「局長〜、例の資料、出来たか〜……、ん?」




 いつもと変わらない口調でペテロの部屋に入って来たのは、

 昼をちょうど過ぎたころだった。



 いつもなら、サボり気味なペテロの尻を叩きながら、

 近くにあるソファにどかっと座って、

パウラがペテロのために淹れた紅茶を勝手に啜るのだが、

今日は何かが違っていたのだ。



 ペテロはいつもと変わらず、自分の机に座っている。

 それはいい。

 問題なのは、彼の目の前にいる人物の存在だった。




「き、き、き、貴様は〜!!」

「……本当にここにいたのね、……」




 同様、彼女の標的にされようとしている人物も、

 相手の顔を見て、思わず顔をしかめてしまった。

 いや、半分苦笑していると言ってもおかしくないだろう。




「何で貴様がここにいるんだ、インチキ大尉!!」

「私がいつインチキしたっていうのよー!!」

「ま、まあ、2人とも落ち着くのだ。ここは局長室だ。某の部屋だぞ?」

「「局長(ペテロ)は黙ってろ(なさい)!!」」




 男であるペテロがタジタジになるぐらい、この2人の火花はすざましかった。

 何が原因で、こんな状況を招いているのか、全く分からない。




「あなたが異端審問官になったって噂は聞いていたけど、本当だったのね」

「あんたこそ、その格好からして、マジで僕の敵になったらしいな」

「あら、いつ私はあなたの敵になったのかしら?」

「あの時に会った時点で、もう僕の中では敵になっている!」




 一体、何の話をしているのであろうか。

 部屋の主であるペテロは意味も分からず、ただ呆然とするだけだった。

 いや、この状況が長く続いては困る。

 とっとと目の前にいる尼僧に、必要な資料にサインをして渡して退室してもらい、

 平穏を取り戻さなくては。




「シ、シスター・、ちゃんとサインをしたぞ。マタイに、しかと渡してくれ」

「ありがとう、ペテロ。それにしても、こんな暴れん坊な部下がいたら、あなたも大変でしょうね」

「俺……、いや、僕がいつ暴れん坊だと言った!」

「そうやって、言ったことを繰り返す時点で認めたようなものよ」

「ぐっ……!」




 また自分は、ここで負けてしまうのであろうか。

 の脳裏に、ふとそんなことが浮かび上がった。

 だが、ここで負けるわけにはいかない。負けてはならないのだ。

 ましてや、今じゃ相手は宿敵である派遣執行官だ。

 余計、ここで立ち下がるわけにはいかない。




「こうなったら、僕と勝負しろ、派遣執行官!」

「そうしたいのもやまやまだけど、私、これから用事があるの」

「僕と勝負するより、そっちを優先するというのか? ふふん、そんなに僕のことが怖いってことか」

「あら、それじゃ、私の変わりに、このファイルをマタイのところへ届けてくれると言うのかしら?」

「そんなの、お安い御用……って、マタイ!?」

「そ。私、どうもあの人、駄目なのよ。あなたが届けてくれるんなら、手間が省けて嬉しいわ」




 また、自分は負けようとしている。

 いや、腹黒神父へ資料を届けることぐらい、どうってことないはずだ。

 そう、どうってこと……。




「じゃあ、簡単にすむ勝負ならいいだろ?」

「簡単にすむ勝負? 何よ、それ?」

「それは……、ああ、あった! これだよ、これ! これで勝負しよう!」




 そう言って、が手にしたのは、

ソファの前にあるテーブルの上にあったトランプだった。




……、あなた、何を言い出すかと思えば……」

「何、冷めたような表情してるんだ? ははあ、さてはトランプが苦手だな?」

「苦手も何も、トランプで勝負ってどうなのよ……」




 自分のとの勝負なのだから、

そんな手短にあるもので勝敗を決めるようなことはしないだろうと腹を括っていたのだが、

 まさか本当に手短にある、しかも誰でも出来るトランプになるとは思ってもいなかったため、

はただ呆れるしかなかった。



 でも、これで勝てば、自分はここから退散出来るのであればやるしかない。




「……分かったわ。その勝負、受けましょう」

「よし! それじゃ、オールド・マイドで勝負しようぜ」

「オールド・マイドって……、ババ抜きってこと?」

「そう。誰でも分かるし、決着がつきやすいしね」




 確かにババ抜きなら、ルールを説明する必要もないし、すぐに勝敗が決まる。

 だが異端審問官と派遣執行官が、そんな単純なゲームで勝負するのはどうであろうか。

 はそう思いながらも、変更する権利がないことが分かっていたため、

 ここは素直に従うことにした。




「分かったわ、それで行きましょう。……でも2人でやっては、少々つまらなくならない?」

「心配するな。そのために局長がいるんだから」

「ああ、そうだな……って、某もやるのか!?」

「当然だろ? 1人だけ逃げるような真似はさせないよ」




 どことなくきらりと輝く目に、ペテロは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

 これは、そう簡単には逃げることは不可能なようだ。




「それじゃ、始める前に、交換条件を取り付けなきゃな」

「交換条件? 何よ、それ?」

「簡単さ。負けた方が、勝った方が欲しい情報を提供するんだ」

「……それって、どれぐらいの範囲の話なの?」

「どれぐらいとも。もし何なら、あんたの上司が隠している情報、とかにする? 

僕としてはどうでもいいことだけどさ」




 冗談に聞こえないの言葉に、の表情が一瞬強張った。

 が、相手としてはそんなこと、特に気にしていない様子だった。




「それじゃ、早速始めようか。……ほら、局長もここに座って」

「うっ、あ、ああ」

「あんた、何か飲み物淹れてよ。3人分ね」

「勝負を挑む相手に頼んでどうするのよ……」




 少し文句を言いながらも、は近くにあるポットで紅茶を沸かし始め、

 その間に、ソファにどかっと座ったが、手際よくトランプを切り始めた。

 その斜め左側にペテロが座った時、が3人分の紅茶を持って、

 1つずつソファの前にあるローテーブルに置いていった。




「おっ、来た来た。……ふーん、やれば出来るんじゃん」

「その言葉は禁句よ、……」




 紅茶集めが趣味なにとって、まさにその言葉は厳禁だった。

 だが相手はそんなこと知らずに、再びトランプを切り混ぜ始めた。



 しばらくすると、手元に持っているトランプを3つに分けると、

 3人はそれぞれの山を取り、手元で広げ始めた。

 同じ数字のものを丁寧に取り除いて、誰にも見えないようにしっかりと隠す。




「そんじゃ、始めようっか!」






 そのの言葉と同時に、

 史上最強に簡単な勝負が幕を切ったのだった。

















「……おや、珍しい光景ですね」




 マタイが局長室に顔を出した時、が1枚、は2枚で、

 ペテロはすでに持ち札がなくなっていた。

 正確に言えば、彼の最後の1枚をが取ったため、

 必然的に先にあがったのだった。




「あなたがこんなところで、異端審問官と仲良くトランプで遊ぶだなんて、明日は嵐でしょうかね、

シスター・?」

「ペテロ経由であなたに頼まれた資料を渡しに行こうとしたら、お仲間さんに捕まったのよ」

「それはそれは、また厄介な方に捕まったものですね」

「同情している暇があったら、とっとと頼まれた資料とやらを受け取って退散しろ、マタイ」




 いたって冷静なとは逆に、勝敗が決まるとあって集中しているが、

 テーブルに置き去りにされていた黒いファイルを勝手にマタイに突きつけ、

 邪魔者を追い出すかのように、右掌を上下に振った。




「はいはい、分かりました。……ああ、このことでしたか。了解しました、シスター・

ここまでご足労して下さって、ありがとうございました」

「いいえ、どういたしまして。……さ、私の用も済んだことだし、早く決着つけてくれないかしら?」

「だったら、少し黙ってろって」




 の右人差し指が、が持つ2枚のカードを口語に指差していく。

 透視する力などないのだから、勘を頼りにして、どちらか1つに絞るしか方法はない。




「ふむ、なかなかいい勝負をしていますね。……何か、策でもあるんですか、シスター・?」

「そんなものないわよ……って、勝手に人の肩に触るのはやめなさい、このセクハラ修道士!!




 いつの間にか自分の背後に回っていたマタイに、

 は驚きながらも、鋭い突っ込みを入れる。

 そんな彼女の行動が嬉しかったのか、マタイはくすくすと笑い、

 手にした資料を持って、扉へ向かって歩き始めた。




「ま、お互いに頑張って下さい。結果、楽しみにしていますよ」

「楽しみにしてなくてもいいから、とっとと退散しなさい」

「そうだそうだ。お前がここにいると、イライラしてくる」

「はいはい。それじゃ、失礼します」




 マタイが部屋を出て行く姿を見ながら、ペテロはふと感じたことがある。

 それはここまで来て、ようやく目の前にいる女性陣が同意見を述べたことだ。

 だが相手は、そのことに気づいていないらしく、

 とっとと勝負を決めてしまいたいと、

 生死を賭けたかのような真剣な顔をしたは沈黙を続けた。



 だが、数分後――。




「よし! こいつだー!!」




 そう叫びながら、の手元から、1枚のカードをめくった。

 そして、そこに現れたのは――。



 幸運のスペードのエースだった。




「やったー! 僕の勝ちだー!!」

「おおっ! よくやったぞ、シスター・!!」




 と一緒になって喜ぶペテロの表情には、何故か安堵の色が見え、

 まるで牢屋から解放されたかのように華やかになっていた。

 これで、ようやくここから脱出出来ると思ったからであろう。




「さあ、約束を果たしてもらうぞ、派遣執行官よ」

「いいわよ、。交換条件ですものね」




 負けたとは言えど、どこかほっとしているように見えるが少し気に食わなかったが、

 そんなことより、以前から聞きたかったことが聞けると思えばどうでもよかった。




「僕が聞きたいことっていうのは、あのミラノ公の番犬、トレス・イクスのことさ」

「トレスのこと?」

「そう。同じ派遣執行官なら、ヤツの弱点の1つや2つ、知ってるんじゃないかと思ってね」




 まるで、何かが登場するのを楽しみにしているかのように、

 の目はきらきらと輝いてた。

 その目を見ながら、は1つため息をつき、体を前に屈ませた。




「……分かったわ。ここでしか言わないから、聞き漏らさないようにね」

「そうこなくっちゃ♪」




 の目は真剣で、の目をしっかりと捉えて離そうとしない。

 その視線を、もじっと見つめている。




「トレスの弱点。それは……」




 これでようやく、番犬対策が出来る。

 は自分の鼓動が早くなっていくのを感じながらも、

 それを押さえることなく息を呑んだ。










 「それは……、ないわよ







 「……………………はっ??」




 あまりにも呆気ない答えに、は声が出て来なかった。

 その場に固まって、ピクリとも動こうとしない。




「さて、用も無事に済んだから、私はそろそろ“剣の館”に戻るわ。長居してごめんなさいね、ペテロ」

「あ、ああ。こちらこそ、つき合わせてしまって悪かった」

「いえいえ」




 ようやく解放されたかのように、は大きく伸びをすると、

 スクッとその場から立ち上がり、ペテロに手を振って扉の奥へと消えていった。

 その閉まる音に反応してか、の硬直していた体が動き出し、

 勢いよく扉の方へ振り返った。







「この僕をからかいやがって……、許さねえぞ、あの腹黒シスターーーー!!!

「お、落ち着かんか、シスター・! メディチ猊下に聞かれたらどうするつもりだ!?」

「猪は黙ってろー!!」







 の叫び声は、局長室を飛び出し、

教皇庁全体に広がっていくのではないかと思わせるほど大きかった。











【おまけ】

「私をどこかの腹黒修道士と一緒にしないでーーー!!!」 by 

















共演夢でした。
が、こんな阿呆全開な話でよかったのでしょうか(滝汗)?
しかもこれ、本業の昼休みに浮かんだんですよね。
何やってんだか(汗)。

は、昔に少し面識があったので、
最初のような話の展開になりました。
2人とも、再会するのは本当に何年ぶりです。
お互いに、いい思い出はないみたいですけどね……(汗)。





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