<結局、カテリーナ様は法王宮で謹慎、アベルさんは投獄。……でもって、お3人はおめおめと帰ってきたんですか!?>


 “剣の間”内の執務室でとトレス、レオンが待っていたのは、ケイトのお怒りの声だった。


「ごめんなさい、ケイト。私も止めようとしたんだけど、あの状況じゃどうしようもなかったのよ」
「そうだぜ、ケイト。拳銃屋はともかく、俺様なんてただのか弱い美青年じゃん? たった3人じゃ戦争はできねえよ」
「よしんば可能だったとしても、部外者のために戦闘行動を選択するつもりはない。いや、あそこでかりに引き渡し要求がなければ、
俺自身の手でナイトロードを消去(デリート)していた」
<そんな、アベルさんは仮にも同僚じゃないですか! そんな言い方、あんまりじゃありませんこと!?>
「そうよ、トレス! あなた、何考えてそんなこと言っているのよ!」
「ナイトロードは任務を拒否し、あまつさえ、上司に深刻な損害をもたらした。――消去に値する」
<そんな言い方って……!>


 トレスの発言を不快に思ったは、トレスにツカツカと攻め込んで、半分怒りを込めて言う。

「あのね、トレス、アベルはやめるとは言ったけど、あれは彼の本当の考えなんかじゃないわ。あの時の彼の精神状態なら、
そんな言葉が出てきても当たり前でしょ!? 何で分からないのよ!」
「まあまあ、落ち着きたまいよ、御両人。今は悠長に喧嘩している場合じゃないだろ?」


 ソファーから立ち上がったレオンが、とトレスの間に割って入る。
 それにより、一時的にだが、2人の言い争いは止められた。
 しかし、いつ再開されるか分からない。
 自身、さっきからトレスの発言に苛立ちを隠せないでいたからだ。


「それより今後のことだ。実際、どうするよ? ミラノ公があんなことになっちまって、いよいよ二進も三進も出来なくなっちまった」
「……ご丁寧に監視までついているしね」


 ブラインドの隙間から道路を見回すと、都市警が道路の角に止まっていて、向かいの建物の屋根には、
 特務警察(カラビニエリ)か異端審問局の連中がいる。


「こりゃ、VIPなみの待遇だな。ルームサービスでも頼んでみるか?」
<身内の感心だなんて、なんて方々。……あら?>
「どうしたの、ケイト?」
<外部から入電中。……これ、緊急入電ですね。全く、この忙しいのに、もう!>


 ケイトがぶつくさと文句を言いながら、慌しく姿を消すと、はトレスが何かを読んでいるのを見つけた。

「トレス、さっきから何読んでいるの?」
「ケルン大司教管区の調査記録だ。――情報部から調達してきた」
「ケルン大司教区の? もしかして、アルフォンソ大司教のことを調べているの?」
「肯定」
「アルフォンソって……、あのオッサンはシロだろ? さっき、お前も見たじゃねえか」
「肯定。だが、“クルースニク”は彼を疑っていた。何らかの根拠があったはずだ」
「そう言えば、さっき着替えの時、フェリーが何か言いかけていたような気が……」
「フェリーって、プログラム『フェリス』か?」
「うん。……よし、コンタクトを取ってみよう」
「卿の協力、感謝する、シスター・


 彼女はロングコートの内ポケットにしまっていた小型電脳情報機(サブクロスケイグス)を取り出すと、
 電源を入れ、手馴れたようにキーボードを打ち込んでいった。
 しかし、途中でふと気づき、最初に打ち込んだプログラムを全て消し、もう一度打ち直した。

 確か先ほど、プログラム「フェリス」は、プログラム「スクラクト」からの報告をに伝えようとしていた。
 ならば直接、「彼」に聞いた方が早い。
 の手は、ものすごい勢いでプログラムを打ち込んでいった。


「お前ってさ、腱鞘炎とかになったことないか?」
「最初はきつかったけど、慣れてくるとどうでもよくなって来たわ。ま、だいたいそんなもんよ。――プログラム『スクラクト』、私の声が聞こえますか?」
『聞こえている、わが主よ。……ん? 今回は、“ダンディライオン”と“ガンスリンガー”が一緒か』
「会うのは久し振りだな、スクラクト。元気だったか?」
『特にバグもなく、順調にいっている』


 プログラム「スクラクト」と連絡を取りつつも、彼女はトレスが、自ら進んでケルン大司教区のデータを調べている姿を見て、
 思わず口が緩んでしまった。
 そしてそれは、レオンも同じようだった。


「……何を笑っている、“ダンディライオン”、“フローリスト”?」
「いや、何のかんのとお前、あいつを心配しているじゃん――いい奴だ」
「本当よ。私もさっきまで苛立っていたけど、一気にどっかへ行ったわ」
「否定――卿達の発言は理解不能だ。再入力を要求する」
「照れんなよ」
「照れる? 卿の発言意図は理解不能だ。再入力を――」
<大変です!>


 急に聞こえるケイトの声に、一瞬周りがビックリしたが、それ以上に危うくレオンのくろげた胸元に顔を突っ込みかけたけケイトの方がビックリしていた。

<ひいっ!>
「失敬だな、君わ! 俺の胸毛がそんなに嫌いか!」
<ちょ、ちょっと吐き気が……、あ、いや、そんなくだらない話をしている場合じゃありません!>
「俺の胸毛のどこがくだらないんだ!?」
「まま、レオン。落ち着きなさいって」


 が宥めるようにレオンに言うと、彼はまだ納得していないようだったが、ひとまずここは落ち着くことにした。

「で、何か分かったの?」
<ええ。たった今、バルセロナの“ジプシークイーン”から連絡が入ったんです!>
「カーヤから!?」
<はい! シスター・ノエルの遺体の回収が終了したそうなのですが……>
「何か問題でも発生したのか?」


 トレスが静かにファイルを閉じると、ケイトが取り出した1枚の紙を見下ろした。
 それはローマにある、あのサン・ピエトロ大聖堂だった。


<ここ、よく見てください? 何か変だと思いませんか? この広場の真ん中……>
「ここって、お前……、うん? 何だ、こりゃ?」
「確認する、“アイアンメイデン”。これは確かにバルセロナにあったものだな?」
<はい!>
「だとしたら――」
『……被疑者はあの男だ、Axの者達よ。スフォルツァ枢機卿、ならび“クルースニク02”は罠にはめられたのだ』


 今まで黙っていたプログラム「スクラクト」が口を開くと、一斉に彼の声に集中した。

『そして、汝に言わなくてはいけないことがある、わが主よ。たぶん、すぐには飲み込めないとは思うが、我は事実だけを汝に告げる』
「……どういうことなの、それ?」


 の顔が、一気に曇っていく。
 プログラム「スクラクト」がこのような発言をした時というのは、大抵大事に決まっている。
 自然と鼓動が早くなるのを感じていた。

 そしてプログラム「スクラクト」の発言を聞いた後、は猛スピードで、執務室を出て行ったのだった。




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 同じ服装でも行こうとも考えたが、今の状況ではあまりにも危険すぎると推測し、自室で服を着替えたは、
 “剣の間”の前に止めていた自動二輪車に飛び乗り、法王宮に向かって走り出した。

 白の長袖Tシャツの上に黒のハイネックのロングコートを羽織り、
 先ほどと同じ黒のパンツに黒のブーツというスタイルな彼女を、周りの男達は凝視しながら見つめていた。
 途中、厄介な連中が後ろをついて来ていたようだが、猛スピードで飛ばしていたため、誰も彼女の早さについていける者がいなくなっていった。

 法王宮はもちろん厳戒態勢だったが、今の彼女にはそんなことはどうでもよかった。
 右側に仕込んであった銃をマシンガンモードにして、門の前にいる特警の肩や足を撃ち抜き、中へと入っていく。
 何とかして発見して、目的を聞かなくては……。

 目的の人物が滞在しているベルヴェデーレ宮殿の近くに自動二輪車を止めようとしたが、
 バックヤードのあたりから黒の1台の自動車が走り出したのを目撃し、すぐにそちらへ方向を変える。
 ……もしかしたら、中にいるのかもしれない。

 はひたすら走らせ、自動車の横に自分のバイクを寄せようとした。
 しかしそんな彼女の目の前から、いくつかの銃弾が飛んで来たのだ。

(どうやら、事の真相は本当みたいね)

 再び右手に銃を持ち、銃弾を避けながら、撃ってくる相手の腕を撃ち抜く。
 相手は痛みを訴えるように悲鳴を上げながら銃を落とし、そのまま車内に戻っていく。

 右手に銃を持ったまま、彼女は自動車の横まで詰め寄る。
 アルフォンソがいると思われる席の真横につけると、彼女はそのまま、そこに銃を向けた。

 窓がゆっくりと開き、そこからアルフォンソの顔が覗かれる。
 どうやら、少々焦っているようだ。


「どうして、私に攻撃をするのですか、殿?」
「最初に攻撃したのは、そちらからではありませんか、アルフォンソ様?」
「ふん……、まだ私に向かって、その口調で対応してくれるのかね、君は?」
「まだちゃんとした真相、分かっていませんですから」


 事実、プログラム「スクラクト」から、すべての内容は聞いてはいた。
 しかし出来ることなら、本人から直接聞きたいという気持ちもあり、はわざとしらない不利をしていたのだった。


「なら、話そうではないか。……私はこれから、ケルンに“真教皇庁(ノイエ・ヴァチカーン)”という新しい国家を立てる予定でいる。
そのためには、ここをつぶさなくてはならない」
「だからアイツらと……、“薔薇十字騎士団”と手を組んだのですか!?」
「その通りだ。いいか、殿……、いや、シスター・。確かに5年前、君のあの一声で、私は教皇になることが出来なかった。
君には本当、頭に来ている。だが、私も君に対して、あることをしでかしている」
「あること? それは何です?」


 銃を握り締める力が、自然と強くなっていく。
 まるで、次の言葉を待つように。


「15年前、君が助けた吸血鬼がいた。確か……、アリア、と申していたか?」
「……あなた、まさか……!」
「そうだ。あの日、本当は人間どもが殺したはずの死体の首元に2つの穴をあけ、血痕のように見せかけるように指令を出したのは、この私だ」


 15年前、彼女が初めてキエフ候アスタローシェ・アスランと共に解決した事件の発端を作った人物。
 それがここにいるアルフォンソだったとは。
 は信じられないような顔で、アルフォンソの顔を見つめていた。


「あの屋敷にいた者達に、私が犯した不正を知れてしまってね。どうしても抹殺しなくてはいけなかったのだが、
普通に抹殺するにしてはつまらなすぎる。だから殺し屋どもに、いかにも吸血鬼にやられたような痕跡を残すように頼んだのだよ」
「それじゃ、アリアは……」
「たまたま通りかかっていた吸血鬼だったわけさ。銀の弾丸で倒そうとも思ったが、その場にあった銃でも簡単に動きは止められた。
あとはそのまま、濡れ衣を着せたまでのことだ。捕まえた後、おもいっきり鞭で打ちつけるように言い伝えたのも私だ。
あれは、なかなかいい光景だったよ」


 の体が、かすかに震えていた。
 信じられない想いと、改めて聞く真相の恐ろしさと裏切り、
 そして……、そのことを見逃し続けていた怒りとともに。


「……許さない……」

 静かに、しかし底から燃えがらる怒りが、の周りを包み上げていく。

「絶対に、絶対に……、許さない……」

 頬につたる涙が、かすかにだが光り、そしてその目は、鋭く相手を睨みつけていた。



「あなただけは……、あなただけは、絶対に許さない!!



 車内に向かって引き金を引こうとしたその時だった。
 目の前から何かが、の方向へ向かって飛んで来て、近づくにつれ、その形が具体化していった。


「……ヤバイ!」


 は銃を下ろし、そのまま右に避けると、飛んで来たものは、後ろに丁度あった木に、見事にぶっ刺さった。
 再び前を向くと、地面が真っ黒に染まり、そこから何やら、大きな体をした者が現れる。
 一瞬、人間かとも思われたが、そこから発しられた声は、短生種の持つ声とは違う物だった。

(こいつら、一体何者!?)

 はアルフォンソを乗せる自動車を再び追おうとしたが、その場の地面が再び黒く染まり、あの大きな体をした者が現れ、道を塞がれてしまい、
 彼女は思わず、自動二輪車のブレーキをかけた。


「ここで、永遠のお別れだ。今までいろいろと、楽しかったよ。君の心使い、深く感謝する。……さらばだ、シスター・殿」


 どこからともなく聞こえる声に、は耳も傾けず、目の前にいる敵を凝視する。
 いや、正確には傾けていたが、聞こえない不利をしていた。

 何も考えず、彼女は自分の腕に銃を突きつけ、1発撃ち込んだ。
 手に響く痛みに声も出せないまま、自動二輪車から身を降ろす。

 許せない。絶対に許せない。
「彼女」を痛めつけ、苦しめ、自殺にまで追い込ませた奴を許すわけにはいかない。



 絶対に……、絶対に……、許さない……!



〔ナノマシン“フローリスト” 10パーセント限定起動――承認!〕



 白いオーラに包まれ、髪を縛っていたリボンが自然と解ける。
 ゆっくりと目を開き、目の前にいる敵を鋭く見つめ、そして前へ進み出す。

 敵は手にしていた大きな斧をに向かって振り下ろすと、彼女は身軽に飛び上がり、
 右手から1つの大剣を取り出し、線を描くように振り下ろした。
 敵は真っ二つに分かれ、そのまま地面に倒れると、は残りの敵にも、同じようにいくつもの線を描いていった。
 ある者は四肢になったり、あるものは首だけが跳ねられたり、ある者はマネキン以上にバラバラにされたり。
 そしてそれらを倒す姿は、まさに華麗という言葉が似合うぐらい、鮮やかなものだった。

 5分もかからなかったであろうか。無数にいたはずの敵が、すべてバラバラになっている。
 もうどれがどのパーツなのか、分からないぐらいだ。

 大剣がゆっくりと消え、ゆっくりと目を閉じる。
 腕の傷は知らない間になくなっているどころか、服に銃弾の跡すらなかった。

 ゆっくり目を開けた時、彼女の目からは先ほどまでの鋭さがなくなり、少し落ち着いたかのようにも見える。
 地面に落ちていたリボンを持ち上げ、ホコリを丁寧に取ると、手をそっと掲げる。掌からオーラが流れ出し、
 リボンに染み込んでいた血痕をゆっくりとなくしていき、新品同然まで戻してしまう。

(……早く、何とかして、あいつを止めないと……)


 リボンで髪を縛りなおすと、イヤーカフスを弾き、レオンにコンタクトを取ろうと試みる。

「神父レオン、聞こえてますか?」
『ああ、聞こえているぜ? ……その様子だと、お怒りは冷めたようだな』
「とりあえずはね。今日は逃がしたけど、今度は絶対に逃がさないわ」
『そりゃ、怖いこった』
「で、そっちの状況はどうなの? 今、どこにいるの?」
『本部に向かう、途中の大通りだ。きっとアベルを乗せた装甲車が通るのは、この道しかないと思うからな』
「分かったわ。私も今から、そっちに合流する。近くにトレスがいるなら、そう伝えて」
『了解。……それよりお前、大丈夫か?』
「何が?」
『何がって、その……』


 レオンの声が篭ったように聞こえ、はレオンが何を言いたいのか分かって、かすかに微笑んだ。
 こういうことになると素直に言い出せないのだから、少しかわいいとか思ってしまう。


「……ありがと、レオン。もう、大丈夫だから、心配しないで」
……、……分かった。じゃ、早く来いよ』
「了解! ――以上、通信終了(アウト)」
 は再びイヤーカフスを弾くと、この戦闘の中で耐え抜いた自動二輪車に乗り込み、再び走り出した。



 その姿は、何かを重く誓ったようで、いつもよりも大きく見えた。









前半はそのまま飛ばしましたが、後半は完全にオリジナルで進めました(汗)。
一人でもいいから、アルフォンソを追っかける人がいてもいいのではないかと思ったからなのですが。

今回は10パーセントでしたので、結構動きながら攻撃しています。
40パーセントだとしたら、立ち止まったまま、検圧攻撃だけで終わりそうだったので(笑)。
ちなみに、敵は自動化猟兵(アウトイエーガー)です。
また先に出してしまいました、ハハッ。

こやつ相手に10パーセントで倒しましたが、大量化してしまったら40パーセントになります。
そのことについては、ROMか漫画版にて、ということで。



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