何やかんやで一晩立ち、キリエは目を覚ますなり、 横で眠っていたヴァーツラフがいないことに、少し焦ったかのようにウロウロし始めていた。 「ワンワン! ワンワンワンワン!」 相手を探すように吠えながら、キリエは自分のヘッドがあった部屋まで行くと、 そこでヴァーツラフが紅茶を片手に新聞を読んでいるのを発見し、猛ダッシュで駆け寄った。 「ワンワン、ワンワンワン!」 「おや、目が覚めましたか、キリエ? おはようございます。朝、起きたら横にいて、驚きましたよ」 頭を撫でてもらえは、キリエは嬉しそうに尻尾を振る。 先ほどまで淋しかったことを忘れてしまっているようにも見えてしまう。 「はやり、この部屋に1人にしておくのは淋しかったんですね。すみません、気づかなくて」 「ワンワン、ワンンワンワン!」 「今度はベッドを寝室に置いておきましょう。そうすれば、最初から淋しい想いをしなくて もいいですしね」 「ワンワン!」 本当に嬉しそうな顔を見ているうちに、ヴァーツラフもいつの間にか顔がほころんでしまう。 出来ることなら、このまま自分がずっと預かっていた気もしたのだが、 そうなると、本当の飼い主であるクレアの方が淋しくなってしまうと思い、 この考えを胸の奥へしまった。 「さ、ちょうど朝食も食べ終わりましたし、もう少ししたら、クレアとアベルのところへ行きましょう。 今日は確か、2人ともお休みだと言っていましたからね。一緒に散歩でも行きましょうか」 「ワンワン!」 ヴァーツラフはそう言って、再び新聞に目を戻すと、キリエは彼が座っているソファに飛び乗り、 彼に凭れかかるように丸くなり、再び目を閉じた。 どうやら、まだ少し眠いらしい。 のどかで静かな朝が、ゆっくりと始まろうとしている。 だが一方では、騒々しい朝を迎えていたのだった。 クレアを起こしたのは、目覚し時計でも、アベルの優しい口づけでもなく、 「ワンワンワンワンワン!!」 「あー! トランディス君! そんな大声で吠えないで下さい! てか、あなた、リビングに戻るように言ったでしょう!!」 「ワンワンワンワンワン!」 「だから、黙って下さいって! クレアさん、朝は苦手な人なんですから……」 「……煩いよ、そこのド阿呆コンビ!!」 「ウゴッ!」 枕は確かに2つ飛ばされた。 が、当たったのはなぜかアベルだけで、トランディスはそれをうまく交わしたようだった。 「あ、お、おはようございます、クレアさん」 「『おはよう』も何もないわよ、全く。てか、何でここにトランディスがいるわけ? リビングのドア、閉めておいたはずよ」 「えっと、あの、それはですねえ……」 「まさかあなた、また勝手に食べ物物色していたんじゃないでしょうね!?」 「い、いえいえ、そんなことありませんよ! いくらリビングに隠しておいたクッキーがなかったからと言って、 お台所へ行っただなんてこと……、あ」 「やっぱ、勝手に物色していたんじゃないのよ、この大食い神父!!」 「ウガッ!」 この2人は、いつもこんな感じなのだろうか。 トランディスはそう思いながらも、その光景が面白いのか、 目が少し笑っていた(犬が笑うというのも、どういう意味かとも思うのだが)。 それにしても、光が強すぎる。 犬は犬でも、帝国の犬である。 太陽の光が苦手なのは、犬であろうと同じらしい。 トランディスはうまく目が開けれなく、思わずベッドの布団の中に潜り込んでしまった。 「ああ、ごめんなさい、トランディス。ここ、レースのカーテンしかないから、眩しいわよね」 「クレアさんが、夜に月の光が入る位置に窓を置きましたからね。 眩しくなるのも言うまでありませんよ」 「そうね。……ああ、そうそう。トランディス、昨夜アストから連絡が入って、 今日の夕方ぐらいに引き取りに来るそうよ」 アストの名前が出るなり、トランディスの耳だと思われる部分がピンと立ち、ピクピクと動き出した。 聞き慣れた名前がしたからか、それとも何かを恐れているのか、 体がかすかに震えているのが分かる。 「……よっぽど帝国で嫌なことがあったんですね、トランディス君」 「みたいねえ〜」 呆れながらも小さく欠伸をすると、クレアはまだ眠いのか、布団の中に潜り込もうとした。 が、それを阻止するかのように、外からまた別の泣き声が聞こえ、 少しイライラしたように起き上がった。 「本当、今日は朝から騒々しいわね」 「クレアさんは、休みの日はいつも寝過ぎてますから、ちょうどいいですよ。……おや」 「今度は何?」 「外にいるの、トレス君ですよ」 「トレス? ……あら、本当だわ。アベル、着替えて先に見に行ってくれる?」 「分かりました、って……、まだ寝るんですか、クレアさん?」 「あら、私が着替えているところ、見る気でいるの?」 「え、あ、いいえ、そんな滅相も! それじゃ私、部屋、出まーす♪」 手を振りながら、アベルが部屋を出て行くと、クレアはため息を1つつき、 ベッドから起き上がり、窓に向かって大きく伸びをした。 「さて、着替えますか。……あ」 両手を下ろしながら、クレアはベッドの片隅が膨らんでいるのを見て、 トランディスがまだ布団の中に潜っているのを思い出した。 ついでに彼も追い出すんだったとため息をつくが、とりあえず顔も隠れているわけだから、 そのまま放っておくことにした。 「ま、そのままだったらいっか」 クレアはそう呟き、トランディスに背中を向けたまま、 クローゼットを大きく開けたのだった。 |
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