国務聖省舎――通称“剣の間”の廊下を歩いていたは、目の前にいる1人のシスターが、浅黒い顔の男に絡まれているのを発見した。
 相手の男が誰なのかぐらい分かっている。こんなことをするのは1人しかいない。


「ここ何時まで? ペンテオンの近くに、無茶苦茶うまいレストランを知っているんだが……、ウゴッ!
「こんなところで、何、シスターをナンパしてどうするのよ、このスケベ神父!!」


 今日の日程表が書かれたファイルで男の頭を殴りつけると、相手は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

! てめえ、何しやがる!」
「こんなところで、変なことをするからいけないのよ! シスター・ロレッタ、ビックリしているじゃない!」
「お、ロレッタちゃんって言うのか。かわいい名前だなぁ」
<ぬぁにやってんですか、神父レオン!>


 長官執務室からケイトの立体映像が現れ、と挟み撃ち状態になる。
 それでもレオンは、一歩も引こうとしない。


「よぅ、ケイト。久しぶりだな。その後、元気だったかね?」
<“元気だったかね?”じゃありません! レオンさん、貴方、何やってるんですか、何を!>
「いや、2ヶ月ぶりの娑婆だし、こちらのお嬢さんに、街でもあんないしてもらおっかなと……」
「嘘ばっか。はい、さっさと入りなさい。全く、油断も隙もあったもんじゃないわ」
「へいへい」


 がノラ猫でも追い払うように執務室へ追いやると、彼女とケイトも続いて中に入ろうとした。
 しかし途中、何かを思い出したか、ケイトがきっとロレッタの方を振り返った。


<シスター・ロレッタ、これから打ち合わせがあります。人払いを願い。……それとあなた、ちゃんと手を洗っておいた方がよろしくてよ。
この人の半径3メートル以内に近づいたら、馬鹿でも妊娠してしまうという話です>
「俺は鮭かい……。またな、ロレッタちゃん」
<「“また”はありません(ないわよ)!」>


 ケイトとが見事にハモって言うと、レオンはにやにや笑いながら執務室に入っていった。

「おう、拳銃屋じゃねえか。ぶっ壊れたって聞いたが、もういいのか?」
「肯定――シスター・と“教授(プロフェッサー)”により改善されている。問題ない」
「相変わらず、は仕事馬鹿やっているわけだ」
「別に好きで仕事馬鹿になったわけじゃないわ」
「はたから見れば、そうなんだよ」


 自身、本当に自分が仕事馬鹿だとは思っていないのだが、どうしてこう、周りはそう言うのであろうかと不思議に思うぐらいだ。
 本人にして見れば、十分すぎるぐらい休んでいるのだが……。


「しかし、お前と拳銃屋がいるのに、この俺を別荘から呼び出したってことは……、ふふン、話がキチ臭くなって来たぜ。何かあった、ケイト?」
<まず、こちらをご覧いただけます?>


 レオンとがそれぞれソファーに座ると、ケイトが指を上げ、暗くなった部屋の壁にスライド写真が浮かび上がる。
 それは、“沈黙の声(サイレント・ノイズ)”によって破壊されたバルセロナだった。


「バルセロナか……。はン、話にゃ聞いてたが、酷いもんだ」
<これはさんが、ローマに戻る途中、飛行船の中から撮ったものです。この件については、もうご存知ですね。
その際、調査にあたっていた派遣執行官“クルースニク”が事件の実行犯と接触しました。
そのテロリストは、“クルースニク”にローマの破壊を予告したそうです>
「今回、トレスとレオンにはスフォルツァ猊化の護衛をするのと同時に、このテロの防止をしてもらうわ」
「お前はどうするんだ、?」
「私は別途で、スフォルツァ猊化の元につく予定よ」
「何だよ、それ?」
「シスター・は、アルフォンソ・デステ大司教の命により、今夜の終?式に参加することになっている」
<その通りです。なので、さんもそばにいますが、間接的にしか関わることがないので、二人でカテリーナ様の護衛をお願いしたいのです>


 本当は、も一緒にカテリーナの護衛をした方が都合いい。
 しかし、今回はアルフォンソ大司教の誘いであり、それは必然的に彼の護衛をすることに相当する。
 もちろんそれは、現聖下であるアレッサンドロ][世の護衛もすることにもなるため、彼女1人で2人の安全を任せられているのだ。
 こうなってしまうと、カテリーナまで目が行かない。そのために呼ばれたのが、トレスとレオンだったのだ。


「それより、ローマ崩壊ねえ……。はったりじゃねえの? “沈黙の声”とか言ったか? 
バルセロナの低周波兵器は、聖家族贖罪教会(サグラダ・ファミリア)の鐘を丸ごと使ったバカでかい代物だったって話じゃねえか。
んなもん、このローマのどこに隠すのよ?」
「それを探すのが我々の任務だ。――なお付け加えるなら、予告が虚偽である可能性は極めて低い。
情報が正しいなら、バルセロナのテロリストはヴェネツィア事件の実行犯と同一人物だ。極めて高い確率で、何らかの破壊活動が予想される」
「ほう」


 トレスが手元にある資料をめくりながら、詳細を説明していき、レオンが関心したような声を上げる。
 レオンもヴェネツィアの件は知っているし、その場に一緒にいたはもちろんのことだ。
 むしろ、かなり慎重になっていた。


「じゃ、早速済ませようかい。確かミラノ公は法王宮にいるんだっけな」
「それがレオン、今回の作戦活動に関して、スフォルツァ猊化から1つ注意があるの」
<現在、市内は都市警(グアールディア)と特務警察(カラピニエリ)が非常警戒中です。万が一にもそんなことはないと思いますが、
くれぐれも彼らとはぶつからないようにしてくださいまし>
「そういや、さっき、アルフォンソ大司教がどうのって言っていたが……、はて、どこかで聞いたな。……あ、思い出した。
教皇選出会議(コンクラーペ)で甥っ子に負けた情けねえオヤジだろ。でもあのオッサン、どっかの田舎でいじけてたんじゃなかったっけ?」
「言葉を慎みしみなさい、レオン」


 いたって冷静にレオンをたしなめたは、自分が持っている資料に再び目を通し始めた。
 そこには、彼がローマから離れてから行ってきたことが、事細かに書かれていた。

 アルフォンソ大司教がローマに戻ることを知ってから、彼女の頭には5年前のことが頭の中を駆け巡っていた。
 今回、大司教の誘いは嬉しいし、喜ばしいことだ。だがその場で、何も起こらないとは限らない。
 それが今回の任務のことだとしても、……いや、それだけはありえない。
 いくら何でも、“薔薇十字騎士団”と手を組むほど、彼は皮肉なことを考える人物ではない。
 このことは、考えないことにしよう。

 最初、票はアルフォンソの方が有利だった。
 しかし、その票を大きく変えたのは、前聖下の元護衛係をしていただった。
 いや、彼女は今まで、歴代の聖下の護衛をしていた身。
 彼女の意見に耳を傾けないものなど、あの場には誰一人いなかった。


『私は、スフォルツァ猊化、ならび、メディチ猊化と共に、グレゴリオの庶子であるアレッサンドロ][世を推薦します』


 あの時、自分が言った言葉が、重く熨しかかっていた。



「……で、負けた叔父貴は枢機卿を辞任して、ゲルマニクスの田舎(ケルン)に引っ込んだと。……要するに、拗ねちまったんだろ? 
かっこ悪いねえ」
「……彼をそんな風に言うのはやめてくれる、レオン?」
「だって、その通りじゃ……」
「いいから、やめなさい。……気に食わないわ」


 その言葉はとても尖っていて、普段のとは少し違ったように聞こえた。
 まるで、こうなった結果が自分のせいだと言いたそうだった。


<で、でも、このたび、5年ぶりにローマにお帰りになられてるんです。ようやく叔父・甥が仲直りされたわけでして……。そんなところで何かあったら大変でございましょう?>


 とレオンの間に流れた空気を変えるかのように、ケイトが少し焦ったように話す。
 は1つため息をつき、目の前にある資料をまた見始めた。


「……ま、俺らも警察と遊んでる暇なんてねえしな」


 レオンも少し諦めたように言うと、その場から立ち上がり、の頭を少しクシャッとした。
 それは、何だか謝っているように感じたのか、だけだろうか。


「……おう、ところで、そういや、あのへっぽこはどうした? 奴もこの任務についてんだろ?」
<いえ、それがその……>
「ローマにある、すべての教会を調べているのよ、アベルは」


 ケイトが言う前に、資料をパタンと閉じて、その場に立ち上がったが答えた。
 それは少し心配しているようでもあり、呆れているようにも見える。



「彼……、自分の力で、あの“沈黙の声(殺人兵器)”を見つけ出したいのよ、きっと」




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 トレスが運転する自動車が、サンタ・マリア・クローチェ教会の前で停車する。
プログラム「スクラクト」によると、どうやら探し人ここにいるらしい。


「あいつ、本気で全部見るつもりでいるのか?」
「今のアベルなら、なりかねないわね」
「まぁとりあえず、先に止めてみるしかねぇ。それからだ」
「了解」


 自動車を出て、修道院のベルを鳴らす。
 男子禁制の場所だが、女性聖職員であるがいることと、先ほどずかずかと入っていった神父を連れ返すことで条件を打った。

 奥から男の声と、修道院院長らしき初老の女性の声がする。
 3人は階段を登り、2つの声が聞こえるところまで進んでいく。


「時間がない。時間がないんだ。まだ調べていない鐘がこんなにある。……早く調べないと、ここもあの街みたいにある! そこを通して!」
「きゃあ!」


 荒々しく突き飛ばされ、床が倒れた院長の姿を見つけ、が急いで登ろうとした。
 が、レオンが彼女の肩に手を置き、それを阻止した。


「レオン!」
「ここは、俺とトレスで何とかする。行くぞ」
「了解」


 をその場に残して、2人はアベルを追って上へ登る。
 相手は目の前のことしか見えていないらしく、どんどん先に進んでいった。

 レオンとトレスが追いつくと、レオンがアベルの襟元を後ろからつかみ、そのまま後ろに引っ張った。
 アベルは1回転し、そのまま床に叩きつけられ、その間には、先ほど突き飛ばされた院長のもとへ行った。


「修道院長様、大丈夫ですか!?」
「え、ええ。私は大丈夫です」
「すぐに彼を追い出します。本当、ごめんなさい」


 が精一杯に彼女へ謝罪すると、彼女の手を取り、立ち上がらせた。
 一方、アベルを突き落としたレオンは、トレスとともに彼を見下ろしていた。
 そこに、も合流する。


「ここで何をしている、ナイトロード神父?」
「おいおい、しばらく見ねぇ間に随分とやさくれちまったなぁ、アベル」
「お願いだから、もうこれ以上、他人に迷惑を賭けさせたくないわ、全く」


 何も感情も籠らない氷のような声と、嗄れたダミ声よ、透明感のある声とが、無慈悲に響いた。











「OVERCOUT」です。
早速、レオンにおもいっきり突っ込んでます(笑)。
いや、あれぐらいの突っ込み、まだいい方です。
蹴りが入らなかった分、助かったね、レオン(笑)。

にとって、フランチェスコも「猊下」にあたります。
昔から、いろんな面でお世話になっていた方なので。
アレッサンドロを推薦する立場だったから、というのもありますけどね。


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