時間はあっという間に過ぎ、アストと約束をした午後5:30になろうとしていた。

が、クレアもアストも時間に遅れるのが嫌いなため、

約束時間の5分前には、久々の再会を果たしていた。

 




 

「本当、トランディスが迷惑をかけてすまなんだ」

「いいのよ、アスト。ま、犬にも気分転換が必要だから、ちょうどよかったんじゃないかしら?」

「こやつは気分転換が多すぎて困る。どんなにド太い鎖を繋げても、

平気で契っていくから立ちが悪すぎるのじゃ」

 




 

 呆れながらも言うアストに、クレアは思わず苦笑してしまう。

だがそれ以上に気になることが1つあった。

 




 

「で、今回の原因は何なの? 単なる気分転換じゃないはずよ?」

「それが、余にも分からんのだ」

「分からない?」

「うむ。余は何もしていないはずじゃが……」

「そう言えば昨日、アストかミルカ様かと思って聞いたんだけど、反応なかったわね」

 




 

 クレアの推測が正しければ、彼の飼い主だと思われる存在が何かしでかしたのかと思っているのだが、

その下にいる立場であるアストには口が滑っても言えない。

言ってしまったら、いくらクレアであろうと容赦なく食いかかってくるであろう。

いつも愚痴を聞いてるのだから、食いかかってくるのにもだいぶ慣れて来たのだが。

 




 

「ま、とりあえず、あとでトランディスにでも問いただして……、何をしておる、そなたはー!!」

「ギャン!」

 




 

 ローマの街を歩く女性のスカートから覗かせる部分に

引かれるようにジーッと見つめるトランディスの頭に、

アストの強烈な拳骨が飛んだのは言うまでもなく、クレアも思わず苦笑してしまった。

やはり、彼も男である(どういう解釈なのであろうか)。

 




 

「それじゃ、余らはこれで。ナイトロード神父によろしく伝えおいてくれ」

「了解。帝国の皆さんによろしく。特に、ミルカ様にね」

「しかと伝えておく。――ほれ、トランディス、行くぞ!」

 




 

 さっきの攻撃が相当聞いたのか、トランディスは何も反抗することなく、

アストに引っ張られるようにしてクレアのそばから離れていった。

その姿を、クレアは少し苦笑しながら眺めていたのだった。

 






 

 

「全く、相変わらずなんだから、この1人と1匹は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれぐらい時間がかかっただろうか。

モルドヴァ公館に到着したアストは、すぐに館の主のもとへと向かった。

 




 

「キエフ候女オデッサ子爵アスタローシェ・アスラン、ただ今参上いたしました」

「おお、ご苦労じゃったのぅ、オデッサ子爵よ」

 




 

 トランディスの首輪を掴んだまま、

アストは部屋の奥手にいる人物――モルドヴァ公ミルカ・フォルトルナの前へ膝まつく。

その横でトランディスが、反抗するかのようにそっぽを向いている。

 




 

「おや、無事に戻ってきたというのに、嬉しくないのかえ、トランディスは?」

「い、いや! ただ、恥ずかしいであります! ……これ、トランディス! 

ちゃんと閣下の方を見ないか!」

 




 

 アストは軽くどっ突き――本当はもっと強くどっ突きたかっただろうが――、

無理やり顔をミルカの方へ向かせようとすると、

トランディスは呆れた表情を見せながら顔の方向を変えた。

 




 

「そんな顔をしなくてもよいぞ、トランディスよ。ここはそなたの館じゃ。ゆっくり休むとよい。

オデッサ子爵も、ご苦労じゃった。また時間がある時でも、遊んでやってくれないかえ?」

「もちろんでございます、閣下。では、これにて失礼いたします。……トランディス、

もうこれ以上、閣下に迷惑をかけるんでないぞ。よいな?」

「…………」

 




 

 アストの言葉が耳に入らないように黙っているトランディスに、

彼女は思わずどっ突きたくなったが、相手がこの館の飼い犬だということもあり、そうすることはなかった。

軽く相手を睨むと、その場から立ち上がり、ミルカに向けて一礼し、

彼女へ背を向けてその場から立ち去っていった。

 




 

「……さて、これからどうしたものか……」

 




 

 アストが退出したのを見届けた後、ミルカは自分の席から立ち上がり、

少し冷汗を掻きそうな顔をし続けるトランディスのもとへと歩み寄り、

その場にしゃがみ込んだ。

 




 

「『陛下とボール遊びが嫌になって逃げ出した』とも言えんしのぅ。どうやって陛下のもとへ戻そうか、

どうしたらよいものか、トランディス?」

 




 

 ミルカの発言は悩んでいるようにも見えるが、表情は逆に嬉しそうににこにこしている。

彼女の本心が解るからこそ、トランディスは怯えたように逃げ腰になっている。

 




 

「まあ、今夜はゆっくりここに留まるがよい。イオンも喜ぶであろうし。……そうそう、

また脱走されては困るから、そなたにこれを差し上げよう」

 




 

 そう言って取り出されたのは、先日までつけていたものより太く、がっしりとしている鎖だった。

それを見るなり、再びトランディスが逃げ出そうと方向を変えたが、

ミルカが首輪を掴んだ方が若干早く、バタバタと足をばたつかせることしか出来なかった。

 




 

「ほほう、そんなに喜んでくれるのかえ、トランディス? 嬉しいことじゃ」

 




 

 本心を知ってか知らぬか、ミルカの顔は先ほどよりも嬉しそうに、

いや、楽しそうに微笑むと、トランディスの首輪に手にしている鎖をしっかり取り付ける。

床に鎖の一部がじゃらりと音を立て、この鎖がどれだけ重いのか、想像がついた。

 




 

「ふむ、予想以上によく似合っておる。さて、どこに取り付けようか。……そうじゃ、

館の前で番犬でもさせてみようかのう。そなたなら、怪しい者も恐ろしくて中に入ることは不可能なはずじゃ」

 




 

 ミルカが満弁の笑みをこぼして言うと、その場に立ち上がり、

トランディスを館の表へ連れ出すかのように鎖を引っ張って歩き始めた。

一瞬、抵抗しようかと思ったトランディスだったが、あの意味深な微笑みでは反抗出来ず、

大人しく彼女の後を歩くしかなかった。

 






 

 

 今度脱出する時は、お忍びでやろう。

 可能か不可能か分からない結論を出し、

トランディスはモルドヴァ公館の前にうつぶせでしゃがみ込んだのだった。

















メッセの際に話が盛り上がってしまって作ってしまったワンコ企画。
その第1弾がこれでした。
書いていて、非常に楽しかったです。
特にトレスとドゥオのキリエちゃん争奪戦が(え)。


ちなみに犬種は以下の通り。

キリエちゃん:チワワ
トランディス:シベリアンハスキー(目は勿論青で)
イクス兄弟:ドーベルマン


こんなことを思いながら読むのも面白いかもしれませんね。





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