「到着したのなら応答を、シスター・」
「何だ、気づいていたのね」
このまま黙って驚かそうと思っても、相手が相手なため通用しなかった。
は諦めたように体を起こすと、運転席とその助手席に座っている人物に顔を見せた。
「さん、先ほどはお疲れ様でした〜♪」
「『お疲れ様でした〜♪』じゃないわよ、こののほほん神父―!!」
「グエーっ!! ぐ、苦じいでず、グレアざん!!」
助手席から聞こえる声に、は後ろからおもいっきり首をしめると、
相手は苦しそうに体をばたつかせ始めた。
多少力は緩めているとは言え、首をしめているのだから辛くないわけがない。
「一体、私がどんなに心配したと思っているのよ、このアホ神父はー!」
「わ、分がりまじだがら、勘弁じで下ざい〜!!」
「……ナイトロード神父が呼吸混乱になる前に手を離すことを推奨する、シスター・」
「……ま、トレスが言うなら解放させましょうか」
ぱっと手を外すと、アベルが勢いよく咳き込み始め、
それを見ながら、は呆れたようにため息をついた。
が、すぐに視線をアベルの横にいる人物へ向き返した。
「トレス、その格好、よく似合っているわね。軍服着るの、初めてだったかしら?」
「否定。以前、アッシジの任務でも着用している」
無表情で運転し続ける人物――トレス・イクスが答えると、
はその任務のことを思い出しては、すぐに蓋を閉めた。
にとっても、出来ることなら思い出したくない任務だったからだ。
「卿の知人という人物にはすぐに会えたのか、シスター・?」
「何とかね。ま、その前に一騒動あったけど」
「私、さんの銃さばき、久しぶりに見ましたよ〜。さすが、“ガンメタル・フレイユ”ですね」
「昔の称号を言われても、ちっとも嬉しくないわよ、アベル」
“ガンメタル・フレイユ”――が特務警察特殊部隊にいた時につけられた称号だ。
彼女の銃さばきが、まるで踊り子のようにステップを踏んでいるところから生まれたその造語は、
あっという間に教皇庁内に広まった。
しかし、称号を与えられることは本来なら名誉なことなのに、
自身はそういうことに捕われるのをあまり好ましく思っていなかったため、
出来ることなら聞きたくなかったのだ。
「で、例の兵器の様子はどうなの?」
「施設はほぼ修復出来て、ソフトウェアのチェックだけのようだ。
だが俺自身が直接関わっているものではないため、もう少し情報を集める必要がある」
「なるほど。さんがいるパルチザンの方はどうです?」
「今のところはいたって安定、かな。ただ……」
「ただ?」
アベルに聞き返されても、はすぐに口を開くことはなかった。
どうやって言えばいいのか、少し悩んでいたからだ。
「……いいえ。一般人にしては、腕はなかなかなものだし、心配することないわ」
本当は伝えるべきだったのかもしれないが、はあえて言葉を飲み込んだ。
「1人で抱え込むな」といつもアベルに言いつつも、結局今回も同じようなことになりそうだったが、
1人敵地にいるトレスと、到着してすぐに災難に見舞われたアベルに
あまり負担をかけさせたくなかったのだ。
「シスター・の言う通りだ。彼らの動きは、普通のテロリスト集団に比べて、
極めて有能なグループだと言える」
「トレス君が認めるということは……、ふむ、なかなかの凄腕集団、ということになりますね」
そんな会話をしている間に、3人を乗せた車は無事に聖マーチャーシュ教会へ到着した。
アベルが車を降りると、車内にいるトレスにお礼をするかのように頭を下げる。
「本当、トレス君、ありがとうございました」
「無用。俺はハンガリア候の指示で動いただけだ」
「アベル、あなた、すでにハンガリア候の目に止まっているのだから、あまり目立った行動をしては駄目よ」
「分かっています、さん。ありがとう」
本当に分かっているのか問い質したい気分にかられたが、
とりあえずここは我慢し、アベルが教会の中へと入っていくのを確認した。
そして完璧に姿が消えたあと、運転席に座っているトレスの肩を軽く叩いた。
「それじゃ、私もそろそろ戻るわ。あまり長いごと、部屋を開けるわけにもいかないしね」
「肯定。シスター・、卿は引き続き、パルチザンの面々と共に行動しろ。だたし、
正体がばれないように行動することを推奨する」
「分かっているわよ、トレス。それじゃ、また。ヴォルファー、酒場へ戻るわよ」
『了解』
トレスに手を振り、ゆっくり目を閉じる。
そして次に目を開けた時には、殻になったマグカップが、机の上にポツリと置かれていた。
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