「全く、本当、心底ビックリしたわよ、もう」
「お騒がせしてしまって、すみませんでした」


 数分後、無事に新教皇庁の信徒達は確保され、他のギャングもすぐに市警によって逮捕された。
 アントニオも無事なようで、今、他の神父から温かな紅茶を頂いているところだった。


「それにしても、僧衣(カソック)はどうしたの?」
「それが、銃攻撃を大量に受けて、ボロボロになってしまい、その上ドブにまではまってしまったので、
泣く泣く廃墟したんです。せっかくの新品(オニュー)の夏服が台無しですよ、これじゃ。トホホ……」
「……すんごく大変だったのね、アベル」
「本当、大変だったんですよぉ」


 泣き言を言うのはいつものことだが、今回は本物の、正真正銘な泣き言だった。
 しかしそれを想像したも、彼がこういう理由が身にしみて分かったらしく、あえて今回は突っ込まなかった。


「で、例のリストの居所は分かったの?」
「それが、全然教えてくれないんです。彼自身はここにあると言ったのですが、どうやらそのリストは違うらしくて」
「そいつは困ったわね。何とかして、相手より先にリストを見つけないと、厄介なことになるわ」


 ここは、直接本人に接触するしかない。
 そう決意したは、アベルの側から離れ、アントニオが座っている椅子の近くまでやって来た。
 どうやら、相手はいたって落ち着いているようだ。


「大分落ち着いたようですね、公子?」
「ボクは最初から落ち着いているヨ、シスター……」
です。
「ああ、そうだった、


(初対面で、許可なく名前だけかい……)

 本当は当人に向かって突っ込みたかったが、相手がバレンシア公のご子息ということもあって、咳払い1つで抑えた。


「で、早速なのですが……、例のリストはどこにあるんですか? ナイトロード神父にも、まだおっしゃっていないようですが」
「ああ、それね。それなら、もうとっくに焼いちゃったよ」
「……はっ?」


 アントニオの答えに、の目が思わず点になってしまう。
 一体、どういう意味なのだろうか?


「あの、公子? もし焼いてしまったのなら、どうしてスフォルツァ枢機卿に保護を要請したのですか?」
「それは簡単だヨ、。……リストはすべて、ここに入っているんダ」


 少し不思議そうな顔で問い掛けるに、アントニオは笑顔で自分の頭を指差した。
 それを見て、はハッとしたように相手の顔を見た。


「まさか……、記憶したっていうんじゃないでしょうね!?」
「そのまさか、だヨ。よかった、分かってくれる人デ。
アベル君に言っても、きっと冗談か何かだと思ってしまうだろうから、いえなかったんだよネ」


 この男……、人をなめている。
 の頭に、その言葉がすぐに浮かび上がった。
 もし相手がお偉い人じゃなければ、ここでおもいっきり突っ込んでいるところだ。
 いや、突っ込むどころじゃ収まらない。
 銃を傾け、乱れ撃ちしたに違いない。


「どうしたんだい、? そんな顔をしちゃって」
「……いいえ、何でもありません。とにかく、本日はお疲れでしょう。ゆっくりお休みになって下さい、公子」
「うん、そうするヨ。あ、そうダ。今度、一緒にデートしない? すごく雰囲気がいいバーが……」
「行きません! お断りします!!」


 は少しキレたように答えると、彼に背を向けて、スタスタと去っていった。
 その姿は、本当にイライラしているようで、下手したら暴走しそうな勢いだった。


「シスター・、ここの処理は……」
「適当にやって、とっとと撤収! いいわね!!」
「は、はい!!」


 たまたま彼女に近づいた神父に向かって、が少し強く支持を出すと、
 相手はそんなの状況に焦りながらも答え、すぐにその場に去っていった。
 被害に合わせたのはまずかったと思ったが、その時の彼女には、謝罪する力すら起こっていなかった。



(もうこうなったら、今日は久し振りに飲んでやる!!)

 心の中でそう宣言したなのであった。




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「頭痛〜い〜〜!!」
「これだから、ほどほどにして下さいって言ったのに。飲んだの、久し振りでしょう?」
「疲れも一緒に来たのよ。本当、かなり参ったわ」


 アルコールは、もともと強い方だ。
 ウィスキーなら、平気でボトル1本は飲んでしまう。
 しかし、しばらく飲んでいなかったのと、アントニオの苛立ちのせいか、は何年ぶりかの二日酔いになってしまっていた。
 外部の怪我などは治せる彼女でも、内部の病気を治すことは至難の業。
 だったら、このままほっといた方がいいと考え、特に何もしていなかった。


「でも巧い手だね、それは」
「そう? 私としては、かなりムカついたんだけど」
「私も、最後まで人を馬鹿にした話だと思いましたよ」
「だってそれなら、枢機卿達も今後、彼をないがしろに扱えなくなる。名簿をそのままにしておけば、
取り上げられてそれでおしまい。しかし、自分の頭の中に移しておけば、安心だし、
いつまでもローマではVIP待遇を受けることが出来る。……うん、いい手だよ」


 長官執務室への廊下で一緒になった“教授”が納得しながら言うが、
 とアベルには納得がいかないようで、少し呆れたように彼の顔を見ていた。


「でもま、相手はケルン大学きっての天才と呼ばれてた人だから、いい手と言えば、いい手なのかもしれないわね」
「え? あの人、そんな風に呼ばれてるんですか?」
「あら? 知らなかったの、アベル?」
「バレンシア公子アントニオ・ボルジアと言えば、23歳で7つの博士号を持っている天才だよ。
うちの大学でも政治学部の教授職を用意しているほどさ」
「そう言えば、そんなこと言っていたわね。確か、いつでも就職出来るように、枠を確保しているんでしょ?」
「然り。ま、あとは公子次第だがね」
「……へえ、あの人がねえ」


 アベルが意外そうにそう言うと、は最初にそのことを聞いた時のことを思い出した。
 その時は本人に会ったわけでもないから、きっとすごく優しく、信頼される教授になるんじゃないかなぁと思っていた。
 しかし今では、そのような考えがなくなっていた。

 ま、もう彼に会うこともないし、かかわりたくもない。
 この頭痛を引き起こすぐらいに苛立つのは、これで最後にしてしまいたい。
 そう、心のそこから願っていた。


「それより、ウィル。あなた、また眠ってないでしょ? 顔色があまりよくないわ」
「そうなんだよ、全くたまらんよ! こんあことなら、まだ人買いども相手の方が、気が休まったね。
ナイトロード君が羨ましいよ。あの天才アントニオ・ボルジアの護衛! さぞや高尚で学術的な会話を楽しんでいたのだろうねえ?」
「…………」
「いや……、そんなこと出来るような状況じゃなかったと思うわよ」
「そうかね? そうなると、折角の機会を無駄にしたことになる、てことだな。勿体ないよ、2人とも」


 “教授”の言葉に、思わずアベルももうんざりそうな顔をすると、長官執務室の前に到着して、扉をノックした。


「アベル・ナイトロード、ならび、です。お召しにより参上いたしました」
「どうぞ。お入りなさい」


 アベルが扉を開けると、執務卓に座っていたカテリーナが悪戯っぽく笑っている。
 一体、何があったのだろうか?


「あら、ずいぶんと男前があがっていますね、ナイトロード神父。……ケルン出張は大変だったようですね?」
「はあ、いろいろな意味で」
「シスター・も、ご苦労様でした。撤収作業、スムーズに進んだそうですね? ……どこか、体調を崩しているのですか?」
「いえ、これは大したことないのでお気になさらず。……でも今回ばかりは、つくづく彼が可哀想だと思いました。
私が彼の代わりに行かなくてよかったと思うぐらいですから」


 アベルとが呆れたように言うが、相手は未だ、笑った顔を緩める気配がない。


「一番厄介だったのは、新教皇庁の連中なんかより、護衛してた当人でしたけどね……。
カテリーナさん、今後から危険物の輸送の時は、あらかじめそう言って下さいよ」
「私も同感ですわ、猊下。そうすれば、少し覚悟を決めて望めますし」
「危険物って、ひょっとして、ボルジア公子のこと? でも、公子の話だと、
ナイトロード神父とは随分と息のあったコンビだったそうではありませんか? ええっと、“魂(ココロ)の友”とかなんとか」
「そんなこと言っていたの、公子?」
「え? 知りませんよ、そんなこと。誰ですか、そんな愉快な寝言言ったのは? だいたい私と彼とは――」
「生死をともに交わした戦友、だろ、アベル君?」


 後ろから聞こえた声に、アベルの眼鏡が思わず零れ落ちそうな目玉をし、
 も目を点にしながら、声がした方を振り返ると……、
 そこには、もう会うこともないだろうと思っていた人物が、悠長にソファの上に座っていたのだった。


「ああ、ナイトロード神父とシスター・とはすでにお知り合いでしたね。“教授”には紹介しておきましょう」
 硬直したアベルとを楽しそうにみながら、カテリーナはソファに座っていた先客を“教授”紹介する。
「こちらは今度、教皇庁に入庁した新人司祭の……」
「アントニオ・ボルジアです。―――どォぞヨロシク、先輩方♪」



 ソファに座っていた人物――アントニオが立ち上がり、にこやかな笑顔で手を差し出す。
 “教授”はにこやかな笑みで彼の手を取って握手を交わしたが、その傍らでは、が頭を抱えてしゃがみ込んでいた。


「う゛〜! 頭痛が再発したぁ〜〜!!」
「そんな、私も痛くなりそうなんですから、ここは我慢して下さいよ!!」
「我慢だなんて、出来るほど軽いものじゃないんだから無理よ〜!! 本当、死にそう〜〜!!」



 頭を抱えながら壁に寄りかかり、その場にしゃがんでいるに説得しているアベルの姿を見て、
 影から笑い声が聞こえたのか聞こえなかったのか。
 それを知るのは、その場にいる者だけだった。









アントニオとの会話、本当に楽しかったです。
アベルのイライラを分けた結果がこうなった、ということで。

しかし、なぜこう、私が考えたキャラはみんな酒豪なのでしょうか(爆)?
特には、メインサイトと含めて、一番の酒豪ですね(ほとんどがワイン党なので)。
しかし今回は二日酔い。無理はよくありませんよ、さん(笑)。



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