『ディートリッヒ・フォン・ローエングリューン。位階8=3(マギステル・テンプリ)、称号“人形使い(マリオネッテン・シュピーラー)”。
天才電脳調理師(プログラマー)であり、独自に発掘復元(サルページ)した生態繊維の“糸”を使って、
他者の肉体を我が物のように操ることが出来る。――という、プログラム〔スクラクト〕からの連絡です』
「そう。ありがと、フェリー。ごめんなさい、着替えながらになっちゃって。時間がなかったから」
『私は構いません、わが主よ』
教皇庁内“剣の間”には、派遣執行官の自室が用意されている。
にももちろん与えられており、彼女のコレクションの紅茶が棚に並べられている。
『それより、お体の調子はどうですか? 精神的に疲れているようですが』
「何とか持っているわ。これが終われば、少しは楽になると思うんだけど」
僧服をベッドに脱ぎ捨て、クローゼットの前にかけてある服に袖を通す。
大きなカフスのシャツのボタンをつけながらも、プログラム「フェリス」との会話は続く。
「私よりも、アベルの方が心配よ。レオンからの報告を聞いた限りだと、私が思っている以上に参っているみたいだし。
本当、このままAxをやめられたら、本気で困るわ」
『もし“あの者”がまだ生きているとしたら、貴方様の力が“戻る”まで、ここにいるのが安全です』
「その通りよ。……あ〜、ネクタイって、本当、縛るのが面倒くさいわ」
鏡の前でネクタイを縛りながら言うと、プログラム「フェリス」が微笑ましく見つめている。
その目はまるで、“母”を思わせるようなものだった。
『……たぶん、“クルースニク02”は大丈夫だと思われます』
「どうして?」
『貴方様がここにいないといけないのと同じで、あの方もここにいなくてはいけない身です。
自分がやめれば不利なのも、ちゃんと分かっているでしょうし。“フローリスト”にとって、“クルースニク”が必要なのと同じで、
“クルースニク”にも“フローリスト”が必要です。それを、あの方はしっかり理解していらっしゃるはずですから』
「……さすがフェリーね。カウンセラーになって正解よ」
プログラム「スクラクト」が教育係とるすのであれば、プログラム「フェリス」は精神状態・健康管理係だ。
そのため、を始めとしたAxメンバーの健康データをすべて把握しているためか、すぐに精神分析が出来るようになっていたのだった。
何とかネクタイを縛り終え、近くにある濃緑(カーキー)のリボンを取った。
しかし何か思い立ち、いつもと同じ黒いリボンを取り出した。
『いつもと同じものでよろしいのですか?』
「ええ。……もう昔には、戻れないから」
リボンを縛りながら言う姿は、どことなく淋しく見え、少し後悔しているようだった。
確かにアルフォンソは、“峻烈公(イル・フリオーン)”と呼ばれるほど、自分にも他人にも厳しかった。
聖職者達の不正にいかなる容赦もせず、世俗諸侯の不適に一片の慈悲も与えることなく、幾人もの高位聖職者が焼かれ、
いくつもの国が情け容赦なく攻め滅ぼされた。
しかし彼は、には異常なまでに優しく、それはまるで「父親」のような感覚さえ与えられていた。
そのこともあるため、は変に彼に逆らえられないのだ。
『……大丈夫です、わが主よ』
「え?」
『貴方様がそこまで心配する必要はございません。むしろそうなったおかげで、“クルースニク02”とともにいられる「時間」が増えたのですから』
「フェリー……」
『それに……、実は先ほど、プログラム〔スクラクト〕から―――』
<さん、支度、整いましたか?>
プログラム「フェリス」の言葉を遮るように、ケイトの立体映像が部屋に出現する。
<さん! 素敵じゃありませんか!>
「ありがと、ケイト。久々だと、少し引き締まるわね」
<そうですね。……あら? 今日は「フェリス」さんなんですね>
『お久しぶりです、“アイアンメイデン”。その後、お変わりありませんか?』
<神父様達が、毎度のこと手がかかることぐらいしかないですわね。――ああ、さん。アルフォンソ大司教がお見えになられたようですが>
「分かった、今行くわ。フェリー、スクルーに引き続きよろしくと伝えて」
「了解しました、わが主よ。――プログラム「フェリス」完全終了……、クリア」
は、プログラム「ザイン」を終了させると、電脳情報機(クロスケイグス)の電源を切り、
ハンガーにかかっていたコートを勢いよく羽織ったのだった。
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自動二輪車(モーターサイクル)を指定した場所に置き、は法王宮の中へと入っていく。
白いシャツに黒のネクタイ、濃緑(カーキー)のたくさんの金ボタンのロングコートに黒のパンツ、
そして黒のブーツといったスタイルのを、多くの人が不思議そうに見ていた。警備にあたっていた都市警達が最初は侵入者かと思っていたが、
左腕にある教皇庁の紋章である「ローマ十字(ローマン・クロス)」を見て、すぐに警戒を解いていった。
中にはすでにアルフォンソと、現聖下であるアレッサンドロ][世、フィレンツェ公フランチェスコ・メディチ枢機卿、
そして彼女の上司でもある、ミラノ公カテリーナ・スフォルツァ枢機卿がそろっていた。
「お久しぶりです、アルフォンソ大司教様。その後、お変わりはございませんか?」
「おお、これは殿! 今日は私の我が侭にお付き合いくださって、ありがとうございます」
「いいえ。私もお会い出来て光栄です、大司教様」
「そんな硬い呼び方はやめようじゃないですか、殿。昔のままで大丈夫ですよ」
「そうですか? それじゃ……、昔のようにお呼びますわ、アルフォンソ様」
彼女が「猊下」と呼ぶのは、カテリーナとフランチェスコのみ。
それ以外の人は、たとえ2人より上位の者でも「様」を使う。
それがたとえ、前聖下の弟であるアルフォンソとて同じである。
「お、お久しぶりです、シ、シスター・」
「お久しぶりです、聖下。お変わりございませんか?」
「は、はい。あ、あなたのことは、あ、あ、姉上から、き、聞いています」
「メディチ猊下も、お久しぶりです。最後にお会いしたのは、いつでしたかしら?」
「5年前の聖下の就任式以来だ、シスター・。今でも、お前をこちら側に入れれなかったことが悔やみきれないな」
「申し訳ございません、猊下。しかし私は、もとからスフォルツァ猊下に仕えていた者。彼女を裏切ることはしたくありませんでしたから」
当時、フランチェスコとカテリーナは、頭脳も力も優れているを取り合っていた。
しかし前聖下のグレゴリオの命があったため、フランチェスコが1歩下がるしかなかったのだ。
には、それよりも大きな理由でカテリーナを選んだ。
それはアベルも一緒に、カテリーナ側についたからだ。
彼の近くにいたいと思った彼女にとって、こんなに好都合なことはない。
そう思ったは、即行Axの登録名簿に名前を綴ったのだった。
しばらくして、アルフォンソとフランチェスコが国際情勢を語り始めると、は横でカテリーナが咳き込んでいるのに気づいた。
バルセロナの事件の処理でろくに寝てないせいか、少し風邪気味になっていたのだった。
「スフォルツァ−猊下、大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ、シスター・。心配しないで」
「ただでさえ、お疲れなのですから、無理をしないで下さい」
「ありがとう。……それより、昔はそういう格好をしていたのですね」
「そう言えば、この姿は初めて見るんでしたね。驚かれましたか?」
「ええ。けど、その姿もよく似合っています」
「ありがとうございます、猊下」
周りに人がいるため、2人は固い口調のまま話し続けていた。
変に親しい話し方をしては、周りに変に思われてしまうからだ。
「それより、警備の方はどうでしたか?」
「じきに、神父トレスと神父レオンも来ます。それに、ここにはメディチ猊下が用意された都市警と特警もいます。
なのでそんなに、目を鋭くする必要はありません」
「だと、いいのですが……」
「ミラノ公」
とカテリーナが話していると、近くで遠慮がちに呼びかける声がして、2人は声が聞こえた方に振り向くと、
そこにはトレスとレオンが、槍の穂先をきらめかせる斧槍衛兵(アラパルディエリ)の列の向こうにいたのだ。
「ナイトロード神父はどうしました、神父トレス?」
「……ここでは無線が使えません、猊下。今なら、アルフォンソ様もメディチ猊下と話し込んでいますから、席を外しても大丈夫です。
どうか、行ってください」
「ありがとう、シスター・。叔父様のこと、よろしくお願いします」
「了解しました」
「ちょっと私は外の空気を吸ってきます。……その間、叔父上の相手をお願いできる、アレク?」
「は、はい、姉上! お、お、お任せください」
「ありがとう……。がんばってね」
アレッサンドロの手を包むように握り、カテリーナはその場を離れて行く。
彼女に一礼する、アレッサンドロはいつもの口調で彼女に話しかけた。
「あ、姉上、す、すごく、つ、疲れているようでした。だ、だ、大丈夫でしょうか?」
やはり、勘付いていたか。いや、気づかない方がおかしかった。
それぐらい、カテリーナは疲れきっていたのだ。
「大丈夫ですよ、聖下。スフォルツァ猊下はお強い方です。それをよく知っているのは、聖下じゃなですか」
「そ、そうですが……」
「もし何かありましたら、私がすぐに参ります。なので聖下は、何も心配せず、ここにいてください」
「は、はい……。……シ、シスター・」
「はい?」
「……あ、ありがとう、ございます」
アレッサンドロに微笑んだ顔は、まるで「天使」のようで、どこか温かみがある笑顔だった。その笑顔に、彼は何だか、少し救われたような気分になっていた。
「ところで殿、今は派遣執行官として活動しているようですが……」
「え、あ、ええ。まあ、昔から遠出するのは好きですから。たまに、自動二輪車で任務地に向かう時もありますし。
あまりにも帰りが遅いと、スフォルツァ猊下にお叱りを受けてしまうのですが」
突然話しかけられて、一瞬と惑ったもの、すぐにアルフォンソの質問に笑顔で答える。彼女自信も、この場で事件を起こすためにはいかない。
もし起きたら、それは彼女の責任にもなる。
油断するわけにはいかない。
しばらくして、斧槍衛兵の元から、2人の神父がこちらに向かってやってくる。
その姿を見つけたが、少し不思議そうに問い掛ける。
「神父トレス、神父レオン、スフォルツァ猊下はどうしたの?」
「もう少し風にあたってから戻るとのことだ」
「他の派遣執行官を呼べるか聞いてみたが、どーやらどこも駄目らしいから、ここは2人で何とかすることになった。直接じゃないが、お前もいるしな」
「そう……」
“教授”はヒスパニア王国で人身売買シンジケートと戦争中。
ユーグはブリュージュの吸血鬼氏族丸ごと1つ相手取っているところだし、
ヴァーツラフはプラークで異端結社に盗まれた聖遺物の奪回作戦に入ったという報告を受けていたりと、
それぞれがそれぞれの任務を果たすので精一杯で、こっちの仕事まで任せられるほど空いている手はない。
はこのまま、アルフォンソとアレッサンドロの護衛をしなくてはいけないため、そう簡単に行動に移すことが出来ない。
「そうだ、。ミラノ公が、お前を呼んで来いって言われているが……」
「スフォルツァ猊下が?」
「聖下とアルフォンソ大司教の護衛は、俺とガルシア神父で続行する」
「……分かった。お願いするわね」
「任せておけって」
「速やかに帰還を要求する、シスター・」
レオンがを安心させるかのように手でサインを送ると、は彼とトレスに1つ頷き、アルフォンソの方に向いた。
「アルフォンソ様、少しだけ外の空気を吸いにいってもいいでしょうか?
サン・ピエトロ広場は、疲れた体を癒してくれる効果があると言われているようです。近頃、少々疲れ気味ですので、新鮮な力を浴びたいのですが」
「おお、もちろん、構いませんよ。ゆっくりしてきなさい」
「有り難きお言葉、感謝いたします」
はアルフォンソの前で一礼すると、速やかに出て行き、カテリーナがいるサン・ピエトロ広場へと向かった。
本当はもっと続くのですが、長すぎるのでここでカットしました。
下手したら、鐘を鳴らすシーンまで行きそうだったので(長すぎ!)。
の護衛服は、かなりの模索を繰り広げました。
最初の構造では、ダークグレーのシャツの黒ネクタイ、黒のロングコート、黒のパンツに黒ブーツでした。
しかしそれだと“騎士団”の服と変わらなくなってしまうため、即効却下されました(笑)。
でもこっちの方が、格好からするとかっこいいんですよね。
“騎士団”さえいなければ採用したのに、ちょっと悔しいです。キーッ(爆)!!
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