時間は、あともう少しで午後7時になろうとしている時だった。

市警軍が主の帰りを待つかのようにホームで並んでいる向かい側のホームに、

を含めた“パルチザン”のメンバーは攻撃の準備をしていた。




「私は最後尾で、ジュラに向かって太矢(クオレル)を飛ばします。それが攻撃の開始です」

「線路の下に下りるのは可能?」

「ええ。けど、相手の攻撃に当たらないように、くれぐれも注意して下さい」

「了解」




今回の作戦に大人数で行動するのはあまりにも危険過ぎるという判断によって小人数での行動となったが、

攻撃力の大きいと思われる者達が大半を閉めていて、

その中でもは元軍人ということもあって、周りからかなり期待はされていたし、

攻撃パターンを知るいい機会にもなっているようだった。



 エステルの指示を仰いだ“パルチザン”の面々は、それぞれの攻撃場所へと移動していく。

はとりあえず、エステルと共に列車の最後尾まで移動すると、

そこから向かいのホーム――市警軍達が整列する姿を見つめていた。



 市警軍の人数もそんなに多くはないもの、一際目立つ巨漢に、はかすかに目をしかめた。

どうやら、彼がこの集団のリーダーらしい。




「エステル、あの巨体の人がリーダーなの?」

「はい。ギェルゲイ・ラドカーン。イシュトヴァーン市警軍大佐です。で、あの横にいる小柄な男が、

つい最近、ここに配属になったトレス・イクス少佐です」

「あんなに若いのに少佐とは、かなりの腕の持ち主、ということね」




 紹介された2人の人物を見つめながら、は納得したような口調で感想を述べる。

そして少佐だと言われた小柄な男を見つめ、心の中で呟いた。




(何だか、おもいっきり馴染んでいるように見えるわね。……ん?)




 小柄な男――トレス・イクス少佐から目を離した先、少し離れたところに視線を移動させると、

兵士らに挟まれている人物を見つけた。

着衣と首に掲げられている十字架を身につけているところから、

神父なのは一目瞭然である。




「エステル、あの神父様は?」

「先ほど、こちらに到着された方です。――実は私、数時間前にラドカーン大佐に絡まれまして……」

「ああ、ディートリッヒから聞いたわ。聖水を取りに行く途中で絡まったとか。

――もしかして、その時に助けて下さった方って、あの神父様だったの?」

「ええ。その代わりに、相手に取り押さえられてしまったのですが……」




(相変わらず、運がないんだから……)




 エステルの言葉に耳を傾けながら、は再び心の中で呟いた。

毎度思うことなのだが、ここまで来ると呆れるしかなくなってしまう。




「で、神父様は助けるの?」

「出来れば助け出したいのですが、それよりも先にジュラを倒します。助けるのは、それからです」

「了解」




(だって、アベル。聞こえた?)




 言葉の語尾が、誰かに向けられたかのように言うと、

一瞬、がんじがらめに縛られ悄然と立っている神父の表情がかすかに変化したように見えた。

それと同時に、の脳裏に歓喜とも言われる声が響き渡ったのだった。




(そ、その声はさん! 助けに来てくれたんですか〜!?)

(「助けに来てくれたんですか〜?」じゃないわよ、このアホ神父! 

馬鹿神父! お間抜け神父! 不幸神父!!)




 一気に飛ばされた言葉に、相手の顔がまた再び変化した。

しかし、周りに気づかれないように、すぐに表情を元に戻した。




さん! そんな一気にいろいろおっしゃらないで下さいよ〜!)

(だって、あれほど昼間に到着するようにって言ったのに、遅くなった上、敵に捕らえられてどうするのよ!? 

少しはこっちのことも考えなさい、こっちのことも!!)

(仕方ないじゃないですか! 駅に向かって歩いていたら、途中、若い女の人が変な男に絡まれていて、

それを助けているうちに列車が発車してしまって乗り遅れて、その上、その変な男に逆に絡まれて……)

(はいはい、分かったわよ。……やっぱり、無理して個室を取らなきゃよかったわ)




 相手の言い訳を1つ1つ聞いていたらきりがない。

は相手の言葉を中断させ、エステルに声をかけた。




「もうそろそろ、ジュラが到着する時刻よね?」

「ええ。……さん、あれです!」




 エステルが指さした方向に、1つの列車が見えて来た。

窓のないその列車がホームに入ってくるなり、市警軍がずらりとホームに整列する。




(皆さん、人間というより人形みたいな顔してますよ)

(そりゃ、自分の主が長生種(メトセラ)だと思ったら、誰だって怖いわよ)




「捧げ銃!」




 が脳裏に横切る声に答えている一方で、

完全に停止した車輛から現れる人物に向けて、小銃(ライフル)が掲げられた。

深々と腰を折るラドカーンに、車輛から現れた主がねぎらいの言葉を述べているようだ。



 黒髪を持つその主は、ある種の狼犬を彷彿とさせるような色素の薄い灰色の光彩の中の暗い瞳孔を持ち、

なぜか見るものを不安にさせた。

そしてそれを見た瞬間、はすぐに、彼が普通の人間とは違うことをすぐに察知した。




「エステル、私もそろそろ攻撃の準備に入るわ」

「分かりました。……気をつけて」

「あなたもね」




 真剣な眼差しに答えるように、はエステルに軽く微笑むと、

相手に気づかれないように素早くその場を去った。

そして列車の出入り口付近まで行くと、一緒に来た“パルチザン”のメンバーに告げた。




「“(ツイラーグ)”がジュラに太矢を撃ち放ったのと同時に、ここから表に出ます。出来るだけ相手に近づいて、

火炎瓶を投げて下さい」

「了解。――しかし、あんたが軍人だったとは思ってもいなかったぜ」

「そう思われても仕方ないですよ。女性が軍隊にいるだなんていう常識、あまり聞きませんものね」




 横にいる男は、先ほど酒場で、最初に攻撃を仕掛けた、少し人相が悪い男だった。

だが今は、先ほどのことを少し後悔しているようにも見えてくる。



 長い髪を隠している目出し帽をしっかりかぶると、

は懐にしまっていた2挺の銃を取りだし、安全装置を外した。

どことなく手製にも見えるそれは、普通の女性では少し扱いにくそうな短機関銃(サブマシンガン)だった。



 銃をしっかり構え、再び視線を向かいのホームへ向ける。

縛られている神父に気づいたジュラが、慇懃に一礼する姿は貴族にも似たような気品な雰囲気を出している。

そして握手を求めるように手を差し出し、それにそっけなく手を握ると……、

相手の神父の表情がさっと青さめた。




(……来る!)




 その表情に、真っ先に気づいたのはだった。

引き金に手を添えたのと同時に放たれた太矢が何よりも証拠だ。




「攻撃開始! 線路へ出ます!」




 出入り口を一気に開け放つと、すでに線路の下には、何人かのパルチザンが火炎瓶を投げ始めていた。

もその中にまぎれながら、一気に銃の引き金を引いた。










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