地下墳墓に到着したレオンとは、前にいた衛兵を適当に気絶させ、そのまま中へ入っていった。

 中では、カテリーナとアベル、そして何やら満足げなケンプファーの姿があった。
 どうやら、事がすべてうまくいったと思っているらしい。


「そろそろ、認めたらどうです。人々を滅ぼし、仲間を殺したのは自分だということを。貴方こそ殺戮者です。殺戮こそが、貴方の本質です。
そう、貴方こそは――」
「おいおい勝手に人を殺すなよ、長髪野郎。黙って聞いてりゃ、勝手なことばっかりふかしてくれるじゃねえか。……とりあえず、
はっ倒される覚悟は出来てんだろうな?」
「ガルシア神父! シスター・!」


 カテリーナが歓喜の声を上げると、レオンは両手に持っていた“地精”の頭部と、焼け焦げた何かの精密機械の部品を見て、
 事がうまくいったことを察知した。


「レオン・ガルシア、只今参上」
「待たせたわね、アベル。暴走気味だったみたいだけど、大丈夫?」
「レ、レオンさん! さんも!!」


 アベルもカテリーナ同様、歓喜の声を上げ、結果を察知して顔が明るくなった。
 その顔を見て、も少し安心したように彼を見ていた。


「……なるほど、飛び入りの御登場か」


 レオンの持っている機械部品を見下ろしたケンプファーの顔に微笑が消え、少し苛立った様子を見せた。
 どうやらこの男にも、こういった表情があるらしい。


「大根役者には玩具をあてがっておいたつもりでしたが……、まさか、あなたもご一緒だったとは思いませんでしたよ、シスター・
「本当はこっちに来たかったわよ、ケンプファー。けど……、ここで私の力まで解放させるわけにはいかなかった」


 ケンプファーの口から自分の名前が出て、一瞬、顔をしかめたのだが、ケンプファー自身は彼女の名前が自然と口から出ていることに驚いていた。
 今まで、ずっと思い出せないでいたはずなのに、どうして……。


「今一歩のところで……、少し遊びすぎましたか」
「そのようね。ま、自業自得、という奴かしら?」


 の声が、冷たく彼の胸に突き刺さる。まるで、「神」からの「天罰」を受けているようだ。

「さすがに、手ぶらで“塔(トゥルム)”に戻れないな。――では、お暇する前に、1つ置き土産を差し上げましょう」


 ケンプファーは手元の五芒星を光らせると、前触れもなく空中に巨大なクラゲ――“風精(ジルフィーデ)”を出現させ、
 鞭の如くしなる触手を3人の派遣執行官に繰り出したのだ。


「何だ、この気持ち悪いのは!?」
「本当、趣味が悪すぎるわ!」
「気をつけて、レオンさん、さん! 触手は切っちゃ駄目です! 本体の方を……」
「! スフォルツァ猊下!」


 同僚に注意を促しているアベルの言葉を聞いていた時、ケンプファーの姿が自分の影で沈んでいき、
 それと同時に、戸口で戦闘を見守っていたカテリーナの影がもぞりと立ち上がった。
 それを見て、が銃を取り出し、フルロードモードに切り替え、相手に向けて構えた。


「……申し訳ございません、猊下。手ぶらで帰っては、クライアントが納得されませんのでね。ローマは頂き損ねましたが、
せめて猊下の首はもらい受けて帰りましょう」
「やめなさい、ケンプファー! そんなこと、絶対に……!」


 が銃を発砲しようとしたその時、どこからか轟音をあげて、ケンプファーの両腕が弾け飛んでいった。
 それだけでなく、立て続けに弾痕をつけられ、床に叩きつけられてしまう。

 壁越しにこれだけの芸当が出来るのは、唯1人しかいない。
 それは――。


「“拳銃使い(ガンスリンガー)”!」
「肯定。――損傷評価報告を、ミラノ公」


 壁をぶち破って現れたトレスの着衣は無残に敗れ、人口皮膚のあちこちに裂傷が刻まれている。

「さて、これで4対1。……でもって、一番おいしいところは、俺様のもんだ!」


 レオンの手から勢いよく戦輪が投げられ、ケンプファーの首に向けられて投げられる。
 しかしそれを食い込んだのは、とうの昔に首を大鎌で吹き飛ばされた人造矮人(クンストリッヒ・ツヴェルグ)――影鬼(シャーデン・コホルト)だった。


「おいおい、こりゃ、何の冗談だ」
 レオンが憮然として言うと、下からたくさんの人造矮人達の死体が一斉に起き上がり始め、こちらに向かって歩き出して来たのだ。


<……“魔術師”、まだ生きているかい?>
「“人形使い”か……。これは君の“糸”かね?」
<派遣執行官4人相手じゃ、あまりもたないけどね。……ま、脱出するなら、お早目のどうぞ>


 “人形使い”の笑い声が消えていく中、トレスとレオン、そしての3人が、
 おのおのの武器を使って、動死体(ゾンビー)を倒していく。
 大して強くないため、あっという間に倒れてしまい、そう時間はかからないことを悟ったは、一瞬だけ、ケンプファーの方に振り向いた。

「……」


 ケンプファーはアベル方に目をやると、アベルもケンプファーの目をじっと見つめている。
 その中には、いろいろな複雑な想いが渦のようにグルグル回っているようで、それを感じたは、何も考えず、アベルの顔を見つめていた。


「“絶望している悪魔以上にみっともないのは、この世にいない”――ゲーテ。まあ、いい。この先、チャンスはいくらでもあるさ。
いくらでも。いくらでも。いくらでも――」



 ケンプファーの影が床に溶けていくのを、アベルとは、ただ黙って見つめるだけだった。




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「戦域確保――作戦終了」


 影鬼の死体の中には、なおももぞもぞと蠢いているのもあるが、戦闘力は等に喪失しているため、とりあえずだが無事に事なきを得た。


「くそ、肝心な野郎を逃がしちまったか。折角、ばっちり作戦立てて降りてきたのによ」
「ずっとその作戦、私に言っていたものね」
「やむを得ない。最終段階での敵戦力の増強は想定外だった。それでもミラノ公の安全は確保出来た。概ね満足すべき結果だろう」


 3人の着衣はそれぞれぼろぼろではあるが、それも戦いを終えた証ともなれば、特に気にすることでもない。
 神父やシスターと称するのには、少し困る格好ではあるが。


「それで、上(ローマ)は無事なのですね、神父トレス?」
「聖下をはじめ高位聖職者、ならびに市内の建築物の損害はゼロ――、所期の作戦目標は100パーセント達成された」
「よかった。……ご苦労様でした、4人とも」


 カテリーナの優しげな表情を、どれぐらいぶりに見るだろうか。
 にそう考えさせるぐらいに珍しいその眼差しが、アベルの前で留まった。


「どうしました、アベル?」
「い、いえ、ただ……、ただ、その、とても嬉しくて」
「嬉しい? 何がですか?」
「発言の意図が不明だ、ナイトロード神父。再入力を要求する」
「おい、どうしたんだよ。頭でも打ったか?」


 カテリーナとトレス、レオンは不思議そうな顔をしていたが、には何となく、その発言の理由が分かっていた。
 それがどんな言葉かは知らないが、きっと、彼の心を突き動かすものだったといういのは、何となくだが察知していた。


「うまく言えないんですけど……、やっぱり、私、ここにいて本当に良かったです」
「……今頃気づいたの? 遅いわよ、アベル」
「そうかもしれませんね」


 とアベルの間に、何か見えないものが走っていた。
 それは他の3人に大しても同じだったが、特に何も言わず、黙っているだけだった。


「あ、やべっ! ここに降りてくる時、衛兵2、3人のしてきちまったよ!」
「そう言えば、そうだったわね。すっかり忘れてたわ」
「肯定――俺もだ」
「事後処理が大変になりそうね。とりあえず外に出たら、ケイトに連絡を入れないと。デステ大司教の身柄を確保するよう、ケルン司教管区に要請を……」


 沈黙を破るように聞こえて来た慌しい足音に、ほっとしたような顔でを含む4人が動き始める。


「ところで神父レオン、衛兵隊の件だが、事情説明は卿に任せた。俺は引き続き周囲の哨戒にあたる。シスター・は、ミラノ公の様態を聞き、
治療をしてくれ」
「ちょっと待て。それって何か不公平――」
「ま、いいじゃないの。我が侭言わずにやりなさい」


 墓所を出ながら、そんな会話を続けていると、カテリーナが1人佇むアベルを振り返った。
 も彼女と同じ方向を見ると、優しく声をかけた。


「……どうしたの、アベル? 一緒に行こう!」
「そうですね……。一緒に行きましょう」



 がアベルの手を取って、引っ張っていく。
 その姿を、カテリーナが微笑ましく、しかし少し羨ましくそう見つめていた。

「本当、2人とも、仲がいいのね……」










最後、カテリーナが妬きもちっぽくなってしまいました(笑)。
じきにこの2人はアベルを巡って口論を繰り広げることになるのですが、それはまた未来編にて。

短めに終わった理由が、次の話がちょっとした外伝になっているからです。
そっちもそっちで短いんですけどね。長く書くような話でもなかったので。
……かなりムーディーですが(汗)。





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