その日の夕方、アベルは“剣の間”の屋上で、西に沈む太陽を眺めていた。
朝の急がしさから一変し、静かな時間が過ぎていく。この夕日を見ていると、さらにゆったりと過ぎる感覚になっていく。
「……少しは、落ち着いたかしら?」
横から聞こえる声に、アベルが視界を動かし、声をかけた人物の方を見る。
そして驚いたように、相手に言う。
「さん、それ……!」
「バルセロナで、なかなかいい感じだったから買ったの。いつも僧服じゃ、疲れるからね」
白のワンピースを身にまとったがゆっくり歩き出し、塀の上に腰掛ける。
その横に、アベルもゆっくりと腰を下ろした。
「……ノエルが、ね」
「はい?」
「いなくなる前に、私にこう言ったの。『貴方とアベル君の関係が何なのかは分からないけど、あなたは彼のそばにいなくちゃ駄目よ。
そうしなきゃ、彼の中にある“闇”が、大きくなっていくから』って。さすが、“ミストレス”よね」
あの日、ノエルは何かを悟ったかのようにに言った。
それは、自分ではアベルを支えれないからという意味もあるのだろうが、それ以外にも、どことなくを応援しているようにも感じられていた。
「……さん」
「ん?」
「貴方が最初、私がやめるのであれば、自分もやめるとおっしゃいましたよね」
「ええ。……それが、どうかしたの?」
「あの時……、なぜだか分からないんですけど、あなたにはやめて欲しくないって思ったんです。あなたはカテリーナさんのことを、
誰よりも大事にしている。そして私以上に、仲間を大事にしている」
「大事にしているのは、アベルも同じじゃなくて?」
「そうですけど、貴方と同じかと言われると……、少しだけ疑問に思います」
アベルの顔が一瞬曇ったように見え、は呆れたようにため息をつくと、彼の左手を掴み、強く握った。
「そんなこと、誰かと比べることじゃないわ、アベル」
「え?」
「自分が精一杯大事にすれば、それでいいの。誰かと比較することじゃない。アベルがアベルなりに、みんなを大切にするだけで十分じゃないのかしら」
「さん……」
の声が、アベルの胸に響き渡る。
毎回思うことなのだが、どうして彼女の声は、こんなに身にしみるのだろうか。
「私は私なりに、みんなを大事にしていきたい。それは、あなたも含めてのことよ。……むしろ、その方が強いかも」
アベルの髪にある黒いリボンに触れ、そっと撫でる。
とおそろいのそれは、長い年月が立っているからか、少しだけ色が薄れてきている。
「……ね、このリボンを最初につけた日のこと、覚えている?」
「ええ……。私が散々嫌がったのに、貴方が無理矢理、つけたんですよね」
「だって、そうでもしないと、切り替えが出来ないと思ったから」
「……確かに、そうかもしれませんね」
「ほら、アベル! 動いちゃ駄目よ!」
「こんなもの、必要ない。頭が重くなって、うっとうしくなるだけだ」
「そう言われても、そんな髪をダラダラ伸ばしたままじゃ、邪魔でしかないでしょ?」
「適当に輪ゴムとかで縛るから、ほおっというてくれよ」
「ほおっておいたら、だらしなくなるのが目に見えているわ。さ、大人しくしてなさい。別に、痛いことをするわけじゃないんだから……」
まだ素直に、他人の言うことを聞こうとしなかったアベルと、人一倍、他人との関りを大切にしていた。
久々に再開して、カテリーナと共に聖界に入ることを薦めたのも彼女だった。
「この10年間で、いろいろなことがあった。その間に、アベルはすごく成長したと思う。だって、あの無愛想で人嫌いなアベルが、
こんなに人懐っこくなったんだから」
「それは、さんのおかげですよ」
「私だけのおかげなんかじゃないでしょ? カテリーナにケイト、トレス、レオン、ユーグ、ウィル、そしてノエル……。みんなのおかげで、
あなたはここまで変わったのだから」
その場に立ち上がり、ゆっくりと前進する。
アベルに背を向け、そして、何かを思ったかのように、言い出した。
「だから……。だからもう、勝手に1人で行動しないで。1人で勝手に、決めないで。私に相談しにくかったら、他の人に相談してくれても構わない。
それによって、貴方が少しでも楽になれるのであれば、それでいい」
体が小刻みに震えていて、声も同じように、かすかに震えている。
そんなの後姿を、アベルはずっと見つめていた。
「もう1人で苦しむ姿なんて、見たく、ないのよ……」
後ろから、コツコツと靴音が響き、それが真後ろで止まる。
肩にかかった手が自然と振り返らせ、そして大きな腕に包まれた。
髪をそっと撫で下ろすその手はとても大きくて、温かい。腕を相手の背中に回し、強く抱きしめた。
「……それじゃ、私とも約束してください」
「何を?」
「……もう1人で、苦しまないって、約束してください」
「そんなこと、アベルに言われたくない」
「ま、確かにそうですけどね」
苦笑しながら言うアベルに、はかすかに微笑んだ。それに気づいたのか、アベルがそっと、顔を覗き込んだ。
の顔は涙のせいで濡れて、視界もあまりはっきりしていない状態になっていた。
そんなの頬に、アベルがそっと触れ、優しく涙を拭い取ると、目元にそっと口づけした。
「……もう、大丈夫です」
「え?」
「さんを悲しませるようなこと、もうしませんから」
「……本当?」
「ええ」
「約束、してくれる?」
「もちろん。……約束します」
アベルの笑顔が、夕日の光によって眩しく見える。
そんなアベルの頬にそっと触れると、お互いの視線が重なり、距離を縮めていった。
ゆっくり目を閉じ、お互いの想いを伝え合う。
最初は軽くだったのが、徐々に深くなっていき、お互いの体を支えるかのように、強く抱きしめ合った。
沈んでいく太陽の光が、2人を温かく照らし続けていった。
別名、「、アベルのリクエストに答える」話でした(笑)。
確かに、は黒よりも白の方が似合うかも。
僧服が黒だから、どうしても黒のイメージが強くなってしまうのですがね。
で、話自体はかなりラブラブです(爆)。
何か、メインの方と似てきたぞ。やばいな〜(冷汗)。
でもこのシーン以降、ここまでのラブラブはありそうもないので見逃して下さい。
それにしても……、、今回何着着たのでしょうか(爆)?
変装していたのは最後だけだけど、それでも結構な数です。
今後、まだ増える予定なので、ちょっとごうご期待。
今度は、ちょっとボーイッシュっぽくしてみようかしら、フフッ(笑)。
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