、ということですか?」

「そういうこと」

 




 

 “剣の館”の執務室に到着するなり、

トランディスは床に引かれているカーペットがえらくお気に召したらしく、

ソファに座るクレアの横で寝息を立てて眠っていた。

そんな彼を見ながら、クレアは1つため息をつき、ケイトが淹れたハーブティを口に運んだ。

 




 

<しかし、どうやってここまで来たのでしょう? 帝国から、相当距離が離れているはずなのですが……>

「犬が“加速(ヘイスト)”を使うなどという話など、聞いたことないわ。クレアは何か、心当たりとかはあるのですか?」

「全然。こっちが聞きたいぐらいよ」

「アベル・ナイトロード、参上しました」

「入りなさい」

 




 

 扉の奥から聞こえる声に、カテリーナがいつものように許可を出すと、

扉が開かれ、1匹のチワワを抱えたアベルが姿を見せた。

 




 

「失礼します、カテリーナさん。……クレアさん、連れて来ましたよ」

「ありがとう。……おいで、キリエ!」

「ワン!」

 




 

 アベルが手にしていたチワワ――キリエを床に下ろすと、

クレアもソファから離れ、走って向かってくるキリエを迎えるためにしゃがみ込んだ。

くるりと丸まった尻尾を勢いよく左右に揺らしながら、

キリエは真っ直ぐ、飼い主であるクレアの胸元へ飛び込んでいく。

が、僧衣から匂ったのが自分とは違う犬の匂いであることを気づかないわけがなく、

自分の匂いを染み付けなおそうと、胸元をまるで擦るかのごとく、

体をすりつかせ始めたため、クレアは思わず呆れてしまった。

 




 

<本当、キリエさんはクレアさんのことが好きなんですのね>

「甘やかして育てすぎてしまったのか、もとからこうだったからなのか、分からないけどねえ……」

「クレアさんが甘く育てすぎたんですよ」

「私以上に甘やかせた人に言われたくないわね、アベル」

「ははっ、まあ、そうなんですけどね……」

 




 

 鋭く睨まれ、冷や汗を掻きながら言うアベルを見つめながら言うと、

クレアはキリエを抱えたまま、先ほどまで座っていたソファに腰を下ろし、

アベルもその横に座った。

クレアがローテーブルに載っていたクッキーを細かく砕いて、小さな欠片をキリエに差し出すと、

その欠片を美味しそうに食べ始める。

そんなキリエを一緒に見つめていたカテリーナが納得したように、

その場にいる3人に結論を言った。

 




 

「仕方ありません。帝国から来た――トランディス、だったかしら。彼は私が預かります」

「でも、トレスもいるのに、大丈夫なの?」

「キリエがこんなに懐いているのだから、クレアのところに預けるのは難しいでしょう? 

それに、同じ大型犬同士ですから、きっとすぐに仲良くなると思いますしね」

「同じ大型犬と言っても、相手はドーベルマンですよ? ハスキーのトランディス君には、

少々強暴すぎ……、……うわおっ!」

 




 

 下から、何やら鋭い視線を感じると思って向けてみれば、

そこには先ほどまでいなかったはずのトレスが、アベルの顔をじっと見つめていた。

いつの間に入って来たのだろうか。

 




 

「あら、トレス。いつからここにいたの? 先ほどまで、庭で散歩していたんじゃなかったのですか?」

<まさかだとは思いますが……、……アベルさんの後を、ずっとつけてきたのですか?>

「ワン」

「やっぱり……」

 




 

 キリエがいるところにトレスあり、ではないのだが、

なぜかトレスはキリエの居所を発見すると、突進する癖がある。

そしてそれは、彼の双子の兄も同じなのだが、どうやら今回は彼だけらしい。

それもそのはず、ここは相手の飼い主が敵視している場所なのだから、

近づかないように言われているのだ。

 




 

「逆に、キリエをカテリーナに預けるっていうのはどう? トレスとも仲がいいし、

私としても安心するけど?」

「いや、分かりませんよ、クレアさん。トレス君も、男の子ですからね。夜になったら、猛獣と化して……」

「そういうことを飼い主の前で話さないでよ、この変体神父!!」

「ウゴッ!!」

 




 

 キリエを抱えたまま、クレアの鋭いどっ突きがアベルの頭を直撃する。

毎度のことながら、クレアの攻撃は鋭すぎる。

 




 

「キリエを私のところで預けるのは構わないけど……、淋しくならないかしら?」

「トレスがいるから、大丈夫だと思うけど?」

<トレスさん、夜になると、いつも外に出ていることが多くなったんです。どうしてなのかは、

よく分かりませんが……>

 




 

 そう言えば、近頃のトレスは、よく中庭をウロウロすることが多くなったと聞いている。

昼だけならまだしも、寝静まった夜まで、ベッドがある執務室を抜け出しては、

何かを探すかのように動き回っているらしいのだ。

 




 

「そうなると……、キリエをカテリーナに預けるのは、必然的に却下されるわね」

「そうなりますね。……おっ、そうそう、クレアさん。彼ならどうです?」

「彼? 彼って……」

 




 

 アベルの発言に、クレアが首をかしげたのと、扉をノックする音がしたのはほぼ同時だった。

そしてそこから聞こえた声に、クレアはアベルが誰のことを言っていたのかすぐに察知した。

 




 

「ヴァーツラフ・ハヴェル、任務報告のため、参上しました」

「入りなさい。……ちょうどいいところに来たわね」

 




 

 カテリーナも、相手の名前を聞いて、アベルの言いたいことが分かったらしく、

少し安心したかのような表情で扉の奥にいた人物を出迎えた。

 




 

「失礼します。――おや、みなさん、お揃いでどうしたのです?」

「ワンワン!」

「おや、キリエまで。会うのは久しぶりですね。お元気でしたか?」

「ワンワンワン!!」

 

 






 

 この懐きぶりなら安心かもしれない。

 執務室にいる者全員がそう思っていたのを、当のヴァーツラフが知る由もなかった。

 

 

















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