階段を降りると、先ほどよりも少し多めの男女が、店を開ける準備をしていた。

がその中にいる目的の人物を発見すると、

彼に聞こえるぐらいの大きさの声で呼び止めた。




「イグナーツさん!」

「おお、か。どうした?」

「部屋でじっとしているのも何だし、居候の身ですから、何か手伝いたいなあと思いまして」

「そいつは助かるな。……よし、奥のキッチンでつまみの準備をしている女どもの手伝いをしてくれ」

「分かりました」




 イグナーツの人懐こい笑みに答えるように微笑むと、は開店準備の手伝いをしようと、

案内されたキッチンへ向かおうとした。

が、それをすぐに阻止されるかのように、慌しく誰かが店の中へ入って来た。




「大変だ! 市警軍が、一斉に駅へ向かって動き出したぞ!!」




 息を切らしながら中に入って来た男の声に、店内にいた者すべてがそちらに視線を注いだ。

そして血の気が引いたかのように、一気にざわめき始めた。




「市警軍が動き出したってことは……、まさか、ジュラが戻って来たということか!?」

「そうとしか考えられないだろう! こいつは、絶好のチャンスだ!」

「すぐに装備の準備をしろ! 地下に集合するんだ!!」




 店中に飛び交う言葉に、は少し慌てながらも、心の中で冷静に観察していた。

自身は前から知っていたとしても、情報の伝わり具合は決して遅くもなければ早くもない。



彼らの後を追って地下室へ行くと、そこにはどこから集めたのか分からないが、

短機関銃(サブマシンガン)を始めとする武器があちこちに置かれていた。

どうやら、ここが“パルチザン”のアジトらしい。




「そうだ、。君にも手伝ってもらいたいんだ」




 突然声をかけられ、我に返るように振り返ってみれば、

ディードリッヒが手製と思われる短機関銃(サブマシンガン)に銃弾を詰めながら

こちらに向かって歩いていた。




「君がどれぐらい情報を集めているか知らないけど、今夜、この土地を支配している

ハンガリア候ジュラ・カダールが戻って来る」

「彼のことなら知っているわ。……もちろん、吸血鬼(ヴァンパイア)であることも」

「なるほど。説明は不要、ということだね」




 納得しながら言うディートリッヒに向かって、少し自慢気に微笑んでみせると、

ディードリッヒに少し待っていてもらうように言い、

階段を勢いよく上り始めた。



 数分後、再び地下室に戻って来たの手には、

トランクと一緒に持ってきた茶色のリュックがしっかりと握り締められていて、

ちょうど中心にあるテーブルの上にどさっと置いた。

音からして、かなり重い物が入っているのは一目瞭然である。




「……これは?」

「中身を見れば分かるわ」




 不思議そうに問いかけたディートリッヒがリュックに手をかけると、

中から覗かせたものに、目を大きく見開いた。

そして周りにいる者達にも見せるように、一斉にテーブルの上へばらまく。




「おおっ! すごいぞ、これは!」

「手榴弾に短機関銃……、銃弾まであるぞ!」




 リュックの中から出てきたものに、周りが一気にどよめき始める。

短機関銃を始めとする銃器はもちろん、手榴弾、各種銃弾、

さらに火炎ガスなどが姿を現したのだから、注目しないわけがない。




「これ、どうしたんだ!?」

「軍を退役する時に、こっそり拝借したのよ。今ごろ、周りが慌てふためいているでしょうね」

「そんなことしたら、君の身が危ないんじゃ……」

「こんな状況になってまで放っておく相手がいけないのよ。これはその仕返しみたいなものだから心配しないで」




 ディートリッヒの驚いた顔とは逆に、はまるで楽しそうに微笑んでいる。

それはまるで、勝利を確信したような自信が溢れた表情にも見えた。




「みんな、大変よ!」




 驚きの喚声に包まれる地下室に、新たなる声が響き渡る。

その姿に、を始めとする全員がその人物に視線を向けた。




「あいつが……、ジュラが帰って来る!」

「知っているよ、エステル。今、その準備をしている最中だ」




 地下室に入ってくる人物に向かってディートリッヒが言うと、

相手は安心したような表情を見せる半分、何かを警戒したように目を鋭く輝かせていた。



 その場にいた視線が一斉に向けられたところを見ると、どうやらリーダーのようにも思えた。

が、少し長めの赤毛に青金石(ラビスラズリ)を思わせるような瞳を持ち、彫りの深い目鼻だちからして、

女性――しかもまだ十代の少女だとすぐに分かった。




「……この人は?」

「ああ、紹介しよう、エステル。彼女は……」

。イグナーツさんとは昔馴染みで、元ローマ特務警察特殊部隊大尉よ」

「ローマの特務警察の大尉? ――もしかして、イグナーツさんが前に言っていた!?」

「その通り。……もしかして、あなたが“パルチザン”のリーダー?」

「リーダーと言うか……、まあ、メンバーの取りまとめ役をしています」




 少し疑いながらも、差し出された手を強く握り締めるエステルに、

は警戒心を少しでも解くかのように優しく微笑んだ。

が、相手はすぐに解くことなく、に問いかけ始めた。




「で、そんな方が、どうしてここにいるのですか?」

「旅の途中で立ち寄ったこの街のことが頭から離れなくてね。上司にも訴えたんだけど、

対応してくれるどころか、全部見事に無視されたのが悔しくて、退役したら、この街の人達を助けようと思ったの」

「赤の他人である私達を、ですか?」

「赤の他人なんかじゃないわ。私にとってイグナーツさんは……、大事な友達だもの」




 イグナーツに向ける視線は、まるで古くからの友達を想うの心を映し出しているようで、

その気持ちが痛いぐらいに周りに伝わって来る。

それを受け止めたのか、“パルチザン”のリーダーと名乗る少女が、

に優しく声をかけた。




「……疑ってしまって、ごめんなさい。あなたのイグナーツさんに対する想いは、

確かなようですね」

「分かってくれただけで十分嬉しいわ。ありがとう。……で、あなたの名前は?」

「エステル・ブランシェと言います。普段は聖マーチャーシュ教会の修練女で、

パルチザンでは“(ツイラーグ)”と名乗って行動しています」




 再び握手を求められた手を、は何も抵抗なく受け取り、しっかりと握り締めた。

もう彼女には、疑いの目はないようだ。




「新しい仲間も出来たことですし、すぐに準備に取りかかりましょう。これは、

あなたのものですか、大尉?」

「『大尉』はよして、エステル。もう退役しているのだから」

「それじゃ……、さん、でよろしいですか?」

「ええ、大丈夫よ。――これはすべて、私からの贈呈品よ。遠慮なく使って」

「分かりました。ありがとうございます。――それでは、作戦の説明をします」




 周りにいる者達に声を張り上げるエステルの姿は、普通の少女とは違う、

どこか一本筋が通ったように見える。

その姿は、実に頼もしいものである。

そんなエステルの言葉に、その場にいる誰もが、彼女を必要としているかのように注目していた。






(どうやら、噂よりもしっかりしている子のようね)






 は誰にも聞こえないように呟くと、その場にいる者と一緒に、

作戦内容を説明するエステルの姿をずっと見つめていたのだった。











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