午後9時少し前、は地下室で自分の短機関銃(サブマシンガン)の整備をしているテーブルの前に、

何かがコトッと置かれて顔を上げた。




「すごく使い込んだ銃だね。どれぐらい使っているんだい?」

「もう長すぎて、そんなことすら考えなくなってしまったわ、ディートリッヒ」




 マグカップの中に入っているのは、どうやらコーヒーのようだが、はすぐに口にはしなかった。

別にコーヒーが嫌いというわけではないのだが、今は先に銃の整備を終わらせたかったのだ。




「何度も改造を続けて、ようやく出来上がったものだからね。こうやって、

たまにきれいにしてあげないと、使い物にならなくなってしまうわ」

「確かに、そうだね」




 目の前の椅子に腰掛け、興味深げに見てつめるディートリッヒに、は少し恥ずかしくなる。

こうやって、作業中を覗いてきた人物などいなかったからだ。




「何だか、少し恥ずかしいわね」

「ああ、ごめん。もし邪魔なら、席を外すよ」

「いえ、そういう意味で言ったんじゃないの。大丈夫だから、そこにいて」




 この時、本当はそのまま退散させればよかったのかもしれないが、

はディートリッヒにここに留めさせた。

整備ももうじき終わるし、変に怪しまれるような行動(・・・・・・・・・・・・)をしたくなかったからだ。




「よし、これで終わり。……ディートリッヒ、1つ聞いていいかしら?」

「勿論」

「あなた、どうしてパルチザンに入ったの? やっぱり、この国を支配しているのが吸血鬼だから?」

「ああ。僕の両親が、ハンガリア候に殺されていてね。その復讐のために、ここに入ったんだ」

「そう……。……ごめんなさい、辛いこと、思い出させてしまったわね」

「いや、平気だよ。昔は立ち直れないぐらいに落ち込んでいたけど、エステルのお蔭で、

今はちゃんと前向きに動けるようになったから」




 とは言いつつも、本人は少し思い出したかのように俯き、そして少しだけ肩を落とした。

それを見たが、彼を励ますかのように、銃と共に持参して来た鞄から1つの紙袋を取り出した。




「……これは?」

「ここに来る前に、適当に作ったクッキーよ。よかったら食べて」

「おいおい、僕を子供扱いするつもりかい?」

「そんなんじゃないけど……、……今の私に出来ることって、これぐらいしかないかなって、思ったから」




 優しい声で、まるで励ますかのように向けられた笑顔が、妙に明るく見えた。

そしてそれは、確実にディートリッヒの心に染み渡っていたはずだ。




「……ありがとう、。頂くよ」




 お礼を言うように向けられた笑顔を見て、は安心したようにかすかに笑う。

しかしその奥で、まるで標的でも見つけたかのように目を鋭くしていることなど、

彼は知る由もないだろう。




「そう言えば、コーヒー、嫌いなのかい?」

「ああ、ごめんなさい。私、コーヒーは砂糖とミルクがないと飲めないのよ。紅茶ならストレートでも

大丈夫なんだけどね」

「そうだったのか。ごめん、気が利かなくて。今、持ってくるよ」

「そんな、無駄な労力使わせたら悪いからいいわよ」

「いいって。このクッキーのお礼だと思って、引き受けさせてよ」

「……分かった。お願いね」




 少し元気を取り戻したらしく、ディートリッヒはその場から立ち上がり、

上にあると思われるキッチンに向かって走り出す。

はしばらくそれを見送ると、鞄の中に入っている小型な機械を取り出し、その蓋を開けて電源を入れた。

左下の一角にある小さなコンソールと思われる部分に、スプーンで軽くすくったコーヒーを1滴たらすと、

キーボードを華麗に動かし、何かを分析し始めた。



 数分後、画面に「No Damage」という表示が流れ、

は安心したように1つため息をついて電源を切り、鞄の中へ再び戻した。

マグカップを掴んで、中に入っているものを口に含めば、紅茶とは違った香ばしい味が口の中に広がる。

たまにはコーヒーもいいのかもしれない。




『思っていた以上に、相手は手強いわね』

「ええ。……だからこそ、こっちもやりがいがある、というものよ」




 一体、彼女の耳元からは、いくつの声が聞こえてくるのだろうか。

きっとその場に誰かがいて、この声を耳にしたら、誰もが疑問に思うことであろう。




『ところで……、アベル・ナイトロードのことなんだけど』

「また、何かあったの?」

『ええ。どうやら、彼の素性が相手にばれたようなの』

「やっぱり……」




 予想通りの答えに、は思わず大きくため息をついてしまった。

やっぱり彼には、疫病神でもいるのではないだろうか。

いや、今に始まったことではないから、

もう半分慣れてしまったと言ってしまってもおかしくないのだが。




「で、相手はどう出たの?」

『今、ギェルゲイ・ラドカーン大佐によって、“血の丘(ヴェールヘジュン)”に連行されたわ。

……タイミングよく、目撃者が到着したようね』

「ディートリッヒ! さん!」




 耳元からの声に答えるかのように、階段を勢いよく降りてくる足音が聞こえ、

はその方向へ視線を走らせた。

階段から降りてきた見習の尼僧が、息を切らせながら立ちすくんでいたからだ。




「どうしたんだ、エステル? 血相をかいて」




 奥にも彼女の声が聞こえたのか、ディートリッヒが砂糖とミルクを手にしてやって来ると、

エステルは呼吸を整えるように何度も深呼吸をして、2人に告げた。






「神父さまが……、ナイトロード神父が、“血の丘”に連れて行かれてしまったわ!!」











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