「寒っ……」




 最初は平気だったが、冷たい風が吹き始め、体が徐々に冷たくなっていく。

コートも何も着てないため、ここで頼りになるのはケープのみだ。




「そろそろ中に入らないと……」




 がその場に立ち上がったその時、屋上の扉が開く音がして、その方向へ目を注いだ。



 ゆっくりと開かれた扉から、どことなく心配そうな顔をした神父の姿が現れる。

生まれながらにして持っている冬の湖色の瞳が、に優しく向けられ、思わず胸元から弾ける音がした。




「こんなに長い間外にいたら、風邪引きますよ」




 手にしているストールを肩にそっとかけ、そのまま強く抱きしめる。

ストールの温もりと彼の温もりが、冷たく冷え切ったの体を優しく包み込んでいく。




「こんなに冷たくなって……。体が丈夫なのは知っていますけど、それでもこの寒さに耐えるのは大変だったでしょう」




 耳元から流れる声が、の体中に響き渡る。

優しくて、でもどこか心配しているその声に、彼女はゆっくりと目を閉じた。




「……ありがとう、アベル。本当……、ありがとう」

「お礼を言うなら、“教授”とアントニオさんにして下さい。ここに行くように言ったのは、彼らですから」

「でも、それよりも先に気にしてくれてたんでしょ? そうじゃなかったら、こんな風に抱きしめたりなんてしないよ」




 やはり、彼女には隠し事は出来ない。

アベルは少し苦笑してからを離し、頬にそっと触れた。




「気分は、よくなりましたか?」

「お陰様で。ごめん。迷惑、かけちゃって」

「クリスタさんの薔薇の香水、そんなにきつかったですか?」

「あの人、クリスタって言うのね? ……まぁ、きつかったと言えば、きつかったんだけど……、

何て言うんだろう? 今まで嗅いたことがない香りだから、表現するのがちょっと難しいくて……」




 クリスタと名乗る貴婦人を、疑うわけにはいかない。

は必死になって言葉を飲み込むが、それもどこまで隠し通せるかが問題だ。




「で、彼女、何だったの?」

「ああ、そうそう。お名前がアンハルト伯爵夫人クリスタさんと言いまして……」




 アベルは今までの話し合いの結果を、丁寧にへ説明し始めた。

新教皇庁と行動を共にしているクリスタの夫が彼女に託した手紙のこと、

そしてそれに、彼がタリンにいることが書かれていたこと。

そしてもしかしたら、そこに“智天使”がいるかもしれないということ……。

その1つ1つを、は真剣に聞いていた。




「なるほど。で、アベルはどっちを選んだの?」

「もちろん、タリンに行く方を選びました。きっとさんも、そっちを選ぶのではないかと思って」

「ご名答よ。私もタリンに行って、少ない可能性に賭けていいと思う。“智天使”に会えれば文句はないけど、

もし会えなくても、最低限アルフォンソだけでも捕らえたいからね」

「そうですよね。よかった、意見が同じで」

「当たり前よ。私達、意見が合わなかったことなんて、今までにあった?」

「ありましたよ。ほら、この前も、ショートケーキとレアチーズケーキで意見が分かれたじゃないですか」

「そういう意味じゃなくてぇ……」



 呆れたような顔をしたを、アベルは笑顔でそれを返している。

どうやらいつもの調子を取り戻したと確信したらしい。




「ま、それは横に置いといて……、そろそろ戻りませんか?」

「そうね。あ、ここだけの話なんだけど、フェリーが一応、ガード貼ってくれるみたいなの。

だから出来るだけ、香水のことは話題に出さないで。もちろん、本人にはちゃんと謝るわ」

「分かりました。それじゃ、行きましょうか」

「うん。……アベル」

「はい?」

「手……、握って、くれる?」

「いいですよ」




 差し出された手をしっかり握って、はその場から立ち上がった。

途中、寒くてなのか、アベルがくしゃみをしたので、自分だけ温かくなるのは不公平だと思い、半分彼の肩にかけた。

最初は遠慮していたのだが、「私が許さないから」というの発言に負け、ストールの中に潜り込んだのだった。








 冬の風が、2人にそっと吹き付ける。

 けどそれは、決して寒さを感じることなく、2人は屋上をあとにしたのだった。










今回、書く予定はなかったのに書いてしまいました(汗)。
しかも、RAM3の「FLY HIGH」と似たような展開。
駄目じゃん、私。駄目駄目じゃん(大汗)。


でも何か、寒い日にこうやって抱きしめてもらいたいなぁなんて、思ってしまうんですよね。
……やばい、妄想の渦がグルグル回り始めたわ(爆)。





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