そのころ、いつもと変わらず外をウロウロとしていたトレスは、 何かがクレアとアベルの家に向かって歩いているのを目撃して、赤い目をより一層光らせていた。 どうやら、目的のものと遭遇したらしい。 「ワン!」 一吠えすれば、黒い影がそこで静止し、トレスの方へ向きを変える。 大きさ、目の色、どれもトレスによく似ているドーベルマンだ。 「ワンワンワンワン、ワンワン」 「ワンワンワンワン、ワンワンワンワンワン、ワンワン」 犬語が分かるものがいたら、これを解読することは可能だろうが、 生憎ここにはそのような人物がいないどころか、この2匹以外の存在はいなかった。 徐々に距離が縮まり、お互いの赤い目が光り輝き始める。 そしてそこから……、先頭体制に入った2匹の取っ組み合いの争いが始まった。 「グルルルル……、ワンワン!!」 泣き声までほぼ一緒なため、どっちがどっちの声なのかは分からない。 しかし2匹とも、同じことを思って争っていることには間違いないようだった。 「ガウー!!」 普段なら止める者が少なくても1人はいるのだが、 今ごろどこも眠りの世界に入っていることであろう。 そのためか、2匹の争い(?)は徐々にエスカレートしていった。 「ガルルルルルルッ」 「ガウー!!」 結局、この2匹の戦いは解決することなく、夜が明けようとしていたのだった。 2匹が暴れ始めたころまで時間を戻そう。 ヴァーツラフが用意してくれたベッドで眠っていたキリエが目を覚ましたのは、 午前2時を回った時だった。 部屋はダウンライトしか明かりがないが、広いことは分かる。 その中で、1匹ポツリといるのだから、急に淋しくなって当然と言えば当然だった。 「クーン……」 小さく唸る声が、広い部屋に響き渡る。 そしてベッドから離れ、トボトボと歩く。 普段からリビングに置かれているベッドで眠っていたが、 いつもと違う家のためか、淋しさが込み上げて来る。 ヴァーツラフはどこにいるのだろう。 キリエはこの家の主を探し始めた。 部屋のドアが開いていたため、キリエは廊下を歩き、家の中を探索することにした。 ヴァーツラフの家を訪れるのはこれが初めてではなかったが、 少し暗い廊下を歩くのは、やはり少し怖い。 壁の下に備えられているセンサーに反応するライトがなければ今ごろ、 大声で叫んでいたことであろう。 しばらく歩くと、開けっ放しになっている部屋を発見し、 キリエは恐る恐る中へ入ってみることにした。 部屋の中心には、キリエの1.5倍ぐらいの高さはあるであろうものが置かれていて、 その上から、誰かの寝息らしき声が聞こえる。 どうやら、ヴァーツラフの寝室へ到達したようだ。 これぐらいの高さなら、普段でも平気で飛び乗っている高さだ。 キリエは何の苦労もなく飛び乗ると、 眠っている人物の顔を見て安心したような表情を見せた。 邪魔にならないように、ヴァーツラフの横に丸くなって目を閉じると、 1分もしないうちに、再び眠りの世界へと入っていったのだった。 そのころトランディスは、夜に寝ることに慣れてないせいか、 クレアが作ったベッドの上で目を開いて伏せていた。 どうやら暇らしい。 部屋は完全に遮断されており、ここから脱出出来ないようになっていた。 ここまでされると、さすがのトランディスでもどうすることも出来なくなってしまう。 そんなトランディスに転機とも言えることが起こったのは、 何者かがリビングに入ってきた時だった。 「この辺においといたはずなんだけどなあ〜。どこだったか……」 声の主は男のようで、 クレアが先ほどまでアベルと呼んでいた人物だとトランディスはすぐに察知した。 どうやら、何かを探しているらしい。 「う〜ん、この辺に、確かに置いたはずなんですけどねえ〜。やれやれ、諦めて、お台所で物色しましょうか」 アベルの探し物に、トランディスは心当たりがあった。 それもそのはず。 あまりにも暇で、リビングを散策している途中で、 ソファの下に隠すかのように置かれたクッキーを食べてしまったのだ。 帝国にあるものとは違い、とても優しい味で、 出来ることならもっと食べたいと思ったぐらいだった。 リビングを後にしたアベルを目で追いかけていたトランディスだったが、 しばらくしてあることを発見した。 そう、アベルがリビングの扉を開けっ放しで出ていったのだ。 これはチャンスだ。 トランディスはベッドから置きあがると、こっそりリビングを抜け出し、 キッチンに向かったと思われるアベルに気づかれないように廊下を歩き始めた。 上の階へ上る階段を発見し、上へ上っていく。 そして上り終えると右に曲がり、再び扉が開いている部屋へ入っていった。 そこにはベッドらしき大きな物が置かれていて、 そこでキャミソールを着たクレアがぐっすりと眠っていた。 横がどことなく広く開いているのだが、きっとアベルが眠ってたのであろうと納得し、 その場まで移動していった。 ベッドの上にある窓から注がれる月が、静かにクレアを照らし出す。 その姿は本当にきれいで、犬であるトランディスでさえ思わず見惚れてしまうほどだった。 ひょいと上に飛び乗り、クレアの寝顔を見つめる。 普段は縛っている髪が、少しだけ顔を隠すように前へかかっている。 しばらくして、トランディスは眠気が襲い掛かって来たのか、大きく欠伸を1つした。 これも、クレアのお陰と言ってもいいのか分からないが、 夜行性な彼も、ついに寝る時が来たようだった。 そのまま寝そべり、ゆっくりと目を閉じる。 そして、ゆっくりと眠ろうとしたのだが……。 「な、何やっているんですか、トランディス君!?」 ……アベルが戻って来てしまい、阻止されてしまった。 「リビングの扉が開いているから、まさかとは思っていましたが……。キリエさんといいあなたといい、 どうしてこう、主人のベッドで寝たがるんでしょうかねえ?」 少々呆れた顔をしながら、ベッドの隅に腰を下ろす。 頭を掻きながら、どうやってこの大型犬をどかそうかと考え始めるアベルを、 トランディスは察したのか、すぐにその場から起き上がり、 ベッドから下りた。 「あっ、よかった、下りてくれたんですね? ありがとうございます〜。 ついでにそのまま、リビングへ戻ってもらえませんか? そうじゃないと、 明日怒られるのは私ですからね」 お礼を言うかのように頭を撫でると、 アベルは何もなかったかのようにクレアの横に寝そべり、再び眠り始めた。 が、一度、アベルの願いに答えるように寝室を出ていったトランディスだったが、 深い眠りに入ったのを感知して、再び中へ入っていき、 ベッドの横でうずくまったのだった。 寝るのであれば、ここがいい。 トランディスはそう思いながら、珍しい夜の眠りに誘われ、目を閉じたのだった。 |
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