「おほ、来た来た♪」
レストランの一番奥ばった席に、百科事典なみの巨大なステーキとボウルに山盛りのサラダ、
普通のサイズのカルボナーラが運び込まれて来ると、レオンはサラダボウルを隣に譲り、勢いよくステーキを食べ始めた。
「ちょっとレオン、あなた、サラダ食べないっていうんじゃないわよね?」
「俺ぁ、昔から神父と生野菜は死ぬほど嫌いでね。食ってもいいぜ」
「体のバランスのため、食物繊維を取ることを要求する、ガルシア神父」
「トレスの言う通りよ。糖尿病になってもいいの?」
「肉食ったら、その分エネルギーで燃やしゃあいいんだよ。ちょろいもんだぜ」
ナイフで切り分けたステーキをほおばりながら、レオンがそう言い捨てる。
それを見た時、の目が光った。
「トレス、レオンの額と顎をつかんで、おもいっきり口開けさせて」
「了解した」
「はっ? お前、一体何す……、うがっ!」
トレスがガッシリ額と顎をおさえられ、なおかつそのまま掴まれ、レオンは1人あたふたする。
それを見ながら、はフォークでキュウリとレタス数枚をぶっ刺し、無理矢理レオンの口の中へ突っ込んだ。
「は〜い、レオンく〜ん。お野菜、ちゃ〜んと食べましょうねぇ〜♪」
「はひふんはよ、ふれあ、ほい(何すんだよ、、オイ)!」
口に野菜が入ったのを確認すると、トレスは手を離し、は満足して、自分で注文したカルボナーラを食べ始めた。
レオンは口に入ったものを出すわけにもいかず、気合で口の中を空にした。
「……は〜、苦しかったぜ〜。、今度何かあったら……」
「私、負けないわよ」
「うっ……」
の不適な笑みを見た瞬間、レオンは反抗出来なくなり、大人しく、しかし相変わらず豪快にステーキをほおばり出した。
これで一応、お相子になった。
こんなことが繰り広げられているのにも関わらず、アベルはずっと沈黙を続けていた。
俯き加減の彼の目はテーブルに向けられていたが、何も見えてないようだ。
周りも彼を半分笑わせようとやったことだっただけに、見かねたレオンは興ざめたように肩をすくめた。
「おいおい、何不幸の国から不幸を広めに来たようなツラしあがる……。遠慮するこたねえ、お前の奢りだ。とっとと食え」
「そうよ。今夜は厳重体制で行くんだから、力を蓄えなきゃ」
「ガルシア神父とシスター・の言う通りだ。法王宮への出頭時間まで、1800秒を切っている。
補給は可及速やかに済ませろ、ナイトロード神父」
「は大丈夫なのか? 準備しなきゃいけないんだろ?」
「少し遅れても平気よ。メディチ猊下がいらっしゃるんなら、急いで行く必要ないもの」
都市警と特警がいるのであれば、急いで彼の護衛に行く必要もない。
その上、今回は護衛とは言えど、アルフォンソから普通に招待されているのだから、客とあまり変わりない。
多少遅れても、さして何か言われる心配もないだろう。
「法王宮には24時間態勢で任務につく。栄養補給は、可能な限り行っておくことを推奨する」
「……きません」
「何?」
「私は行きません。私にはやらなきゃいけないことがたくさんある。……まだ調べてない鐘が、ほら、こんなにあるんです。全部調べるまで、行けません!」
「馬鹿か、てめえ。ローマに、一体いくつ教会があると思ってんだ? 金持ちの個人礼拝堂まで勘定したら、300や400じゃきかねえぞ」
「市内の金に関しては都市警と特警の合同調査がすでに実施されている。結果は全て陰性(ネガティブ)だった」
「それに、もし何かあったら、私のプログラム達がすぐに教えてくれるし、メディチ猊下だって、そのために都市警と特警を用意しているのだから」
3人がそれぞれに言っても、アベルにとっては関係のないことらしい。
聞いているようで聞いていないといった感じだ。
「以上を踏まえれば、ナイトロード神父、卿の調査は違法であるうえに、無駄だ。――なお補足しておく。法王宮の出頭はミラノ公の要請ではない。命令だ。卿に拒否権はない」
「だったら、やめますよ」
「やめる? 意味不明だ。街道の再入力を」
「やめますよ、Axも派遣執行官も……。それなら、いいでしょ?」
「……何ですって?」
「……それ以上の抗命発言は敵前逃亡とみなすぞ、ナイトロード神父」
「やめなさい、トレス」
服のホルダーに手を伸ばしたトレスを、横に座っていたが止めに入った。
しかも、かなり冷静に。
「こんなことで、そんな大きなの撃ち込んだら、周りの警官、全員を敵に回すことになるわよ」
1/3のカルボナーラを残し、布巾で口元を拭くと、彼女はアベルに静かに言い出した。
「アベル。あなたがAxをやめるのであるなら、私もAxを、やめなくてはならない」
「……え?」
の言葉に、アベルはもちろんのこと、レオンもトレスも驚いたような顔をする。
「な、お、おい! どうしてへっぽこがやめるのに、お前がやめないきゃいけないんだ!?」
「ガルシア神父の言う通りだ、シスター・。卿がナイトロード神父と一緒に止める確率は、0.01パーセント。
よって、卿はAxをやめる必要はない」
「でも、私は彼の“フローリスト”。アベルが残るのであれば残るし、やめるのであればやめる。それが、私と彼との関係なのよ」
“クルースニク”と“フローリスト”の関係性は深い。
はたから見れば、単なる恋人同士のようにしか見えないかもしれないが、事実、それよりも深い。
そのことが分からないレオンとトレスには、きっと理解するのが難しいことだろう。
だから、アベルがやめるのであれば、相手が最もな理由がない限り、やめなくてはならない。
しかし……。
「……でも、今の私は、Ax(あそこ)からやめるわけにはいかない。レオンやトレス、ケイト、それにスフォルツァ猊下を見捨てることは出来ない。
それにアベルだって、絶対にここでやめたら悔いが残るわ」
真剣な目つきで、アベルに言い放つ。
まるでアベルが、なぜやめるのか、分かっているかのように。
「とりあえず、私は先に自動車に戻って、今夜の予定の再確認をしているわ。出来るだけ、早く戻って来てね」
「お、おう。……」
「ん?」
「……おもいっきりやっていいか?」
「……ほどほどにね」
レオンが何を言いたいのか分かったらしく、は彼に許可を出すと、トレスから自動車の鍵を受け取って立ち上がって、店を出て行った。
その姿は、どことなく辛そうに見えたのは、気のせいだったであろうか?
しかし自動車の後部座席に乗り込もうとした時、それは一気に殺気へと変わっていった。
「……高見の見物ってやつ? ムカつくわ」
店内に、何かが転倒する音が響き渡ったのは、それから数分後のことだった。
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「ん? あの子、誰?」
はす向かいにカフェに座っている男の1人が、レストランから出てきた女性を指差して言う。
それを、向かいにいるケンプファーが答えた。
「ああ、彼女が例の人だよ、“人形使い(マリオネッテン・シュピーラー)”。きれいな人だろう?」
「本当だね。でも、イザークが忘れるだなんて珍しいね。ついにボケが始まったんじゃないの?」
「私はまだ、そんなに年ではない。だがなぜか、彼女の名前だけは思い出せないのだよ」
ヴェネツィアの時、彼は確かに伝言を与った。
ちゃんと覚えていたにも関わらず、当の本人の前に出ると、なぜか思い出せないのだ。
それも、目の前にいる若者にすら言うことが出来ない。
「何か、変に気になるね。『あの方』のこと、知っているんでしょ?」
「そうみたいだが、『あの方』は特に気になる人はいないと言っていた。ま、あまり真剣に考えることではない」
「だといいけど……」
心配しているかのように聞こえる発言だが、本人は真剣に心配などしていない。
自分も彼女に絶対に会わないわけではないのだから、その時にでも聞けばいいだけのこと。
そのため、彼自身はあまり気にしていなかった。逆に、彼は向かいのレストランで起こったことの方が気になるようだ。
「それより……、彼はかわいいね。君がいじめたくなるのも分かるよ、イザーク。顔は煮ていても、性格は『あの方』と大違い……。
だからムカつくんだろ?」
「“人生の半分はしごとであるが、残りの半分も仕事である”――ケストナー。私は仕事をしているだけだよ、“人形使い”。
私は私情で仕事はやらない。――仕事に私情を挟むことはあるかもしれないがね」
「というか、私情抜きのところはまだ見たことがないんだけど?」
しばらくして、向かいのレストランから、背の高い銀髪の神父が出て来て、力ない目でしばらくその場に突っ立っていた。
背中を丸めて人込みの中を歩き始めたが、早足の通行人に足を引っ掛けられたり、罵声をあびせかけられながら、何とか前へと進んでいっていた。
それを見た若者が、ケンプファーに呆れたように言う。
「あ〜あ、あんなに落ち込んじゃって……。イザーク、君、ちょっと苛め過ぎじゃないかい?
あれじゃあ覚醒(めざ)めるどころか、手首でも切りかねないよ」
「この仕事は私の仕事だ。オブサーバーの君にとやかく言われる筋合はない。……それに、彼を舐めることはお奨め出来ないね。
ああ見えても、彼は“神”だ。有史以来、我々人類が始めて接触する“神”の1人だ。……油断すれば、滅ぼされるのは我々の方だよ」
「あれが、“神”ね……。貧乏神かい? 僕にはただの人間か、それ以下に見えるんだけど?」
「人間には700万もの命は奪えない。世界を敵に回し、同肪を敵に回し、そして己すら敵に回すことは出来ない。そう、彼は……、彼は殺戮の神だ」
細葉巻(シガリオ)を灰皿に押し付けたケンプファーの手がかすかに震えていることに、“人形使い”は気づいた。
そしてそれが、今後起こることを、歓喜と狂気をはらんでいることにも気づいていた。
しかしこの時、“殺戮の神”よりも強い“天使”の存在に、
2人はまだ気づいていなかった。
ごめんなさい、ギャグ入れてしまいました(爆死)。
だって、サラダボウルを避けても、誰も突っ込んでいないんですもん。
思わず突っ込みたくなってしまったので、突っ込んでしまいました。
ごめんね、レオン。見逃してくれ〜。
そして、ディートリッヒも登場です。
実は、このシーンが一番てこずりました。
の名前などが浮かばないようにしないといけませんでしたからね。
無事にここまで書けてよかったです。本当、書けないかと思ったわ(汗)。
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